118:精霊変成
愛を得る為に残酷になる。それが、彼女の求めた在り方。
《SIDE:SAKURA》
「さーて、ああ言ったはええけど、どうしたもんかね」
「何も考えないであれ言った訳!?」
「や、考えとるよ。ただ、生け捕りとなるとどうしても効率的とは言えんからなぁ」
お姉ちゃんに体を貸したままで、私は皆の話を聞いている。
今回はいつ襲って来るか分からない敵に備えると言う事で、お姉ちゃんの《未来視》に頼っていた訳だけど……盗賊退治なら、役に立てるかも。
「今回、うちらが大勢力やっちゅー点が問題なんや。流石に、いくら学の無い盗賊とは言えども、国の精鋭部隊二つを相手にしようと思うようなアホはおらへん」
「……まあ、確かにな」
「それだけやないで? 恐らく、向こうも見張りぐらいは立てとるやろうし、軍が見えた瞬間に逃げる準備を始めとる可能性は十分にあるやろ。
今から山慣れしてない兵士達で追いつこうとした所で無理な話や」
腕を組みながら胸を強調するように押し上げて、いづなさんは誠人さんの言葉に頷く。
時々思うけど、これってフリズさんをからかう為にわざとやってるじゃないかな?
まあそれはともかく……納得できた。余計に時間がかかってしまいそうだから、いづなさんは自分から立候補したのか。
「まあ、作戦は一つやね。今回は回帰組で行こか。
さくらんが霊を召喚して相手の位置を探り、フーちゃんがスピードを生かして突撃。間の連絡はミナっちにやって貰おかな」
「まだ加減が難しいんだけど……まあ、仕方ないか」
あ、っと……今回は試したい事があるから、ちょっと私にやらせて欲しいんだけど―――
『ねえ、お姉ちゃん』
「ん? ああ、代わるのか」
『うん、それはそうなんだけど……ちょっと、試してみたい事があるの』
「試してみたい事?」
フリズさんの話を聞いて、自分自身の事を見直し―――そして自覚した時、使えるようになった……と思う、新たな力。
まあ、まだ実際に使った事がある訳じゃないんだけど。
と、お姉ちゃんが出していた声に気付いたのか、いづなさんが首を傾げつつ問いかけてくる。
「んー? つばきん、何か思いついたん?」
「む、ああ……ワタシではなく、桜がな。とりあえず、代わるぞ」
お姉ちゃんはそう言って髪を解く。
そしてそのまま私の体から抜け出して、いつも通りにストラップの中に入ると、私の体の自由が戻ってきた。
後は、髪を右側で結い直して、と。
体の調子を確かめてから、私はいづなさんへ向かって声を上げた。
「えっと、ちょっと試してみたい事があるんです」
「ん、何するん?」
「はい、あの……この間フリズさんの話を聞いた時、自分で考え直してみて……そうしたら、私も肯定創出が使えるんじゃないかって……」
「え、ホント!?」
フリズさんが目を見開きながら発した言葉に、私は小さく頷く。
確証は無いけれど、名前が勝手に頭の中へと浮かんできたあの感覚は、確かに《死霊操術》を使えるようになった時と同じだった。
それなら、この力も本物なんじゃないのかと思ったのだ。
と―――そんな風に相談している私達の方へ、マリエル様とゼノン王子が近付いてきた。
「大丈夫か、お前達? 無理なようならば私達が動くが……」
「変に気ぃ使わんでも大丈夫ですよ。とりあえず、さくらん……行けるん?」
「は、はぃ……大丈夫、だと思います……」
流石に、王族の方々の前だと緊張するんだけどなぁ……うう。
そんな私の姿を見て、ゼノン王子は楽しそうな笑みを浮かべる。
「お前は、クライドを一蹴した魔術式使いだったか。今度はどんな技を見せてくれるのだ?」
「ぇ、えと……そ、それじゃあ、やってみます……」
あうう、緊張する……で、出来るだけ気にしないようにしよう。
大きく深呼吸して、それから意識を集中。
あの時、力の名前を思いついた瞬間の感覚をイメージする。
「回帰―――」
私は、誰かに愛して欲しかった。
ずっと一人きり―――ううん、お姉ちゃんはいた。けれど、それ以外の時はずっと孤独だったんだ。
だから私は、私を愛してくれる人を失いたくない。そして、私にとって大切な、大好きな人達を失いたくない。
それこそが、私の願い……それを、私は肯定したんだ。
そしてそれを護る為だったら、私は何処まででも残酷に、奪おうとする敵を排除しよう。
例えそれによって、大多数の人間から遠ざけられたとしても……私の大切な人たちがいるのならば、構わない。
それが、私の見出した価値。
これこそが、私が回帰に至った思い。
それを自覚した今なら―――この力を、使える筈!
「―――《魂魄:肯定創出・精霊変成》!」
私が、そう宣言した瞬間―――私の体が、光を放った。
「うおっ!?」
「な、何だ!?」
皆の声が聞こえる。そしてそれと同時に、私はふと体が軽くなったような感覚を覚えていた。
いや、それどころか……体重が、まるで無い。ふわふわと浮いているような感覚。
やがて、光が収まり―――私の姿を見た皆は、一様に驚愕の表情を浮かべた。
「な……さ、さくらん? 何なん、それ?」
『ぇと……この回帰は、私自身が精霊に変身する力みたいです』
言いつつ、私は自分自身の姿を見下してみた。
身体はうっすらと透けて、若干緑色の光を放ちながらふわふわと浮遊している。
そして私の周囲には、緩やかに風が渦を巻いていた。
今回は風の精霊になってみたけど……やっぱり、凄い。山の向こう側まで、風の届く場所ならどこまでも把握できる。
『ぁ、いづなさん。ちょっと、刀で斬ってみて貰っていいですか……?』
「はい? や、斬ってって……」
『多分、大丈夫だと思いますから……』
いづなさんは不安そうにしながらも刀を抜き、斬られても命に別状の無さそうな腕を、浅く斬ろうと刃を振るう。
しかしその一閃は、何の抵抗も無くあっさりと通り抜けてしまった。
その結果に、誰よりも刀を振ったいづなさん自身が驚愕の表情を浮かべる。
「ぶ、物質透過!? 身体まで完全に精霊なん!?」
『まあ、私の力で見えるようにしてあるみたいですけど……一応、そうみたいです』
「へぇ、凄いわね……それ使われたら、あたしじゃ対処のしようが無いじゃない」
『と言うより、この状況の私にダメージを与えられるのは煉さんぐらいだと思います……まあ、あんまり長くは維持できないんですけど』
徐々にだけれど、ゆっくりと体が拡散して行っているような感覚がある。
このままだと、空気に解けて無くなってしまうのではないかと言うような不安感……この体の感覚は心地よいけれど、あまり長くは変身していたくない。
とりあえず、必要な事をさっさと終わらせてしまおう。頷いて、私は視線を森と山の方へと向ける。
そして、空気を伝って意識を集中、その中で動く者達の姿を探す。
『……見つけました』
「も、もう見つけたのか?」
マリエル様の半ば引き攣った声に、私は視線を外さぬまま頷く。
あんまり時間はかけていられないし、さっさと全員捕まえてしまおう。
山の中を歩いて軍から逃げようとしている彼らの回りの大気に意識を集中―――渦を巻くように、操る。
『風よ―――!』
そして、腕を振り上げ―――その合図と同時に、視界に見える森の奥に、巨大な竜巻が発生した。
風に巻かれて勢いよく上空へと弾き出された盗賊たちの身体を、再び操った別の風で包み込む。
これでショック死していないかどうか不安になったけれど、どうやら全員息はしているみたい。
最初の竜巻で気絶してはいるようだけれど。
とにかく、風で包んだ盗賊たちの身体を私達の前の方まで運んでくる。
ふわふわと地面に降りてきた盗賊たちの数は二十四人……他には、もういないみたい。
頷いて、私は回帰の能力を解除した。
弾けるように私を覆っていた力が消え去り、身軽に地面へと着地する。
「ふぅ……こんな感じ、です」
「……OK。やっぱり、うちらの中で最強はさくらんやね」
「そ、それほどでも……」
「物理攻撃も魔術式も効かんとかどないせいっちゅーねん。時間制限があるだけマシやけど」
え、ええと……やっぱり凄いのかな、この力は。
まあ確かに、かなり強力なのは分かるんだけど、自分ではあまり実感が湧かない。
と―――いづなさんは私へ向けてつかつかと近寄り、私の両頬をむにっと掴んだ。
「うゆ!?」
「ええかー、さくらん。精霊の力を自在に操れるって事はな、自然災害を意思一つで引き起こせるんやでー?
雷落とすも地震起こすも、思いのままに出来るんやでー? それを反則と言わずに何と言うんや」
「ひゃ、ひゃい」
う……そう言われると、凄い力。
フリズさんが、自分の操る力が強力過ぎて怖いって言ってたけど……その意味が良く分かった。
やっぱり、あんまり使わない方がいいのかな。
「……まあ、使い方には気ぃ付けてな」
「はぅ……は、はい」
ぱっと私の頬を離し、いづなさんは深々と嘆息する。
赤くなってしまった頬を擦っていると、完全に言葉を失ってしまっていたマリエル様がはっと我に返った。
「と、盗賊たちを捕えよ!」
そのマリエル様の号令に、同じく呆然としたままだった兵士たちが動き出す。
完全に気絶している盗賊たちを捕える彼らの姿を眺めつつ、マリエル様は大きく息を吐きだした。
「……この間も、実力を出し切っていないとは思っていたが……まさか、これ程だったとはな」
「ぁ、はい……済みません」
「いや、咎めている訳ではない。むしろ、こんな力をあの試合で使われていた方が困っていた」
一応、それなりに加減は出来ると思うのだけれど……私自身にもリスクのある力だし、あまり積極的には使いたくない。
今回は試しにやってみただけだけど。
と―――そこで、大きな笑い声が響いた。
「はははははは! 成程、これは良い!
このような実力者が我が国に味方してくれるのだ、これ程心強い事もあるまい!」
「兄上……いや、確かにその通りか。済まぬな、サクラ……と言ったか」
「は、はい」
「その力から、貴公の事を恐れようとしていた……謝罪させてくれ。そして改めて、貴公らの協力に感謝したい。ありがとう」
「ぁ……」
そのマリエル様の言葉と共に、昔からよく感じていた、私を遠ざけようとする気配が消えて行くのが分かる。
周囲に恐れられても構わない、と言う価値観を決めた私にとっては、周囲にどう思われても良かったけれど……それでも、やっぱり嫌われるよりはいい。
それに、私のせいで皆まで嫌われてしまうのは良くない事だし。
自分の力を把握しきれていない所があったとはいえ、少し軽率だっただろう。
「ぇ、えと……こちらこそ、勝手な事をしてしまって……」
「止めてくれ、君に謝れてはこちらの立つ瀬が無い。君のおかげで、兵の消耗無く進む事が出来るのだ」
「うむ、大義であったな」
「……盗賊を捕まえるなどと言い出した兄上が言わないでくれ。
やれやれ……まあいい。とにかく、奴らを近くの街まで連れて行くぞ」
マリエル様は私に笑いかけると、そのままゼノン王子と共に踵を返し、兵士の方へと歩いて行った。
その背中を見送り―――ポンと、肩を叩かれる。
「ぇ……あ、誠人さん……?」
「よくやってくれたな、桜」
「あ……!」
他人の目はどうでもいいけれど、仲間の目はすごく気になる。
特に、誠人さんの……けど誠人さんは、私の力を受け入れてくれた。それが、何よりも嬉しい。
見回してみれば、皆も少しだけ苦笑交じりの表情で頷いていた。
信じていなかった訳じゃない。けれど、やっぱり安心できる。
でもやっぱり、皆に迷惑をかけない為にも……しっかりと、考えないと。
力の研究、ちゃんとしないとね。
《SIDE:OUT》
《SIDE:REN》
「やっぱり凄ぇな、回帰……」
元々の配置に戻りつつ、俺はそう一人ごちる。
桜が操って見せたあの力……ただ竜巻を起こすだけだったら魔術式でも出来るかもしれない。
だが、あの力の凄い所はそんなものではない。
今回、風の精霊となった桜。
特筆すべき点はあの風を操る力ではなく、目的の物を探索する能力だ。
桜は、あんな広い森の中から、目標となる相手を数秒で見つけ出してしまった。
これが、風の精霊と化した桜の本当の力だと言えるだろう。
もし、それが火の精霊だったらどうなっていただろうか?
圧倒的な火力を、目標とした場所にタイムラグ無く発生させる事ができるのか。
雷の精霊だったとしたら? 或いは水の精霊?
どれにした所で、圧倒的な攻撃力と、物質透過という無敵の防御力。
そしてモノによっては特殊な能力すら得る事が出来るんだ。これほど強力な能力も他に無いだろう。
まあ、僅か数分しか維持できないと言う欠点はあるが……それでも、お釣りが来るほど強力な能力だ。
「……俺の、場合は」
あれに至るのに必要なのは、願いの肯定と価値観の創出。
俺の場合は、果たしてどうなるのだろうか。
俺にとっての願いとは、やはり俺のモノを誰にも奪われない事だろう。
決して誰にも奪わせず、もし奪われるような事があったとしても、必ずそれを取り戻す。
そして、その先にある幸せな結末―――俺の大切なものたちが皆納得できるような、そんな結末にこそ価値を見出した。
必要な覚悟は、とっくの昔に決まっている。
ならやっぱり、必要となるのは力の大きさだって言う事か。
「ったく、道は遠いよなぁ……」
誰にも聞こえないように、そう呟く。
俺の能力は今の所、自分自身にとってはマイナスにしかなっていない。
一応、弾丸にある程度の力を込めるという方法は何となく分かるようになってきたが……精々、魔術式による障壁を貫通できる程度の話だ。
俺に回復系の魔術式が効かないのは依然として変わらないし、未熟でも誠人やいづなのようにしっかりと役に立つ能力じゃない。
まあ魔術式が効かないのは、俺が無意識的に他人の意思を拒絶してしまっているからだ、とアルシェールさんは言っていたが。
うーむ。それだったら、ミナが掛けてくれる場合ならば行けるかもしれない。ミナは普通の魔術式使えないから意味無いんだけど。
「拒絶、拒絶……うーん」
ミナの《読心》、フリズの《加速》、桜の《魂魄》……俺の力にも、正式な名前があるんだろう。
回帰を使えるようになれば自ずと分かるらしいが、さっぱり思いつかない。
気づいた事なんて、精々能力が二種類に分かれる事ぐらいだ。
即ち、体外に放出して現象を引き起こすタイプと、普通なら分からないような現象を感じ取るタイプ。
俺達で言うと、前者はフリズや桜、後者は誠人やいづなのような感じか。俺は、多分前者だろう。
「元々が神様だった訳だしな。全能の力と全知の力って所か?」
言って、苦笑する。
それならば、かつて全知全能の絶対者だった神様とやらは、一体どこまで堕ちたって言うんだか。
悪いのはその力を冒涜した人間か、それとも無能だった神様か。
まあ、言うまでもない事だけどな。
「―――レン」
「っと、ミナ?」
拙い、見られてたか?
それだと、あっさりと心の内を読まれちまってたんだろうが―――
「だいじょうぶ」
「え……?」
「わたしは、信じてるから」
そう言って、ミナは口元に少しだけ笑みを浮かべる。
やっぱり、聞かれていた? 言っている事はよく分からないが。
……けれど、嫌な感じはしなかった。
単純な自分自身に呆れ、小さく苦笑する。
「ミナは、俺が届くと思うか?」
「届く。そして届けば、絶対に勝てる」
「はは……なら、期待には応えないとな」
護るって決めた相手に励まされてるようじゃまだまだ、か。
だが、今はその言葉を信じよう。
俺の《欠片》は強力であるが故に中々至れないのだと言っていた。
ならば、使えるようになれば桜のあの力よりも更に強大な力を操れるんだろう。
焦る必要は無い。絶対に必要となる時までに、使えるようになればいいんだから。
だから、ミナを信じよう。
《SIDE:OUT》