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IMMORTAL BLOOD  作者: Allen
ニアクロウ編:新たなる英雄と新たなる戦い
140/196

134:早すぎる異変

満月の夜までは、あと僅か。












《SIDE:REN》











 先ほど発見した事をいづなに伝えた所、俺達はすぐさま人を集めて対策会議を行う事になった。

集まったのは俺達の他に、マリエル様とガラント伯。

ゼノン王子は、どうやら合流したこの街の騎士達を自分の部隊に配分し、合図や号令などの打ち合わせを行っているらしい。

あの人に任せて大丈夫なのかどうかは少々気になったが、戦いに関しては天性の才能を持っているそうで、その辺りは直感的に正しい判断を行えるそうだ。

まあ、そちらの方は王子に任せておくとして―――



「敵がもう動いたと言うのか? 流石に、早すぎると思うのだが……お前が見たという情報に関しては疑うつもりは無いが、敵の軍という可能性は少々低いのではないか?」

「昇っている煙の数が多かったので気になったんですが……まあ、可能性は否定できません。

正直、あそこまで離れていると確かめる術も無かったので」



 《魔弾の射手ディア・フレイシュッツ》の有効射程距離でも全く届かないほどの遠さだ。

スコープを覗き込んだ所で、その姿を確認する事は不可能だっただろう。

確かに敵が動くとするのはタイミングが早すぎるし、どこかの商隊が炊き出しでもしていたと考える方がまだ納得できる。

けれど、いづなは俺の話を聞いて静かに沈黙を保っていた。



「いづな?」

「……敵の軍、っちゅーのも不可能やタイミングって訳やない、と思うんです」

「何!? それは、どういう事だ?」



 いづなの呟いた言葉に、マリエル様とガラント伯が目を見開く。

閉じていた目を見開くと、いづなは北の方角を一度見つめてから、静かに声を上げた。

普段の明るい調子は無く、何処までも真剣な口調だ。



「……南側の都市に、予め兵を集めてたとすれば不可能やないタイミングなんです。

敵の数はわからへんけど……間諜に気づかれない程度の規模となると、周囲の街に分散させとったっちゅー事ですかね。

それを一箇所に集めて、将軍格が来るのを待って出兵……となると、規模はそれほど大きくはない筈」

「だが、宣戦布告も無しに攻めてくると言うのか!?」

「常識が通用する相手と思わんといた方がええと思いますが……大方、送りつけてきた使者の首が宣戦布告代わり、あるいはその口の中にでも手紙を突っ込んどいたんやないですか?」

「何よ、それ……!」



 フリズが怒りに満ちた声を漏らす。

まあ、フリズにとっちゃ許しがたい話だろうな。俺としても胸糞悪い話なんだし。

とりあえず、いづなはフリズに抑えるようにと視線を送りながらも、話を続ける。



「せやけど、これは奇襲作戦……つまり、防御の兵がおらん事を前提とした戦いの筈。

こちらが先手を打てたんは、かなりええ結果に働く筈です」

「ふむ……確かに、その通りだな。強力な攻城兵器は無いと考えても良いだろうか?」

「スピードが命の作戦の筈ですから、それはまず間違いないでしょう。問題は……このタイミングって事は、兵を率いとるんが明らかにあの邪神の力を持つ連中やって事です」

「それって……あの会議を襲った所から、直接兵を集めている所に飛んだって事か!?」

「せやね。かなりのスピード作戦や。しかも同盟組んで気が抜けとる所を狙うっちゅー意地の悪さ……厄介な相手や、本当に」



 言いつつ、いづなはやれやれと溜め息を吐き出す。

しかしそうなると、いづな指示に従ってこのアルメイヤに来ていなかったら、確実にここは落とされてたって事じゃねぇか!

まさか、思いがけず危機を脱しているとは思わなかった―――いや、まだ危機を脱した訳じゃないか。

むしろ予想外の事態に対応するのはこれからだ。

対応出来ていると言ったって、この街にいる兵の数は千に満たない。

これでは、マトモに戦った所で勝ち目は無いだろう。



「どうするつもりだ、いづな?」

「……予想より早かったとは言え、一応迎撃の体勢に関しては既に取り決めできとる。

後は、しっかりと防衛するだけや。きちんと歩いて行軍してきとるみたいやし、対応出来る筈や。

とりあえず、門に近づけさせなきゃええ話やしね」

「……普通は、それが難しいのだがな」



 いづなの言葉に、ガラント伯が苦笑する。

まあそりゃ、兵が近付きさえしなければ都市が落とされる事なんてそうそう無いからなぁ。

城や都市など、防御機能の揃った場所を攻めるには、通常防ぐ側の三倍は兵力が必要だとされている。

しかし、この世界ではそれが当てはまるとは限らない……個人が攻城級の破壊力を出せる事があるからだ。

無論、そんなのはごく一部しかいない筈なのだが、相手には邪神の力を持った連中がいる。

何処まで一般論を当て嵌める事が出来るのかなど、さっぱり分からない。



「さて、とりあえず具体的な作戦を立てなあかんね」

「作戦か……」



 まあ、場当たり的に『防衛しろ』なんて言われても困るからな。

その辺りの知識は全く無いし、専門家に任せておくべきだろう。

皆もそう思っていたのか、視線が一斉にマリエル様の方へと向く。



「ふむ、私か……」

「まあ、うちはこういうのの定石は知っとりますけど、決して実際に兵を率いた事がある訳や無いですからね。

その辺りは、経験者にお任せします」

「そうだな、では……」



 頷き、マリエル様はこの街の図面を広げる。

東西南北に対して辺を持つ正方形……きっちりとした形だ。



「ふむ……敵は北から来る。まず、北側の護りを固めるのが最初だな。こちら側の外壁内には私の部隊を配置しよう。

基本的に魔術式使いメモリーマスターが多いから、相手の魔術式メモリーにも対応出来るだろう。

守将として私……そして、お前達の中から一人選出しては貰えないか」

「成程。となると、ここは煉君がええんやないですかね?」

「俺か?」



 まさか、一番仕事が多そうな所で俺が選ばれるとは思わなかった。

まあ確かに、一方的に攻撃できる場所での攻撃って言うのは得意だが。



「けど、俺だけで大丈夫か? 正直な所、大軍相手って言うのは得意じゃないぞ?」

「分かっとるよ。一緒にまーくんも居て貰うで」

「……オレは突撃でもするのか?」

「話に聞いた所によれば、お前は個人戦での能力が非常に高い……相手の攻撃を躱すのは難しくないだろう?」



 誠人―――いや、誠人と椿の力ならば、確かに軍が相手でも攻撃を躱しながら行動できそうだ。

危険そうな奴がいたら俺が狙撃すれば、誠人は目の前の相手に集中できるだろう。

何か、一人で門番みたいな事をするような感じだな。



「お前は門だけを護ってくれればいい。壁を登ってこようとする奴らは、外壁の中と上にいる兵で対応する……出来るか?」

「……まあ、期待には応えられる」

「頼もしい言葉だ」



 誠人の奴、ゼノン王子と同じようにマリエル様にまでタメ口になってきやがったな。

まあ、その方が話し易いんだろうけど。

一応、マリエル様も苦笑しつつ受け入れてるみたいだし、とりあえずは問題無いのか……フレンドリーな人達ばかりで助かったと言うか何と言うか。



「では、敵の最も多い正面にはお前達二人……次に、東側だ」



 言って、マリエル様は街の東側の方を指差す。

そちら側には、地図の上では川のようなものが描き記されていた。

そういえば、確かに向こう側には川が流れてたよな……それも、結構大きい奴。



「見れば分かるように、こちら側から攻めるには必然的に背水の陣となってしまう。

つまり、こちら側から攻めてくる事はまず無いと考えていいだろう。

その上で、配置するべきは……フリズ・シェールバイト。お前に頼みたい」

「あ、あたしですか?」

「うむ。お前の事情は聞いているからな。だが、相手が例のカズマ・ホシザキだった場合、お前に対応して貰う場面があるかもしれないからな。

比較的北側に近く、いつでも駆けつけられるよう内地に配置して貰う。

もし万が一攻めてきた時は、そちら側を護ってもらう事になるが……相手の戦意を喪失させられるだけでも十分だ、お前の思うように戦ってくれ」

「あ……は、はい!」

「良かったじゃねぇか、フリズ。理解のある司令官で」

「あはは……うん、そうね」



 戦争の上では、フリズの考え方は本当にただの異端でしかない。

けれど、フリズのそれは、回帰リグレッシオンに至る為の覚悟になるほど強い思いだ。

例えどのような言葉を受けたとしても、決して曲げる事は無いだろう。

直接リオグラスの軍に所属しなかったのには、そういう理由もある。

フリズは本来、俺以外の命令に従う必要は無いんだ……まあ、今回は理解のある相手だったから大丈夫だったが。



「そして、西側。こちらは少々高台になっている場所があるから、攻め込むには回り道をする必要がある。

丘を降りるにも、馬では少々厳しい傾斜だからな。相当な度胸が無ければ勢いよく攻める事は難しいだろう」

「とは言っても、まだ攻められないと言う訳では無いですぞ?」

「分かっている……いづな、兄上の隊の一部を任せる、ここを護れるか?」

「うちは必然的にミナっちと一緒にいる必要がありますんで、大丈夫やと思いますよ」



 いづなは、ミナの力を使って全員に指示を飛ばす必要がある。

だから二人固まっている必要がある訳で、防御に向いているミナの力ならば防衛は難しくないだろう。

そして、残るは南側―――残っているのは、一人だけか。



「そして、南側……普通に考えれば、こちら側から攻められる事はありえない。だが―――」

「それ故に、敵はそちら側から攻めてくる可能性が高いっちゅー事ですね」

「相手が空間転移の力を持っている以上、その可能性は高いと考えておいた方がいいだろう。

その転移能力者自身が直接そちらに来るかどうかまでは分からないが……こちら側は、出来るだけ少ない兵で対応したい」

「だから……私に?」

「お前達の中で最も強いのは、確実にお前だからな。頼んだぞ」



 正直な所、蓮花が来るかもしれない場所は俺が居たいとは思う。

けれど確実とは言えないし、そんな根拠だけじゃそこに居る事を認めては貰えないだろう。

口惜しいが、北側に蓮花が来る可能性に賭けるしかない。



「ディンバーツからリオグラスの間は山や川、それに森も多いため、帝国が攻め入る事の出来る道は限られている。

どちら側からしても、攻める事は難しいが防ぐ事は容易い地形……それ故に、奴らは速攻でこの街を取りにきたのだろう。

ここを抜かれてしまえば、兵力で劣るこの国に、ディンバーツを防ぐ事は難しい。ここは、何としても死守せねばならぬ。

各員の健闘に期待するぞ!」

『はっ!』



 やっぱり、マリエル様も強い覇気を発する事が出来るみたいだ。

その強い言葉に、俺達は思わず敬礼しながら声を上げる。

さて、俺が見たのが本当に敵ならば、奴らがここに辿り着くまであと何日か。

どうなるかは分からんが、俺達にとってはこれが初めての戦争―――そして、本格的な人間同士の殺し合いだ。

気を引き締めて行かないと、な。











《SIDE:OUT》





















《SIDE:MINA》











 夜。

わたしは、一人外壁の上へとやって着ていた。

皆が寝静まった時間、周囲には人の気配どころか、動く物ひとつ無い。

空には、徐々に満ちようとしてゆく月―――



「……満ちた時、辿り着くの?」

「さて……正直な所、今回だけでは難しいと思うよ?」



 わたしの問いに、答える声。

視線を向けずとも分かる―――後ろから歩み寄ってわたしの隣に立ったのは、エル。

旅人の神と呼ばれてしまった人が、人から外れてしまった人が、そこにいた。



「まだ、彼にはその兆候も見えない……正直、今回の戦いで辿り着くとしたら、別の人物だろう。

まあ、一応念の為、あの子には教えられる事は教えておいたよ」

「……そう」



 わたしは、まだ赦されないらしい。

仕方の無い事なのかもしれないけれど、少しずつわたしは疲弊し始めていた。

あまりにも救いの無いこの世界では、どうしても希望を持ち続ける事が難しいのだ。

けれど―――わたしは、諦めない。諦めたくない。



「……もうすぐ、満月」

「そうだね……あの時・・・と、同じ」



 わたしは、静かに目を閉じる。

そうすれば見えてくる、あの光景……満月の丘で踊る二つの影。

救いも無く、どうしようもないような状況だったけれど―――あの光景は、どうしようもないほどに美しかった。


 ―――だからこそ。



「決して油断してはならない……分かっているね、聖母よ」

「……わかっている。もしも、見ていない所で起こってしまったら」

「この僕が予告しよう、聖母よ……もしそうなれば、九条煉は確実に命を落とすだろう」



 ……分かっている。だから、リルにずっと頼んでいる。

絶対、レンから目を離さないでって。

それで、取り返しのつかない事になって欲しくないから。

レンがいなくなってしまったら……わたしは、立ち上がれなくなってしまう。

この残酷な運命に立ち向かう為の心を、折られてしまう。



「……そして、その戦いもまた必要なものだ。彼が、超越ユーヴァーメンシュに至る為に」

「ん……」



 本当は、そんな無茶して欲しくない。

けれど、超越ユーヴァーメンシュに至らなければ、レンはいずれ命を落としてしまう。

わたしは……レンと一緒に生きたい。この世界で、生きていたい……ただ、それだけだから。

だから……お願い。



「レンカ、貴方も……」



 失わない為の道を、探し当てるから。

例え失ってしまう事があったとしても、必ずあなたの事を見つけ出すから。

レンカ……貴方も、レンに必要な人だから。

そしてレンも、わたしも、フリズも……仲間たちみんな、貴方に必要な人だから。



「だから、貴方も……」



 早く、思い出して欲しい。

一緒に、行きたいから。



「わたし達が望んだハッピーエンドは……きっと、貴方にも享受する権利はあるはずだから。

レンは、必ずそれを望んでくれるから……お願い、レンカ」



 きっと、思い出して―――



 いつしか、エルの姿は消え去っていた。

そして気付かぬ内に湧き上がっていた眠気に、小さく欠伸を漏らす。



「……もうすぐ、始まる」



 北の方角へと、視線を向ける。

恐らく、蓮花達がいるであろうその方角へと。


 あまりにも早い異変だったけれど―――貴方は、必ず来るはず。

この世界は……本当に、残酷だから。


 小さく息を吐き出し―――わたしは、自分に与えられた部屋へと戻っていった。











《SIDE:OUT》





















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