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IMMORTAL BLOOD  作者: Allen
ニアクロウ編:新たなる英雄と新たなる戦い
123/196

117:出発

願いと価値は、この世界で生きて行く為に。












《SIDE:MASATO》












「こら、その内馬の乗り方ぐらいは覚えといた方がええかも分からんね」

「その内余裕が出来たらだな」



 いづなと煉の声に小さく肩を竦めつつ、オレ達は歩いてゆく。

王都から少々離れた街道の上、行軍する二つの部隊の中に、オレ達はいた。


 この間の交信からしばしして、グレイスレイドからの正式な使者がリオグラスを訪れた。

対ディンバーツ帝国に関する会議を行うという事と、それを行う場所が決定した事に関して。

その使者の話によれば、会議の場所はグレイスレイドのやや東側にある大都市、シャルシェントとなるそうだ。

リオグラスから会議に参加するのは、予定通りゼノン王子とマリエル王女。

そしてグレイスレイドは、聖女が直々にその姿を現すらしい。



「っていうか、誰も乗馬とかはやった事ないの?」

「そーゆー趣味でもなきゃ、向こうの世界じゃ乗馬なんて時代錯誤な事はやらないだろ」

「怒られるで、煉君」



 そして、こんな緊張感のない会話をしているオレ達は、先行する斥候部隊の後ろ、隊を率いる王子と王女のすぐ傍に控えていた。

一応、部隊は騎兵ばかりと言う訳ではないので、行軍スピードは歩兵のペースではあるのだが、少々足早にはなってしまう。

しかしまぁ、本当に緊張感が無いな、こいつらは。

思わず、小さく嘆息する。



「まあでも、煉君は貴族になった訳やし、馬位乗れへんと格好がつかんやろ?」

「それは……確かに、そうだけど」

「こう、女の子を前に乗せて、胸をやね」

「それをやんのはアンタだけよこのバカ」

「やれやれ……」



 再び、嘆息。

まあ、周囲の兵士たちは話を聞いてはいないようだったし、とりあえずは問題無いのだろうが。

と―――そんなオレの様子を見て、小さく苦笑しながら隣を歩く椿が声を上げた。



「生真面目だな、誠人。異常があればワタシが気付けるのだから、少しは肩の力を抜いたらどうだ?」

「常に力を発動している訳ではないだろう。自動発動も、信用しきれる訳ではあるまい」

「それでも、気を張り過ぎるのも良くないだろう? プレッシャーを感じるのも分かるが、少しは楽にしておけ」



 確かに、それも一理あるのだが……王族と並んで歩いていると思うと、どうにもな。

流石に、いつも以上の責任がある以上、プレッシャーを感じずにはいられない。

立ち塞がるのはディンバーツ帝国の手の物だけとは限らないのだ。



「全く、もう少し融通の利く奴だったと思うのだが。一応、斥候部隊も付いているのだから、多少はこの国の兵士を信用してやれ。

兵士の仕事を何もかも奪ってやる訳には行かないだろう?

ワタシ達の持つ力は、そもそも反則なのだからな」

「反則、か。まあ、確かにな」



 フリズの操って見せた力を思い出し、そう呟く。

回帰リグレッシオン―――オレ達《神の欠片》を持つ者に許された、強大な力。

エルロードが言うには、あれはまだまだ途中の段階だと言うのに、あそこまで強大な力を発揮できるとは。

それに―――



肯定創出エルツォイグング、だったか? あれは、桜は使えないのか?」

「ああ……どうやら、桜はまだらしい。回帰リグレッシオンの習得にも段階があるのか、それとも得る事が出来るかどうかも完全に運なのか。

まあ桜の能力の場合、自分自身の強化と言われてもピンと来ないのだがな」



 確かに、《魂魄ゼーレ》……あの魂を操る力で自分を強化すると言われても、あまりイメージは出来ない。

まあ、現時点で使える《死霊操術ガイスターベッシュヴェーラー》も十二分に強力な力なのだが。

回帰リグレッシオンの使い手は、一人で軍に相当するという事なのだろうか。



「精霊などを使って相手を倒し、その肉体に召喚した霊を取り憑かせて操る……繰り返すだけで、軍に相当する戦力を作れる。

フリズは言わずもがな、あの速度で走り回るだけで、人など軽く吹き飛ばせるだろう」

「ああ……」



 人造人間ホムンクルスとして強化されたオレの瞳にすら、影も映らなかったフリズのあの速度。

拳だけで容易に人を砕け散らせ、隣を走り抜けるだけでも衝撃で相手を吹き飛ばす。

フリズからすれば加減が難しくて使い辛い能力なのだろうが、彼女はあれ以来しっかりと研究を重ねていた。

どの程度加減すれば人を殺さぬ威力で攻撃できるのか、どの程度加減すれば人を撃ち抜かぬ威力で小石を射出出来るのか。

ただひたすら、人を殺さぬ方法を追い求めるフリズ―――オレは、それに少しだけ恐怖を覚えていた。

人を殺さぬ方法を熟知していると言う事は、人を殺す方法を熟知している事にも等しい。

まあフリズが人を殺す事などありえはしないだろうが、オレがそれ以上に恐いと思うのが、あいつが殺さない事だ。



「……あの時、水淵が救援に来ていなかったら……星崎は、『死んで』いただろうな」

「む……? フリズには不死者イモータル・ブラッドを殺す力は無いだろう?

そもそも、人の形をした奴らを、フリズが殺せるとは思えないのだが」

「そういう意味ではない」



 首を横に振り、オレはフリズの方へと視線を向ける。

煉といづなにからかわれ、憤慨しているその姿―――そこからは、到底想像する事など出来ないだろう。

しかしオレは、フリズを恐ろしいと思う。それ以上に頼もしくも思ってはいるが。



「フリズが不死殺しイモータル・ベインの力を持たないのは、むしろ正解・・なんだ。

誰もフリズの速度には追いつけず、誰もフリズに触れる事は出来ない。正真正銘、無敵なんだからな」

「何?」

「姿を見る事も叶わないような相手に殺され続ける事……腕を砕かれ、足を折られ、絶え間ない激痛にさらされ続けるしかない。

それでも、その不死性故に死ぬ事はできない。意識を失わないギリギリまで痛めつけ、再生を待ち、更に同じ事を繰り返す。

あの程度の精神の強さしか持たなかった星崎が、それに耐えられると思うか?」

「―――ッ!」



 想像したのだろう。椿の顔がさっと青く染まる。

フリズにとっての価値観とは、殺さない事。それは、人のに限った話だ。

だから、それさえ失われないのならば、フリズは何だってできる。



「相手が不死者であるが故に、相手を殺せないが故に、フリズは相手を―――いや、相手の心を殺す・・・・事が出来る。

心を折られてしまえば、もう二度と前には立てないだろう」

「……成程。だが、通用する相手には確かに有効だな」

「そういう意味では、星崎にとっては相手が悪かったんだろう。あらゆる点で天敵だろうな」



 無論、同情してやるつもりなど欠片として無いが。

普通の感性を持っているフリズの事だ、自分自身が貫く信念が、決して普通では無いとは分かっているだろう。

それでも止める事が出来ないのは、それを貫く自分自身に価値を見出してしまったから。

願望を肯定し、価値観を創出する―――それこそが、回帰リグレッシオンに至る為に必要な事。



「……オレにとって肯定する自己とは、見出すべき価値観とは何なんだろうな」

「ワタシに聞かれても、な……それは流石に難しい問いだ。自分で見出さなければ意味が無いのだろうしな」



 その言葉に、オレは小さく苦笑する。

全く持ってその通り。フリズは、他者の価値観には縛られない己自身の価値観だと言っていた。

他人に聞いている時点で、必要な物は見えてこないのだろう。



「願望か……」



 オレに、そんな物があるのだろうか。

シルフェリアに借金を返す事か? しかし、今では急ぐ必要もなくなってしまった。

ジェクトを倒せと言われた使命すら、今では意味の無い物となってしまっている。

ならば、煉が手に入れると宣言した未来はどうだろうか。

確かに、魅力的だとは思えるが―――それが、オレにとって必要な物なのかは疑問だ。



「オレが、本当に欲したのは―――」

「決して叶わぬ願いだからとて、その願いを捨てる事は無いのだろうな。

実際、フリズの欲した願いは、既に失われてしまっている物だ。

それでも、願いを汚されたくないと言う強い思いが、彼女を回帰リグレッシオンへと至らしめた」



 叶わぬ願いでも構わないと言う事か。

重要なのは、その願いを肯定して貫く強さという訳だ。願いを自分自身で否定していては意味が無いのだろう。



「ふ……まあ、今すぐに答えを出す必要も無いだろう?

どの道、ワタシ達の《欠片》では、回帰リグレッシオンへは到底届かない。ワタシ達の力は、相当強い物のようだからな」

「オレ達二人の《欠片》を重ね合わせてもか?」

「あの状態では戦えまい。ワタシがお前の身体を操っても、お前ほどの戦闘能力は出せないのだからな」



 やれやれ、難しいものだな。

椿がオレに憑依した、あの状態ならば回帰リグレッシオンに届くのかもしれないと思ったが……オレが刀を振るえないのでは意味が無いか。

そこまで言って、椿は小さく苦笑する。



「まあ、興味が無いと言っては嘘になるがな。ワタシ達の未来を知る力……それが強まった時、ワタシ達に一体何が見えるのか。

そして、その力が一体どのような結果をもたらす事が出来るのか。楽しみだろう?」

「……否定は、出来ないな」



 今でこそこんな性格になっているとは言え、オレも元々は普通の子供だったのだ。年相応に力に憧れた事はある。

自分自身の中にそんな力が眠っているとなれば、興味を惹かれるのは当然の事だ。

まあ、今のオレ達の状況からすれば、必要に駆られてと言う点もあるのだが。

かなり強力であると言われたオレ達の力は、いずれ必ず必要となる筈だ。

それ以外にも、この間考えていた対邪神用の攻撃も完成させなければならないし、やる事は山積みだな。



「……そういえば、お前の願いは決まっているのか?」

「ふむ、そうだな」



 ふと、気になったので聞いてみる。

オレはまだ明確に見出せている訳ではないが、コイツはどうなのだろうかと。

そんなオレの問いに対し、椿は曖昧な表情で虚空を見上げ―――頷いた。



「ああ、ワタシの願いは自覚しているよ。けれど……それを貫くだけの覚悟は、まだ決まっていない。

と言うよりも、今の覚悟が揺らがないだけの自信が無いのだ。無様な事だが、どうしても思ってしまう」

「……そうか」



 椿の事だ、恐らくは桜に関する事だろう。コイツにとっても悩み深い事だろうからな、深くは詮索しないでおく。

どの道、オレ達が回帰リグレッシオンへと至るのはまだまだ先の事のようだ。

出来るだけ急ぎたいが、焦っても仕方ないか。



「だが、いずれは……」

「そうだな」



 必ず、辿り着こう。











《SIDE:OUT》





















《SIDE:FLIZ》











「オーケー、フーちゃん、ちょいと落ち着こうか」

「ああ、だからその小石を置け」

「ふふふふふふふ……!」



 このバカとアホは……いつもいつも人で遊んでくれやがってからに!

全く、何を怖がってるのかしらね。折角人が笑顔を向けてやってるのに。



「安心して、頭には穴が開かない程度の威力はしっかりと心得てるから」

「それのどこに安心せいと!?」

「大丈夫よ、凄く痛いだけだから」

「うん、分かってる。だから落ち着こう」



 うふふふふふ。近くにいるリルが何か溜め息吐いてるような気がするけど、見なかった事にする。

あと、呆れた表情でこっちを見ているマリエル様も。



「煉、いづな……こういう所で戯言言ったりとか、胸触ったりとか……どーしてそういう事するのかしらねー?」

「いや、あれはお前が自爆しただけ―――」

「せや、だからうちも無実」



 したり顔で堂々と、その無駄にでかい胸を張りながらいづなが断言する。

ふ、ふふふ……!



「アンタが一番悪いに決まってるでしょッ!」

「へびゅっ!?」



 額に向かって勢いよく飛んだ小石を喰らい、いづなは仰け反って転げ回った。

何か、こんな下らない事に回帰リグレッシオンを使っているのが微妙に虚しいような気がしたけど、多分気のせい。気のせいったら気のせい。



「ねぇ、煉……何で人をからかうような事言うのかしら?」

「いや、からかってねぇって。俺はちゃんと真面目に言ってるぜ?

馬に乗れるようになったら相乗りしようって言ってるだけじゃねぇか」

「だ、だからって……何であたしが前!」

「いやお前、後ろに乗ってたら景色見えないだろ……身長低いんだし」



 うがー、合ってるだけに腹立つ!

いやまあ、あたしだってコイツが真面目に言ってることは分かってるけど!

悪いのはその体勢のまま胸がどうとか言い出したこのいづなバカの方だけど!



「そ、そーゆーのはミナにしてあげなさいよ!」

「いや、ミナにもするけど。流石に三人乗りは辛いだろうから、一人ずつな」

「あーんーたーはー!」



 何で堂々と浮気宣言……じゃない! 浮気とかじゃないから、あたしは別にそういうのじゃないから!

こいつの頭の中はデフォルトでこれだから困るのよ!



「レン、馬乗るの?」

「あはは、まあその内な。結構高いから恐いかもしれないけど。一緒に乗ったらちゃんと掴まってろよ?」

「ん……楽しみ。フリズも」

「あたしは違う!」



 何か狙ってない!? 狙ってやってない、ミナ!?

どうしてこの子はここまで容認派なのよ!?



「うふふふふ……まあまあフーちゃん、ええやないか」

「……あたしがやっといてなんだけど、血ぐらい拭きなさいよ」



 額からだらだら血を流すいづなから若干距離を置きつつ、あたしはそう呟く。

微妙に恐い。まあ、威力は加減したから大丈夫そうだけど。

袴から取り出したハンカチで額を拭いつつ、いづなはあっけらかんと声を上げる。



「実際問題、『煉君のもの』っちゅー立場は結構フーちゃんの為にもなるかもしれへんし、宣伝しておいても損はあらへんよ?」

「損だらけよ、あたしの精神衛生的に! って言うか何よあたしの為って!?」

「そらまぁ、カレナさんの事やけど」



 ―――その言葉に、あたしは口に出そうとしていた反論の言葉を見失ってしまっていた。

あたしが硬直したのをいい事に、いづなはさっさと続ける。



「カレナさんは倒れてもうたし、力をフーちゃんに受け渡した以上はもう戦えへん。

つまり、カレナさんの代わりにフーちゃんが目ぇつけられるかも分からへんって事や。

そーゆー時に、もう煉君のものですよー、と言ってまえばそうそう手ぇ出せへんしね」

「な、な……」

「ちゅー訳で、煉君も気をつけたってな」

「ああ、了解だ」



 いづなが言っている事は、どこまでも正論だ。

もしも変な事になったら、あたしは仲間達から離れる事になってしまうかもしれない。

それは嫌だ……で、でも―――



「そ、その為にそんな事公言しなきゃならない訳……?」

「分かってるとは思うけど、この世界では婚約って結構神聖なモンなんやで?

両者から堂々と口に出して言われたら、相手も簡単には文句つけられへんって」



 う、うう……そんな時が来ない事を願うわ。

あたしは深々と嘆息して―――ふと、ミナが視線を上げたのに気がついた。



「どうしたの、ミナ?」

「……先の方、少し慌ててる」

「おん?」



 ミナに言われて、あたしたちは前方―――斥候部隊の方へと視線を向ける。

確かに、ちょっと慌しく動いてるみたいだけど……何かあったのかしら?

あたしたちがじっと見守っていると、やがてその中から一騎の騎兵がこちら―――というよりマリエル様へ向かって進み出てきた。



「申し上げます」

「何事だ!」

「周辺に放った斥候より連絡。この周囲に、山賊が活動している形跡があったようです」

「む……最近の物か?」

「はっ!」



 何か、妙な雲行きになってきたわね。

山賊か……流石に、リオグラスの精鋭部隊二つ相手に喧嘩を売ってくるとは思えないけど。

ただ、問題は現状の司令官であるこの人―――



「それは捨て置けんな。すぐさま討伐隊を組め!」

「兄上! 我々はグレイスレイドとの会談と言う重要な任務があるのです、それなのに盗賊退治など―――」

「俺は、国に巣食う害虫の存在を知っておきながらそれを放置する事など出来ん!」



 ……まあ、やっぱりと言えばやっぱりなんだけどね。

あたしとしても、周辺の人たちに迷惑を掛けるような連中を放っておくのは我慢ならない。

でも、あんまり時間を掛けすぎちゃうのも問題だし―――



「んー……ま、しゃあない。マリエル様ー」

「む、どうしたいづな?」

「その盗賊、うちらに任せちゃ貰えへんでしょうか?」



 あら?

いづなが自分からそんな事を言い出すなんて、珍しい。

でも……まあ、あたしとしても賛成だ。



「ちょうど近くに町もある事ですし、全員生け捕りにしてご覧に入れますよー」



 ―――そう言って、いづなは不敵に笑うのだった。

まあ、ハンカチで額を押さえて無かったらもうちょっと決まってたでしょうけど。











《SIDE:OUT》





















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