131:アルメイヤへ
新たなる戦乱の舞台。
開幕まで、今しばらくの休息を。
《SIDE:IZUNA》
進軍方向を変え、アルメイヤへ向けて動き出した軍。
その中で、少々ペースを上げて歩きながら、うちは深々と嘆息を漏らしとった。
「うへーい、疲れたー」
「……お疲れ様」
「あー、ミナっちもなぁ」
労わってくれるミナっちの言葉に癒されつつ、うちは小さく苦笑する。
あれからうちは、駿馬を持つ斥候を探した上でミナっちに心を読んで貰い、間諜でない事を確かめた上で、その人をアルメイヤへと使いに出した。
ちなみに、出す時には煉君の名前を使わせて貰ったんやけど……とりあえず、後で言っとけばええやろ。
「……良かったの?」
「勝手にやった事? そりゃ、任されたんやし問題はあらへんよ。そもそも、アルメイヤは対ディンバーツ帝国の前線拠点になりそうやからなぁ」
一応、帝国領からアルメイヤまでに、いくつか小さい村や町はある。
それに関しちゃ、どうしようもない。精々、彼らが辿り着くまでの足止めになって貰う程度の事しか出来ん。
まあ、住民の避難に関しちゃ、先程出した使いの人に持たせといたんで大丈夫やと思うけど。
「……直接、王都とかに転移してきたりは?」
「それだけの長距離、王都を攻められるような大人数を運べるんやったら確かに危険やけど……それやったら、とっくに王都やニアクロウが攻撃されとってもおかしくない筈や。
そもそも、可能かどうかの前にリスクが高いんや。自国領から切り離された位置の都市なんぞ、管理すんのが大変やし」
どちらの理由かは知らへんけど、とにかくやろうとはしてこない以上、出来ない事なんやろう。
ちゅーか、一々そんな可能性を考慮に入れとったら、どうやったって防ぐ事は出来ん。
忘れるんも良くないけど、大規模な人数で攻めて来る時にはやれないと考えておいた方がええやろ。
「にしても……ホント、勘弁してほしいわ、あんな能力は。煉君に早い所倒して貰わなあかんね、彼女は」
「……」
戦争の場で兵の転送なんぞ、最悪と言ってもええ能力や。
正直、さっさとそういうのを考慮に入れなあかん戦いから解放してほしい。
とまあ、それはともかく―――
「王様への援軍要請も完了、許可も取った……とりあえずは、準備完了やね」
「あとは、アルメイヤへ着けばいい?」
「そーゆー事や」
まあ、向こうに行ってからも色々とやる事はあるんやけど……とりあえず向こうの領主には話を通しといたし、手紙は煉君だけやなく、マリエル様はゼノン王子の名前付き。
まず、書いてある内容が無視される事は無いやろね。
迎撃準備は向こうで始めといてくれると助かるんやけど……一応、色々確かめんとあかんやろなぁ。
「ぅあー……だるい。まーくん、負ぶって―」
「寝言は寝て言え」
「いけずー」
ちっと離れた所で歩いとったまーくんが、深々と嘆息する。
緊急時やったらやってくれるんやけどなぁ……うーむ、流石に今は無理かぁ。
まあ、咄嗟に刀が抜けないからやろうけど。
とは言え、帝国もうちらを襲撃するような事はあらへんやろうし、別にええと思うんやけどなぁ。
そもそも、煉君が見張っとるんやから気付かない訳があらへんし。
「……はぁ、やる事多いなぁ」
あらかじめ手紙で伝えといたんは、周囲の農村の十人への避難勧告。
少なくともアルメイヤよりも南に避難するように伝えなあかん。
出来れば、そん時に持てる限りの食糧を持ってって貰いたいんで、その事もしっかり強調して書いといた。
帝国も自軍の食糧を持っとるやろうけど、現地調達を封じるだけでも相手の指揮をそれなりに奪える筈や。
それから、大都市には造られているであろう、結界機能の強化。
直接内部への転移を防ぐ事が出来りゃ、どうとでもなる。
一応、そういうのを強化する方法やってある筈や。
後は警備の強化や出入りの制限など、色々……正直、王族二人の名前が無かったら出来ないような事ばっかりや。
ほぼうちの独断やって事は内緒やね。
で、今度はうちがやらなあかん事……と言うより、文官連中でやるべき事。
まず現地の騎士団との合流と編成。それでも、攻めて来る帝国に対して数は圧倒的に足りない筈や。
一般に城攻めに必要になるとされる三倍の数も、向こうは容易く用意できると思われる。
ひたすら防御を固めなあかんので、それに使えそうなモンも用意しとかなあかんね。熱した油とか。
後は外壁の構造とか、その他……やらなあかん事、多過ぎやろ。
「うちやなくてマリエル様がやってくれた方が確実やろ。周囲もすぐに言う事聞いてくれるやろうし」
いやまぁ、実績積んどいた方が後々役に立つっちゅー事はわかっとるんやけどね?
それでも、この間から全く気が休まる暇が無い事を考えると、一日位ゆっくりベッドで寝たいっちゅーか。
「ぅあー! 誰や、うちが参謀とか言いおったんは!?」
「あんた自身でしょ」
「ごもっとも!」
フーちゃんの辛辣な言葉に撃沈しつつ、深々と嘆息する。
や、言っとったんはうちだけやないと思うけど、それはともかく。
「確かに、うちは直接戦う訳やないんやし、それ位仕事するべきなんやろうけど……」
「わたしが、いづなの言葉をみんなに伝える」
「ホント安定するわよ、アンタ達二人が後ろにいるとね」
まあやっぱり、指示を出す人間が居るか居らんかの差は大きいやろな。
こちとら指示を出しとる身やし、そういう実感は十二分にあるモンや。
楽にはならんモンやねぇ。
うーむ……まあ、しゃあないか。頼られっぱなしっちゅーのは好きやないけど、うちも皆に頼らせて貰っとるしな。
「戦争か……人と闘うのは気をつけなきゃいけないけど、星崎が出てきたらあたしに任せてよね。
あいつは、桜だとちょっと相性悪いみたいだったし」
「せやね。まあ、再生してもフーちゃんなら燃費はええし、何とかなるやろ」
あの魔人が出てきたらまーくんに、水淵蓮花が現れたら煉君に、そしてあの勇者君はフーちゃんか。
さくらんはどないしようかな……うちらの秘密兵器やし、燃費も悪いから出来るだけとっときたい所やけど。
さくらんの力を使い切ってまうと、こっちには後がなくなってまう訳やし、本当に危険な時のみで何とかしたい。
まあ、精霊操作だけでもそれなりに何とかなるとは思うんやけど。
「まあ、これ以上は実際に戦ってみんとさっぱり分からんか……」
グレイスレイドへの援軍要請も考えたんやけど、流石に初戦から助けを求めとったら馬鹿にされかねんからなぁ。
とりあえずは、うちらの手で何とかせなあかんやろ。
アルメイヤに着くまではまだしばらくかかる……また、作戦を考えとこか。
《SIDE:OUT》
《SIDE:REN》
「お待ちしておりました、お二方」
「ガラント伯か、貴公も壮健そうで何よりだ」
いづなの提案で進路転換しながら、約一日。
俺達は、特に問題も無く目的地のアルメイヤへと到着していた。
普通、帰還の途中で目的地が変わったとなれば、兵士達の士気はだだ下がりになる筈なんだが……王子の号令のおかげか、かなり高い士気を保ったままここまで来る事が出来た。
そして、到着してから招かれた、騎士団の駐屯所―――街の周囲に張り巡らされた外壁に隣接する形で建てられている建物が、俺達の滞在する場所となるようだ。
俺達を出迎えてくれたのは、大柄な騎士らしい外見の男性、ガラント伯爵。
彼はこの辺りの領主をしている貴族で、流通の整備とディンバーツ帝国の監視をしているらしい。
「しかし、話を聞かされた時は驚きましたな。確かに、このアルメイヤはリオグラスへの進軍には無視出来ない場所。
ここを防衛すれば、帝国は抑えやすくなる事でしょう……流石は軍師姫ですな」
「いや、これを考えたのは私ではない……いや、考えなかった訳では無いのだが、無理を押し通す方法が思い浮かばなかったのだ。
出来るという可能性を見せてくれたのは、そこにいるいづなだ」
マリエル様の言葉に、いづながぎくりと肩を跳ねさせる。
……あんまり有名になりたくないんだろうな、いづなは。まあ、相手が王族じゃどうしようもないけど。
「ほう……彼女が、ですか?」
「ああ、邪神を倒した者達の話は聞いているだろう?
彼女は、その者達の参謀のような役割をしていてな……彼女には、いつも驚かされる」
「あ、あははー……そ、そんな大したモンやないですって。うちらは単に、人よりも手札が多いだけです」
「それを用意できるからこそ、お前達は強いのだろう? 胸を張れ、マリエルの立場が無いだろう」
「……兄上に言われるとはな」
苦笑するマリエル様と、頭を抱えるいづな……まあ、相手が悪い。
いづな、持ち上げられるのは結構苦手そうだしな。
正直こういう扱いは好きじゃないだろうが、我慢してもらうしかない。
「ふむ、話を聞かせて貰っても良いだろうか?」
「え、えーと……はぁ、了解です」
「……いづな、大丈夫か?」
「あー、一応」
王族二人にプッシュされたおかげか、伯爵まで興味を持っちまったみたいだな。
がっくりと肩を落としつつも、いづなは苦笑交じりに声を上げた。
「結構攻められづらい構造をし取るんで、防衛にはかなり向いとると思います。
外壁は中に入れる形になってますから若干強度が不安ですけど、堀があるから攻城兵器はそうそう近付けへんでしょう。
後は門と、投石器辺りでも気をつけておけば何とかなる筈……一応、うちが送っといた手紙は読んで下さったと思いますが」
「……アレは君が書いたのか。成程、姫が君を推す理由も分かると言うものだ。実に的確だった」
「アレは思いついた事を書いといたに過ぎませんて。実際の状況を見てみな、どうなるかは分からんでしょうし」
言って、いづなは壁の方―――外では城壁がある方へと視線を向ける。
確か、あの中は人が入れるようになっていて、堀の向こう側へ一方的に矢を射掛けられるようになってたと思う。
防衛に向いた構造と言えばそうだろうが、確かに投石器は恐いな……いや、投石器が恐くない状況なんて無いだろうが。
「問題は、こちら側の兵が足りとるかどうか……相手がどこから来るか分からん以上、満遍なく兵を配置せなあかんでしょうし。
それに、魔術式も結構恐い。弓兵と魔術式使いを組ませて配置するのがええと思います。
あと敵側には、防衛しとるだけやと危険な相手がいくらかおります……そいつらが出てきたら、打って出る他無い。
まあ、その場合はうちらが出ますが……そうやろ?」
「まあ、星崎はあたしが相手しないとキツそうだし……」
「ガープとは決着をつけねばならないからな」
「蓮花の相手は誰にも譲るつもりは無いさ」
「ぇ、えと……じゃ、じゃあ私は人形遣いって言う人を……」
ミナ以外は全員担当する相手あり、か。
まあ、ミナは回帰の力で皆に情報を伝達する仕事があるからな。
スピーディな情報伝達が求められるこの状況だ、ミナの力はかなり重宝するだろう。
俺達の場合、標的とする相手が街の反対側とかに現れたりしたら困るからな……いや、普通はありえない状況だって言うのは分かってるが、相手に蓮花がいる訳だし。
「それから―――マリエル様」
「む、どうした?」
「そろそろ言わんでおくんも限界やと思ったんで、うちらの力の事を後で話しときます。
正直、詳細を話さないまま戦うんはもう限界まで来とるんで。
一応、王様とギルベルトさんにしか詳細は話しとらん事なんで、極秘ですけど」
「……! そうか、分かった」
「いいのか?」
「さくらんの力は兵士達に見られとるし、フーちゃんはカレナさんの娘って事で力を持っとる事はバレとる。
ここまで来るともう、喋らん方が不和を生んでまうよ」
誠人の言葉に、肩を竦めながらいづなは答える。
俺達の力の事は、周囲にとっては存在を知っていながらも詳細は知らされていないような状態だったからな。
この国と共に戦う事になってしまった以上は、周囲に知らされていたほうが俺達もやりやすいか。
やっぱり、若干不安はあるけどな……桜の力とか。
そんな俺の表情を読み取ったのか、いづなはにやりと笑みを浮かべた。
「うちらに手ぇ出したらどうなるか、分からんような奴には教えたればええよ」
「……成程」
それもそうだな。
戦争となれば、俺達はこの国に必要不可欠な存在となる訳だし。
王様からも言われてるんだ、下手に手を出すよな奴はいないだろう。
「……とまあ、こんな感じで。こちらから打って出るんは消耗が激しいんやけど、相手の幹部クラスは討っときたい所やね」
「普通の人間が相手なら、狙撃すればいい話だろ?」
「せやね。その辺りは煉君に任せるで」
「ああ、任された……となると、俺は相手の多そうな北門か?」
「せやね。まーくんとフーちゃんは、すぐに駆けつけられるように東西に別れとこか。さくらんは保険やし、南で」
桜は保険か……出れば一発で広範囲を吹き飛ばせるけど、あの精霊化って五分ぐらいしか保たないからなぁ。
流石に、速攻で使って速攻でバテさせる訳には行かないだろう。防御の一角が崩れる訳だし。
……そう考えると、ピーキーな能力だな。まあ、俺も人の事は言えないんだが。
「まあとにかく、大まかな所はそんな感じで!
いつ敵が来るかも分からんし、戦いの準備だけは怠らんようにせなあかんよ。援軍が来るにも、まだ数日かかるやろうし」
「一応は先手を取れているがな……さて、どうなるか」
いづなとマリエル様、二人の軍師の言葉が重なる。
今後はこの街が俺達の拠点のようになる訳だ……街に慣れる暇があるかどうかは分からないけどな。
果たして、蓮花はここに来るのか。
「……来て貰わなきゃ、困るけどな」
小さく笑う。
次こそは本気で戦うと、そう約束したのだ。
今度こそ、あいつを奪ってやると―――次こそは、必ず。
北の方角、まだ姿など無い相手へ、俺はただ愉悦の笑みを浮かべていた。
《SIDE:OUT》