116:会談へ向けて
叶わぬ願いを掲げる虚しさを、乗り越える事が出来るのか。
《SIDE:IZUNA》
とりあえずあの後小さな取り決めを行って、会議は解散となった。
微妙にうちが目ぇ付けられてもうたんが嫌な所やね……王族達に気に入られとるし、周辺貴族が変に騒いで、うちが王子の誰かと婚約するとかそういう妙な話が出て来ても困るんやけど。
うちはそういうモンに興味はあらへんし。そもそも、結婚なんぞと言われてもピンとは―――
「おん?」
とりあえず、ミナっちに頼んでグレイスレイドの聖女様と交信しようかと思っとったんやけど、皆が待っとる部屋に入った時、まず目についたんはメモ帳に何かを書き込んどるまーくんの姿やった。
「いづな、さっさと入れって」
「あー、ごめんごめん。皆、今帰ったでー」
背中でつかえとる煉君の声に頷きつつそう声をかければ、皆から次々と『おかえり』の声が。
まあ、それはええんやけど、とりあえず―――
「まーくん、何しとるん?」
「ああ、ちょっとな」
こちらを見ぬまま、手をひらひらと振って答えるまーくんに、思わず首を傾げてまう。
何や、妙に集中しとるなぁ。気になったんで、とりあえず覗き込んでみる―――特に拒否もされへんみたいやし、うちはそのままメモ帳に書かれとる記述へと目を通した。
そこに並んどる文字は、ひらがなカタカナを含まない漢字の文字列。
それを見たうちは、一瞬何で漢文を書いとるんかと思ったけど……よく見てみれば、この文字の並びには見覚えがあった。
「これ……古事記の記述?」
「む……驚いたな、分かるのか?」
「まあ、このイザナギとイザナミが神産みを行う部分に関しては有名やし、ちっとは調べた事あるよ。
しっかし、そんな内容をよう暗記しとったモンやね」
「……まあ、日本神話には少々自信があってな」
とは言うものの、まーくんの表情はあまり自慢げと言う訳でもない。
まあ、元の世界に関する事やし、まーくんとしてはあまり思い出したくない内容なんやろう。
とりあえず、そこには突っ込まんようにして、と―――
「で、何でそんなものをメモってるんだ?」
「ああ、精霊付加に関して少し考えていてな」
うちが聞こうとしてた事を、煉君が先に口にする。
それに対しまーくんは小さく肩を竦め、横目でうちらの方を見つめながら声を上げた。
「今のオレの力では、邪神に攻撃した所で有効なダメージを与える事は出来ない。
だから、精霊の力で邪神に対抗する事ができないかと思ってな」
「まあ、まーくんが精霊を日本神話の神々になぞらえとるのは知っとるんやけど……それをどうするつもりなん?」
確かに、邪神に対抗する為の力が多いに越した事は無いやろう。
それに、精霊の力は確かに強力や。せやけど、純粋な自然エネルギーしか操れない精霊に、果たして邪神に有効なダメージを与える手段が―――
「あ……イザナギとイザナミって……まさか、そういう事なん?」
「確証は無いが、な。試してみる価値はあるだろう」
「え? どういう事よ、それ?」
うちらの交わした言葉に、フーちゃんが疑問符を浮かべる。
そらまあ、知識の無い人間にはさっぱり分からん事やろうし、仕方ないんやけど。
それにフーちゃんだけやなく、皆も―――比較的そういう知識のある煉君やさくらんも分からんようやったし、とりあえず説明しとこか。
ピッと左手の人差し指を立てつつ、うちは皆に問いかける。
「イザナギとイザナミっちゅーんは知っとるかな?」
「ええと……なんか、アダムとイヴみたいな……」
「色々とちゃうけど、まあイメージ的には似たようなもんか……まあ、知ってる人に言うと怒られるから止めとき、それ。
イザナギイザナミは神様そのものやけど、アダムとイヴは神様に似せて創られた人間や」
まあ、知らん人にはさっぱり分からんやろうけど。
一応、始まりとなった男女という意味では結構似たような感じではあるな、確かに。
「イザナギとイザナミは、日本創世に関わった二柱の神。日本の国土を産んだんはこの二柱の神々や。
他にも様々な神々を産んどるんやけど、まあ今回それはええ。重要なんは、世界を創ったって事や」
「世界を……?」
まあ、世界っちゅーか日本やけど。でも、神話においては世界を創造したんと同じ事やし、まあその辺は飛ばしとこか。
疑問符を浮かべるさくらんに、うちは小さく笑みを浮かべながら続ける。
「その二柱は、天の神の命により世界を創ったんや。まぐわいにより大地を生み、いくつもの神々を産む。
まあ、最終的にイザナミは火の神を生んだ事で死んでまうんやけど、とりあえずそれはええ。
要するに、この二柱が交われば、世界を生み出す事ができるっちゅー訳や」
「大雑把だな……まあ、そこまで間違ってる訳でもないが」
小さく嘆息するまーくんに、うちも苦笑を漏らす。
訂正されへんのやったら、まあ間違っとる訳やないやろう。
とりあえず、うちはそのまま話を続ける。
「んで、話をこの世界の事に戻すんやけど……この世界やと、神々っちゅーのは即ち正の側の力の塊。
世界を産むんはそちら側の力やね。でもって、二柱の神の交わり合いは、限りない正の力を生む事に繋がる訳や」
「ええと……ん? え、ちょっと待って、難しいわね……」
「簡単に言うと、まーくんは強大な正の力を生み出す方法を作り出して、負の力の塊である邪神を中和しようと考えた訳や」
正直、上手く行くかどうかはいまいちよう分からんけど、一応正も負もこの世界においては自然の力。
精霊の力によって操れても不思議やあらへん。
それやったら、邪神にも通用するかもしれへんしな。
「刀身を天の御柱に見立て、光の精霊をイザナギに、闇の精霊をイザナミに割り当てる。
イザナギを左旋回、イザナミを右旋回させ、二重螺旋を描き―――その御合の果てに両端へと広がる無限力を生み出す。
太極の理にも近い考え方だな」
「まあ、男は陽で女は陰っちゅーのは陰陽太極の考え方やしね」
とりあえず、光と闇の精霊の力を融合させて、すっごい一撃をぶっ放そうってな感じや。
普通に考えて親和性の無い二つやけど、精霊は基本的にイメージ通りに従うみたいやし、その行程に無理が無いのやったら行ける筈や。
そも、光と闇は一対の存在やからね。
「へぇ……何か良く分からんけど、凄そうだな。上手く行きそうなのか?」
「イメージを明確化させることさえ出来れば、なんとかな。文章で読み上げればそれだけイメージもし易いだろうが」
「問題は、その文章がめっちゃ長い事やねぇ」
成功した神産みの文章だけでも、結構な長さになる訳やし。
そのあたりを全部読み上げるのは、一対一で戦ってる最中やとちっと難しいやろ。
まあ、基本一対一では邪神と戦えんのは分かりきっとる事やし、他の誰かがフォローすればええんやけどね。
「まあ、邪神に対抗できるんが煉君の武器だけってのも心許ない所やったし、ええんとちゃう?
例え邪神に通用せずとも、十分な威力にはなりそうやし」
正直、まだまだうちらは手探りの段階やからなぁ。
もしも超越で邪神のシステムを崩す事が出来なかったら、その方法を一から探さなあかん訳やし。
皆の回帰を聞いただけやと、とてもや無いけどそんな方法に届くとは思えへんのやけど。
ん……そういや、回帰と言えば聞き忘れとった事があったね。
「なあフーちゃん、回帰の事なんやけど」
「え? どんな能力かは話したでしょ?」
「んー、まあ、それは参考にさせて貰うたけど」
フーちゃんの持つ回帰は二つ。
物体を高速で射出する能力である《神速の弾丸》と、自分自身を加速させる《肯定創出・神獣舞踏》。
うちらの中でも随一の、戦闘向けの能力を持つフーちゃんなだけあって、そのどちらもかなり強力な能力や。
中でも肯定創出と言うのは、ちょいと特殊な回帰みたいやね。
フーちゃんが言うには、回帰には二種類あり、単発で発動する通常の物と肯定創出に分かれるそうや。
後者は自分自身を強化する力。能力を自分自身に影響させ、強大な戦闘能力を引き出す力らしい。
まあ、それでも邪神には到底届かんのやけど。
「うちが聞きたいんは、回帰に至る為の覚悟とやらが一体何なのか……心当たりがあったら、教えて欲しいんやけど」
「ああ、成程……うん、多分だけど分かったと思うわ」
「お、本当か!?」
目を見開き、煉君が声を上げる。
まあ、こん中で一番能力をまともに使いたがっとるのは煉君やからなぁ。
まーくんだってまだ自分の力を自由に使いこなせとる訳やないけど、煉君の能力は何故かマイナス方向にも働いとるし、使いこなしたいと言う感情は人一倍強いんやろう。
そんな煉君の様子に苦笑しながら、フーちゃんは声を上げる。
「回帰に必要なのは、多分だけど……自分自身の意思や願いを肯定する事だと思うわ」
「意思や願いを……肯定?」
「そう。そしてその上で、他人の意見には左右されないような自分自身の価値観を創造する事。
あたしだったら、自分の願いはかつての幸せな暮らしを取り戻す事。そしてその願いを追い求める不殺の信念に価値を見出した。
と言っても、この考え方は昔からあったし……あたしに足りてないのは力の大きさだったって事でしょうけど」
ふむ、成程……自分自身の肯定、かぁ。
何やら心当たりがあったんか、さくらんも納得した顔でうんうんと頷いとる。
しかし、こん中で最もそれに向いとるんは、おそらく煉君やと思うんやけど。
フーちゃんもそう思ったんか、小さく苦笑しながら続ける。
「煉なら、もう自己肯定も価値観創造も、とっくの昔に出来てるでしょ。完全に自分の価値観の中で生きてる訳だし」
「む……ああクソ、やっぱり足りないのは力の大きさの方なのか」
「まあ、それに関しちゃ、力の成長を待つ他無いやろうなぁ」
うちかて同じような状況やろうけど、まあ焦っても仕方あらへん。
とりあえず、自分の願いを定めてそれを肯定し、それを追い求める為の価値観を見出す、と。
自分自身の意識を改革すんのって結構難しいんやけど、まあやるしかあらへんわな。
とはいえ、これで回帰に達した欠片は約半数。
まーくんとつばきんの能力は同じ奴なんで、一応ひと括りや。
うちの能力は、戦闘能力はあんまり期待できひんし、やっぱり対邪神において期待出来るんは煉君とまーくんやろね。
この二人の力が超越まで達した時、果たしてどんな力になるのか―――
「―――おや、もう全員集まっていたか。準備は出来たのかな、いづな君」
と、そんな事を考えとったちょうどその時、部屋の扉が開いて、リルリルを引き連れたギルベルトさんが入ってきた。
あ、あかん。すっかり忘れとった。
「す、すんませんギルベルトさん」
「おや……ははは、君でも忘れる事があるのだな」
「いづな、何の事?」
うちの反応に、フーちゃんが首を傾げながら問いかけてくる。
うちは小さく嘆息しつつ、苦笑を浮かべて返した。
「これから、グレイスレイドの聖女様と交信する予定やったんや。話に夢中になって、連絡するのをすっかり忘れとった」
うーむ、うちらしくないミスやなぁ。
やっぱり、ちっと焦っとる部分があるのかもしれへん。もうちっと落ち着いとくべきやろう。
まあ、交信自体はすぐ始められるんやけど。
「ほんなら、ミナっち。お願いするで」
「ん……回帰―――《読心:以心伝心》」
ミナっちがそう呟いた瞬間、うちらだけに分かる力の気配を感じた。
何か、うちらの胸の奥にあるものがざわざわと動いとるような感じ―――これが、力同士が影響を受けとるって事なんやろうか。
「……お姉さま」
『む、この声は……今日もまた話しに来たのか、ミーナリアよ』
「ううん……今日は、大事なお話」
『大事な、とな?』
聖女様の声は、一応うちらにも聞こえとる。
その彼女の言葉に―――まあ見えへんやろうけど―――頷いたミナっちは、その視線をギルベルトさんの方へと向けた。
話をして欲しい、っちゅー合図なんやろう。その視線にギルベルトさんは頷き、声を上げる。
「お久しぶりです、聖女リーシェレイト。私はギルベルト・カーツ・フォールハウト。
ミーナリアの父親……をやらせて貰っている、と言うべきでしょうか」
『ほう、リオグラスのフォールハウト公爵か……お主がミーナリアを育ててくれたのだったな。
この娘は我が妹も同然、愛情を持って育ててくれた事、心より感謝しようぞ』
ミナっちと聖女様が似とるのは、今のうちらならその理由も分かる。
ミナっちは“母”と呼ばれる古代のプラントから産まれた存在……それに瓜二つな聖女様も、同じ産まれっちゅー事なんやろう。
その聖女様の声は、少し楽しそうな感情を滲ませながら声を上げる。
『して、妾に話とは?』
「ディンバーツ帝国の件に関してです。そちらにも、既に情報は入っていると思われますが」
『ふむ……やはり彼奴等の事か。妾としても業腹でな、よもやカレナ・シェールバイトを倒されるとは思わなんだ。
そちらも、近衛騎士隊の隊長が狙われたと聞いておるぞ』
「ええ……真に遺憾ですが」
どうやら、グレイスレイドの方でも問題にはなっとるみたいやね。
流石に、過去の英雄が倒されたとなれば騒ぎにはなるんやろうけど。
「敵の情報に関しては、いくらか提供できますが……正直に申し上げて、現状リオグラスもグレイスレイドも、一国の国力では到底ディンバーツに敵うとは思えない」
『ふふ……あまり人前で言う事では無いな、公爵。まあ、それに関しては妾も同意せざるを得ぬがな。
大方、今回のこれは同盟の話と言った所であろう?』
そんな言葉に、ギルベルトさんは苦笑する。
流石に、向こうも分かっとったようやね。宗教国家のグレイスレイドやと、内部で意見が割れとる可能性もあるけど。
『妾としても、同盟を結ぶ事に異論は無い。少々五月蝿い連中もいるが、その程度ならば黙らせよう。して、そちらは会談に誰を出すつもりだ?』
「ゼノン第一王子に、マリエル第一王女が正使となります。それに護衛として、ミナたちが付く事になると思われますが」
『成程、それは大層な賓客だ。諸国にも名を馳せる戦士と軍師に、筆頭貴族の令嬢。これでは、妾も粗末なもてなしをする訳には行かぬ』
ちょいとわざとらしい言い方に、うちは小さく苦笑しとった。
何だかんだ言うとるけど、自分がミナっちに会いたいだけなんやなぁ、この聖女様。
となると、聖女様が出ても問題ないような場所が会談を行う場所となる訳やから―――恐らく、グレイスレイドの国内になる筈や。
『良かろう、妾の方から国の重鎮達へと話を出す。会談の日程や場所が決まったら、追って連絡する事としようぞ』
「ありがとうございます、聖女リーシェレイト」
『礼を言われるような事ではあるまい。二国の危機だ、手を組まぬなど愚か者のする事よ。
さて、それではミーナリアよ。短い間ではあったが、声を聞けて嬉しかったぞ』
「ん……わたしも。お姉さま、気をつけて」
『ああ、それではまたな』
そんな声が響くと同時、頭の中に響いていた聖女様の声は消え去った。
うーむ、生まれが同じ言うても、やっぱり育った環境が違うと性格は変わるモンやなぁ。
「さてと……ギルベルトさん、どう見ます?」
「問題は無いだろうね。あの国の上層部は教皇派と聖女派に分かれてはいるが、聖女様が国のトップである事に変わりは無い。
近い内に、向こうから正式な使者が来るだろう」
「それじゃあ、俺達が動くのもすぐの話か……」
「ま、それでも一、二週間は空くと思うで。それまで、やるべき事をやっとかなあかんね」
うちも、刀の研究を進めへんと。
やるべき事は沢山あるけど、緊急の事態は向こうから勝手にやってくる。
やっぱり気の休まる暇はあらへんなぁ、ホント。
《SIDE:OUT》