154:黒の軍勢
狂ったヒトガタ、その目的は―――
《SIDE:REN》
兵士からの連絡を受けた俺達は、早速北側の門へと足を運んでいた。
それなりに距離はあると思ったが、面子は神獣化した俺に加え、人造人間である誠人と吸血鬼のノーラ、そして本来生き物ですらないリコリスだ。
到着するのにそれほど時間はかからなかった。
「お待ちしておりました、フレイシュッツ卿」
「あんまり畏まらなくていいから……それで、どんな状況なんだ?」
外壁の上、門のちょうど真上辺りの場所。
そこに立って敵がいるであろう方角へと視線を細めながら、俺は兵に問いかけた。
成程、確かに俺の目にも奴らの姿は映っている。
「は、それが―――」
「色々と状況が不自然なのだ」
「マリエル様?」
兵士の言葉を引き継いで響いた声に、俺は思わず首を傾げる。
振り返れば、そこには副官を引き連れたマリエル様の姿があった。
彼女は口元に小さく笑みを浮かべながら頷き、その視線をディンバーツ軍の方へと向ける。
「我々は望遠鏡を使わなければ見えないが……貴公なら見えるのではないか、フレイシュッツ卿」
「はい? 奴らの事ですか?」
「ああ、しっかりと観察してみてくれ」
言われて、俺は首を傾げつつも、再びディンバーツ軍のほうを注視する。
フェンリルの加護のおかげで資格も強化されてるし、この距離でも奴らの姿を確認する事はできるが―――ん?
「攻城兵器が、無い……? それに、歩兵だけってどういう事だ?」
「その通り……いや、それどころか梯子の用意すらも見当たらない。それに加え、歩兵のみにもかかわらず、行軍速度が異常なのだ。どうやら、兵糧などの物資をすべて排除して動いているらしい」
「は……?」
「言いたい事は分かるが、私としても同じ感想だよ」
俺の浮かべた疑問符に、マリエル様は苦笑じみた笑みを浮かべる。
いや―――これはもう、笑うしかないとでも言うような表情か。
しかし、本当にこれは一体どういう事なんだろうか?
兵糧無しで戦うなんて、どんな軍でも不可能だ。相手の軍を敗走させるのに、そういった物資を狙うと言う戦法だってよく聞く話だって言うのに……それを、最初から持ってきていない?
「一体、どういう……」
「さてな、私には全く想像もつかん。しかし、事実奴らが迫ってきている以上、対応しない訳にはいかないからな。
歩兵にあらざる行軍速度だ、奴らはもうじき戦闘区域まで到達するだろう。
フレイシュッツ卿、貴公にこの北門の防衛を命じたい……私には君に命令する権限は無いのだが、聞いて貰えるか?」
「はは……ええ、勿論です」
正直、そこまで気にしなくてもいいのになぁ、とは思うが。
けれど、一応俺達はフォールハウト公爵の直属という事になっているから、マリエル様でも命令をする権限は本来存在しない。
まあ、その辺りをはっきりさせておくのはいい事だろう。
さてと―――
「誠人、お前はどうする?」
「あまり顔は出さないほうが良いと言う事だったが、オレは既に前の戦いで顔を見られてしまっているからな。いまさら見られた所で、大差は無いだろう」
「私は顔を見られても問題は有りませんから、前線に出ても構いません」
「了解。マリエル様、残ったこいつには力仕事でもさせといて下さい」
「レンさん、私に対する扱いが随分とぞんざいな気がするんですけど?」
ノーラの言葉は聞こえない振りをしつつ、俺はマリエル様へと声を掛ける。
が、彼女は俺の言葉に少々戸惑ったような表情を浮かべ、俺とノーラを交互に見つめていた。
「ええと……彼女は何者だ?」
「あ、申し遅れました……私はノーラ・ブランディル。フリズのこ―――」
「古い友人だそうです。今は吸血鬼になってるので、よっぽどの事じゃない限り問題ありませんから、精々こき使ってやってください」
「うふふ、後で覚えといてくださいねコノヤロウ」
中指をおっ立てて微笑んでくるノーラに、親指を地面へと向けながら微笑み返す。
つーか、そんなポーズの意味を教えたのは誰だ。
……まあ、いづなが教えたか、もしくは俺の奴を見て覚えたの二択しかないか。
「な、成程な……分かった、とりあえずはこちらの指示に従ってくれ」
「はい、了解しました」
「では、私がご案内します!」
マリエル様の副官の人が申し出、ノーラを外壁の内部の方へと案内してゆく。
さて、とりあえずあいつはこれでいいとして……問題は、敵の方か。
「誠人、どういう事だと思う?」
「さてな……未来を見るにも、少々抽象的過ぎて狙いが定めづらい。しばらくは観察してみるしかないだろうな」
「そうか……とりあえず、待機って所か。動きがあるまでは監視を続けよう。どうせ、こっちには攻め込む兵力なんて無いんだし」
「どうせ軍がいる事はばれているんだから、さっさと狙撃してやってもいいのではないか?」
「ああ、そうだな……それじゃ、出来る事から始めるとするか」
誠人の言葉に頷き、俺は背信者を取り出す。
さてと、連中の動きはさっぱり分からないままだしな……とりあえず、観察の意味も込めて一当て、やってみるとするか。
《SIDE:OUT》
《SIDE:MASATO》
「何なんだよ、一体……」
狙撃を始めて数時間。
常に集中し続けていた為に疲労したのか、スコープから顔を上げた煉は、深々と大きく息を吐き出した。
その表情の中に浮かぶのは、辟易と戸惑いの感情だ。
しかし、それも無理は無いだろう。
「なあ誠人、あいつらは一体何なんだ?」
「オレに聞かれても困るが……少なくとも、普通の人間ではなさそうだ」
既に肉眼で捉えられる距離まで近付いてきた奴らを見下ろし、オレはそう答える。
元々、何かがおかしいと思っていたあの軍勢だが、ここまできてその異常さが浮き彫りになってきた。
まず、奴らは見えない距離からの狙撃に対して、全く何も反応しなかったのだ。
唐突に隣の人間が頭を撃ち抜かれようとも、放たれた弾丸が爆裂し、幾人もの人間が吹き飛ぼうとも、奴らは一人たりとてその行軍を乱さなかった。
ここまで来ると、不自然を通り越して気味が悪い。
「確かに敵の数は減ってるんだけどな……クソ、不気味過ぎて仕方ねぇな」
「全くだ」
煉の言葉に頷きつつも、オレはそっと刀の柄に手を添える。
そろそろオレも出るべきか……この異常な状況に、周囲の兵士達も戸惑いを隠せない様子だしな。
数で負けている戦なのだから、士気が下がったままという状態は危険だ。
オレやリコリスが派手に暴れて、味方の士気を上げる必要があるだろう。
「とりあえず、そろそろ―――」
オレも出る、と言おうとしたその瞬間だった。
奴らのうちの一体が、唐突にこちらへと向けて走り出し、いきなり跳躍したのだ。
強化系の魔術式でも使っていたのか、その兵士はいきなり壁の上部へ到達するほどの大ジャンプを見せる。
「チ……ッ!」
スコープから目を離していた煉では、対応が間に合わない。
舌打ちしつつも、オレはその男の跳躍の軌道に割り込み、居合いのように刀を抜き放った。
鈴のような鞘走りの音が響き渡り、神速で放たれた居合いの一閃は、男の胴を両断して二つの肉塊を外壁の上に落下させる。
ほっと息を吐き、振り返る―――
「―――ッ!? 全員、その死体から離れろ!」
―――瞬間、オレの能力の視界に走った光景に、思わずそう叫び声を上げていた。
近くにいた兵士達は、何を言われたのか分からない様子で目を見開きながらこちらを見ていたが、咄嗟に反応した煉がその身体能力を駆使し、マリエル様の元へと走る。
そして、次の瞬間―――両断された死体が、突如として轟音を上げて爆裂した。
「ッ……! 煉!」
唐突に発した強大な破壊力により、近くにいた数人の兵士は粉々になって吹き飛んでゆく。
その煙の向こう―――そこに、右腕を吹き飛ばされつつもマリエル様を上手く庇った煉の姿があった。
マリエル様の方は、どうやら無傷らしい。
「ぐ……!」
「フレイシュッツ卿!?」
「大丈夫、です……回帰―――」
その加護の力で身体を再生させつつ、煉は言い放つ。
この異常な状況だ。どうやら、出し惜しみをするつもりは無いらしい。
「―――《拒絶:肯定創出・魔王降臨》……『近づけさせるな』!」
その言葉と共に、煉の周囲に発生した七つの魔弾は、先ほどの奴と同じようにこちらへと飛び掛ってきていた奴らを撃ち抜きながら弾き返し―――もとの軍勢の中へと叩き返す。
煉の魔弾によって射抜かれた奴らは、先程のと同じように爆散し、周囲の人間を粉微塵の粉砕する。
「何だ、アレは……!?」
「何だっていい! 誠人、リコリス、あいつらを殲滅するぞ! 一つ残らず倒さなけりゃ、この門が危険だ!」
「……ああ、了解した!」
「分かりました。殲滅いたします」
煉の言葉に頷き、オレは外へと向けて跳躍する。
そんなオレの横を、リコリスの《光糸》が翻り、煉の魔弾が通り抜けてゆく。
斬り裂かれ、撃ち抜かれながら爆裂するディンバーツの兵士達……アレが一体どういう仕掛けなのかは分からないが、どうやらあのベルヴェルクとか言う男、兵士を使い捨てする事に何ら抵抗が無いらしいな。
『回帰―――』
「―――《未来選別:肯定創出・猫箱既知》」
回帰を発動しつつ、オレは奴らの中へと駆け入った。
選択し続けるのは、オレが奴らの爆発を回避する未来。
横薙ぎに振るった刃が近くにいた男の首筋を斬り裂き、振り抜くと同時に放った肘が、その男を敵陣の中へと押し込む。
そして数瞬後、爆裂した死体によって数人の兵士達が吹き飛んだ。
……連鎖的に爆発してくれたら楽だったんだが、どうもそういう風には出来ていないようだな。
『誠人、こいつらは―――』
「ああ。僅かだが……邪神の気配を感じるな」
オレ達の中にある正の力……《神の欠片》が、奴らが爆発する瞬間に何かを感じ取っている。
その感覚は、かつて邪神と相対した時……そして、水淵が力を使っていた時のそれと似ていた。
しかし、どういう事だ?
水淵の中の邪神は既に祓われた。他の邪神を宿す者が生まれていたとしても、それほど不思議では無い。
しかし、それにしてもこれだけの数がいるのはおかしいし、しかもそんなモノを使い捨てのように利用するのは理解できない。
……やはり、オレだけでは判断できないな。
考え事ばかりしていても隙を生むだけだ。今は、こいつらの殲滅を優先しよう。
「ふ……ッ!」
鋭い呼気と共に、疾風のような一撃を繰り出す。
撫で斬るように放たれたその一閃は、オレにしがみ付こうとしていた男の脇腹を裂いた。
しがみ付いて爆発しようと言う訳か……厄介極まりない連中だな。
だが―――そんな未来は、オレ達の力によって排除するだけだ。
『誠人、左だ!』
「応ッ!」
いづなの刀を借りている今ならば、片手でも十分な威力で刀を振るえる。
ならば、余った左手の使い道もあると言う訳だ。
右側の敵を斬り払うと同時、突き出された拳が左側の敵の顔面を打ち抜く。
手甲で覆われたこの拳は、それだけでも十分な凶器として作用するだろう。
頭蓋を砕かれた兵士は吹き飛び、周りを巻き込んで爆発する。
「はあああッ!」
オレの膂力ならば、小枝のようにすら感じる刀。
当たるを幸いと、しかし型を忘れぬように刃を振るう。
相手を斬る事に関して極限まで効率化された無拍剣ならば、いくら振るおうとも相手に捕まるような隙は無い。
鋭い刺突と共に直進、二人の兵士を貫き、相手の陣の中に入り込む。
そしてその身体を蹴り飛ばす事で刃を引き抜き、爆発するのを尻目に、周囲へと回転するように刃を振るう。
『鞘を使え!』
「ああ」
左手で鞘を引き抜き、斬られながらもオレに近付こうとしていた奴らを全て吹き飛ばす。
金属製の鞘によって強く打たれた兵士達は、オレの人造人間としての膂力も相まって、高々と周囲へ打ち上げられた。
そのまま落下、そして―――爆裂。
その破壊力によって、オレの周囲にいる敵はある程度一掃出来たようだ。
「……これは、桜の方が向いている相手だな」
『同感だが、疲れている桜を働かせるような真似をするつもりではあるまいな?』
「しないさ。オレの刀を造る為に頑張ってくれているんだからな……その分働かなければ、割に合わないだろう」
嘆息交じりに呟きながら、刀に付いた血を振るい落とす。
ヒヒイロカネの刀身はホーリーミスリル以上に頑丈なのか、そのどうのような光沢を持つ刃を未だに輝かせている。
これだけでも、十分に名剣と呼ばれる力があるだろうに……いづなは、それ以上を目指すと言う。
オレを信頼しての事なのだろう。ならば、それに応えなくてはならない。
「さて、行くぞ椿。まだ敵は多い……煉の力がある限り相手が近づける事は無いだろうが、それでも排除する相手はまだまだいるんだ」
『言うまでもないさ。無駄口を叩いている暇があったら、さっさと行くぞ』
「ああ」
遠慮の無い物言いに苦笑しつつも、オレは駆ける。
リコリスの《光糸》が降り注ぎ、煉の弾丸のうち四発が敵陣の一角を次々と撃ち抜いて行く光景を尻目に、ただ前へ。
意思を感じさせない瞳をした兵士達―――恐らく、退却すると言う考え自体存在していないのだろう。
ならば、最後の一人まで殲滅しなくてはならない筈だ。
まだまだ、戦いは終わらない。
しかし……リオグラスの王宮で見た魔人といい、この謎の兵士といい……ベルヴェルクが関わる物は、どれもこれも不吉な気配を感じさせる。
これはオレの主観ではあるが、奴はどこか実験のような事をしているように思えてならない。
今回のこれも、この爆発する兵士達の運用実験のように感じられる。
そして……こんな実験をする事が許されているようなディンバーツの国内は、一体どうなってしまっていると言うのか。
「ッ……」
不吉な予感を、頭の中から振り払う。
今すべきなのは、敵を殲滅する事だけだ。
「全て、斬り崩す……!」
呟き―――オレは、大軍となっている兵士の中へと駆け入ったのだった。
《SIDE:OUT》