122:襲撃
「さぁ、君の戦いは、もうすぐ始まるよ」
《SIDE:REN》
会議場となっている建物の屋根の上。
ここはかなり高い場所で、城壁の外側まで見えるこの場所に座りつつ、俺はぼんやりと遠景を眺めていた。
まあ、一応は警備なんだし、あんまりボーっとしてる訳にも行かないんだがな。
「ふぁ、あ……あー、暇だ」
大きく欠伸を漏らしつつ、そう一人ごちる。
中の様子は分からないのに、俺はいつ来るかも分からない敵を、話す相手もいない状態で待ち続けるしかない。
そりゃあ、最初は俺だって真面目にやってたけど、何時間もこのままじゃ流石に暇だ。
せめて話し相手が欲しい。
「なーに話してんだかなぁ」
フリズやミナが来ない方がいいと言われたのはまあ分かるんだが、何で俺まで。
一応俺はリオグラスの貴族な訳だし、話を聞く権利ぐらいはあると思ったんだが。
まあでも、いづなに真面目な感じに言われるとさすがに断る事も出来ず、頷いた結果こんなところにいる訳だ。
一体何を考えてたんだかな、いづなは。
「……はぁ」
溜め息を一つ。
いくら敵が来るかもしれないって言ったって、どれだけがどの方向から来るのかが分からなければ、対処は難しいだろう。
まあ、相手に予告しておいてくれってのも無茶な話だけどな。
「何つーか、アレだな。せめてミナに力を繋いでおいて貰いたかった」
「わう」
「……って、リル!?」
突然隣から聞こえてきた声に驚き、屋根の上から転げ落ちかける。
すんでの所でそれを堪えつつ、俺はリルの方へと向き直った。
「い、いつからいたんだ!?」
「わふ」
一言鳴き、リルはちょっとだけ人差し指と親指の間を開けるようなポーズを取る。
これは、ちょっと前って言う事なんだろうか。
「俺とお前だと、二人きりじゃ会話が成立しないからなぁ」
「わぅ……」
二人して、やれやれと溜め息。
そういや、こうやってリルと二人きりと言うのもかなり久しぶりだ。
と言うか、以前いつそんな事があったのかも思い出せない。
「うーむ……俺が力を制御できるようになったら、お前の言う事が分かるようになるのかな?」
「わふ?」
「……まあ、分からんよな」
いくらフェンリルの娘って言う風に呼ばれているとは言え、《神の欠片》の塊であるフェンリルが実際に子供を産んだ訳じゃないだろう。
別段リルは《神の欠片》に詳しいって訳でもないし、こんな事を聞いても無駄だ。
それでも聞かずにはいられないぐらい、俺はこの力に悩んでいるんだろう。
今の俺は、僅かに力を自覚できるようになった程度だ。
未だに明確なイメージを持って力を行使する事は出来ないし、精々力を弾丸に込めて放つ事が出来る程度だ。
更にそれも相手の障壁を貫ける程度の効果しかなく、背信者の威力を考えれば、別に障壁突破は必ずしも必要って訳じゃない。
「力が欲しい……欲しい、欲しいか」
苦笑する。手に入れれば手に入れただけ欲しがる性格って訳じゃない筈なんだがな。
ただ、欲しいと思ったものだけは必ず手に入れる―――だからだろう。
この力は俺のモノだ。他の誰にもない、俺だけのモノ。
だからこそ、こんな弱い状態は認められない……もっと、もっと強く。
「っと、いかんいかん」
あんまり焦っても意味が無いだろう。
皆の力に触れる事で、俺の力も徐々にだけど成長して来ている。
一応はその実感もあるのだし、そこまで焦る必要も無い筈だ。
「わう?」
「心配要らないって。ちょっと焦ってはいるんだろうけどさ、それでも―――っ!」
苦笑交じりにリルの方へと振り返ろうとし―――俺は、ふと視界の端に映った黒いモノに息を飲んだ。
見れば、街の外の遠く離れた場所の地面に、黒いシミのようなものが広がっている。
あれは、まさか―――
「《魔弾の射手》!」
俺の貴族としての名前の元となってしまったライフルを構え、スコープの中を覗き込む。
見つけた場所に広がっていたそれは、どうやら黒い水……あの蓮花の力のようだった。
そしてそこから、浮き上がるように幾人もの兵の姿が現れる。
その先頭にいるのは―――話に聞いていた特徴と同じ、黒髪黒目の男。
―――小さく、笑みを浮かべる。
「飛んで火に入る何とやら……」
そして俺は、そのまま躊躇無く引き金を絞った。
ライフルにしてはあまりにも弱い反動が肩を叩き、それと同時にスコープの中の男の頭が弾け飛ぶ。
やっぱりこの銃は最高だな……魔力弾は風の影響を受けないし、ある程度なら自動で補正してくれる。
スコープの中の敵は、仰向けに倒れ―――次の瞬間には、その頭を再生させていた。
「チッ……《魔弾の射手》でも再生できるか」
「わうぅ?」
視界の端で、リルが首を傾げている。
どうするんだ、とでも言っているような感じのその仕草に、俺は小さく笑みを浮かべた。
「この距離じゃ《魔弾の悪魔》の制御が難しいけど……まあ、他にもやりようはあるさ」
言って、俺は照準をその隣に立っていた兵士へと合わせる。
動きをじっと観察し―――そして、引き金を引く。
それと同時に弾け飛ぶ頭部……向こうでは、攻撃が命中した後から銃声が聞こえている事だろう。
ともあれ、流石に星崎とやら以外はこれに耐えるような不死性を持っている奴はいないらしいな。
「入れ食いだな」
適当に狙っても別の奴に当たるぐらい数が多い。
俺は小さく笑い、次々と連中を狙撃して行った。
姿の見えない敵から攻撃されるってのは、中々に恐怖だろうな。
と―――
『ちっと煉君、どないしたん!?』
「いづなか。二時の方角より敵影……星崎和馬だ。蓮花の能力で空間転移してきたらしいな。
今は狙撃して足止めしてる。連中、随分と混乱してるぜ」
『……ちっと待ち、水淵蓮花の能力やって?』
突如として響いてきたいづなの声が、またも唐突に途切れる。
何だ、何か引っかかるような事でも言ったか?
『分かった、さくらん!』
『ひゃ、ひゃい!』
唐突に頭の中で叫ばれたからだろうか、かなり驚いてる。
けど、何でここで桜を?
『星崎和馬の率いる連中の殲滅はさくらんに任せる! 煉君は建物の中に戻るんや!』
「おいおい、どうしてだよ?
ここなら、かなり有利に攻撃し続けられるんだぞ?」
『あっちは陽動や。あの勇者君にそのつもりがあるかどうかは知らへんけど。空間転移出来るんなら、わざわざそんな離れた所に現れる必要があらへん!』
そうか、それならこの建物に直接転移してきた方が確実な筈―――待てよ、それならもしかして。
「蓮花が、直接ここに来る……?」
『可能性としてはアリや。さくらん以外はこっちに集合!
ここにいるのは全員重要人物や、一人でも死なれたら国の関係が悪化しかねん!』
いづなの若干必死な声……しかし俺は、そんな話は殆ど聞いていなかった。
蓮花が、あいつが来るかもしれない。俺の考えは、それだけに支配されていたからだ。
「ふ、はははは……!」
「わ、わぅ?」
「……リル、お前はマリエル様かゼノン王子を護衛してろ。相手は、俺が引き受ける」
あいつが来る……もしも来るのならば、真っ先に俺を狙ってくる筈だ。
俺がいれば、囮になれる。その場にいれば、真っ先に戦える……!
「行くぞ、リル」
「……わふ」
あいつと戦うのは俺だ。あいつを殺していいのは俺だけだ。
そして、あいつもまた、そう思っている事だろう。
―――ようやく、あいつと戦える。
「来いよ、蓮花……お前も、楽しみにしてるんだろ?」
小さく、嗤い―――俺は、建物中へと戻っていった。
《SIDE:OUT》
《SIDE:SAKURA》
「ぇ、えと……そういう事らしいです」
「ああ。オレはこちらに残らないとならないようだが……大丈夫か?」
「は、はい!」
私は会議場の前を警備する役目だったんだけど……離れてしまっても大丈夫なのかな。
まあ、緊急事態みたいだし、相手が陽動だとしても止めないと困るから……仕方ないか。
とりあえずまだ離れてはいるみたいだし、ここは力を節約して―――
「風の精霊さん……お願い」
精霊使役で、自分自身を風で包み込む。
そのまま地面を蹴り、私はふわりと空中に浮き上がった。
「それじゃあ、行って来ます……」
「ああ、気をつけろよ」
『お前のサポートをしてやれないのは口惜しいが……頑張って来い』
「……うん」
頷き、そして私はそのまま空へと飛び出した。
以前は風を使って浮遊する程度しか出来なかったけれど、やっぱり力が増しているんだと思う。
私の持つイメージを、より正確に精霊さんへと伝えられるようになった。
ワイバーン……シルクに乗っている時とはまた違った感じが、私は好きだ。
「……とにかく、あの人たちをやっつけないと」
上空まで飛び上がってみれば、確かに黒い沼のようなものと、そこから上がってきた兵士たちの姿が見える。
さっき立て続けに銃声が響いていたのは、やっぱり煉さんだったみたいで、そのおかげで結構混乱しているみたいだけど。
それなら……悪いけれど、今の内に一網打尽にさせて貰おう。
「よい、しょっと……」
彼らの真上で静止し、目を開いたまま集中する。
精霊さんに複雑な指示を飛ばすならば、実際の状況を見ていた方が判断しやすいから。
私が幻視するのは、彼らの周囲を炎が取り囲み、そのまま押し潰すように炎に埋め尽くされる光景。
そのイメージを……正確に、精霊さんに伝える。
「お願い―――」
躊躇いは無い。皆の為に残酷になる事は、私の決めた価値だから。
だから―――
「―――焼き尽くして」
その言葉と共に、私の抱いたイメージは正確に再現された。
円を描くように炎が走って彼らを取り囲み、その灼熱の熱量は渦を巻くように円の中を埋め尽くしてゆく。
熱が吹き上がり、上昇気流となって私に向かうけれど、私を包む風がその熱を払っていった。
人体を骨まで容易く塵に変える熱量……けれど、その中で一つだけ動く影があった。
「おおおおおおおおおおおおおおおおッ!!」
黒い翼。
私のほうへと向かってくるそれを認め、私は即座に精霊使役を行った。
操る精霊は氷―――現れた氷の壁が、現れたその影の一撃を受け止める。
「テメェ、何しやがるッ!」
「……貴方達を、殺しただけ。貴方は殺しきれなかったけれど」
「この……ッ!」
やっぱり、邪神の不死性は厄介だ。
通常の攻撃方法じゃ倒しきれないし、私なら相手の魂を奪えばいいのだろうけど……正直、邪神に汚された魂に触るのはやりたくない。私にどんな影響があるかも分からないし。
でも、やりようはある。
「……まずは動きを止めさせて貰います。回帰―――」
「やれるモンなら……やってみやがれ!」
黒い翼の男―――星崎和馬は、氷の壁を砕きながら私に向かってくる。
その刃は、私の胸へと向かい―――
「《魂魄:肯定創出・精霊変成》」
―――そのまま、突き刺さった。
「ハッ、口ほどにも―――」
『―――雷よ』
私の胸に突き刺さった剣を握り、私はそう呟く。
瞬間、私の体から迸った青白い電光が、剣を伝って彼の体を打ち据えた。
「ガッ、アアアアアアアアアアアアアアアアッ!?」
『電撃の痺れは、そうそう消せないでしょう?』
精霊と化した私の体に、物理攻撃は通用しない。
まあ、そのおかげで私も物理的に彼に触る事は出来ないけれど、一応磁力を発生させる事もできるみたいだ。
発した磁力によって彼を捕まえた私は、そのまま雷の速度で地面へと向かい、彼を叩きつける。
巨大な雷光と落雷音が轟き、地面が光と共に砕け散った。
『……ちょ、ちょっと恐かったかも』
流石に、雷の速さは速すぎる。自分自身で全く知覚出来なかった。
と、それよりもまずは、このぐちゃぐちゃに潰れてしまった彼を何とかしなければ。
自分自身を、今度は氷の精霊へと変化させる。
それと共に体が纏っていた紫電は消え去り、白い煙のような物を纏い始めた。
これで、彼が再生する前に―――
『凍ってしまえ……!』
手を、振り下ろす。
そして、その刹那―――巨大な氷の華が、シャルシェントの近郊に咲き誇ったのだった。
《SIDE:OUT》