140:二匹の獣
「争いなんていらない。全ての人が通じ合えれば、争いなんて起こらない」
《SIDE:REN》
銃声が周囲に響き渡る。
遮る物のない丘の上は、銃撃戦をするには最悪の場所だ。
まあ、それはお互い様って言う事でもあるが。
けれど、そうであるにもかかわらず、俺はただこの状況を愉しんでいた。
「あはははははっ!」
あいつの方も、随分と楽しそうだな。
笑いながら、蓮花は俺の頭と胸を撃ち抜こうと狙いを定めてくる。
能力で消し去る事も出来ない訳じゃないが、操りきれている訳じゃない能力を過信するのは良くないだろう。
横に移動しながら、俺は蓮花の銃を狙い撃つ。
が、以前やられたおかげであいつも警戒していたのか、俺の弾丸は蓮花の銃に命中する前に静止した。
「ちッ……」
やっぱり、同じ手はそうそう通用しないか。
蓮花の力に関しては、一応桜には聞いてきたし……邪神の力を加えられた事によって、力が上がっている事も分かっている。
だがそれでも、俺の力ならばそれらを纏めて貫ける事は確かだ。
この戦いの前に使えるようになっておきたい所だったが、それは仕方ない。
蓮花の放ってきた弾丸を身体を投げ出しつつも躱し、その跳んでいる最中に蓮花へと銃口を向ける。
目くらまし程度にしかならないだろうが―――
「《散弾銃》!」
「―――!」
散弾と化した弾丸が蓮花へと放たれ、蓮花の全身に張り付くように静止する。
光を放つ魔力の弾丸だ、これで視界は遮られるだろう。
今の内に、減ってきていたマガジンを抜き、弾丸を補充する。
「しかしまぁ……」
炸裂弾、散弾、どれも通用しない。
俺に残っている手札は、俺自身の能力である《拒絶》と、あとは《魔弾の悪魔》だけだ。
流石に、《魔弾の射手》は近距離戦には向かないからな。
対し、蓮花はまだ回帰を残している。状況としては、明らかにこちらが不利だろう。
「あはは。色々出来るのね、煉の銃って。リロードとか面倒臭そうだけど」
「リロードはあるのが普通だろ。まあ、俺の場合は自分の能力の弊害って奴だ」
「能力ねぇ……自分にデメリットのある能力なんてあるのかしら?」
「あるものは仕方ないだ―――ろッ!」
言い放ちつつ、身体強化の魔術式を更にブーストさせて接近する。
左の肩で体当たりするように突撃しつつも、脇の下からは右の銃の銃口を向けていた。
ほぼ肉薄する距離から、右の銃の引き金を三度絞る―――その距離でも、それは蓮花に止められたが―――そしてそれと共に、俺は左の銃のグリップを蓮花の額へと叩き込んだ。
―――己の力を、左の銃に込めつつ。
「づ……ッ!?」
勢いを弱められたものの、突き抜けた衝撃に蓮花の体が仰け反る。
そのまま、右の銃で撃ち抜こうと―――
「―――ッ!」
刹那、背筋に走った悪寒に、俺は咄嗟に後ろへ向けて跳躍していた。
そんな俺の爪先を掠りつつ、黒い水が地面から針のように空中へと伸びる。
退避するのが一瞬でも遅ければ、アレに串刺しにされていただろう。
「流石の反応ね、煉……完璧に対応されるとは思わなかったわ」
「面倒な攻撃してくるな、お前は」
さて……声を上げつつも、俺は左の銃へと力を込めてゆく。
特別な素振りがある訳ではないのでバレはしないだろうが、一気に力を消費すると疲労が激しいのだ。
とにかく、力を充填させるには少し時間がかかる。
となれば―――
「相性もあるとはいえ、俺以外だったらお前の相手は難しいんじゃないのか?」
「まあそうでしょうけど……生憎と、桜のあの力と戦う気にはなれないわね」
「桜?」
そういえば、あの戦いの最中に突然夜になった事があったが……アレは桜の力だったのか?
けど精霊の力だけで、いきなりそんな事が出来たりするのだろうか。
首を傾げた俺に対し、蓮花は深々と溜め息を吐き出しつつも声を上げる。
「何だったかしら……ユー、何たらかんたら。まさか、貴方もあんな力を使えるんじゃないでしょうね」
「ユー……まさか、超越?」
「そうそれ。影で捕まえた相手の魂を奪うなんて、本当に無茶苦茶な力よ」
そうか、アレは桜の超越による物だったのか。
流石に、それは予想外だった。まさか、いきなりそんな力まで操れるようになっていたとは。
まだ回帰すら使えない身としては、正直複雑な気分だが。
小さく、嘆息する。
「アレは、多分まだ桜にしか使えないだろうよ。いずれは俺達全員が使えるようになるべきモノだろうがな」
「……そ。まあ、貴方は関係ない訳だけど」
「そりゃ、こっちの台詞だな。帝国に超越持ちなんていて貰っちゃ困る」
小さく、笑う。
話をしていたおかげで、力の充填は出来た。
これで、蓮花の防御を貫くぐらいの力は溜まっただろう。
後は、放つべきタイミングを見誤らなければ―――
「……結構、銃声も響かせたしね。あんな技を持つ奴に入って来られたら困るわ。だから―――」
……魂の奥にある、《神の欠片》が震える。
この感覚には覚えがあった。そう、仲間達が力を使う時の、あの感覚。
覚悟はしてたつもりだったが……ついに、来るか!
「名残惜しいけど、さっさと決めさせてもらうわよ」
蓮花の足元から、黒い水溜りが広がる。
邪神と《神の欠片》の力を合わせたそれは、桜ですら脅威になるほどの力だった訳だ。
だが、この力を打ち破ってこそ、蓮花との戦いが意味を成す。
俺には、まだ使えない。けれど、その力を貫く事は出来る筈だ。
「回帰―――《静止:肯定創出・邪神顕現》」
刹那―――黒い水が、一気に吹き上がった。
その中心で嗤う蓮花に対し、俺も小さく笑みを浮かべながら、左の銃を持ち上げる。
生憎と、俺は回帰を使えない。だから、今ある中では、これが最強の手札だ。
「術式装填」
吹き上がった水が、俺の動きを縛ろうと襲い掛かる。
けれど、それよりも一瞬速く―――
「最高位魔術式―――《魔弾の悪魔》」
俺の力の篭った銀の弾丸が、俺の周囲を旋回するようにして黒い水を打ち砕いた。
その結果を見て、新たなマガジンを装填しながら俺は嗤う。
先ほどまでのは、ただの子供の遊び……銃を撃ち合うだけならば、向こうの世界でやるサバゲーと大差ない。
けれど、ここからは違う。異能と異能……神の力と邪神の力のぶつかり合い。
この世界でしかありえない、超常の力同士の対決だ。
「俺の力を込めた、邪神殺しの弾丸だ……そう簡単に、防げると思うなよ?」
「あはははは! いいわね、簡単に終わっちゃ面白くない……やっぱり、こうでなくちゃ!」
嗤いながら、蓮花は腕を振り上げる。
瞬間、地面から吹き上がった黒い水が、津波のような形を模して俺に襲い掛かった。
慌てず、俺は即座に弾丸の軌跡を脳裏に描く。瞬間、それをなぞるかのように《魔弾の悪魔》が動いた。
弾丸は津波の中心を撃ち抜き、邪神祓いの力がそれを纏めて消滅させる。
瞬間、その向こうから紅の弾丸が迫るが―――
「分かってるよ!」
来る事さえ分かっていれば、消滅させる事は容易い。
飛沫の向こうで銃をこちらへと向ける蓮花は、ただただその顔を愉悦に歪めていた。
「あはは! アタシの水飛沫を浴びてるくせに、どうして動けるのかしらね、ホント!」
「俺は、他人の意志で勝手に縛られるのが大嫌いでね! そんなモノ、全部拒絶してやるだけだ!」
俺に魔力が通用しないのも、大方そういう理由だろう。
おかげで色々とデメリットを被っている訳だが、コイツと戦う為に必要だったと考えるなら、それも悪くない。
今はただ、コイツとの戦いだけが全てだ!
「なら、飲み込んであげるッ!」
「誰がッ!」
蓮花が地面に手を着くと共に、黒い水の範囲が一気に広がってゆく。
足元に到達しようとした水を後方に跳躍して躱すが、水は手を伸ばすかのように俺の方へと噴出してきた。
舌打ちし、それらを《魔弾の悪魔》で撃ち落とす。
力だけならまだしも、アレに捕まったら物理的に動けなくなりそうだからな。
「行けッ!」
《魔弾の悪魔》を蓮花の方へと直進させる。
あの弾丸に含まれた魔力は有限だし、邪神の力の浄化には結構な力を使ってしまう。
だから、あまり時間をかけている暇は無い。
一か八かの……勝負に出る!
「ッ……はあああああっ!」
蓮花の周囲の水が逆巻き、俺の弾丸を喰らい尽くそうと唸りをあげる。
けれど《魔弾の悪魔》は、その魔力を削られつつも、蓮花の水を消滅させていった。
「おおおおおおおおおおおおッ!!」
弾丸の維持、制御へと全力を注ぐ。
あの一発が俺の生命線……そして、切り札への最後の一手!
《魔弾の悪魔》は蓮花の水を喰らい尽くしながら進み―――蓮花自身へと、直撃した。
「ッ、だ、あああああああッ!」
蓮花は己の力を以って《魔弾の悪魔》を受け止め―――そこへ向かって、横から弾丸を放った。
その一撃で、最後の最後まで残っていた魔力を削り取られ、《魔弾の悪魔》が消滅する。
蓮花は、その顔に勝利の笑みを浮かべ―――
「Check mate……!」
―――俺が全力を込めた最後の弾丸に、その胸を貫かれた。
衝撃と共に目を見開き、蓮花が後方へと吹き飛んでゆく。
その姿を見届け―――俺は、その場にうずくまった。
「ッ、ハァッ、ハァッ……あの時のフリズは、こういう気分だった訳か……」
蓮花の防御を貫けるだけの力を、ほぼ二連続で放った。
一発撃つだけでもかなり消耗するってのに、殆ど間を開けずに撃った訳だ。
ガンガンと痛みを発する頭のおかげで、かなり朦朧としているが……辛うじて、俺は意識を保っていた。
「桜以上の燃費の悪さってのは何なんだよ、全く……格が上の欠片ほど、燃費が悪いってのか?」
そう思うと、知覚系能力の欠片を持ってる連中が羨ましくなってくる。
誠人とか、力を使っても殆ど消耗してなかったじゃねぇか。
まあ、その分自分自身の身体能力に依存する所が大きい訳だけど。
「ッ……とにかく、蓮花は―――」
刹那―――大きな衝撃が、胸を突き抜けた。
体が揺らぎ、俺は思わず目を見開く。
思わずたたらを踏み、口の中に溢れ出てきたものを手で受け止める―――紅い。
震えながら見下ろした胸からは……とめどなく流れ出す血が、体を紅く染めていた。
「やられたらやり返すのが礼儀よね?」
「な、んで……」
そこに立っているのは、紛れもなく……蓮花、だった。
そして、その胸には……俺の開けた風穴が、依然開いたまま―――
「残念ね。アタシの体が人間だったら、アタシを殺せていたでしょうに」
「ば、か……な……」
霞む視界。
崩れ落ちながら、僅かに、見えたのは……どこか悲しそうに歪んだ、蓮花の顔だった。
《SIDE:OUT》
《SIDE:LENKA》
「はぁっ、は……はは、あはははははっ!」
勝った……煉を、この手で殺してあげた。
このアタシの体は、人形遣いによって造られたもの。人間だったら、即死してたでしょうね。
ともあれ、これで煉の全て、何もかも……アタシの手で、奪う事が出来る。
煉がアタシの元に来てくれるのが最高だったけど、この決着もアタシが望んでいたものだ。
なのに―――
「あはは、はは……何で、嫌な気分なのよ」
何故か満たされない感覚に、アタシは小さく吐き捨てる。
けど、決着はついたんだ。もう、何も変わらない。後は、煉をアタシの力の中に沈めるだけ。
そうすれば、煉はこのまま永遠に、アタシの中に存在し続ける。
そう考えれば、沈んでいた気分も少しは晴れるってモノよね。
さあ、アタシの水の中に―――
「……やっぱり、こうなってしまった」
「―――っ!?」
刹那、聞こえた声に対してアタシは銃口を向けていた。
いつの間に現れていたのか―――そこにいたのは、銀色の狼を引き連れた翠色の女の子。
「ミナ……?」
「……積み重ねた記憶が浅い。レンカでは、思い出せなかった」
「何、言ってるのよ?」
ミナは、アタシの威嚇をものともせずに歩いてくる。
この子、何を考えてるの……表情は無く、全く読む事は出来ない。
けど、この子は確かに敵の筈だ。
煉のモノだって話だったし、この状況を見てアタシを許しはしないだろう。
だったら―――先手必勝!
「残念ね、貴方もアタシの水底に―――」
「―――響くのは、心の慟哭。その面に笑顔を繕い」
瞬間―――アタシの中に、あの時の感覚が蘇った。
桜があの月蝕の夜を作り出した時と同じ、あの感覚が。
まさか、この子……!
「やらせない―――っ!?」
「―――紡ぐのは、無垢な愛情。その面に、嫌悪を繕う」
アタシがミナと煉を飲み込もうと放った水の一撃……それは、防御する様子もなかったミナの横を通り抜けて行ってしまった。
嘘、どうして? 今のを外すような理由は無い筈なのに!?
「―――わたしは全てを知っている。秘されし人の真実を」
「このッ!」
能力が通じないのならば、銃であの子を狙い撃つ―――けれど、その弾丸も、何故かミナの横を逸れていった。
避ける素振りもないのに、ちゃんと狙っていた筈なのに……どうして!?
「―――ならばここに言葉は要らず。我は心を紡ぐ者なり」
「拙……っ!」
魂の奥底にある、アタシの《欠片》が震える。
その言葉が発せられた直後、ミナから放たれたのは黄金の光―――海に沈む夕日のような輝き。
そんな彼女の後ろに一瞬だけ、金色の髪を持った一人の女性の姿が見えた気がした。
「超越―――」
周囲に広がるのは白い砂地と、水に沈む岩の建造物。
海のようにも見えるけど、これは違う……湖なのだろうか。
そしてその中心、夕日に照らされた水辺に立つミナの姿は、こんな場面にもかかわらず……見惚れるほどに、美しかった。
「―――《読心:古き時に言葉は要らず》」
その言葉に、アタシははっと正気に戻る。
思わず、飲まれてしまっていた……けど、これは拙いわ。
この子にも、桜と同じあんな力があったなんて……!
「……わたしの超越に、人を攻撃する力は無い」
「え……?」
アタシに向かってそう告げながら、ミナはゆっくりと煉に近づき、彼の隣にしゃがみこむ。
それど黙って見続けていた事に、誰よりもアタシ自身が驚愕していた。
アタシが求め続けた煉が奪われてしまう―――そう思ったのに、なぜかミナを攻撃する気が起きなかったのだ。
ミナは煉を抱き上げ、その鮮やかなローブが血に塗れる事も構わずに、彼の頭をそっと抱き締める。
「でも、わたしを攻撃は出来ない……わたしの世界の中では、誰も争えない……リル、お願い」
「ガゥ」
争えないって、どういう事……?
確かに、どうしても攻撃する気が起きない……もしかして、相手の心を操ってしまう力?
確かに、攻撃する力は無い。けど、ある意味では何よりもえげつない力なんじゃないの?
アタシが何も出来ずにいる中、リルは連れてきた銀色の狼を呼び寄せ―――その狼を、煉の首に噛み付かせた。
「えっ!?」
「……不死を殺す左の牙、不死を産む右の牙……いつかレンが、こうやって取り返しの付かない怪我をしてしまうかもしれないって思ってた。
だから、ずっとリルについていて貰った。リル一人じゃ、煉を救えないけれど」
「まさか……煉を、フェンリルの使徒にするつもり……!?」
銀の髪と蒼い瞳……フェンリルの加護を受けた者の特徴。
その力で、煉を蘇生させようって言うの!?
「……レンの力は、介入してくるあらゆる意思を拒絶してしまう。
けど、わたしの世界の中なら……全てを受け入れるわたしの意思と同調させていれば、レンを助けられる。貴方も、望んだ事」
「え……?」
アタシが、望んだ……?
アタシの望みは、煉を自分のモノにする事で……それが出来ないんだったら、煉を自分の世界の中に閉じ込めてしまおうって―――
「……満月の夜なら、きっと少しだけ思い出せる」
「満月の、夜……」
「満月の夜、この丘で。レンカは、もう一度レンと戦う。わたしは、戦って欲しくないけど……この世界でレンの望みを果たす為には、きっとそれしか方法は無い」
この子は何を知っていて、何をアタシに伝えようとしているのだろう。
分からない。分からないけれど……アタシは、その言葉から逃れる事ができなかった。
まるで魔法のように、呪いのように……その曇りの無い金色の瞳が、アタシを縛り付ける。
「貴方が、本当に正しいと思う結末を……どうか、忘れないで」
「ッ……満月の、夜に。アタシは、またここに来るわ……煉に、そう伝えておいて」
言いつつ、アタシは足元に黒い水を展開する。
どうしても、その力でミナ達を攻撃する事は出来なかったけれど。
アタシはそのまま、踵を返しながら黒い水の中へと沈んで行った。
―――ミナの、慈愛に満ちた瞳から逃れるようにして。
《SIDE:OUT》