146:終わりの始まり
かの男の名は、災いを引き起こす者。
《SIDE:MASATO》
「……銃声が止んだな」
「そうね」
アルメイヤの街の、西側の壁の上。
オレ達はその上に立ち、ただ煉の帰りを待っていた。
ここからはその姿を見る事はできないが、あいつの放つ回帰の力は、ここからでも感じ取る事が出来る。
恐ろしいほどに強大な力……これが、最上位の格を持つと言われた煉の《欠片》の力なのか。
「一体、どんな力なんだかな」
「そもそも、言葉が抽象的過ぎるんや。《拒絶》なんて、どんな内容にだって当てはまってまうモンやし」
確かに、名前では効果が分かり辛い力だな、煉の能力は。
一応、後で聞けばいいのだろうが……少しぐらい見に行っていても良かっただろうか。
まあ、今更ではあるが。
「とにかく、あいつの力を感じるという事は、あいつが勝ったんだろうな」
「……そうね」
安堵した表情で、フリズはそう呟く。
何だかんだ言って、結局は心配している辺り、フリズらしいと言うか何と言うか。
さて、どんな状態で帰ってくる事やら。
水淵の力は一度食らってしまえばそれで終わってしまうタイプだから、無傷だとは思うんだがな。
と―――
「……あら?」
そこで、一緒に来ていたアルシェールが小さな声を上げた。
既に夜中であり、周囲に音を響かせるようなものは無い。小さな声とはいえ、オレ達に耳に届くには十分だったが。
そして、やはり全員に聞こえていたのか、オレ達五人の視線が一斉にアルシェールの方へと向けられる。
「……これ」
「ぇ、と……どうかしましたか?」
「いや、今ちょっと魔力を感じて……これ、まさかリンディオ?」
「え!?」
アルシェールは、その視線をここから若干北寄り―――北西の方角へと向ける。
オレにはさっぱり感じ取れないが、その辺りは流石最強の魔術式使いと言った所か。
「あの人、生きてたん……?」
「いや、生きてるとは言ったでしょ。魔力自体は消えてなかったからね……けど、何でこんな所に?」
「捕まってて、逃げ出してきたって事、でしょうか……?」
「分からんが、そうだとしたら早く保護した方がいいだろう」
あの人が戻ってくる事は、リオグラスにとってはかなりのプラスとなる筈だ。
この街の防衛は必要な要素であるし、あの人が指揮官として入ってくれるのであれば心強い。
一度はディンバーツ帝国を退けたとは言え、援軍が来るまでこの兵力で持ち応えるのは難しいからな。
とにかく、探し出しておくべきだろう。
「それで、あの人は今何処に?」
「あっちの方みたいね……私は行くけど、あなた達ここを離れて大丈夫なの?」
「まあ、あんだけ消耗すりゃ、帝国もしばらくは来れないでしょうし……それに、今は夜だから襲撃も難しいでしょ」
「せやね。まあ、大丈夫やと思います」
「ふーん……まあいいわ、なら行くわよ」
そう言うと、アルシェールは何の前置きも無く、この外壁の上から外へと飛び降りていた。
流石に少々面食らったが、今ではオレ達も、この程度の高さならば問題ない面子が殆どだ。
一応という事で、桜が呼び出した風の精霊の力を使って軟着陸する事になったが。
さて、アルシェールは―――
「……先行ってまってるなぁ」
「あたし達相手でもあんな感じなのよね……」
まあ、あの女相手に態度の改善など求めても意味は無いような気がするがな。
とにかく、さっさと追いかけるか。オレ達では、リンディオ・ミューレの魔力を追尾する事など不可能だしな。
「しっかし……あの人、今まで何しとったんやろか?」
「捕まってたんじゃないの? 今回の進軍のおかげで監視が緩んだとか」
「考えられる事ではあるんやけど、あの帝国が、態々捕まえるだけに抑えとった理由ってあるんかなぁ?」
ふむ……確かに、そうだな。
帝国の行いは、既に国としての倫理を大きく外れているような状態だ。
本来の戦争ルールには従わず、ただリオグラスやグレイスレイドを滅ぼす為だけに動いているような気がする。
そんな帝国が、態々彼を捕らえるだけに止めた理由とは一体何なのか。
「ぇっと……それじゃあ、今まで身を潜めてたとか……」
「ありえなくはない話やね。せやけど、それやったら何故にこんな場所の近くにいるんや?」
「リオグラスの北端、帝国領のごく近くか……確かに、こんな場所にいる理由は無いな」
水淵に襲撃されたのは王都の近くだし、態々身を隠す必要もない。
それに、現れるとしたらこんな場所ではなく、王都に直接行く筈だろう。
帝国が攻めてくる事を読んで、この場所に現れたとでも言うのだろうか?
……ダメだな、いくら考えても分からん。
「本人に聞いてみるしか無いかぁ……ま、どうせもうすぐ会えるんやろうし」
オレと同じ結論に達したのか、いづなは肩を竦めながらそう呟く。
まあ、確かに考えただけで結論が出る話では無いからな……本人に聞かない限り、正しい答えは分からない。
どうせ状況の説明はあるのだろうから、それを聞けばいいだけの話だ。
と―――そんな風に考えていた、ちょうどその時だった。
少し前を歩くアルシェールの更に先……そこに、銀髪の男の姿が見えたのだ。
アレは、間違いない。
「リンディオ!」
「母上! どうしてここに!?」
アルシェールが、歓声を上げて彼へと駆け寄る。
彼も、その姿に驚いたように目を見開いていた。
見ただけでは怪我をした様子も無く、健康そのもの―――どうやら、本当に無事だったようだな。
「どうしてここには私の台詞よ……でもまあ、無事でよかったわ」
「はは、中々大変でしたけど、僕もこんな所で倒れる訳には行きませんからね」
本当に嬉しそうな様子で言葉を交わす二人。
何はともあれ、無事でよかったと言った所か。小さく安堵の息を吐き出した―――その、瞬間。
「―――アルシェ、逃げて!」
「え……おか―――」
唐突にミナが上げた大声に、アルシェールは目を丸くしながら振り返り―――その胸を、後ろから剣で貫かれた。
「―――ッ!?」
「な、ぁ……」
特殊な力の篭った剣だったのだろうか。
胸から飛び出た剣を信じられないと言った様子で見つめたアルシェールは、その刃を右手で掴み―――そして、引き抜かれると同時に力なくその場へと倒れ伏した。
その刃の持ち主―――リンディオ・ミューレは、凍りついた視線で倒れたアルシェールを見つめている。
「ッ、何してんのよ!?」
フリズの絶叫と共に、オレ達は全員が同時に散開し、戦闘体勢を取った。
刀を一気に抜き放ちつつも、油断無く構えてその男の姿を見つめる。
リンディオは……足元に向いていた視線を、ミナの方へと向けた。
「……成程、妙に強い力を得た小僧共がいると思えば……貴様が加担していた訳か、ミナクリール」
「ベルヴェルク……貴方は、そんな所にいたの」
硬い、怒りのような物の混じったミナの声音に、オレ達は敵から注意を離さぬようにしながらも驚愕する。
ミナが強い感情を抱きながら話した事もそうだが、それよりも―――
「ミナっち、どういう事や!?」
「……彼も、《欠片》を持っていた。その《欠片》に刻まれていた、過去の力の持ち主の記憶……それが、ベルヴェルク」
「そういう貴様も、余と同じであろう……なあ、聖母よ」
「ミナクリールじゃない……わたしは、ミーナリア。貴方ほど、無様にこの世界にしがみつこうとはしていない」
「フン、愚かだな。その娘の意識を我等が力で埋め尽くしてしまえば、再び貴様として存在できていた物を」
《欠片》に刻まれた記憶……?
ミナやリンディオの持つ《欠片》の、前の持ち主の記憶と言う事か?
それがミナクリールと、ベルヴェルク……その記憶とやらが、リンディオを操っているというのか。
ミナはどうやらそのような状態では無いようだが、一体なぜその男がアルシェールを攻撃する?
分からないが、どうやら奴はオレ達を眼中に入れていないらしい。
その視線の中にはミナだけを映し、その尊大な態度で話を続けている。
「しかし、余の存在を驚いていない所を見ると……どうやら、最初から分かっていてその《欠片》共を集めたようだな。
……成程、あの出来損ないの力を借りたという訳か。そこまでして余を殺したいか、ミナクリール。前の己を殺された復讐か?」
「わたしはそんな事に興味は無い……ただ、世界の滅亡という絶望を乗り越えるだけの力が欲しかった。
そして、愛しい仲間達と共に生きる未来が欲しかった……ただ、それだけ。そして、その邪魔をするのが貴方だったというだけ」
「フン……相変わらず、甘く強情な女だ。余の与えた《欠片》を使えば、この者達など容易く操れるであろうに……いや。しかし、そうであるからこそ―――」
ベルヴェルクは、その掌を広げる―――そこに、翠の光のワイヤーフレームによって構成された球体が現れた。
魂の底が震える……あれは、《欠片》の力か!
ゾッとするほどの力の大きさ……その圧力は、かつて吸血鬼と相対した時よりも遥かに大きい。
手足が震え、呼吸が乱れ……立っている事すら、ままならなくなる。
先ほど感じた、煉の強大な《欠片》の力……しかし、この男の力はそれすらも超えている。
圧倒的……そうとしか表現の出来ない力だ。
ベルヴェルクは―――そんな力を発したまま、何処までも傲慢な笑みを浮かべる。
「―――貴様を、跪かせたくなる」
「わたしは、絶対に屈しない……回帰―――」
しかし、その圧力を真正面から受けながら、ミナは一歩たりとも退こうとしていなかった。
その《欠片》の力を昂ぶらせ、乱れぬ凛とした声で宣言する。
「―――《読心:肯定創出・聖母再臨》!」
その声が響いた、その刹那―――オレ達の心を支配していた恐怖が、吹き飛ばされたように消え去った。
これは……まさか、ミナの能力か?
いや、何だっていい。動く事ができるのならば―――!
「回帰―――《未来選別:肯定創出・猫箱既知》!」
「回帰―――《魂魄:肯定創出・精霊変成》!」
「回帰―――《加速:肯定創出・神獣舞踏》!」
加減などしない、全力で叩き潰す!
椿と共に力を発動し―――オレは、思わず愕然としていた。
『光よ!』
「―――ッ!」
精霊化した桜による光熱波と、神速を得たフリズの攻撃。その強大などちらの攻撃もが―――
「―――《創世》」
そのたった一言、回帰すら使わないその力の行使だけで、受け止められていたのだ。
ミナの力の後押しのおかげか、恐怖に竦むような事は無い。
しかしそれでも、オレは一歩たりとも動く事は出来ないでいた。
『これは……分が悪いにも、限度という物があるのでは無いか……?』
「ッ……」
オレ達の攻撃が通用する未来が……たった一つとして、存在していないのだ。
いかなる剣も、魔術式も、《欠片》の力も……奴の身体を、傷つける事は叶わない。
いや、それどころか、奴のあの防壁を乗り越える事すら不可能なのだ。
「くッ、何よこれ!?」
『効かない……ッ!?』
「ふむ……原型の力を操る階位には至っている訳か。回帰、それも肯定創出の使い手とはな。
中々に育てたものではないか、ミナクリール」
乱舞する光の刃や、疾風のように放たれる無数の打撃……それらを全て受け止めながら、ベルヴェルクは涼しい顔をしてミナへと語り掛ける。
《欠片》の格の差……今までも知ってはいたが、それほど意識した事は無かった。
しかし、これは―――あまりにも、力の差があり過ぎる!
『……みんな』
と―――そんな時、ふと頭の中に響く声があった。
ミナの声……どうやら、能力を使ってオレ達に語りかけてきているらしい。
『あれは、《創世》の《欠片》……神が、この世界を創る時に最初に行使した力。
数多ある《欠片》の力の中でも最上位……今のベルヴェルクは、世界を隔てた障壁を創り上げている』
最上位の《欠片》だと……!?
世界を創り上げる能力など、オレ達が超越に至ってようやく届くレベルの力ではないか!
これに勝つ方法など―――いや、待て。世界を創る?
「まさか……」
『まーくん! あの時考えたやろ、あの力なら行けるかもしれへん!』
一つだけ、思いつく方法がある。
途轍もなく困難で、成功するかどうかも曖昧な力だ。
しかし……オレ達には、その曖昧さを潜り抜ける力がある!
後は桜の力があれば―――
『ッ……みんな、攻撃が来る!』
「その力なら……この程度なら耐えてくれるのであろう?」
刹那―――ゾッとするほどの光景が、オレの能力の視界に広がった。
あの男を中心に、放射状に広がる力。そしてそれによって、周囲が一種で塵と化す光景だ。
一体どんな力の使い方をしたらそうなるのか、全く理解出来なかったが―――アレは、拙い!
『私の後ろに……!』
瞬間、桜がオレの前に現れ、そして速度を抑えながらもフリズがミナを連れてくる。
いづなは元々オレの近くに立っていたから、すぐさま避難する事ができたようだ。
そして、桜の周囲に黒い球体がいくつも現れた、次の瞬間―――
「―――消えよ」
オレの見た未来と、同じ力が放たれた。
自らの周囲を覗き、空が、大地が、空間までもが塵と化して消えてゆく絶対的な力。
それを、桜は発生させた強大な重力によって空間を捻じ曲げ、必死に受け流そうとしていた。
防ぎ切れるかは分からない。だが―――
「可能性があるのならば―――!」
未来を、観測する。
発生した強大な力、そしてすべてが消え去った空間に大気が流れ込む事によって発生する強大なカマイタチ、その全てを受け切る未来を―――現実の物へと変化させる!
『く、ぁ、あ……ッ!』
桜の、必死に耐えるような声が響く。
しかし、その障壁が押し切られる前に奴の力は消え去り―――流れ込んできた空気による強大な衝撃波も、全て受け止めた。
「ッ、ハァッ、ハァッ……!」
「大丈夫か、桜」
「は、はぃ……」
どうやら、力を使い過ぎて回帰が解除されてしまったようだ。
次に同じ物が来てしまったら、最早防ぐ方法は無い。
「―――ミナ、あたしが抑える!」
「ん……!」
状況を察したのか、フリズが即座に行動を再開した。
そしてミナに目配せをすると同時、フリズの周囲には金属―――それも、オリハルコンで出来たと思われる砲弾のような杭が現れる。
「回帰―――」
数は四つ……その全ての尻の部分を殴り付けると同時、フリズは宣言した。
「―――《加速:神速の弾丸》ッ!」
放たれたのは、音速を遥かに超える速度で撃ち出されたオリハルコンの杭。
普通に考えればいかなる方法でも防ぎきれるような物では無い……が、ベルヴェルクはその攻撃を容易く受け止めている。
だが、弾かれる前に若干空間を押すように静止している……どうやら、一応全く効いていないという訳では無いらしい。
時間稼ぎ程度なら出来そうか。ならば―――
「桜、消耗している所を悪いが、精霊付加を頼めるか」
「は、はい……な、何の精霊を……?」
「光と闇だ。同時に頼む」
「え……あ、まさか……わ、分かりました!」
桜が頷くのとほぼ同時、オレの刀の両脇に白と黒の光の球体が現れる。
互いに反発しあうようにしているようだが―――
「……行ける、か。よし―――」
オレの望む未来は存在している。
ならば、その通りに実現すればよいだけだ。
静かに意識を集中し―――そして、告げる。
「伊邪那岐命」
イメージする。
国を産み、数多の神々を生んだ男性神。
そんなオレの命と共に、光の精霊がピクリと揺れた。
続けて、告げる。
「伊邪那美命」
イメージする。
国を産み、数多の神々を生んだ女性神。
命を受けた闇の精霊は、光の精霊と同じように動きを止め、オレの命令を待っているようであった。
そして、続ける。
「於其嶋天降而見立天之御柱見立八尋殿」
刀の刀身を、天の御柱に見立てる。
ここは、二柱の神が神産みを行う場所。
しかし、一度目の神産みは失敗する―――その部分は飛ばし、成功のシーンをイメージしなくては。
「故爾返降更往廻其天御柱如先」
伝えるイメージは、柱を左旋回するイザナギと、右旋回するイザナミの姿。
旋回の手順はこれで正しい。
次は―――
「於是伊邪那岐命先言阿那邇夜恋愛袁豊賣袁」
先に語り掛けるべきは男の神であるイザナギ。
そしてその後に、右旋回したイザナミがイザナギに対して声を掛ける。
「後妹伊邪那美命言阿那邇夜志愛袁登古袁」
「―――ほう?」
ッ……拙い、ベルヴェルクがこちらに気付いたか!
興味深そうな様子でこちらを見てはいるが、どうやら黙って見届けるつもりも無いらしい。
奴は、こちらへと掌を向け―――その瞬間、一つの声が響いた。
「この弾丸が、テメェの障壁を貫かない事を拒絶する。回帰―――」
ハッとして、背後へと振り返る。
そこにあったのは、銀色の銃を構えてその強大な力を滾らせる煉の姿だった。
「―――《拒絶:因果反転》」
そして、その宣言と同時に一発の弾丸が放たれた。
銀の魔力弾はベルヴェルクの障壁に激突し―――驚いた事に、そのまま障壁を貫こうと唸りを上げていた。
その様子に奴も目を見開き、オレに向けていた手をそちらへと向ける。
「誠人ッ!」
「ああ! 如此言竟而御合―――!」
奴が気を取られた内に、最後の祝詞を読み上げる。
それと共に、光の精霊は刀身を左旋回しながら、闇の精霊は刀身を右旋回しながら駆け上った。
二つの輝きはそれと共に融合し、一筋の純白の光と化して刀身を包み込む。
そして、それを確認すると共に―――オレは、駆けた。
「おおおおおおおおおおおおおおッ!!」
ベルヴェルクは、オレが駆け出す頃には煉の弾丸を消滅させていた。
が―――奴がこちらへと振り返る頃には、オレは既に奴の元へと到達する!
この刃は、世界を作り出す力によって構成された光……奴が世界を隔てた結界を創っていると言うのなら、その通り道となる世界を創り上げてしまえばいいだけの話だ!
「はぁッ!!」
横薙ぎに、一閃。
放たれた光の刃は、ベルヴェルクの障壁へとぶつかり―――それを、食い破った。
「ぬ―――!」
「斬る!」
障壁を破られた事で奴は目を見開き、その腰にあった刃を引き抜く。
速い……剣を扱う能力も、かなり高いようだ。奴はオレの刀をその剣で迎撃する。
そして―――打ち合わされた二つの刃は、同時に砕け散っていた。
「な……」
「……成程、面白い力を使うな、貴様は」
柄だけになった刃を放り捨て、ベルヴェルクは再び掌の上にワイヤーフレームの球体を創り上げる。
拙い、この距離では―――いや、これは。
「超越―――《読心:古き時に言葉は要らず》」
オレの目に映っていた未来……いつの間に詠唱していたのか、ミナの超越が展開された光景が、そのまま再現される。
そしてそれと同時に、オレへと振り下ろされようとしていた奴の手が止まった。
ミナの世界の中では、誰も戦闘行動を行う事は出来ない。これも、その効果か。
「これは……!」
「わたしの世界の中で、争う事は出来ない……もう、終わり」
「フン……生温いカタチを望んだものだな、ミナクリール。まあ良い……」
この効果は無差別な物なのか、オレ達も攻撃に動く事はできない……ならば、とアルシェールの身柄を回収しようとした瞬間、再び世界が切り離されたかのように強大な障壁が現れた。
高速でその身柄を回収しようとしていたフリズも足止めを喰らい、その手前で姿を現す。
「目的は達した……いずれ、また会う事となろう。この世界の最期の時に。
それを望まぬのであれば、余に挑んで来るが良い……ディンバーツの王となった、この余にな」
ベルヴェルクは踵を返しながらそう告げ―――アルシェールと共に、その姿を消してしまった。
しばし、奴が消え去った空間を睨み続け……そして、黄金の世界が消え去ると共に、オレ達は大きく息を吐き出した。
「クソ……厄介な事になっちまったみたいだな、これは」
「ッ……とりあえず、戻ってマリエル様達を叩き起こすで。緊急事態や……ミナっちも、説明お願いな」
「ん……」
三人の言葉を聞きながら、オレは手の中に残った刀の柄を見下ろす。
奴の障壁を破る事は出来た……しかし、あの強度では刀自体が耐えられないらしい。
少し、考えなければならないだろうな。
「……ベルヴェルク、か」
どういう事だかは知らないが、奴が今現在ディンバーツを支配しているのだという。
ならば、奴を倒さなければこの戦争が終わる事は無い。
どうやら……あの男が、オレ達にとっての最後の障害のようだ。
「本当に、厄介な事になったものだ」
柄を握り締める事で震える手を抑え―――オレは、そう呟いていた。
《SIDE:OUT》