130:帰還
そして、戦いは新たな局面を迎える。
《SIDE:REN》
会議を終えた後、俺達は一日シャルシェントに滞在してからリオグラスへ向けて出発した。
敵が動き始めている事もあり、今度は迅速に戻る事を心がけている。なので、途中で止まる事が無いように、斥候からの連絡はゼノン王子には通さない事になった。
まあ、本人は気付いていないようだから良かったけど、マリエル様も苦労してるんだなぁ。
ともあれ、おかげで行軍は順調。行きと同じく魔物の影が前方に見え始めた時には、俺が敵を狙撃する事で解決している。
特に詰まる事もなく、予定より早いぐらいのペースで進んでいた。
「うーむ……何だかんだで濃かったよなぁ、今回」
「そうだな」
しみじみと俺が呟いた言葉に、となりを歩いていた誠人が同意する。
ちなみに、椿は今誠人の刀の中に入っていた。何でも、《未来視》の力に慣れる為の練習らしい。
……正直な所、羨ましい。俺ほどではないがかなり強力であると言われている誠人の力だ、俺は回帰に至る気配など全く無いと言うのに、すっかり置いて行かれてしまっている。
俺も多少は力を操れるようにはなったけど、まだまだだからなぁ。
まあ、今は気にしないようにしておくか。焦った所で、力が増す訳でもないし。
《魔弾の射手》を担いだ肩を小さく竦め、俺は続ける。
「蓮花が《神の欠片》を持っていた事が一つ、お前の宿敵だった魔人が生きていた事が一つ。
それで、人形遣いとか言う奴が敵の中にいたって言うのも一つだ」
「後は、奴らを操る黒幕のような存在がいる事だな」
誠人の言葉に俺は頷いた。
今回、収穫はかなり多かったと言える。ただし、こちらが不利になるような事ばかりだったが。
まあでも、そういった事は分からないままでいる事の方が恐ろしいから、知る事が出来たのはプラスだろうな。
「そして、オレ達の力が通用しない訳では無い」
「邪神の力って奴も、量産できるって訳じゃないみたいだな」
小さく、頷く。
量産できるんだったら、兵士の全てがあの力を手に入れていてもおかしくないだろう。
それは流石に勘弁して欲しい所だったし、こちらとしても助かる。
あの転移能力や、無駄に高い再生能力……あんなモンが大量にいたらどうしようもない。
「後は、向こうの返答次第って所か」
「返答など分かり切った事だろうがな。ここまでやっておいて、戦いの意思が無いなどありえないだろう」
「まあ、そりゃそうだわな」
二国の会談を襲撃しておいて、言い逃れなんてする訳が無いだろう。
まあ、今回のあいつらの目的は別にあったみたいだけどな。
「……なあ、誠人」
「何だ?」
「今回、かなりヤバイ戦いになりそうだな」
「……ああ」
誠人の同意の声に、俺は肩を竦めた。
蓮花たちは―――ディンバーツ帝国の人間は、俺たちの持つ力……《神の欠片》の事を知っていた。
蓮花がその力を持っていたから知る事が出来たのか、或いは最初から知っていたのか。それは分からないが、力の事を知っている相手と戦うのは初めてだ。
それはつまり、俺達の力の対策が練られかねないと言う事。
「オレ達の力は確かに強力だが、決して弱点が無い訳ではない……研究されれば、不利になるのはオレ達の方だ」
「だな……おまけに、今回の連中は俺達の力を探りに来たような感じだったし」
話を聞いた感じ、人形遣いとか言う奴はフリズの力の方に興味を示していたようだ。
フリズの力、そして桜の力……さらには誠人の力も連中は情報を手に入れた事だろう。
俺の力は良く分かってないかもしれないが、とりあえず蓮花の障壁を貫ける力である事は分かった筈だ。
連中は自分自身の情報を晒したが、同時に俺達の情報も手に入れて行ったんだ。
……本当に、やり辛い。
「魔物が相手ならそれほど悩まなくていいんだがな……いづなの言うとおり、一番恐いのは人間か」
「考える頭脳の恐ろしさと言った所だろう。魔物でも、知能のある奴は恐ろしいさ」
まあ何にしろ、今回の相手が相当にヤバイ事は確かだ。
本当に気を引き締めて行かなければ、容易く敗北してしまう事になるだろう。
戦えば戦うほど、こちらは不利になっていくようなものだ。
……一応その分、俺達も向こうの情報を手に入れる事が出来るんだがな。
けれどまだまだ未知数な部分は多いし、どう転ぶかはさっぱり分からないな。
「……まあ、水淵の事はお前に任せるぞ、煉。正直、お前以外に奴の防御能力を突破できる奴が思いつかん」
「そりゃ言われなくても分かってるさ……お前こそ、あの魔人を譲るつもりは無いんだろ?」
「お互い、難儀な物だな」
自分からやってる訳だし、難儀って言うのもどうかと思うがな。
とにかく、蓮花の相手は俺がする―――それは決定しているし、誰にも譲るつもりは無い。
例えそれが、俺の仲間達であろうとも、だ。
あいつを奪っていいのは、俺だけなんだからな。
「しかし戦争となると、フリズは戦いづらいだろうな」
「……そうだな。対星崎として待機して貰うか?」
「その辺りが妥当か。まあ、決めるのはいづなだけど―――ん?」
「どうした?」
「いや、前方に影が……ちょっと見てみる」
言って、俺は銃のスコープを覗き込む。
拡大された景色の中、映っていたのは……馬に乗り、こちらへと駆けて来るリオグラスの兵士の姿だった。
連絡隊用の軽装だったが、一応国の紋章がちゃんとついている。
「リオグラスの伝令兵だ。何かあったのか?」
「……オレが伝えてこよう。お前はそいつを見張っていてくれ」
「帝国のやり口を考えれば、こんな微妙な搦め手なんてやって来ないだろ……まあ、了解」
恐らく、帝国に何らかの動きがあったって所だろう。
鬼が出るか蛇が出るか……どうなるかは分からないが、気をつけておいた方がいいだろうな。
どんな風に進展しようと、厄介な事に変わりは無いんだからな。
《SIDE:OUT》
《SIDE:IZUNA》
本国からの連絡が来たっちゅー事で、その報告の場にうちも同席する事になった。
……うん、まあ、もう諦めとるよ。すっかりマリエル様の片腕扱いされとる事は。
まあ、そら一緒に行動しとる時だけやし、特に気にせんでおく事にする。
今は一時行軍を中断し、文官と護衛を集めて伝令兵からの話を聞く所や。
王族二人を目の前にしてやたら緊張してるみたいやけど、いつまでも固まってて貰っては困る。
「では、申せ。一体どのような連絡だ」
「は、はっ! ディンバーツ帝国へと送った使者に対して、帝国からの返答があった為、伝達に参りました!」
返答はあった、か……しっかし、何か嫌な感じがするなぁ。
普通の連絡やったら、あないに急ぐ必要はあらへん。なら―――
「ふむ。して、返答は何と?」
「そ、それが……」
ゼノン王子の言葉に、伝令兵は言い辛そうに言葉を濁す。
分かりきっとった事やけど、決していい内容では無さそうや。
なら、一体どんな形で来た?
伝令兵は少々躊躇った後、その口を開いた。
「……送られてきたのは、使者の首です」
「ッ……!」
「正式な使者を殺したと言うのか、奴らは!」
マリエル様が表情を強張らせ、ゼノン王子が空気を震わせるような怒声を発する。
後ろのほうで膨れ上がった怒気はフーちゃんやね……まあ、フーちゃんからすれば許せへん内容やろう。
この世界でも、普通なら―――いや、正気なら取るような方法やあらへん。
可能性としてはあると考えとったけど、まさか本当にやってくるとはなぁ。
「……『御託は要らない、とっとと掛かって来い』っちゅー所ですかね。奴さんはすぐにでも戦争を始めたいみたいや」
「奴らめ……戦いが望みならば、いくらでも相手をしてくれる! 行くぞ、マリエル!」
「落ち着いてくれ、兄上。帝国と戦う事に異存は無いが、冷静さを失っては奴らの思う壺だ」
「ぬ……」
マリエル様の一言に、ゼノン王子は何とか冷静さを取り戻す。
基本的に挑発以上の効果は無い筈やけど、確かに効きそうな人はそれなりにいそうやからなぁ。
戦術面としてだけ見れば、全く意味が無い行動って訳やない。
せやけど、この行動は確実な悪評となるはずや。後々国を支配する事が出来たとして、民が付いて来なくなったら終わりやろ。
ただ相手を挑発する為だけにこれをするんは、流石にリスクの高い行為や。
帝国、一体何を考えとるんやろか……そんな事も分からん筈は無いんやけど。恐怖政治でも始めるつもりなんか?
「……ともあれ、父上がこれを我らに伝えようとしたと言う事は、早急に戻って来いと言う事であろう。
これならば、いつ戦争が始まったとしてもおかしくはない。急いだ方が良いだろうな」
「ふむ……成程な。よし―――全軍、聞けぃッ!」
―――瞬間、ゼノン王子が放った一喝に、全員が沈黙しとった。
その圧倒的な存在感と威圧感、普段から感じる物でもないんやけど、それは正しく『カリスマ』とでも呼ぶべきものやった。
ざわついていた周囲の声は一つとしてなく、この空間の全てをゼノン王子が支配しとる。
「ディンバーツ帝国は我らに対する見せしめの為だけに、罪も無い我が同胞を殺した!
これは、決して許されるべき事ではないッ!」
びりびりと震える空気に、うちは思わず引き攣った笑みを浮かべる。
王者としての素質は十分なんやないか、この人。
銀髪蒼眼を持つ者だけがリオグラスの王位を継承する権利を持つなんちゅーしきたりが無かったら、この人が王となっとった事やろう。
ここは、素直に感心しとこか。
「犬ほどの誇りも無い奴らは、誇り高き狼を侮辱した! ならば、我らの取る道は一つだけだ!」
王子の覇気に中てられて、周囲のテンションが徐々に上昇してゆく……こないな所で鼓舞せんでもええんやないかとは思うんやけど。
まあ、行軍スピードにも一応は影響してくるやろうし、別に悪いって訳やないんやけどね。
「我らはこれより、急ぎフェルゲイトへと帰還し、帝国との戦いの準備を開始する! 全軍、元の配置に戻れッ!!」
『はッ!!』
王子の号令に、全軍が一斉に敬礼する。
傍から見とると異様な光景やけど……何かフーちゃんまで釣られて敬礼しとるし。
まあ、何はともあれしっかりと号令の効果はあったみたいで、全軍が一斉に行軍準備を開始した。
知力は低いけど武力と統率能力は高い感じやねぇ、ゼノン王子。
「……大変な事になってきたわね」
「フーちゃん、大丈夫なん?」
「直接見てたら怒り狂ってたかもしれないけど、話の上で聞いただけなら大丈夫よ」
近付いてきたフーちゃんは、うちの言葉に苦笑を浮かべとった。
けど、その拳は握り締められたまま……相当怒っとるみたいやね、これは。
「とにかく、決してええ状況やないけど、自体が進展したんは事実や。速めに動いといた方が良さそうやで」
「分かってる。あたし達も準備しましょ、いつ状況が悪化するかも分からないんだし」
フーちゃんの言葉に、うちは頷く。
正直、もう開戦まで一直線しかあらへん事やろうけど、後手に回れば完全に不利や。
ただでさえ不利だっちゅーのに、これ以上やられたら堪ったモンやない。
とにかく、何とかせなあかんやろう。
「奴さんは一体いつ動く……うちらが戻るまでに間に合うんか?」
ここからフェルゲイトまでは少々遠い。
そして、ディンバーツ帝国が攻めてくるのは北から……うちらがフェルゲイトに戻る為に南下し、その後で帝国に対抗する為に北上するんは無駄が多すぎる。
幸い、まだグレイスレイド領内は抜けとらんし、修正は利く位置や。
ほんなら―――
「フーちゃん、ちょっと地図あらへん?」
「え、地図? ちょっと待って、確かカバンの中に……あった」
フーちゃんから地図を受け取り、その場で広げる。
この時代にしては結構高度なモンで、魔術式で上空まで飛んで描き上げたんやないかと思っとる……とまあ、それはともかく。
「なるたけ北にあって、防衛に向いた都市……ここやな、アルメイヤ。
周辺の農村住民の避難を考えて……うん、向こうに察知される時間を考えても、間に合う筈や」
「いづな? どうかしたの?」
「ん、このままやと確実に何都市か落とされてまうからな……せめて足止めできるようにせなあかん。
せやから……うちらで、足止めするんや」
「へ?」
詳しい説明なら後で出来る、今は行軍する方向を変えなあかん。
出発準備が終わる前に、うちはマリエル様に声をかけた。
「マリエル様、ちょっとええですか?」
「む、いづなか。どうかしたのか?」
「もしも帝国がすぐさま動くんやったら、うちらが王都に戻っとる間に都市をいくつか落とされてまいます。せやから―――」
「私達の手で足止めするつもりか? 確かに頑強な都市に篭ればいくらか時間は稼げるが、精々数百程度のこの二隊では……」
「援軍の要請なら今すぐに出来ます。ひたすら篭城して時間を稼げば、何とかなる筈……最悪、うちらが出ます」
言いつつ、うちは地図を広げる。
うちが示すんは、ディンバーツ帝国のすぐ近くにある都市、アルメイヤ。
グレイスレイドとの交易の拠点の一つともされとるし、都市の規模はかなりのモンや。
駐在しとるリオグラスの兵もそれなりにおるし、これなら時間稼ぎ程度なら何とかなる。
「……成程。確かに、不可能では無いか。私が考えていたのは途中で軍と合流する事だったが、これが成功するならば都市を一つも落とされずに済む。だが……分の悪い賭けだぞ?」
「勝負する価値のある賭けやと、そう思っとりますよ」
「……ふふ、そうだな。では、私は兄上に説明しに行く。お前はお前達に出来る事を進めてくれ」
「了解です……ミナっち、おる!?」
周囲がざわついとるんで、声が聞こえるかどうかは不安やったけど、ミナっちはすぐさま気付いてうちの方へと駆け寄ってきた。
周囲に間諜がいても困るんで、ミナっちの能力に頼って意思を伝える。
内容は、王様かギルベルトさんへの援軍要請や。
アルメイヤにて帝国軍を迎え撃ち、足止めするんで、さっさと援軍を寄越せと―――そういう話やね。
ミナっちにはまだ働いてもらわなあかんし、ちょっとの間忙しくなりそうやね……せやけど、負けへんで。
《SIDE:OUT》