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IMMORTAL BLOOD  作者: Allen
ニアクロウ編:新たなる英雄と新たなる戦い
150/196

144:満月の夜に

「俺達は、再び命を削り合う」











《SIDE:REN》











 夜の街を歩く。

宿としている宿舎を出た俺は、西側の門へと歩いていっていた。

流石に門は閉じてる時間帯だろうし、また屋根伝いに行って飛び越えるしかないかね。

小さく肩を竦めて跳躍し、近場にあった家の屋根へと跳び乗る。



「しかし、こりゃ凄ぇな」



 普段だったら屋根の縁でも掴まなきゃならなかったような場所に、一発で跳び乗る事が出来た。

身軽になったって言うより、根本的に変わってしまったような感覚ではあるが。

慣れない内はしばらく大変かもしれないけどな……力のセーブとかは苦労しそうだ。

普通に考えて、日常生活では邪魔になるとしか思えない身体能力だし。


 感覚が鋭くなっているのも、確かに戦闘で役に立つと言えばその通りなんだが……スタングレネードみたいな物を喰らった時のダメージが、尋常じゃない物になりそうだ。

どんな力だって、メリットばかりじゃない。デメリットまで含めて利用出来て、ようやく使いこなしていると言えるのだ。

しかし―――それでも、この力は俺にとって嬉しい物だった。

単純に、強くなる事が出来たというだけではなく―――



「……兄貴と、一緒なんだよな」



 銀色に染まった髪を摘み、俺は小さくそう呟く。

憧れたあの人と同じ、フェンリルの力。本来ならば手が届かなかった筈の物。

思いがけずそれを手に入れた事に、俺は喜びを感じていたのだ。



「この力は、目的の為に役立てられる……使いこなさないとな。兄貴にバカにされちまう」



 苦笑しつつも、跳躍。

高い建物から外壁へと跳び移り、そのまま外へと―――



「―――何やってんのよ、このバカ」

「……! フリズ、か」



 突然声をかけられて、思わず身構えながら振り返れば……そこにいたのは、フリズだった。

不機嫌そうに腕を組みながら顔を顰めているフリズは、深々と嘆息すると俺の方へと歩み寄ってくる。

……一番見つかっちゃ拙い奴に見つかったな、これ。



「満月の夜だし、目が覚めたらどうせここに来るだろうと思って待ってれば、案の定。アンタ、本当に人の言う事聞かないわね」

「……一応、言っただろ? あいつとの戦いは俺にやらせてくれって」

「危険になったら手を出すわよ、とも言ったわよ。一人で勝手に行って勝手にやられたくせに、偉そうな事言ってんじゃないわよ!」



 それを言われると、流石に言い返せないんだがな……参ったね、こりゃ。

足の速さではフリズの方が圧倒的に上だし、無理に逃げようとした所で意味は無い。

しかし、あいつとの決着は一対一でつけたいし―――



「……って、言いたい所だけどさ」

「え?」



 そう続いた言葉に、俺は思わず首を傾げる。

フリズは、深々と嘆息を漏らしながらも続けた。



「生憎、アンタが蓮花と戦う事を反対してる奴なんて、誰もいないのよ。

あたしもアンタの気持ちは分からないでもないし、誠人はそっち方面で肯定派。

後、いづなに言わせると……蓮花に対処できるのは煉の能力だけだから、他の誰かがいても邪魔になるだけ、だそうよ」

「……まあ、確かに。桜ですら仕留められなかったんだしな」

超越ユーヴァーメンシュを使えばまた別でしょうけど、アレは無闇に使うべきじゃないっていう話になったし、結局はアンタに頼る他無いのよ」



 成程な……確かに、能力的な面から見ても、蓮花と戦うべきなのは俺だろう。

それでも一々文句を言いに来たのは……まあ、フリズだからだろう。

一々心配性なんだよな、コイツは。



「心配すんなよ、フリズ」

「……一回負けてるのに、心配するなって言う方が無理だと思うけど」

「いや、それはまあ言い訳のしようも無いけど……でも、今度は大丈夫だ」



 勝手に動いて勝手にやられて、皆に心配をかけた……それは、どうしようもない事実だ。

反省は……まあ、あんまりしてないかもしれないけれど、それでもこれっきりにするつもりではある。

この戦いで、独断専行は最後にする。


 俺は小さく笑い、ぽんとフリズの頭を叩いた。

手が置き易い場所にあるんだよな、フリズの頭って。



「力は溜まった。そして、願いも価値観も決めてある。同じ土俵なら、負けはしないさ」

「え……嘘、いつの間に?」

「目が覚めたら使えるようになってた、って感じだな……まあ、詳しい事は後で皆に話すさ」



 俺の中に目覚めた新たな力……その名前も使い方も、しっかりと理解出来ている。

力を過信するつもりも無いが、これは俺の一部だ。

理解出来るのならば、しっかりと信頼する。これは、俺の魂でもあるのだから。



「確かに、強力な能力だよ。途方も無いほどにな」



 けど、これがあれば―――



「あいつを奪い返せる・・・なら、それも構わない」



 エルロードが何を考えているのかは、未だによく分からない。

けれど、この力は、あいつなりに歩み寄った結果なのだろう。

あいつが俺にこの力を託したのは、恐らく蓮花を救う為ではないだろう。

ただ、期待しているのだ。俺が蓮花を救うという、その結末を。

俺が力を手にする事で、変える事が出来る運命を。



「だから、心配はいらないさ。必ず勝って、戻ってくる」

「……はぁ。子供扱いすんなっての」

「っと、悪い」



 半眼で睨みながらの言葉に、小さく笑いつつもフリズの頭から手をどかす。

背の低さはコンプレックスみたいだしな……あんまり変にからかって、こんな所で暴れさせても困る。


 さてと……もう、夜になるか。

もうあまり時間は無いな。



「もう行くぜ?」

「ああ、煉。一ついい?」

「ん、何だよ?」



 踵を返し、壁の上から飛び降りようとした所で、後ろからフリズの声がかかった。

首を傾げつつ振り返れば―――そこには、俺の方へ向けて笑みを浮かべながら拳を突き出しているフリズの姿。

フリズは、そのまま不敵な笑みで声を上げた。



「ぶっ飛ばしてやりなさいな。アンタなら、必ず届くわ」

「……! ああ、期待して待ってろ!」



 そして、俺も笑みを浮かべ、フリズの拳へと己の拳を当てる。

成程、ミナの言った通りって訳か。

ミナは俺の背中を押して、フリズは俺の腕を引っ張ってゆく。

そこまでして貰わないと真っ直ぐ進めないなんて、つくづく俺は世話の焼ける男なんだろう。


 ―――それならば、蓮花は一体何処に立つべきなのだろうか。

小さく苦笑し、手を離す。



「また後でな、フリズ」

「ええ」



 余計な言葉はもう要らない。

俺はフリズの笑顔から踵を返し―――跳躍して、壁の外へと跳び降りた。

空に浮かぶのは満月……果たして、あの丘に行けば、俺は忘れている何かを思い出す事が出来るのか。



「……行けば分かる、か」



 この世界には、まだまだ謎が残っている。

エルロードの真の目的だって、全くと言っていいほどはっきりしない。

そして……隠された謎を知る事が、俺達にとって幸せな結果へと繋がるのか―――それすらも分からない。

けれど、進むしかないのだ。あそこには、蓮花が待っているのだから。

小さく、口元に笑みを浮かべて歩き出す。



「さて、と」



 夜目が利くようになったおかげで、魔術式メモリーを使わずとも景色を見渡す事ができる。

低い草木に覆われた丘へと、月を背負いながら歩いてゆく。

月に追いかけられているのか、月を追っているのか―――そんな、取りとめも無い事を考える。

しっかりと地面を踏み締め、ただ前へ。


 ―――何故だろう。かつて、同じ事をしていたような気がする。



「……俺達は、何なんだろうな」



 誰へとも無く、俺は問いかける。

何か、大切な事を忘れてしまっているような―――思い出せない焦りと、もどかしさ。

時折走るノイズや、フラッシュバックする光景……それに、心を狂わされてしまうのは何故だろう。

焦がれるほどに大切だったというのなら、何故忘れてしまったというのか。

もしかしたら、これは俺達の記憶ではなく、俺達の前にこの《欠片》を持っていた人の記憶なのではないだろうか。

エルロードの《欠片》を受け取った時、少しだけあいつが抱いていた思いが伝わってきた。

だからこそ、あいつが俺に対して期待している事も、少しは予想する事が出来たんだが。



「なら……俺達は、こんな戦いを繰り返しているのかもしれないな」



 前世とでも言うべきだろう。

かつての《拒絶アブレーヌング》と《静止アンシュラーグ》の持ち主も、こうやって愛し合いながら争ったのか。

―――そんな事を考え、苦笑する。

もしそうだとするのならば、俺達はどれだけ救われない運命の中に生きているというのか。



「世界を恨め、運命を呪え、か……今なら、お前の言う事も分かる気がするな、エルロード」



 お前が求めたのは、一体何なのか……その呪われた運命から抜け出す事だというのならば、俺も協力したい所だ。

あいつと俺に救われぬ運命が用意されていると言うのなら、その運命を呪ってやるさ。


 ゆっくりと、坂を上り―――そして、見上げる。

そこに立つ、薄紅色の髪を持つ少女の姿を。


 天上に見えるのは満月。

俺達以外に動く物は、風に揺れる草花だけ……静止した世界で、俺と蓮花の、たった二人。



「待たせたな、蓮花」

「……煉」



 ゆっくりと、蓮花は振り返る。

その胸には、つい先日開けた大穴は開いていない。

やはり、その体が人間ではないのは確かなんだろう。

エルロードが言うように、魂だけがこちらの世界へと導かれ……そして、今の身体に宿った。



「……本当に、生き返ったのね」

「ギリギリ死んでた訳じゃないと思うんだがな……ま、そういう訳だ」



 俺としても、アレは死んだものだと思ってたんだがな。

まあ、生きていたのなら儲けモノだ。もう一度、こうやって蓮花と戦う事が出来るのだから。

―――けれど、何故だろう。蓮花の表情は、何処となく沈んだ物だった。



「ねえ、煉」

「何だ?」

「……どうしてここにいると、嫌な気分になるのかしら」



 言って、蓮花は満月を見上げる。

忌々しげに、そして悲しそうに……蓮花は、そこにある何かを睨み付けていた。



「貴方との戦いは、心躍るほどに楽しみよ。でも……何かが引っかかる」

「何か……か」



 恐らく、それが俺達が忘れている事なんだろう。

俺だって、同じだ。ここに来てから、妙に落ち着かない。

忘れてしまっている何かを思い出せない事が、酷くもどかしい。


 ―――思わず、苦笑する。



「なあ、蓮花」

「何?」

「お前は……俺と敵対しない可能性ってのは、無かったのか?」



 一つ、疑問だった事だ。

最初から人形遣いドールマスターとやらの人形に宿ってしまっていたのなら、蓮花は最初から敵である事が確定していた訳だ。

果たして、本当にそうだったのかどうか……それが、気になっていた。

そして、そんな俺の言葉に、蓮花は肩を竦めつつ答える。



「無かったでしょうね。この世界で目覚めた時から、アタシはあの人に支配されていた」

「……そうか」



 エルロードは、それすらも狙っていたのだろうか。

それとも、偶然そうなってしまったのだろうか。

分からないが……それでも、俺と蓮花が戦う事は決められた事だったようだ。



「でも……ねえ、煉。貴方は、アタシのモノになる事は出来ないの?」

「……」



 蓮花の言葉に、俺は顔を上げる。

見上げた蓮花の表情は、どこか悲痛な物が混じっていた。

それが、俺にとっては意外なもので―――それでいて、どこか理解できる物でもあった。



「貴方がアタシのモノなってくれるなら、アタシも貴方だけのモノになってあげる。

互いが互いを支配する……それなら、この鎖を断ち切るために戦う気にだってなれる!

ねえ煉、それじゃあダメなの!?」

「ああ、ダメだな」



 けれど、俺は首を横に振った。

例え理解できたとしても、俺は首を縦に振る訳には行かない。

俺は既に、願いを定めてしまったのだ。回帰リグレッシオンへと至る為の覚悟を。



「俺が求めた未来は、最高のハッピーエンドだけだ。そんな世界を創り上げる事だけが、俺の道だ。

お前の願いは、その道を外れてしまう……だから、首を縦に振る訳にはいかねぇよ」

「ッ……でも、アタシは、そこにいられないじゃない!」

「いや、いられるさ」



 断言する。

力強く言い放ったその言葉に―――蓮花は目を見開いて俺の事を見つめた。

口元に浮かべるのは、不敵な笑み。兄貴を真似するように使い出した表情は、いつしか俺に馴染むものへと変化していた。

兄貴は間違いだらけな男だったけど……それでも、一つの思いを貫いたのだ。

だから、俺も―――決して、その道を諦めない。



「俺は諦めない。俺の求めたモノが、たった一つでも失われたままの未来を認めない。

兄貴も、カレナさんも……そして、お前の事だって必ず取り戻してみせる」

「何の根拠もなく、そんな事……!」

「根拠ならあるさ、心配すんなよ」



 銃を抜き放ちつつ、俺はそう蓮花へと告げる。

エルロードは約束したのだ。もしも蓮花の中の邪神を浄化できたなら、こいつを元の世界へと連れ戻すと。

ならば、後は俺がただこの世界で勝ち抜けばいいだけだ。

そうすれば、いずれ必ず蓮花の事を迎えに行ける。



「俺が勝てば、お前は夢から醒める。そして、そこで俺が迎えに来るのを待っていればいい。

その代わり、お前が勝ったら、お前の望み通りにしてやるよ」

「……本気、なのね」

「ああ、俺はいつだって本気だ」



 俺の言葉に―――蓮花は、口元に笑みを浮かべながら銃を抜き放った。

その表情の中に、先ほどまでの迷いは無い。

……やっぱり、それでこそだな。



「あはは、ごめんなさいね、煉……ちょっと、変になってた」

「分かるさ。俺だって、妙な感覚に押されてるからな」

「そう……一緒ね、アタシ達」

「ああ……一緒だ」



 だから―――アイし合おう。

いずれ来る、幸せな結末の為に。



回帰リグレッシオン―――』



 俺達はただ、互いの魂を削り合う。

互いに宿るのは、神の力と邪神の力。

この二つの力がぶつかり合うというのは、ある意味では酷い皮肉だろう。



「《拒絶アブレーヌング》―――」

「《静止アンシュラーグ》―――」



 だが、そんな皮肉の為に俺達は戦っている訳ではない。

いや、そんな理由など認めない。

これは、俺達の戦いだ。俺達が掴むべき未来への分岐点だ。



『《肯定創出エルツォイグング》―――』



 運命に定められていたというのならば、それでもいいだろう。

精々残酷な結果でも用意して、俺達を絶望させようと策を廻らせていればいい。

だが、俺達は絶対に折れない。必ず、お前を破却してくれる。



「―――《魔王降臨ザミュエル・アブシュタイクト》!!」

「―――《邪神顕現ダゴン・アブシュタイクト》!!」



 そして―――二つの殺意が、満月の夜に喚起された。











《SIDE:OUT》





















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