13:創造魔術式
それは、人に許されざる力。
それは、人が作り出してしまった力。
《SIDE:REN》
公爵家までやって来た俺達は、ミナを除いた三人ですぐさま客間に通されていた。
俺はその前にここの家にいた医者に診て貰った為、頭に包帯を巻いてるが。
しかし、金持ちの家って落ち着かないな……内装から何からやたらと凝ってる為に、妙な閉塞感がある。
兄貴も結構金持ちだけど、そういうのに無頓着なのか物は殆ど無かったからな。
で、その兄貴はと言えば、さっき拾った金属の玉を見つめながら何やら考えている。
不思議な光沢のある金属で、球なのに磨き抜かれたかのように滑らかだ。
汚れの無い純粋な銀色のそれは、少なくとも鉄とかそう言った物ではない事だけは伝わってくる。
と―――そんな事を考えていた時、ようやく部屋の扉が開いた。
「待たせてしまったな」
入ってきたのは金髪に蒼い瞳の男性と、銀髪碧眼の女性。そして、その後ろにいるミナ。
ギルベルト公爵とカティア公爵夫人だ、という事は予め兄貴から聞かされている。
だが、それにしても……この二人、あんまりミナに似てないな。
「さて、ジェイ、リル。それにレン君だったな。この度は、娘を救い出してくれてありがとう。心から礼を言わせて貰おう」
「いえ……それも依頼の内でしたから、当然です」
思わず、ぎょっとした。
まさか兄貴が敬語で話すとは思わなかったからだ。
そんな俺の視線に気付いたのか、兄貴は一度俺の方をじろりと睨むと、何事も無かったかのように公爵に向き直った。
気付いているのかいないのか、特に変わった様子も無く公爵は続ける。
「特にレン君。君のおかげで娘は助かったそうだな」
「あ、いえ……俺一人ではどうにもならなかったと思います」
いきなり話を振られて驚きつつ、ちょっと恐縮しながら声を上げる。
俺が言った事は俺の本心だ。あの時の俺は運が良かっただけで、そうでなければ二度は死んでいただろう。
俺の手柄と言うには、あまり誇れない戦績だ。
そんな俺の考えは露ほども知らず、公爵は穏やかな笑みを浮かべて語りかけてくる。
「謙遜は不要だ。娘は、君に二度も助けられたと言っているぞ?」
「あ、あー……あれはまあ、偶然と言うか」
「運も実力の内、という事だ。私も一人の父親なのだ、礼は言わせてくれ」
「は、はい」
うーむ……兄貴が言ってた通り、本当にいい人みたいだ。
ミナの性格から、何か問題でもある人物なのかなと思ったけど、特にそんな様子は無い。
しかし、二度助けた、か。
一度目は、あの路地の奥にあった小屋の事だろう。
あの時、俺はエルロードに導かれて……あいつは、結局何が目的だったんだろうか。
俺にミナを助けさせる為? でも、何で態々そんな事を―――
「それで、公爵。先ほどの男の事ですが」
「ああ、尋問はこちらに任せてくれ。あそこから尻尾を掴むのは難しいかもしれんがな」
「いえ……何か出来る事があれば、また依頼を」
俺が考え事をしている間に、兄貴が話を進めていた。
あの執事の話か……確かに、誰かに雇われたみたいな事を言ってたけど。
さっきリルが俺を止めたのは、尋問の為だったって言う訳か。
ふと、ミナに視線を向けてみると、彼女もまたこっちの事を見ている所だった。
と言うかむしろ、俺の事をじーっと見てるだけだ。
思わず目を逸らしそうになるが、じっと我慢。目を逸らしたら負けとばかり、こちらも見つめ返してみる。
いや、まあ意味は無いけど。
隣でカティアさんがあらあらと笑っていたのは特に気にしないことにする。
が―――
「―――さて、それでは本題に入ろうか」
そのギルベルトさんの一言で、俺の意識は話し合いの場に引き戻された。
気付けば、兄貴もギルベルトさんも表情は真剣そのもの。
唐突に発せられた威圧感に、俺は思わず生唾を飲み込んでいた。
「リーベル、人払いを。何人たりともこの部屋に近づけるな」
「旦那様の御心のままに」
部屋の隅の方に立ってた金髪の執事さんが、ギルベルトさんの言葉に恭しく礼をして部屋を出る。
内密な話って事だろうか。俺がいていいのか?
「さて、これで良いな。ではジェイ、今回の依頼だが」
「え……?」
「今回の誘拐は予想外だったんだよ。本来の目的は別にある」
あ、ああ、そうか。誘拐されてから兄貴に依頼したんじゃ遅すぎるもんな。
今回は運が良かっただけって事なのか。
「ジェイ。どうかしばらくの間、ミナを預かっていて欲しい」
「……公爵、分かっているとは思いますが、俺は傭兵ですよ?
事が済むまで俺を護衛として雇うというなら分かる。だが、俺に連れて行けと?」
「危険は承知の上だ。だが、他に方法は無い」
思わず耳を疑った。
公爵令嬢を、危険な戦場を歩き回る傭兵に預けるだって?
失礼ながら、とてもじゃないが正気とは思えない。
そんな考えが表情に出ていたのだろうか。
ギルベルトさんは俺の顔を見て小さく苦笑すると、半ば諦めのような表情を浮かべて話し始めた。
「いいかい、レン君。これから話す事は他言無用だ……絶対に知られてはならない事なのでね」
「……分かりました」
ギルベルトさんの眼の中にある真剣な色に、俺も息を飲んで頷く。
そして―――彼は、話し始めた。
「ミナはね……私達の、本当の娘ではないのだよ」
「……っ!?」
「あれは……そう、15年前だったか。相性が悪いのか何なのか、私達はずっと子宝に恵まれなくてね。
そんな時、ジェイが連れてきたのがこの子だった」
兄貴が、連れてきた?
じゃあ、何だ。ミナは捨て子だったって言うのか?
少しだけ視線をずらし、ミナの様子を盗み見てみる。
けれど、彼女は特にショックを受けるでもなく、いつも通りの表情を浮かべている。
ミナ自身も知っての事なのか。
「こいつは少々特殊な生まれでな。俺はこいつの母親から依頼され、こいつを引き取った。
が、まあ言うまでも無く俺に子育てなんてのは無理だ」
「ま、まあそりゃあ……って言うか15年前って、兄貴って今何歳だよ?」
「俺は不死者なんでな。歳なんざ大した問題じゃない」
いや、それは初耳なんだけど。
この世界では不死者と呼ばれる者が存在しているらしい。
例えば、あのアルシェールさん。他にも、一応エルフィーンとかニヴァーフ、龍人族も寿命は長いのでこれの分類だ。
不死者には五つの段階があり、第一位から第五位に掛けてその不死性が高まって行く。
寿命はあるが長命な種が第一位。
寿命は無いが病気や怪我などで死ぬのが第二位。
寿命は無く、急所以外の損傷では死なないのが第三位。
第三位を更に強力にし、急所を破壊されても再生する第四位。
そして、いかなる不死殺しでも殺害する事は不可能と言われる第五位。
しかし兄貴ってヒューゲンだった筈なんだけどな……なのになんで不死者になってるんだ?
「まあ、俺の話はどうでもいい。当時こいつを預かった俺は、こいつを育てるのに適した環境が無いかどうか探した。
が、俺の知り合いにはマトモな女なんぞ殆どいないんでな。
一人はいたが、当時の奴は俺の顔を見るなり殺しに掛かって来るような状態だったから―――」
「いや、兄貴。それマトモって言わない」
「まあとにかく、安心して預けられる相手が公爵しかいなかった訳だ。公爵も子供がいなかったし、ちょうどいいと思ってた」
「だが、貴族と言うものはそう簡単な話ではないのだ」
口を挟んできたギルベルトさんに視線を向ける。
少し渋い表情で、彼はミナの頭を撫でながら声を上げた。
「無論、私も妻も喜んだし、ジェイに感謝した。そして、出来る限りの愛情をこの子に注いできたつもりだ。
私達の本当の娘として、周囲に知られないように様々な措置も行い、こうして平和に暮らしてくる事が出来た」
「……まさか、秘密がバレたとか?」
「いや、それは無い。ジェイも偽装に協力してくれたからな。この事を知っているのは、私達の他にはリーベルだけだ。
だが、噂と言うのはどこからでも生まれるものでな。私達の容姿があまり似ていないというのも、それに拍車をかける」
つまり、いつバレてもおかしくない状況だと言う事か。
だが、それがどうしてミナを兄貴に預ける事に繋がる?
そんな俺の疑問に、隣にいた兄貴が嘆息しつつ答えてくれた。
「バレれば、ミナは公爵家の跡継ぎとしての資格を失う事になる。
出来る限り追求の目から離すと言う意味では、俺に預けるのは確かに効果的だ。
そして、俺たちと共に動く事によって、貴族の名に箔を付けるような功績を上げられるかもしれない。
リオグラスの国王は大らかな人柄でな。
周りに文句を言わせないだけの功績を上げたなら、例えバレてもこの家を継ぐ事が可能かもしれないって事だ」
「俺はそういうのに疎いから良く分からんけど、そういう物なのか?」
「例えば、そこらの貴族がミナが本当の娘では無いと主張したとしよう。
その代わり、他の誰かがこのフォールハウト家を継ぐ事になる。
だが、その時ミナが大きな功績を残している人物だったらどうなる?
本当の娘じゃない証拠なんて一つも無い、ならばそんな下らない意見など聞き入れる理由はあるか?
そいつに継がせるのとミナに継がせるの、どちらが国の為になる?」
「あー……」
そういうのって血筋にこだわる様な気がしてたんだが、この国だとあんまり気にしないのか?
まあ、そうなるべきだと言う経緯は理解できた。
けど、やっぱりミナを俺たちが連れて行くというのは危険な賭けだろう。
「……一応改めて言っておきますが、俺は反対です、公爵。確かに効果はあると思いますが、それにしたって危険すぎる。
そもそも、ミナには何の力も―――」
「ジェイ、分かっていて試しているのだろう。私は知っているよ」
「っ……ああ、全く! どうしてこう間が悪いんだか……!」
「兄貴?」
額を手で覆って嘆く兄貴に、俺は思わず首を傾げていた。
こんな反応を見るのは初めてだ。
兄貴はそのまま天を仰いでなにやらブツブツ呟いていたが、大きく嘆息すると視線を戻した。
「……確かに、一度ミナを連れて行く用事はあります。それがミナの母親との約束だった。
だがずっと連れ歩くなんて事、俺は責任を持てない。傭兵って言うのはそういう仕事なんです、公爵。
一度は連れて行きましょう。だが、用事が終わったらすぐに―――」
「ジェイ」
と―――ここで、初めてミナが声を上げた。
ミナはじっとその瞳で、あの心の底を見透かすような真直ぐな瞳で、じっと兄貴の事を見つめる。
その視線に、一瞬だけ兄貴がたじろいだように見えた。
「わたし、ジェイと一緒に行きたい」
「ッ……だがな、ミナ」
「レンとも一緒にいたい。それに……お父様にもお母様にも、今まで育ててくれたお返ししたい」
ああ、何でそういう事を臆面も無く言えるんだろうか、この子は!
正直、話に参加できてない俺でもかなり恥ずかしい。
だが、その言葉に俺は少し……いや、かなり驚いていた。
まだ短い付き合いだけど、今までミナが自分から何かを主張しようとする事はなかったからだ。
だからこそ……俺は、ミナを応援したくなった。
「兄貴、俺からも頼む。ミナの気持ちも汲んでやって欲しい」
「わう」
兄貴もそんなミナに絶句し、俺達の言葉に頭を抱え―――そして、深々と嘆息を漏らした。
「……ミナ、お前は自分の力を自覚しているか?」
「……ん」
コクリ、とミナは頷く。
兄貴はそれに頷き返し、さっきから持っていた金属の球体をテーブルの上に置いた。
「こいつはお前が、自分自身の意思で創り出した物―――そうだな?」
「ん」
躊躇う事無く、ミナは頷く。だが、俺は思わず耳を疑っていた。
これを、ミナが創った? 一体どういう事だ?
「小僧、こいつが何だか分かるか?」
「え? 何って、この材質か? 何か銀っぽい気がするけど……」
「外れだ。こいつはミスリルと言う希少な金属―――それも、純度100%のな」
「み、ミスリル!? ミスリルって、あの!?」
「何だ、知ってたのか」
いや、この世界での詳しい話は知らないけど、元の世界ではよくゲームとか小説に出てくる代物だ。
見た目の割に軽く、非常に丈夫な金属……そんなイメージがある。
だが―――
「ミナが創ったって言うのはどういう事なんだ?」
「ミナには、特殊な能力がある。と言うより、ミナにしか唱えられない特殊な魔術式があるんだ。
それが、創造魔術式。魔力からありとあらゆる物を創造する、古代の魔術式だ」
「クリエイト、メモリー……」
魔力から、あらゆる物を創造する?
それを使って、魔力からミスリルを作り出した?
それって、物凄い能力なんじゃ……?
「ミナ、こいつと同じ物は作れるか?」
「ん……《創造:魔術銀の球体》」
ミナがそう唱えると同時、あの時と同じように虚空からミスリルの球体が現れた。
降って来た球体をキャッチした兄貴は、それを前の物の隣に並べる。
その大きさは、完全に一致していた。
「ここまで純度の高いミスリルって言うのは、通常産出されない。
もしもこれを腕のいい鍛冶屋に持って行って剣を作らせれば、それだけで屋敷が一つ買える様な剣が作れるだろう。
まあ、こいつはミナの意思一つで消す事ができるんだがな。やってみろ、ミナ」
「ん」
ミナはコクリと頷き―――次の瞬間、二つの球体は砕け散って消滅していた。
もう十分分かった。ミナはとんでもない能力者だ。
「ミナの本当の母親との約束は、『ミナが創造魔術式を操れるようになったら一度だけ会わせる』と言うものだった。
ここまで力を操れるようになっているなら、その条件にも当て嵌まっているだろう。
だから、一度はミナを連れて行く……出来れば見なかった事にしたかったが、こうなっては仕方ないさ。
だが、それでもミナを引き取ることは反対だ。例えミナ自身が納得していたとしても」
「ジェイ……頼む、この通り―――」
「だから!」
頭を下げようとする公爵を遮って、兄貴は大きく声を上げる。
そして深々と溜め息を漏らし、椅子に身体を沈めるように座ると、顔を手で覆いながら声を上げた。
「一度だけ、様子を見る。今回ミナを母親の元に連れて行って、それでもしミナが自分で自分の身を護れると判断したら、その時は連れて行きます」
「ジェイ……! ありがとう」
ギルベルトさんは、安堵したように笑顔を浮かべる。
きっと、兄貴にとってそれが最大の譲歩なんだろう。
「俺は、貴方達が本当にミナの事を想っていると分かっている……だからこそ、あんな選択をしたんだと理解してる。
地位を追われるかもしれないミナを案じてだって事も、分かってるんだ。
それでも、貴方達には後悔して欲しくない。
自分の地位を磐石にする為に娘を売ったとか、そんな噂を流されるかもしれない……俺は、そんな物も見たくない。
俺が貴方達の事を案じているんだと言う事は、忘れないで下さい」
「分かっていますよ、ジェイ。貴方は昔から優しい子だったから」
そう声を上げたのは、今まで沈黙を保っていたカティアさんだった。
優しげな笑みを浮かべるその姿に―――向こうの世界にいる、お袋の姿が重なった。
ホームシックになんて、かかってる場合じゃないんだが……な。
「……はぁ。まあ、いずれ解決しなけりゃならない問題だったのは確かだしな。
とりあえず、お前を連れて行くぞ、ミナ。ちゃんと覚悟は出来てるんだろうな?」
「ん」
ミナの返答は、いつも通りの頷き。全く緊張して無いその様子に、俺は小さく苦笑していた。
と―――そこで再び、ミナの視線が俺に向く。
「レン」
「ん……何だ、ミナ?」
「……よろしく」
普段と、あまり変わらないように見える。けれど、その口元は確かに少しだけ微笑んでいた。
ミナにもちゃんと表情があるんだよな、やっぱり。少しだけ嬉しくなって、俺もまた笑顔で返す。
「ああ、よろしくな、ミナ」
いつか、もっとちゃんと笑ってくれるといいな、と思いながら―――俺達は、笑顔で見詰め合っていた。
《SIDE:OUT》