119:城塞都市シャルシェント
会議の街へ。
そして、フリズ・シェールバイトと言う少女の立場。
《SIDE:REN》
「遠くから見てた時は分からなかったけど……」
「デカイな、こりゃ」
唖然とした口調で、俺とフリズの意見が一致する。
俺の視力では、かなり離れていた頃から見えていたんだが……それでも、距離感が狂うぐらいの大きさだった。
しかし、そんな巨大な都市であるにもかかわらず―――いや、巨大な都市であるからこそか―――街全体が、強固な外壁に囲まれていた。
正直、どうやってこの規模を維持してるんだかさっぱり分からない。
「ふーむ……噂には聞いとったけど、流石やなぁ」
「噂?」
「昔は、ここがグレイスレイドの首都やったんよ。せやけど、邪神との戦いで後退を余儀なくされたらしいで」
疑問符を浮かべた誠人に、いづなは得意げな表情で豆知識を披露する。
って言うか、一体何処でそういう話を仕入れてくるんだろうな、いづなって。
まあ、いづなの知識が増える事は、俺達にとってプラスとなるから助かるんだけど。
「へぇ……でも、こっちに首都を戻そうとか思わなかったのかしら?」
「や、グレイスレイド出身のフーちゃんが言うのはどうなんや……まあ、今現在首都にしとるリーデンゲルトの方にミドガルズが現れたとかで、向こうを聖地扱いしとるみたいやね」
また、三十年前の邪神龍の影響なんだな……どこの国も影響受けてるんだろう。
ホント、今回の忌まわしき海の王は速攻で倒す事が出来て良かった、と考えるべきか。
まあ、あの一戦だけでも百人以上の死者が出ちまった訳だが。
「行軍予定としては……一日遅れとるけど、まあ会議の日は三日後やし、余裕を持って着けたやろ」
「道中大した危険も無くな。お前達のおかげだ、感謝するぞ」
馬上から話しかけてきたゼノン王子の言葉に、俺達は小さく苦笑しながら頷く。
まあ、確かに危険というほどの危険は無かった訳だが……途中で魔物を見かけるごとに『退治しよう』と言い出していたこの人が言うべきではないと思う。
隣に並ぶマリエル様も、頭痛を堪えるように頭を抱えていた。
「……貴公の働きに感謝しよう、フレイシュッツ卿。君のおかげで無駄な時間を掛けずに済んだ」
「いや、まあ……一応、狙撃手の仕事ですから」
《魔弾の射手》となっている背信者を示し、俺は小さく苦笑する。
王子があまりにも魔物を退治したがるので、途中から俺が狙撃する事で魔物を倒していたのだ。
それによって、魔物がこちらに襲い掛かってくる前から倒せるので、隊列を乱す事無くスムーズに進む事ができた。
俺が何とかしていなかったら、もう二日ぐらいは行軍が遅れていたんじゃないだろうか。
「ま、まあとにかく、そろそろ到着の連絡も着いてる頃やろうし、進んでも大丈夫なんやないですかね?」
「うむ、そうだな……向こうからも合図があると思うが」
俺達は今現在、シャルシェントの門から少し離れた所で待機している。
流石に、許可を取る前から二つの軍勢を街の中には入れさせてくれないだろう。
と言う訳で、まず使者を出して開門の申請をしている訳だ。
と―――そんな話をしていたちょうどその時、シャルシェントの正門が、音を立てつつゆっくりと開いた。
そこに立っているのは、二人の人物。片方は女性で、片方は男性みたいだが……男の方は隣に並んでいる女性と比べて、かなりデカイ。
と言うか、誠人よりもでかいんじゃないだろうか。2メートル以上はありそうだ。
そんな男性が低いバリトンの声で、力強く声を上げる。
「良くぞ参られた、リオグラスの使者よ! 私は七徳七罪、不屈にして暴食のサム!」
「同じく、節制にして羨望のエレーヌ。貴方達を歓迎しましょう」
……男性の方はともかく、女性の方はあんまり友好的な態度には思えないな。
そんな言葉にマリエル様はぴくりと眉を跳ねさせたが、とりあえず気にしないことにしたのか、そのまま声を上げる。
「出迎え、感謝しよう! 私はリオグラス王宮近衛魔術隊第二部隊隊長、マリエル・キルト・スワロウ・リオグラス! そして、こちらが―――」
「リオグラス王宮近衛騎士隊、第一部隊隊長……ゼノン・バレイス・リーヴェルト・リオグラス!
貴公らの招待に感謝する!」
こちらも名乗りの声を上げ、そして許可されたのか、二人の人物は俺達を招き入れるように左右に分かれる。
あの二人、そういえば七徳七罪とか名乗ったが……確か、あのテオドール・ラインも同じ名を名乗ってたな。
ええと……リオグラスのトップの騎士七人を指すんだったか?
全員が非常に高い戦闘能力を持つ―――が、それでも邪神と渡り合えるほどの実力者はテオドール・ラインしかいないらしい。
と言うより、昔はいたのだが、大半が邪神龍との戦いで命を落としたそうだ。
「ほー……あのサムって人は三十年前からいる生き残りの人みたいやなぁ」
「若く見えるって訳じゃないけど……あれ、いくつよ?」
「さあ? 噂では、ニヴァーフなのに何故かあないにでっかく育ってまったらしいんやけど」
一応、長命な種族のニヴァーフなら疑問でもないか。あくまでも噂だけど。
あっちのエレーヌって言う人は邪神龍以降に加わった人物って事かな。
「さあ、行くぞ。今日は挨拶だけして休憩だからな、ゆっくりと休むといい」
「あ、はい」
マリエル様の言葉に頷き、俺達は歩き出す。
さて、ここからが重要な会議となる訳だけど……果たして、どうなる事やら。
何も起こらなきゃいいんだけどな―――
《SIDE:OUT》
《SIDE:FLIZ》
「……」
背中から感じる視線に、あたしは小さく嘆息する。
あのエレーヌとかいう女……街に入ってからずっとあたしの事見つめてるんだけど、一体何なのかしら。
初めは、聖女そっくりなミナに注目してるのかと思ったけど……どうやら、違うみたいね。
っていうか、むしろミナの事は気にならないのかしら。もしかしたら、テオドールさんが教えてたのかもしれないけど。
とまあ、それはともかく。
会談にやってきたリオグラス一行は、当面の宿となる建物へと案内された。
昔城―――と言うか聖女のいる神殿として扱われていた建物の、その隣。
一応、今でも神殿として機能はしているらしく、そんな所に別宗教の人間を泊めるのは無理だったらしい。
まあ、あたし達からしても、そんな針の蓆みたいな所に泊まれと言われても困るんだけど。
そして―――その建物の中のとある部屋へ、マリエル様とゼノン王子、それにあたし達は案内された。
部屋の中に招き入れられ、そこにあった姿にあたしは思わず息を飲む。
「久しいな、リオグラスの文武両雄。しばらく見ぬ内に、すっかりと大きくなったものだ」
「お久しぶりです、聖女リーシェレイト。貴方様は、お変わりないようで」
そこにいたのは、あのミナそっくりの女―――足元まで届こうかと言う長い髪を結った聖女様だった。
あたし達の後ろにいた七徳七罪の二人が慌てて跪くが、あたし達はどうするべきなのかしら?
そんな戸惑った様子が伝わったのか、聖女様は小さく笑いながら声を上げる。
「妾に傅く必要はない。お前たちは我が国の民と言う訳ではないだろう?
そこのフリズ・シェールバイトとて、今はリオグラスにいるのだからな」
「―――お言葉ですが、聖女様」
と―――そこで、何故かエレーヌが声を上げた。
若干青みのかかった銀髪を揺らしながら顔を上げ、跪いたまま声を上げる。
「カレナ・シェールバイトは我が国の民。当然、その娘もグレイスレイドの民の筈です。
それなのに、なぜリオグラスに組する事をお許しになっているのですか」
「……お前は頭が固いな、羨望よ」
聖女様が、やれやれと言った様子で嘆息を漏らす。
成程、こいつがあたしの事を睨んでたのはこういう理由って訳か。
結構な愛国者みたいだし、言いたい事は分からなくはない。けれど―――
「カレナ・フェレスが我が国についたのは、セラード・シェールバイトがいたからこそ。
故にあ奴は七徳七罪への勧誘を蹴っておったのだし、娘への勧誘も全て断っていた。
セラード・シェールバイトが命を落としてからは、勧誘があったらこの国を出て行くとまで言っておったからな。
羨望よ、お前はカレナの倒れた今ならば、娘を引き込めるなどと思っているのではあるまいな?」
「そ、そのような事は……!」
「騎士を名乗るのならば、低俗な考え方は止める事だ」
聖女様から受けた言葉に、エレーヌは唇を噛んで押し黙る。
何か、嫌な予感がするんだけど……変な因縁でもつけられなきゃいいんだけどなぁ。
「やれやれ……済まぬな、客人の前で」
「いえ……」
「まあ、気をつける事だ。カレナ・シェールバイトを襲撃した者を、フリズ・シェールバイトが撃退した事は既に知れ渡っておる。
お前がリオグラスについている事を快く思っていない者はそれなりにいるのだ。妙な声をかけれれるやもしれぬ」
「……わ、分かりました」
あー、これ、絶対に平穏無事に一週間を過ごすとはいかないわ。
特に後ろのこの女。絶対に後で因縁吹っかけてくる。
お母さんは、元々の出身はリオグラスなんだし、結婚してあそこで暮らしていただけなんだけどなぁ。
「ともあれ、長旅で疲れたであろう。今日はゆっくりと休むといい。
神殿以外は自由に立ち入れるのでな、会議まではゆっくりと暇を潰すといいだろう」
「お心遣い、感謝いたします。それでは―――」
マリエル様が代表して礼をし、部屋から退出する。
さてと……まだ時間は昼なんだし、いつもだったらこのまま皆で観光でも―――と言う所なんだけど。
「―――フリズ・シェールバイト。少々、付き合ってもらおうか」
「……はぁ」
予想はしてたけど……やっぱり来たかぁ。
嘆息しつつ振り替えれば、その瞳に敵意を燃やすエレーヌが。
この人、聖女様に言われたばっかりだって言うのに、全く懲りてないわね。
そんな彼女を、若干慌てた様子でサムさんが諌める。
「エレーヌよ、聖女様のお言葉を忘れたか」
「忘れてはおりませぬ……しかし、グレイスレイドの民でありながらリオグラスに仕えるなど……!
グレイスレイドの庇護の下暮らしてきたと言うのに、そのような真似を!」
「……まあ確かに、あたしやお母さんはアルバートのおっちゃんのおかげで暮らせてた訳だけどさ」
あの時おっちゃんが支援してくれなかったら、あたし達はどうなっていたか分からない。
まあお母さんだから、傭兵で稼ぐぐらいは簡単だっただろうけど、それでも平穏な暮らしは出来なかっただろう。
嘆息交じりに踵を返し、あたしは歩き始めた。
「何処へ行く!」
「付き合う義理は無いっての。あたしは、グレイスレイドなんか大嫌いよ。調査不足でお父さんの事を死なせたのは、アンタ達じゃない」
あの時、相手がヴァンパイア・ロードである事が予め分かっていたのならば、お父さんが命を落とす事はなかっただろう。
そして、お母さんがジェイの事を恨むような事も無かっただろう。
……あたしにとっての幸せが奪われる事だって、無かった筈だ。
「あたしの幸せを奪った連中なんかに、どうして仕えなきゃいけないのよ」
「貴様……ッ!」
「エレーヌ!」
視界の端で、いづなが小さく嘆息しているのが見える。
ごめん……でも、これだけは許せない。
これだけは、どうしても譲れない。
あたしはそのまま歩いて、この建物の玄関を押し開け、エレーヌへと振り返った。
「それでも納得できないって言うんなら、相手になってあげてもいいけど。その鼻っ柱をへし折ってあげるわよ」
「ッ……いいだろう、吠え面をかくなよ!」
そう叫び、エレーヌはあたしの隣を通り抜けていく。
小さく肩を竦めて嘆息し、あたしは皆の方へと視線を向けた。
「ゴメン、勝手な事して」
「……まあええよ。最初に吹っかけてきたのはあちらさんやしな」
「済まない、エレーヌは敬虔過ぎる所があってな……同志に対しては、非常に良い人物なのだが」
まあ、そういう人間からすれば、あたしは裏切り者なんでしょうけどね。
けど、どうにした所で、あたしはグレイスレイドに従うつもりは無い……聖女様には悪いけど。
さてと……とにかく、交流試合と行きましょうか。
「どうした、怖気づいたか!」
「テンション高いわね、全く……」
玄関を出た先、若干広い庭に仁王立ちする彼女に、あたしは嘆息交じりに近付いてゆく。
そしてある程度の所で立ち止まり、静かに意識を集中させた。
程よく強い相手……だけど、あたしの力なら―――
「七徳七罪、節制にして羨望のエレーヌ」
「フリズ・シェールバイト。大層な二つ名なんて無いわ」
エレーヌはあたしのその言葉を聞きながら、装備していたレイピアを抜く。
さて、一応この国トップクラスの実力者なんだし、特殊な武器なんでしょうけど。
準備は完了してるし、何が来ても大丈夫だと思うけどね。
「良かろう……己の愚かさを悔いるがいい! 《螺旋光蛇》!」
「―――!」
エレーヌがそう宣言した瞬間、持っていたレイピアから光が伸びた。
剣かと思ってたけど……鞭なのね、あれ。
伸びた光は自在に宙を駆けているし、恐らく普通の鞭とも違うんでしょうけど。
まあ―――
「回帰―――」
どんなに速かろうと、どんなに複雑な動きをしようと……あたしにとっては、同じ事だ。
「《加速:肯定創出・神獣舞踏》」
そんな程度じゃ、あたしのスピードは上回れないのだから。
さて、能力を発動した事で、周囲の動きが止まったように遅くなる。
落ち着いて身体強度強化の魔術式をかけ、摩擦熱を抑える方向で能力を発動。
これで準備は完了、と。
「……でもまぁ、怪我させるのも良くないわよね」
ムカつく奴だとは思うけど、流石に二国間の会議が間近なんだし、派手にぶっ飛ばす訳にも行かないだろう。
となると、ある程度加減が必要な訳だけど。
「まあ、武器ぐらいでいいか」
とりあえずつかつかとエレーヌに近付き、彼女の持っているレイピアの柄を手刀で叩く。
通常の感覚で考えれば凄まじい威力に、エレーヌの手から剣が弾き飛ばされた。
さて、体勢を低く構え、拳を握り―――能力を解除する。
「え―――?」
「せいッ!」
唐突に武器が弾き飛ばされた事に呆然とするエレーヌに、下からのアッパーを叩き込む。
通常の速度なら、まあ大した威力じゃない。しっかり脳震盪になる程度の威力にはしたつもりだけど。
防御する間もなく一撃を喰らい、エレーヌは仰向けに倒れ―――そのまま、失神した。
流石に歯を食いしばる余裕も無かったみたいだし、耐えるのは無理でしょうね。
ぷらぷらと手を振り、肩を竦める。
「ま、こんなモンでしょ」
さて、コイツどうしたモンかしら。流石に、数日滞在する所の玄関先に転がしておく訳にも行かないんだけど。
と……そんな風に悩んでいる間に、玄関から出てきたサムさんが、大きく目を見開いてこちらに近づいてきた。
「これは驚いた……まさか、一瞬で勝負を決めてしまうとは」
「あー、はい。まずかったですか?」
「いや、聖女様も気にはせぬだろう。安心したまえ」
この人は、あたしの事を悪くは思ってないみたいね。
まあ、人間一枚岩じゃないって事でしょう。
サムさんは気絶するエレーヌを抱え上げると、マリエル様の方へ深々と頭を下げた。
「お騒がせして申し訳ありませぬ。この埋め合わせは、後日また」
「ふふ……ええ、それでは」
マリエル様は小さく微笑みながら彼に頷く。
いづなと同じで抜け目が無いからなぁ、あの人……会議を有利に進められるとか考えてるんじゃないかしら?
しっかし―――
「グレイスレイド、ねぇ」
ファルエンスは田舎も田舎、国の話なんて殆ど耳に入らなかった。
けど、そんな影であたしはお母さんに護られていた……改めて、そう実感する。
お母さんはもう戦えないし、国に利用されるような事だって無い。
だから、今度はあたしが頑張る番だ。
「……ま、仲間も一緒だけどね」
それだけは、忘れない。
小さく笑いながら、あたしは皆の所へと戻って行った。
《SIDE:OUT》