145:Auf Wiedersehen
―――また会う日まで。
《SIDE:REN》
回帰―――《拒絶:肯定創出・魔王降臨》。
エルロードから力を分け与えられる事で、俺の辿り着いた力の一つ。
その力は―――
「……また、随分と大盤振る舞いな仕様じゃない」
俺の周囲を見つめて、蓮花がそう呟く。
まあ、無理も無いだろう。俺の周囲には、七つの銀の弾丸が浮遊していたのだから。
蓮花の驚愕に、俺は小さく笑みを浮かべる。
「流石に、《魔弾の悪魔》ほどの威力が無いがな。それでも、こっちは自動的に魔力が補給されるから……弾切れの心配は、無いんだけどな!」
「―――っ!」
俺の合図と共に、七つの流星は一気に蓮花へと殺到した。
それと同時に蓮花は自分の周囲を水で包み、俺の弾丸を受け止める。
流石に威力では劣るからか、その水の幕によって、弾丸達は一度動きを止める。が―――
「―――『止まるな』」
俺の拒絶の意志を伝えられた弾丸は、無理矢理にその防御を突破した。
この弾丸達は、俺の意志次第でその威力を変える。今のこいつらは、貫かない事を拒絶された弾丸だ。
今のこいつらの攻撃は、いかなる防御でも防ぐ事は出来ない。
無類の威力を持った弾丸によって黒い水の幕が弾け―――誰もいない空間が、そこに広がった。
「―――ッ!」
咄嗟に、後方へと跳躍。
そして次の瞬間、俺の足元から黒い水の柱が発生した。
どうやら、防御している間に空間転移したらしい。
「ハッ……器用な真似すんじゃねぇか!」
「アンタに言われたくないわね!」
水の柱の上に立つ蓮花はそう叫ぶと、俺に向かって四発の銃弾と水の弾丸による攻撃を放ってきた。
こちらの身体はまだ空中、攻撃を避ける事は不可能だ。
が―――
「―――『当てさせるな』」
あの攻撃たちが、俺に命中する事を拒絶する。
その刹那、俺の周囲を銀の疾風が駆け抜けた。
俺の元へと戻ってきた弾丸達は、周囲を旋回するようにしながら蓮花の弾丸を撃ち落してゆく。
そして一つとして逃す事無く、魔王の弾丸達は蓮花の攻撃を防ぎきった。
「―――『外れるな』」
お返しとばかりに、新たな事象を拒絶する。
次に俺が拒絶したのは、弾丸が命中しない事。
七つの流星は必中の魔弾と化し、蓮花に向かって殺到する。
「ちっ……!」
射線から外れる為、落下するように蓮花は水の柱を消滅させる。
しかし弾丸達は、その蓮花を追うように軌道を変化させた。
当たらない事を拒絶された弾丸は、必ず命中する以外の結果を排除されている。
しかし蓮花は再び水の幕を発生させると、七つの弾丸を受け止めてしまった。
「……まだ、使い慣れねぇな」
小さく、一人ごちる。
恐らく、慣れれば複数の弾丸に別々の内容を拒絶させる事が出来るようになるだろう。
だが、今はまだこの力を使い始めたばかりだ。
今のままだと、そのような使い方は出来ない。
複数の拒絶を込める事も出来ない……今、この状態では。
「―――甘く見てたわ、煉」
水の力で弾丸を受け止めながら、蓮花はそう呟く。
別の拒絶を込めれば貫けるが―――その間に、蓮花は空間転移を行うだろう。
さて、どうしたもんかな。
「能力の格が違う事は知ってたけど……まさか、ここまで差があるなんて」
「まあ、仮にも最上位の能力って言われてるんだしな。この位出来なきゃ困る」
エルロードが俺に今の今まで力を渡さなかったのも、使ってみれば十分理解できる。
この力は、危険すぎるのだ。
今の俺は《欠片》の大きさがまだ回帰ギリギリ程度だからこんなもんだが、この力には、本来不可能な事自体が存在しない。
認識し、拒絶する……あらゆる事象すらも捻じ曲げ、己の思い通りにさせてしまう。
安易にこんな力を持たせてしまえば、どうなるか分かったもんじゃないだろうからな。
俺の事を信用できると思えるようになるまで、ひたすら待ち続けていたんだろう。
俺の言葉に対して、蓮花はそれでも小さく笑みを浮かべる。
「それでも……結局、使い手は人間よね。隙は、必ずある」
「そういうこった。さあ、遠慮なくかかってきな」
俺の言葉に笑みを浮かべ―――蓮花は、水の中に潜るように地面の下へと姿を隠した。
そしてそれと同時、黒い水の覆う面積が一気に広がってゆく。
「おいおいおいおい……」
一度でも触れればそれだけで動けなくなってしまう、《静止》の力が篭った水。
それが、一気にその姿を現し、まるで洪水でも起きたかのように俺へと向かって殺到してきた。
流石に、面での攻撃は弾丸じゃ防ぎづらいな。
以前までの俺だったら、確実に躱せなかっただろう。
だが―――
「ふ……ッ!」
足に力を込め、強く跳躍する。
フェンリルの加護によって強化された身体は、一度の跳躍だけで十数メートルの距離を一気に踏破した。
俺を飲み込もうとしていた水から距離を取り―――銃口を向け、小さく笑む。
「術式装填」
弾丸に力を込める。
前はこれだけでかなりの力を消耗していたと言うのに、今は殆ど疲労を感じなかった。
やはり、回帰に至ると使える力の総量が一気に増加するんだな。
「最高位魔術式……《魔弾の悪魔》」
俺の力を込められた弾丸が、巨大な銃声と共に唸りを上げる。
《魔弾の悪魔》は刹那の内に直進し―――蓮花の放った瀑布を、一撃で貫いて真っ二つに両断した。
しかしそれだけには飽き足らず、往復するようにしながら黒い水を浄化し、喰らい尽くしてゆく。
……まあ、あんまり乱射する訳にも行かないもんなんだがな。
「―――『外れるな』」
《魔弾の悪魔》とは別の、七つの弾丸達に対し、そう命ずる。
必ず相手に命中する弾丸となった七つ―――それは即ち、自動的に相手の場所を探し出す事に他ならない。
俺の明を忠実に遂行し、七つの弾丸は水の中の一箇所へと向かう。
無論、あの七つの弾丸では蓮花の水を貫く事は出来ないが―――
「《魔弾の悪魔》!」
貫くだけならば、もう一つの弾丸がある!
七つの弾丸が示した場所へと撃ち出された《魔弾の悪魔》は、易々と水の壁を貫き―――
「―――甘いッ!」
「む―――!?」
―――突如として、俺の前方にあった水の中から俺の方へと向けて飛び出してきた。
咄嗟に弾丸を急停止させ、身構える。
成程、俺の弾丸を空間転移で移動させた訳か。
本当に器用な奴だな、コイツは。
「あははははっ! もうここまで来ると、本当に人の争いじゃないわよねぇ!」
「ッ……『当てさせるな』!」
自分自身に攻撃が命中する事を拒絶する。
それとほぼ同時に、背後から俺へ向かって放たれた弾丸が、旋回した銀の弾丸によって撃ち落された。
どうやら、空間転移で俺の背後へと回りこんでいたらしい。
一応高い不死性を持つ身体だから、一発喰らってもそこまで問題は無いが、別に攻撃を喰らいたいって言う訳じゃないからな。
「さてと……参ったね、こりゃ」
周囲を見渡せば、所々に広がっている黒い水溜り。
こういう攻撃の為の布石だったとは思わなかった……弾丸を防御から攻撃に回せないな。
だが、そうして一箇所に留まっていれば―――
「飲み込みなさい!」
「チッ!」
周囲から殺到してきた水を避ける為、俺は跳躍する。
少しでも躊躇えば、あの奔流に押し潰されていただろう。だが、攻撃はそれだけでは終わらない。
水がぶつかり合ったその地点から、まるで手を伸ばすかのように巨大な水の柱が現れ、俺へと向かってきたのだ。
俺の命を忠実に護り、弾丸が水を押し止めようと殺到する―――が、生憎とそれだけでは足りなかったようだ。
「なら、貫け!」
咄嗟に《魔弾の悪魔》を操作し、水の柱へと向けて叩きつける。
その強大な威力によって邪神の力が撃ち払われ、水の柱は消滅するが―――その大量の魔力を削り取られ、《魔弾の悪魔》もまた消滅してしまった。
離れた場所に着地しつつも油断無く構え、正面に現れた蓮花へと視線を向ける。
「あははは! やっぱり楽しいわ、煉。貴方との勝負は、やっぱり楽しい! 永遠にこうしていたいぐらいに!」
―――思考に、―――永遠に、こうしていられたらいいのにな―――ノイズが走る―――
「そうだな……決着をつけなきゃならんのが、残念で仕方ねぇよ」
―――思考に、―――でも、もう終わりが近い。決着はつけないとね―――ノイズが走る―――
嗚呼、五月蝿い。
五月蝿いぐらいに、頭の中で記憶がフラッシュバックする。
けれどそれは、愛おしいほどに大切だと感じる記憶……大切で、大切で、どうしても失いたくなくて―――けれど、失ってしまった物。
「ッ……それ、でも」
揺らがないと、俺は決めた。
それが過去に失ってしまった物であったとして……本当に大切な物だというのならば、今度こそ失わない。
奪われたとしても、必ず取り戻す。それが、俺の答えだ。
蓮花へと銃口を向け―――俺は、思わず目を見開いた。
「……蓮、花?」
「何よ、煉?」
「お前、何を泣いて……?」
蓮花の翠玉の瞳からは、いつしか、透き通った涙が零れ落ちていた。
その俺の言葉に蓮花は目を見開き―――初めて気付いたように目の端を拭い、愕然とした表情を浮かべる。
「アタシ……どうして? こんなに、望んでいた筈なのに……」
「蓮花?」
「どうして、また、こんな事をしてるんだろう……?」
呆然とした口調……それに、俺は思わず首を傾げていた。
まるで、正気じゃないような声音だったが……一体、どうしたんだ?
それに、『また』って―――
「煉、ねえ煉……これは、アタシなの?」
「え?」
「……ううん、これはアタシ。アタシだ……そっか、またこうする事が出来たんだ……でも―――ううん、今度こそ」
何だ、蓮花は何の事を言っている?
分からないけれど、それは酷く大切な事のように思えた。
しかし、それを問いかける事も出来ない。心の中で、魂の底で―――何かが俺を押し止めている。
これは、一体……?
「煉」
「何だよ、蓮花?」
「……そろそろ、終わりにしましょ。永遠にこうしていたいと思うけど……きっと、それは叶わないから」
言いながら、蓮花は俺へと銃口を向ける。
周囲には再び水が満ち、俺を押し潰そうと狙っているようだった。
どうやら、本気のようだな……静かに頷き、俺もまた構え直す。
そして―――
「Auf Wiedersehen, Ren……Ich liebe dich―――」
その静かな囁きと共に、黒い水は俺へと向けて殺到した。
周囲の弾丸達は防御の型……少しの間だけならば、押し止められる。
―――なら!
「回帰―――」
弾丸に、力を込める。
俺が手に入れたのは二つの回帰。
先ほどから使っていたものとは違う、単発型の力―――俺の持つ最強の技だ。
「《拒絶》―――」
水は、弾丸達の防御を押し潰して俺に殺到しようとしている。
けれど、その前に―――この弾丸が当たらない事を、この弾丸で相手が倒れない事を、そしてこの弾丸で邪神が浄化されない事を拒絶した。
拒絶を重ね掛けする毎に、俺の力は加速度的に奪われてゆく。
頭痛は感じるし、今にも膝を折りそうなほど消耗している。
けれど―――俺は、水の合間に見える蓮花の姿から、一瞬たりとて目を離していなかった。
そして―――
「―――《因果反転》ッ!!」
最後の魔弾は、容赦無く放たれた。
そして刹那の間すら置かず―――
「―――ッ、あ……」
当たらない事を強く拒絶された弾丸は、引き金を絞った時点で、速さや距離を無視して相手に命中する。
絶対必中にして絶対必殺……その魔弾に心臓部を貫かれた蓮花は、大きく目を見開き―――俺へと向けて、小さく微笑んだ。
「ッ……蓮花!」
邪神の力は破壊し尽くされ、周囲を覆っていた水も消滅してゆく。
その中でゆっくりと倒れてゆく蓮花の身体を、即座に駆け寄った俺はそっと抱き留めた。
力を失った四肢はだらりと地面に投げ出され、その瞳が開く事はもう無い。
……いや、これは蓮花じゃない。蓮花の、入れ物だったモノだ。
俺の、欲しかったモノじゃない。
「……エルロード」
「邪神は、完全に祓われているよ……約束を果たそう、九条煉」
エルロードはその姿を見せず、ただ声だけが響き―――その気配も、すぐさま消え去った。
後に残ったのは、この人形の身体と俺一人。
後悔は無い。必ず、取り戻すのだから。
けれど―――どうしても、悲しかった。
「お前だけ、思い出すのかよ……ズルイだろ、本当に」
空を見上げる。
そこにあるのは、変わらない満月……魂に刻まれた何かを揺さぶる、その光景。
本当に大切であった筈のそれを忘れてしまっている自分が、酷く腹立たしい。
けれど―――道は、変わらない。
「……待ってろよ、蓮花」
必ず、迎えに行く。
だから―――また、会おう。
そう誓い、近くに転がっていた蓮花の銃の一つを拾い上げ、俺は立ち上がった。
「アウフ・ヴィーダーゼーエン……イッヒ・リーベ・ディッヒ……言い逃げされたんだ。必ず、伝えに行くさ」
俺も、お前を―――
《SIDE:OUT》
《SIDE:LENKA》
―――目を開けた時、視界に入ってきたのは真っ白な壁と天井だった。
鼻に入ってくるのは消毒液の臭い……疑うまでも無く、病院の一室。
けど、満月の夜の死闘は、ちゃんと記憶に残っている。
「……アタシ、は」
そうだ、アタシはこっちの世界で、車に撥ねられて……気がついたら、向こうの世界にいた。
てっきり、こっちのアタシは死んだものだって思ってたんだけど―――
と、緩慢な頭でそんな事を考えていた時、個室らしいこの病室のドアが開いた。
入ってきたのは、アタシもよく知っていて……それなのに、どこか懐かしさすら覚えてしまう顔。
アタシの、お母さん。
お母さんは、アタシの顔を見て―――驚愕したように、目を見開いた。
「蓮、花……蓮花、目が覚めたの!?」
「……うん、お母さん」
「ああ、神様……! そうだ、先生に連絡しないと!」
ああ、やっぱり懐かしい。
落ち着きが無くて騒がしい所も、全く変わっていない。
病室から走って出て行ってしまったお母さんは、外で看護婦さんらしき人に『廊下を走らないで!』と怒られていた。
そんな様子に、アタシは小さく笑いを漏らす。
「……神様、かぁ」
ポツリと、呟く。
こうしてビルの立ち並ぶ外の風景を見ていると、今までのアレは全て夢だったのではないかと思えてしまう。
……けど、アタシは確かに彼を愛した。愛して、そして終わりの時まで殺し合った。
それを、夢だったなんて思いたくない―――ん?
アタシの右手、何かを握って……?
「これ……!」
―――そこにあったのは、黒く重厚なリボルバー。
アタシがあの世界で、ずっと握っていた銃の内の一丁。
「あは、あははは……っ!」
夢じゃない、夢なんかである訳が無い!
アタシが愛した彼が、幻だった筈なんて無い!
だったら、彼は―――
「必ず、約束を護ってくれる!」
アタシは笑う。笑いながら、涙を流す。
嬉しくて、嬉しくて……恨んでいた筈の神様に、アタシは初めて感謝した。
彼と出逢わせてくれて、本当にありがとう、と―――
《SIDE:OUT》