147:災いを引き起こす者
二千年前の真実の欠片、そして彼らにとっての最後の敵。
《SIDE:REN》
「いきなり起こされた時は何かと思ったが……成程、そんな事になっていたのか」
「あのリンディオ将軍が、か……」
先ほどの戦いの後、俺達はまだ起きていた副官の人達に頼み、マリエル様とゼノン王子を起こして貰った。
明日でも良かったのかもしれないが、生憎とこれは緊急性のあるものだし、一刻も早く耳に通しておきたかったのだ。
この二人は、流石にリンディオさんとの付き合いも長いからか、この話を聞いてショックを隠せないようだった。
実質、あの人が敵に回ったような物だからな。しかも、アルシェールさんまで連れ去られてしまった。
というか……あいつの目的って、一体なんだったんだ?
「状況がさっぱり分からねぇ……ミナ、説明して貰えないか?」
「……ん、分かった」
今、最も現状を把握しているのは、間違いなくミナだろう。
俺は途中から入って来た為にあまり話を聞いてはいないのだが、あの男はミナの事を知っている様子だったし、それはミナの方も同様だった。
貫かない事を拒絶した俺の弾丸を受け止め、長々とした詠唱によって完成させた誠人の剣を砕いた……あいつは一体何者なんだ?
ミナは俺の言葉に一瞬だけ逡巡するような様子を見せたが、すぐに頷いてくれた。
「……あの男は、ベルヴェルク……二千年前の、研究者」
「二千年前……やはり、その時代が絡んでくる訳か」
誠人が、小さくそう呟く。
俺としても同感だ。何だかんだで、結局はそこに繋がってしまうのだろう。
神が死んだ、そして俺達の力である《神の欠片》が生まれた時代。
ミナは、そんな誠人の言葉に小さく頷きながらも続ける。
「神の存在を突き止めた人間で、世界の仕組みに気付いたのもあの男……他の研究者達を騙して、神の力を手に入れようとした。
そしてその為に、自分の娘達を犠牲にした、狂気の男……」
「……ちっと待ち。確か、この世界のバランスが崩れた原因っちゅーのは、アルシェールさんが邪神になってもうたからやった筈や。となると、まさかあの男―――」
「そう……あの男は、アルシェとエルの父親。そして―――」
いつも通りの無表情で、ミナは言葉を続けている。
けれど、俺には……普段とは違い、感情を抑えるために表情を消しているように映っていた。
そんな表情で、己の胸へと手を当てながら、ミナは続ける。
「わたしの前の、《読心》の《欠片》の持ち主……ミナクリール・ミューレの夫」
「……!」
あんな奴が、ミナの……!?
……いや、だが納得は行った。奴は、それでミナに執着していたのか。
けど、気に入らないな。
「あの男は、アルシェとエルの性質を利用して、天秤のバランスを崩してしまった……アルシェの身体も心も魂も、全てを犯し尽くして負の性質へと近付けさせ、そしてその反動でエルを神の座へと上り詰めさせた。
そして、あの男は……《創世》の力を手に入れた」
「自分の欲求の為に、肉親どころか世界まで犠牲にしようって言う訳? ふざけんじゃないわよ!」
「落ち着き、フーちゃん。今言うてもしゃあないて」
憤るフリズを、いづなが諌める。
とは言うものの、俺や他の面子だって、怒りを隠しきれてはいなかった。
ミナが言っていることは即ち、俺達がこうして戦わなくてはならなくなったのは、そいつが原因という事だからだ。
あの時、もっと力を込めて撃っておくべきだったな……クソ!
「ミナクリールは、まだ力を操れていなかったベルヴェルクと戦いながら、拘束されたままだったアルシェを解放して……そこで息絶えた。
全てを失ったアルシェは、怒りのままに暴走して……その当時の文明を、破壊してしまった。
『邪神』というシステムは、その時にベルヴェルクが生み出した物……本当に、全ての原因」
「……全く、本当に厄介な相手やね。マリエル様、詳しい事は後で説明しますんで」
「ああ……私達の知らない話まで混じっているようだからな。そうしてくれ」
そう言えば、この国の人にはかつての神の事は教えて無いんだっけか。
ここまで来ると、流石に話さない訳には行かないんだろうけどな。
まあ、この人達にはショックな話になるだろうし、後に回した方がいいのは確かか。
「で……ミナっち。何で、今までそれを隠してたん?」
「それは……」
「い、いづなさん!」
「落ち着き、さくらん……心を読めば分かっとると思うけど、別に怒ってる訳や無いんや。
ミナっちはうちらに不利な事はせんっちゅーのは分かっとる。
せやけど、ただ純粋に疑問なだけなんや……知ってたんなら、教えてくれてもよかったんやないの?」
いづなの口調に、詰問するような様子は無い。
確かに、ただ純粋に疑問に思っているだけのようだ。
それだけならば、俺も確かに気になる所だし。
「……二千年前の事は、エルに口止めされていた。予め知っていると、逆に相手に警戒されてしまうから、って」
「成程……了解や、そういう事ならしゃあない。まあ、うちぐらいには伝えといて欲しかった所やけど」
「顔に出しそうな奴が他にいるからなぁ」
「……何であたしを見るのよ、煉」
一番反応しそうな奴から視線を逸らし、俺は小さく肩をすくめる。
まあそれはともかく、今はあの男の話の方が重要だ。
「それで、神になるとか言うのは、具体的にどうするつもりなんだ?」
「分からない……ベルヴェルクがどうするつもりなのかなんて、想像も出来ないから……でも、あの男はディンバーツを支配していると言っていた」
「つまり、今リオグラスを攻めとるんは、あの男の意思って事やね」
私利私欲で国を動かして戦争をするなんて、普通は出来る事じゃないと思うが……経歴を聞いてると、やりかねないと思えてくるな。
しかし、目的に関しては相変わらず分からない。
あの力ならば、一人でも十分に国と戦える筈だしな……いや、案外燃費悪いのか?
「……一つだけ言えるのは、ベルヴェルクはわたし達にとっての最大にして最後の敵……あの男を倒さなくては、邪神と言うシステムを破壊しても意味は無い」
「成程、目標が分かり易いんは助かるんやけど……アレが相手かぁ」
げんなりと、いづなが呟く。
まあ、あんな無茶苦茶な力を使えるような奴が相手なんて、考えたくは無いだろうな。
だが、話を聞く限りならば、ディンバーツに邪神の力をもたらしたのはあの男の筈だ。
つまり、蓮花を支配していたのはあのベルヴェルクと言う男……だとしたら、決して許す訳にはいかない。
……ん? と言うか―――
「あの男の意識って、一体いつからリンディオさんを支配してたんだ?」
「え? あ……せやね。ディンバーツが邪神の力を使い出したんは、リンディオさんが姿を消すよりも前や」
「となると、水淵が襲撃してきたのは、リンディオの姿をくらませる為か」
確かに、襲撃されて行方不明なら、あの男も動きやすくなるだろうからな……その間に、ディンバーツ国内に入り込んでいたのか。
しかし、本当に一体いつからなんだ……?
「……今後の活動方針を決めなあかん。しかも、今度はちっと別行動をする必要がありそうや」
「え?」
「別行動って……今まで一緒に活動してきたのにか?」
フリズと俺が浮かべた疑問符に、いづなは小さく頷きながらも続ける。
「まず、ミナっちとまーくん。二人は、シルクを呼んで王都まで飛んで貰うで」
「オレもか?」
「太刀はあらへんし、うちの刀を貸しとく……んで、今は王都で軍を集結させとる最中。
今なら多くの人が集まっとるし、あの男が魔人を忍ばせとったなら、ここが暴くチャンスや。
ミナっちの超越なら、広範囲かつ安全に調べられる筈やね?」
「ん……分かった」
成程……王様とかを暗殺される訳にも行かないからな。
一応、予め《以心伝心》とかで危険を知らせてはおくんだろうけど。
「んで、帰ってくる時にはノーちんとガラムのおっちゃん、ついでにジェイさんの槍とアルシェールさんの持ち物を何か持ってきといて欲しいんや。多分やけど、ヴァントスさんに言えば何か貰える筈やし」
「……いづな、回帰を?」
「ま、そんなトコや」
苦笑しつつも、いづなは頷く。
回帰って……いつの間に使えるようになってたんだ、いづなは?
ともあれ、これで全員が回帰の段階までは至った訳か。
二人は超越まで使える訳だけど……もっと急ぐべきなのかどうか。
「んで、こっちの居残り組……まあ、やる事はここの防衛や。せやけど、さくらんには別の仕事をして貰わなあかん」
「え……?」
「うちはここで、最高の刀を仕上げてまうつもりや。つばきんが宿る事ができ、さくらんの力無しでも精霊付加を行えて、尚且つあの力を使っても決して壊れないような最強の景禎を。
その為に、さくらんには別の仕事をしてもらわなあかん。つまり―――」
「防衛に関しちゃ、主に働くのは俺って訳か」
刀を貸したいづなは戦えないし、フリズは対人戦闘には向かない。
必然的に、戦うのは俺の仕事となる訳だ……まあ、回帰を使えるし、リルもいるんだからなんとかなるとは思うけど。
「目標としちゃ、ここに援軍が到着するまでや……それが済み次第、うちらは帝国に侵入する」
「何……待て、まさかお前達だけで行くつもりか!?」
「……相手の目的が分からん以上、事態は刻一刻と悪化しとると見るべきやと思います」
確かに、そうだな。
この世界の最期とか言ってやがったし……奴の言う『神』とやらになる為の条件が何なのかは分からないが、奴がやろうとしている事はまず間違いなくロクでもない事だ。
出来る限り早くすべきだろう。超越を使えるようになっときたい所ではあるが。
「幸い、うちらの顔は広く知れ渡っとるっちゅー程やない。スニーキングミッションが出来ない訳や無さそうやしね」
「まあ、近くまで行かなきゃ力を探知される事も無いとは思うが……とりあえずは、誠人の刀の事が先決だろ?」
「せやね。素材に関しちゃ、まあいつも通りやけど」
ミナに素材を創りだして貰って、そこから刀を打ち始める。
刀を打つにはフリズの手助けがいる訳だから、当然打ってる間はいづなとフリズは動けない。
そして、桜にもやらなきゃならない仕事があるんだったよな……成程、本当に俺が防衛しないといけない訳か。
「まあ今後の事も考えて、煉君は顔を見せんように戦ってな?」
「……無茶な注文だよな、それ。いや、出来なくは無いけど」
《肯定創出・魔王降臨》なら、隠れながらでも敵の攻撃を防いだり、攻撃したりする事は可能だろう。
力の使い方を練習するにはちょうどいいか……弾丸一つ一つに別の命令を発せられれば、相当有利に戦えるようになるだろうし。
「まあ、どうなるかは分からん所ですけど……とりあえず、状況に合わせて柔軟に動くつもりなんで」
「やれやれ……まあ、兵を集結させれば、我らだけでも防げない訳ではないからな。
それに、お前達の行動に関して命令出来るのは父上とフォールハウト公だけだ……許可を取れるのならば、文句は無い」
半ば苦笑混じりに、マリエル様はそう言い放つ。
流石に、今回は刻々と状況が変化していくのだから、これからの指針を完全に決める事は出来ない。
けれど、大きな目標はできたと言ってもいいだろう。
「……なら、決定だな」
「そうね……やってやろうじゃない」
相手の事が相当気に入らないのだろう。
いきり立った様子で拳を鳴らすフリズに、俺は小さく笑みを浮かべていた。
今まで、俺達は曖昧な目標のままに進んでいたようなものだ。
俺の掲げた未来も目標ではあるが、少々具体的なイメージに欠けるものではあったし、そう分かり易く指針を決められるものではなかった筈だ。
だが、今回は違う。
「うちらの目標は、ディンバーツ帝国の支配者たる、古代文明の研究者ベルヴェルクの打倒。
そして、その男の創り上げた『邪神』というシステムそのものの破壊や。
これらを完遂して、うちらはようやく勝利を掴む事が出来る……言っとくけど、相等分の悪い勝負やで?」
纏めながらも、いづなは俺達に警告するかのようにそう口にする。
けれど……俺達の答えなど、とうの昔に決定していた。
「何を今更言ってんだよ、いづな」
「奴を倒さねば、オレ達に未来は無い……ならば、最初から決まっている」
俺と誠人の言葉が重なる。
奴は、俺達の目指すハッピーエンドを妨害する敵だ。
なら、最初から容赦するような理由なんてどこにも無い。
神を目指すなんぞ勝手にしろと言いたい所だが、その所為で世界を壊されたら意味が無いのだ。
だから……必ず、倒してやる。
例えどれほど力の差があろうとも、引くつもりなど一切無い。
そんな俺達の言葉を受け取り、いづなは口元を笑みの形に歪めていた。
「決定やね……ほんなら、活動開始や」
そして―――俺達の最後の戦いが、幕を上げたのだった。
《SIDE:OUT》