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IMMORTAL BLOOD  作者: Allen
ニアクロウ編:新たなる英雄と新たなる戦い
143/196

137:超越

「愛して欲しい。でも、私は皆と違うから、誰も愛してはくれない。

―――皆、同じなら良かったのに」













《SIDE:SAKURA》











 ―――ラ。


 何かが、聞こえる。

私は確か、水淵さんの力に飲み込まれて、そして―――


 ―――して、サクラ。


 そして……それから、どうしたんだっけ。

思い出せない……頭が、痛い。

聞こえてくるこの声は、どうしてこんなにも頭に響くのだろう。


 ―――思い出して、サクラ!



「え……?」



 頭に大きく響いたその声に、私は目を覚まし―――そして、周囲の光景に目を瞬かせた。

視界いっぱいに広がったのは、砂浜のような場所。

けれど、それが海ではない事は、打ち寄せる波が存在しない事からもわかる。

そして、その水の中には、崩れた石の建物がいくつも沈んでいた。



「ここは……私、どうしてこんな所に……痛っ」



 ずきんと響いた頭に、私は思わず顔をしかめながら頭を抱える。

何だろう……この場所に来てから、妙に頭が痛い。

外からではなく、中からずきずきと響くような痛み。


 ―――何だろう、前にもこんな事があったような気がする。



「……でも、私……どうして?」



 私は水淵さんの力に捕らえられて、あの黒い水の水底に沈められたはずだ。

ここが、その水底?

見たことの無い場所ではあるけれど、どうにもそれは違う気がする。ここからは、あの禍々しい力は感じないから。

でも、それならここは一体何処なんだろう……?

夕暮れのその世界を見渡し―――私はふと、その金色の光を反射する物がある事に気がついた。



「え……?」



 いや、違う。じゃない。

アレは……人だ。水の中に佇む、白いワンピースを着た女性。

ウェーブのかかった長い金色の髪を揺らし、彼女は私に向かって微笑んでいる。


 ―――何故だろう。私は、彼女に見覚えがある気がした。



『……サクラ』

「え? 何で、私の名前……」

『わたしは、貴方を……貴方たちの事を、ずっと見ていたから。ずっと、ずっと……気が遠くなるほどの長い間、あの子と二人で』

「あの子……?」



 彼女は、その黄金の瞳を真っ直ぐと私に向ける。

心の奥底までを見透かされてしまっているみたいで、少しだけ落ち着かなかったけれど。



『サクラ、貴方は覚えていないの?』

「覚えて、って?」

『貴方が望んだ世界を、奪われ続けてきた事を』



 私の望んだ、世界?

私が、世界に何かを望むなんて、そんな事―――



『【私はどうして、愛されないの?】』

「ッ……!?」

『【私が、皆と違うから?】』

「な、何で……止めてっ!」



 どうして、この人はそれを?

確かに、そう思っていた事はあった。けれど、それはありえない事。

だって、そんな事になってしまったら……世界は、世界として成り立たない・・・・・・



『貴方は望んだ……貴方は、焦がれ続けた。その記憶は、貴方の《欠片》に刻まれている』

「き、記憶……?」



 この人は、一体何を言っているの?

ここは何処で、この人は誰で、そして私に一体何をさせようというの!?


 まるで、そんな私の考えを読んだかのように……彼女は、表情を悲しく歪ませた。



『わたしを、覚えていないの?』

「分からない……貴方は、誰なの!?」

『貴方が知っていて、知らないわたし……ミナクリール』



 知らない、聞いた事なんてある訳―――


 ―――思考に、―――黄金の砂浜、朽ちた建造物、金色の聖母、私は、抱き締められて―――ノイズが走る―――



「え―――?」



 気がつけば、私は彼女……ミナクリールさんに抱き締められていた。

脳裏に走った光景と同じ、この世界で。この人に。


 私は……何かを、忘れてる?



『……あの時も、こうしてあげたね』

「貴方は、一体……?」

『ごめんなさい、サクラ。貴方に、辛い戦いを強いてしまって。でも、貴方の力が必要なの』



 耳元で囁かれる声は、どこか震えているような気がした。

戦って、戦って、戦い疲れて……挫けそうなのに、膝を折る事ができない、そんな重さ。

以前に聞いた時よりも、それは重くなっていて―――え?



「わた、し、は……」



 何かが、引っかかる。

何かが、頭の中でつかえているような、そんな感覚。

けれど、私は……確かに、この声に聞き覚えがあった。



『ごめんなさい……ごめんなさい、サクラ。本当に優しい貴方を、わたしの心に応えてくれた貴方を……戦わせたくなんて―――』

「……でも、それは……私が、決めた事」



 聞き覚えが、ある。覚えている。

そう、私は、確かこう言った。



「貴方が、私を愛してくれたから……私は、私の願いを抱く事が出来たんだよ?」

『……サクラ』



 そして、私はこの人を……ううん、この子を抱き締め返して。

そして―――そっと、囁くんだ。



「私を愛してくれて、ありがとう。私を見捨てないでくれて、ありがとう……貴方が私を望んでくれたから、私は皆と一緒にいられる」



 記憶が……私の《神の欠片》に積み重ねられた歴史が、洪水のように流れ込んでくる。

今までに無いような頭痛を感じていたけれど、それでも私は微笑んでいた。

嗚呼……彼女は、ずっと私達の事を見守り続けてきてくれたんだ。



『……貴方は、願いを奪われ続けた』

「そう……いつもいつも、何度も何度も……私は奪われてきたんだね」

『それでも、膝は折らないの?』

「だからこそ……だよ。ここまで来たのに、足を止めてしまいたくない」



 幾百の敗北も、幾千の敗北も、幾万の敗北も……たった一度の勝利で、塗り替えてしまえばいいのだから。

けれどここで足を止めれば、私達の願った勝利は手に入らない。



『世界は、残酷な場所。望めば奪われ、願えば崩される』

「そんな世界が、赦せないから―――私たちは、世界を変える。私達の、願いで」



 この世界は、残酷で救いの無い場所だ。

滅びの運命なんてものに、全てを奪われてしまうのだから。

けれど―――いや、だからこそ、私達は力を得る事が出来る。



『世界を恨み、運命を呪う』

「そして、その怒りを元に……私達は、超越ユーヴァーメンシュへと至る」



 嗚呼、ようやく分かった。

あの願いは、無駄じゃ無かったって言う事が。



『……行くの?』

「うん……戦わなきゃ。私達の願いは、まだまだ先だから」



 そっと、私は彼女から離れる。

少しだけ寂しそうに、けれど嬉しそうに笑う彼女は……本当に、神々しかった。

釣られて、私も小さく笑みを浮かべる。


 ……もう、大丈夫だ。



「―――行ってきます」

『……行ってらっしゃい』



 二人で、微笑み合って―――私は、黄昏の水辺から踵を返した。





















『う……』

「サクラ、気がつきましたのですか?」



 ゆっくりと、瞳を開ける―――けれど、周囲には何も見えない。

ただ、声だけが響く……これは、私の声だけど、発しているのは私じゃない。



『フェゼニアちゃん?』

「はい、そうなのです……ここは、あの邪神の力を持つ女の水底なのです」

『そっか……そうだったね』



 あの人の力に、飲み込まれてしまったんだった。

邪神と《神の欠片》の力の中……ここから抜け出すには、あの力を使うしかない。

けど、ここで使ってしまったら―――



「……サクラ」

『ん、何?』

「思い出したのでしょう?」

『え……!?』



 私は、思わず耳を疑っていた。

どうして、フェゼニアちゃんがその事を―――



「元々、ボクはエルから聞いていたのですよ。サクラと出会ったのも、エルの言いつけなのです」

『それじゃあ、最初から……?』

「いやまあ、詳しい内容を聞いたのはごく最近なのですが」



 小さく苦笑しつつも、フェゼニアちゃんは胸を張る。

正直な所、その言葉も殆ど頭の中に入って着てなかったのだけれど……あまりにも、予想外過ぎた。

でも、それなら……これからどうなってしまうのか、分かっているのではないのだろうか。

この場所で、あの力を使ってしまえば―――けれど、フェゼニアちゃんは優しく私に語りかけてきた。



「サクラ……超越ユーヴァーメンシュを、使ってください」

『だ、ダメ……この力を使ってしまったら―――』



 今なら理解できる。

私の力が生み出す世界が、一体どのようなものなのか。

そしてそれを使ってしまえば、私は―――



『私は、貴方を喰らってしまう!』

「……承知の上なのですよ、サクラ」

『ダメ……ここまで来たのに、どうして!?』

「貴方が力を発動する為の、最後の原動力に……ボクを、使って欲しいのです」



 超越ユーヴァーメンシュの発動に必要となるのは、世界に対する強い怒りと憎しみ、そして世界を変えたいと願う強い想い。

分かっている。分かっているけど……!



「大丈夫なのですよ、サクラ。貴方の力なら、きっとボクを再び呼び出せる。ボクは、貴方の『門』の中に入るだけなのです」

『でも……っ!』

「願いを見失わないで下さい、サクラ。貴方の本当の願いを、見失わないで」

『ッ……!』



 折角、思い出したのに。

分かっていた、つもりだったのに。

どうして、世界はこんなにも―――!



『……フェゼニア、ちゃん』

「はいです、サクラ」

『私の声を、聞き逃さないでね……』

「勿論、なのですよ」



  ―――そして、フェゼニアちゃんは眼を閉じる。

私と彼女に境界は曖昧になって、けれど何処までも遠く離れてゆく。

……奪われたものは取り戻す。煉さんはそう言っていた。それを、決して忘れないように―――!



「―――天より堕ちるは孤独の扉」



 ―――私は、私の祝詞を紡いだ。











《SIDE:OUT》





















《SIDE:LENKA》











 強敵、雛織桜を下したアタシは、力によって発生した水を閉じようと力を込めていた。

兵士達は門の方へと近付いて行っているし、もう問題は無い……その筈なのに。



「おい、レンカ。テメェ、何してやがる? さっさと閉じちまえよ」

「……閉じられ、ないのよ」



 人間の姿のガープの言葉に、アタシは顔を顰めながらそう返す。

アタシの水の内部は、永遠に静止した世界。中に取り込まれてしまえば、抵抗する事なんて不可能な筈なのに。

それなのに、どうして?



「閉じられねェって……まさか、中で抵抗してやがるってのか?」

「……あの、力を遮る力を使う幽霊の仕業かしら。ちょっと、面倒ね」



 けど、その《欠片》はアタシの力よりも格下……その力ごと、押し潰してしまえばいいだけよ。

そう思い、全力で握り潰そうとして―――不意に、周囲の光が消え去った。



「え……!?」

「な、何だァ!?」



 周囲を見渡す。

さっきまでは確かに昼で、太陽も出ていた。それなのに……天空にあるのは、黄金の光を放つ満月。

門に近付いていっていた兵士達も、それどころか外壁の上にいるリオグラスの兵士までも、この状況に困惑しているようだった。






 ―――天より落ちるは孤独の扉。






「……ッ!?」



 桜の声が、周囲に響く。

ありえない……アタシの力の中から、声なんて響く筈がない。

でも、それならば、これは一体なんだって言うの?






 ―――人は誰もが私と違い、誰もが恐れてゆくだろう。






「お、おい! アレを見てみろ!」

「……?」



 周囲の兵士達が、上空―――そこにある月を指差し、声を上げる。

というかそもそも、まだ満月には何日かある筈なのに……そう思って見上げた先の月に、異変が起きていた。






 ―――人の理、違いを恐れる世界の運命さだめ






 桜の声は続く。

そして、その声が響く中で……満月は、徐々にその姿を変えていった。



「欠けて……? ううん、違う。これは……月蝕?」






 ―――誰もが同じであった時を、貴方達は忘れてしまったから。






 普通の満ち欠けとは違う形で欠けてゆく月。

僅かに赤茶けた輪郭を残すそれは、かつて元の世界で見た事のある月蝕に似ていた。

訳が分からない……どうして、こんな現象が?






 ―――遍く影は貴方と同じ。遍く闇は私と同じ。






「何だよ……一体なんだってんだよ!?」

「落ち着きなさい!」



 騒ぎ出す兵たちを怒鳴りつけ、アタシは天空の月を―――月食を睨む。

聞きたいのはこっちの方よ……さっきから響いてるこの声も、この不可思議な現象も、一体何がどうしたって言うの!?






 ―――だから私は恐れない。同じであった時を知っているから。






 月は、言葉に従うようにその姿を変えてゆく。

そしてふと、アタシは自分自身の力である水面に、その姿が映っている事に気が付いた。

―――月蝕の向こうから手を伸ばす、無数の亡霊の姿に。



「ッ……!?」



 総毛立つ、とはこの事か。

咄嗟に、アタシはこの水面……桜を封じた場所から跳び離れる。

ガープもその獣じみた勘で何かを感じ取ったのか、アタシと同じ方向に跳躍していた。






 ―――それは御七夜の果て、天に浮かぶ異界への門。






 他の連中はそれに気付かないのか、上空ばかり見上げて何やら騒いでいる。

どうしてアレの危険さに気付かないんだと、思わず叫びたくなったけれど……どうやら、そんな暇は無いようだ。

そして―――月は、完全にその姿を消した。






 ―――さあ、還りましょう。






 刹那―――アタシの水面から、黒い何か・・が溢れるように噴出し始める。

アタシの水じゃない……アタシの力は、あの場所から完全に吹き飛ばされてしまった。

なら、アレは一体……!?



「ッ、桜……!?」



 その中心にあったのは、先ほどと服装の変わっている桜の姿だ。

動きやすそうな黒の服とは違い、流れるような漆黒のローブをその身に纏っている。

俯いた、その表情は見えない。けれど……アタシの直感が、最大級の警鐘を鳴らしていた。


 アレは―――拙い!



超越ユーヴァーメンシュ―――」



 吹き上がった黒い何かは、地面に落ちて広がり始める。

それは、桜の着るローブに繋がっていて……アレは、影?

分からないけれど……アレは、アタシの力に似ている。触れるのは、危険だ。


 そして―――桜が、顔を上げた。

涙に濡れた、その顔を。



「―――《魂魄ゼーレ魂喰らいの月蝕門トー・デ・モーントフィンスターニス》……!」



 月の喰らい尽くされた漆黒の闇夜に、広がり続ける黒い影―――そこに、一つの異界が完成していた。











《SIDE:OUT》





















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