120:願いと価値
「さあ、どうやら一つの答えは出たようだね」
《SIDE:IZUNA》
「ふーむ……」
適当に買った羊肉の串焼き―――臭い消しの為に香辛料が多く、ちっと辛い―――を齧りつつ、うちはぶらぶらとシャルシェントの街を歩く。
特に用事があるって訳でもないんやけどね。単なる暇潰しと、まあちょっとした調査や。
グレイスレイドの首都ではなくなったとはいえ、規模としてはかなりでっかい都市。
住人の数も多く、それだけ通りやって栄えとる。
まあ、人の多さと言う点では、交通の要となっとったニアクロウ程やないんやけど。
「思っとったほど、悪い感じやない……かな」
「カレナさんの事か?」
「まあ、せやね」
連れて来とったまーくんの言葉に頷きつつ、うちは後ろ手にひらひらと手を振る。
うちが聞いとったのは、グレイスレイド国内におけるカレナさんの認識についてや。
かつての英雄がグレイスレイドに居ながら、国に仕えとる訳やなかった……その事について。
「予想外っちゃ予想外やけど、グレイスレイドの人間とも思われてなかったみたいやね」
「確かに、そうだったが……何故知られていなかったんだ?」
「まあ、カレナさんは邪神龍との戦い以来、引退しとるような状態やったからなぁ。
平穏無事に暮らしたいから、話を広めるなって言ったんやない?」
カレナさんが邪神龍との戦いに参加したんは、故郷を邪神龍によって滅ぼされてもうたからや。
せやから、その復讐が済んだ以上は戦う理由も無し、さっさと隠居生活に入ったんやろうけど―――
「出身がリオグラスやって事も結構有名やったし……これなら、そこまでフーちゃんの風当たりも酷くは無いやろ」
「『そこまで』……か」
まーくんが呟いた言葉に、うちは小さく肩を竦める。
そう、人間一枚岩やない以上、必ずフーちゃんに文句をつける連中は出てくる筈や。
これはあらかじめ予想しとくべき事やったね……うちが迂闊やった。
「あのエレーヌとか言う人は、教皇派……宗教に対してかなり苛烈な信心を抱いとるタイプの人やった」
「聖女派よりも教皇派の方が信心深いのか?」
「要するに、聖女を崇めるか神様を崇めるかっちゅー話やね。傍から見とりゃ、正直どっちも大差ない」
ミドガルズの使徒とされとる聖女様と、ミドガルズそのもの―――どちらを崇めるか。
普通に考えりゃ後者と思うかもしれへんけど、生憎と人間っちゅーのは即物的なモンや。
目に見えて分かる場所にいる相手の方が、親しみ易いんやね。
かつて、邪神龍の軍勢を、呼び出した古龍の力によって薙ぎ払ったと言われる聖女様。
その光景を見とる者達は、恐らく聖女様への信心の方が強い筈や。
「聖女様が寛容な姿勢を見せとる以上、聖女派の人達がフーちゃんを敵視する事は殆ど無いと思う。
何か言われても、聖女様から許可を貰ったって言えば、まあ問題はあらへん」
「そんなものか?」
「扱いから言や、神様からのお言葉やしね」
聖女様の正体を知っとる身からすりゃ、若干滑稽とは思わんでもないけど。
と言うより、うちらは神様の正体すらも知っとるんやし、とてもやないけど神様を崇める気にはなれん。
単なる力の塊やしね、フェンリルもミドガルズも。
確かに《神の欠片》の塊やって言う以上、かなり強力な力を扱えるんやろうけど……その一部がうちらにも宿っとると思えば、微妙なトコや。
「まあ、ともあれ……問題は教皇派。彼らが、フーちゃんを自分の国に組み込みたいと思う事は、簡単に想像できるやろ」
「……それを許すつもりはないのだろう?」
「当たり前や。うちらは、全員が揃っとらんと意味が無いんやからな」
それに、煉君かて許さへんやろう。
まあ、何よりの問題はその煉君とも言えるんやけど……会議の場に煉君を入れるべきやないかもしれへんなぁ。
奴さんが下手な事言うて、万が一煉君の逆鱗のでも触れたりしたら……考えるまでも無く、国際問題に発展するやろ。
ちゅーか、煉君自体既に相手の事を気に入らんと思っとるみたいやし。
「あの場で暴れ出さなかったんは助かったかな……今は別に気になっとる事があるみたいやし、それのおかげかもしれへんけど」
「……水淵蓮花、か」
そう、あのディンバーツにいる女の子。
煉君と同じ性質を持っとる―――つまり、敵に回すと途方も無く厄介な相手っちゅー事やね。
正直、分かりやすい星崎和馬より遥かに厄介な相手や。
一般人には当てはまらん思考回路しとるから、相手の行動予測がやり辛い。
普通なら考えんような事を平気でやり始めるかもしれへんからなぁ。
「とりあえず、星崎和馬に関しちゃ、フーちゃんとさくらんに対応して貰えば何とかなるやろ。
問題は彼女の方や……奴さんもこっち側も、一人としか戦いたがらなそうやし」
煉君が回帰まで達しとったならまだ安心出来るんやけど……やっぱ、そう簡単には行かへんしなぁ。
フェゼりんが言うには、煉君の持つ能力はうちらの中でも最上位。
現在の所は他者の意思の拒絶、自意識の絶対確立と言う形でしか利用出来てへんらしいけど、もしも自在に操れるようになったのなら、圧倒的な力を誇るようになるっちゅー話や。
うちらの力の段階は、大まかに分けると四つ。
まず最初が、無意識に、かつ突発的に発動する段階。
煉君やまーくんが使ってるようなんがこれに当たる。要するに、全く操れていない状態や。
二つ目が、意識して発動する段階。
うちやつばきんのようなタイプやね。使おうと思えば、力を使う事が出来る感じや。
これが本来の力やと思っとったんやけど……ぶっちゃけ、これが初歩の初歩になる。
三つ目が回帰……フーちゃんやさくらん、ミナっちが至った段階。
この中でも二つ、単発式と自己強化の肯定創出に分かれるんやけど、とにかく強力無比な力や。
しかし、これすらもまだ途中段階に過ぎん。
最後の四つ目、それこそが超越。
まだ誰も至ってへんそれこそが、うちらの持つ《神の欠片》の究極形。
世界を創った神の力を利用し、自分の望む通りの世界を創り出す力―――エルロードは、そう言っとった。
そしてこれこそが、うちらがこの世界で生き抜くために必要な条件やと。
「……ちゅーか、十五年以上力が干渉し合ってたにもかかわらず、つばきんは第二段階やっちゅーんに……それ以上の力を持つ煉君の欠片って、どうやって育てればええんや」
「一応、今これだけの数が近くにあるのだから、それだけ育つのも早いんじゃないのか?」
「まあ、そりゃうちやって分かっとるけど……」
煉君はようやく第二段階の兆しが見えてきた程度や。
まーくんに関しちゃ、まあ別の方法を考える事が出来るんであんまり気にしとらんのやけど―――
「正直な所、邪神のシステム自体を何とかする方法なんて、煉君の《欠片》の力以外に思いつかんのや。
あの力は必ず必要……せやから、何が何でも上り詰めて貰わな困る」
それやっちゅーんに、あの成長の遅さ……焦りたくもなるっちゅーねん。
まあ、焦っても仕方ないってのは分かるんやけど。
「はぁ……煉君、至る為の覚悟っちゅー点ならまるで問題無いんやけどなぁ」
「……覚悟、か」
「ん、まーくん?」
僅かに沈んだ声音に、うちは思わず振り返る。
見れば、まーくんはその鋭い視線を内へと向け、どこか思い悩むような表情で声を上げた。
「お前は、回帰に必要だという願いと価値観……決まっているのか?」
「……せやね」
ちと、難しい質問やね。
うちやまーくんは、まだ回帰に至るには力の大きさが足らん。
せやけど、先送りにしていい問題やない筈や。
「願い、願いかぁ……」
皆と一緒に生きたいっちゅー思いも、確かにある。
煉君が掲げた未来を手に入れたいってのも、確かに願いや。
せやけど、それがうちが掲げるべき願いかと聞かれると、それはちょっとちゃうような気がする。
「……あの時どうするべきやったんか、正しい答えが知りたい……それが願いやって、ずっと思っとった」
「違うのか?」
まーくんは、うちとお姉ちゃんの事を知っとる。
せやから、こんな話もできるんやけど。
「それが……ホントに、うちの願いなんかな?」
「いづな?」
「……ううん、分かっとるんや。本当に願っとるんは、もっと甘く優しい未来。せやけど、それは願ったらあかん事や」
うちが本当に願っとるんは、もう一度お姉ちゃんと分かりあって、あの頃と同じように暮らすっちゅー事。
せやけど、うち自身が壊してしまった事である以上、うちがそんな願いを抱く事は許されん。
そして、お姉ちゃんかて、うちを許す事は出来ひんやろう。
それに万に一つ、うちの事を許してくれるような事があったとしても、霞之宮の当主となるお姉ちゃんが、うちを受け入れることは不可能や。
「……うちには、決して叶わぬ願いを掲げられるだけの強さが無いんや。
決して叶わぬと知りながら、それを追い求めるような事は……うちには、出来ん。
ゴメンなまーくん、参考にならんで」
「いや、いいんだ。しかし……決して叶わぬ願い、か」
そう呟くと、まーくんは息を吐き出し、虚空を見上げる。
まーくんの願いは、きっと元の世界に関する事やろう。今の肉体では帰る事は叶わん……だからこそ、元の世界に焦がれるのかもしれへん。
せやけど、それを己の願いとして掲げるのならば……それは、きっと辛い道となる筈や。
「オレの本当に欲しいものは……一体、何なんだろうな?
まあ、オレはまだまだ回帰には届かないだろうし、少々早計かもしれないが」
「あ、それなんやけど」
「む?」
うちの挟んだ言葉に、まーくんが首を傾げる。
そんな様子に小さく微笑み、うちは笑いながら声を上げた。
「それに関して、ちょいと考えがあるんや。試してみん?」
《SIDE:OUT》
《SIDE:TSUBAKI》
『ワタシが、誠人の刀に?』
「うん、いづなさんがそう言ってたの」
ワタシ達といづなに割り当てられた部屋―――ミナとフリズは別の部屋で一緒だ―――にて、ワタシは桜の発した言葉に首を傾げていた。
一体、どういう事なのだろうか?
そんなワタシの様子を見て、桜は小さく微笑みながら声を上げる。
「いつだったか、誠人さんに憑依した事があったでしょう?」
『ああ、《欠片》のルールの事か』
「そう。あんな風に、力を強化する事ができるんじゃないかって」
ふむ。確かに《欠片》のルールによって、ワタシ達は力を増す事が出来る。
以前能力を強化したのも、そのルールによる物だ。
しかし―――
『刀に憑依しただけで、《欠片》同士が触れ合っている事になるのか?』
「さあ、それは分からないけど……フェゼニアちゃん、どう?」
『みゅ……どうでしょう。ボクも微妙だと思うのです』
中空からにじみ出るように姿を現したフェゼニアの言葉に、ワタシは肩を竦める。
何とも不確かな話だが……確かに、ワタシ達の力はそうでもしないとなかなか回帰の領域には至らないだろう。
まあ、試すだけならタダだがな。
『……しかし、いいのか桜。ワタシがお前に憑いていてやる事が出来なくなるが』
「それは、寂しいけど……それでも、皆の為だから」
『……そうか』
先日誠人にはああ言ったが……ワタシの願いなど、既に決まっている。
ワタシの力で、桜を護ってゆく事だ。
無論、既に肉体を持たぬワタシには叶わぬ願いである事は分かっている……けれど、ワタシはずっとそうして生きて、そして死んだのだ。これ以外の願いなど、ワタシには有り得ぬ。
だからこそ、そんな言葉を桜から言われてしまうのは、複雑ではある。
『……嫉妬、か』
「お姉ちゃん?」
『いや……何でもない』
ワタシは屍人で、桜を護ってやる事はできない。
だからこそ、ワタシは仲間達に嫉妬しているのだろう。
ワタシに出来ない事を出来る、彼らに―――
『どうしたのですか、ツバキ? マサトと力を合わせれば、貴方のおかげでサクラを護る事が出来るかもしれないのですよ?』
『え……?』
『みゅ、気付いてなかったのですか。ボクはこれでも人生経験豊富なのですから、ツバキの考えている事などお見通しなのです』
得意げに胸を張るフェゼニアに、ワタシは思わず目を見開く。
ちょっと待て、彼女は何と言った?
ワタシが、誠人と力を合わせて桜を護る……?
『あ……』
そう、か。
ワタシはずっと、ワタシ一人で桜を護ってきたから……桜を護るのはワタシだけなのだと、そう思い込んでいたのか。
ワタシの手で桜を護りたいと言うのは、確かにワタシの願いだ。
この嫉妬だって、消す事はできないだろう。
―――けれど。
『ワタシの力で、桜を護れる……そうか、その通りだな』
ワタシの力を使って誠人が桜を護るのではない。
ワタシと誠人で、桜を護るのだ。
『……後で誠人と話す事としよう。それが出来るのならば、ワタシ達の力を合わせる事で、きっと回帰に届くはずだ』
『みゅ……確証は無いのですが、確かにかなり強化される筈です』
獲らぬ狸の皮算用ではあるが、ここはプラス方面に考えておく事としよう。
と言うよりも、そうでもなければ、ワタシ達の《欠片》が回帰に至る事はまず無理だろうからな。
しかし、そうなると問題なのが―――
『煉の《欠片》だけは、至れる見込みが全く無い気がするのだが』
「あー……」
『そうなのです……あの力は、あまりにも強力すぎるのですよ。
彼の持つ《欠片》も、決して小さいと言う訳では無いんですが……それでも、あの程度の力しか使えていないのです』
やれやれ、難しい物だ。
とは言え、エルロードが選んだ以上は、それなりに見込みがあっての事なのだろう。
ならば、奴がまだ何か考えているはずだ。あちらから接触してくるのを待つしかないが、彼女を期待する他無いか。
『ともあれ……この会議の期間中、ディンバーツが黙っているとは考え辛いからな。
ワタシ達の力を、少しでも増しておく必要があるだろう』
「うん、そうだね……私も、早く超越に届くよう頑張るから」
『……あまり強くなり過ぎるのも、どうかとは思うがな』
苦笑し―――別に息を吸っている訳ではないのだが―――小さく嘆息する。
しかし、当面の目標を回帰に定めているとはいえ、ワタシ達もいずれは超越に至る必要があるはずだ。
そちらの条件も、きちんと理解できなければ後々困る事になるだろう。
『やれやれ、やる事は山積みか……』
会議が始まるまで、もう少し。その日々に思いを馳せ、ワタシは再び嘆息を漏らしていた。
《SIDE:OUT》