115:会議
戦いの気配は、徐々に近付いてくる。
《SIDE:REN》
「うぁー、また王都に逆戻りやなぁ」
カレナさん襲撃から三日ほど経ち、陛下からの召集で、俺達は再び王都へと戻って来ていた。
この間来てから、まだ殆ど経ってないんだがな……まあ緊急事態だし、しょうがないっちゃしょうがないんだけど。
今回、ディンバーツ帝国に対する対策会議としてギルベルトさんが呼ばれたんだが、何故か俺達も会議に参加する事になってしまった。
と言っても、参加するのは俺といづなだけだが。
ギルベルトさん付きの貴族として俺が、そしてギルベルトさんからの推薦でいづなが。まあ、俺だけで状況を説明するのは勘弁して欲しかった所だし、個人的には助かるんだけど。
仲間達は王都に建っているフォールハウト公爵家本邸に残しつつ―――まあ、ミナの力で通信してはいるんだが―――俺達は、王宮までやってきた。
この間謁見の間へと向かった道とは別の廊下を進みながら、俺は小さく肩を竦めた。
「今回、どうなると思う?」
「さあなぁ。とりあえず、自分の身の回りを護る事しか考えとらん連中は役に立たんとして―――現状決められるんは今後の方針程度や。
そして例の連中に関しては、うちらが何とかする事になるんとちゃうかなぁ?」
……まあ確かに、多少衰えていたとは言え、過去の英雄であるカレナさんを一方的に倒したような奴だ。
そしてこの国で最強の剣士であったリンディオさんですら敵わなかった以上、対応できるのは俺達だけになってしまうだろう。
否が応にも戦わなければならなくなるという事か。
まあ、それに関しては別に問題ないんだけどな。
「グレイスレイドとの協力に関しても議論する事になるだろう。問題は、会談に誰が向かうかだがね」
「この状況で、ですか……」
ギルベルトさんの言葉に、俺は視線を細める。
国内トップクラスの要人が狙われているような状況だ。それなのに、わざわざ出歩かなければならない用事に、率先して参加するような人物がいるだろうか―――
「……ゼノン王子やね」
「あー……」
成程、あの人なら確かに参加したがりそうだ。
あの人は王宮近衛騎士隊の部隊の一つを指揮してるし、その総隊長であったリンディオさんが誘拐された今、余計にいきり立ってる可能性は十分にある。
というか、まず間違いなく立候補してきそうだ。
「まあ、当然ながら文官が付いて行かない訳にもいかん……そうなると、あの王子様の事やから、マリエル様を巻き込んでくるやろうね。
で、そこまで重要人物が固まって動くとなりゃ、十全な警備をせなあかん」
「……で、そうなると指名されるのは―――」
「例の邪神の力を持った連中を、難なく撃退したうちらやろうね……」
何と言うか、未来が見えすぎて困る。
そこまで陛下が拒否する気配も無く喜んで推し進めそうな気配までもがバリバリだ。
俺の能力は《未来視》じゃないんだがなぁ。
「グレイスレイドに対する態度としても、王族二人を派遣するのは有効だろうからね。
文と武に秀でた二人を指名する事は、例え本人の立候補が無くとも十分にありえる事だ。
陛下は、マリエル様達を信頼しているのだよ」
「そりゃ分かっとりますけど……」
「巻き込まれる側からすれば、堪ったものじゃないって言うか……」
王族二人の命を背負うなんて、さすがに荷が重いと言わざるを得ない。
まあ、それも俺が覚悟を決めたものの中に含まれているのだから、それを口に出すような事は無いが。
軽々しく請け負ったつもりは無いんだが……本当にきつい立場だな、これって。
そんな重責に、俺は思わず溜息を吐いて―――ふと、視線の先に見知った姿を見つけた。
銀色の長い髪を纏め上げたあの姿は、間違いない。
「マリエル様?」
「む……ああ、フォールハウト公。済まない、忙しい所をわざわざここまで呼び出してしまって。
それに、レンといづなもな……あまり間は開かなかったが、また会えて嬉しいぞ」
ホント、何か新鮮さを覚えるぐらいにまともでいい人だなぁ、マリエル様は。
いや、そういう感想を覚えるのもどうかとは思うんだが。
「あー、えーと……いや、後でええか。とりあえず、何か新しい情報とかあります?」
「いや、特には無いな。そもそも、今現在出揃っている情報の時点で、既に異様なほどのスピードなんだ。
一体どんな情報伝達の手段を使ったのだ?」
「や、それは今んトコ企業秘密って事で」
「……つれないな」
少々落胆したように、マリエル様は肩を竦める。
いづなの言葉の中に、まだ完全には信用しきっている訳ではない、という言外の意思を感じたのだろう。
俺としては、王族の方々ぐらいは信用してもいいと思うんだが、まあいづなの判断にケチを付けるつもりも無い。
事がミナの能力だし、慎重になってる点もあるのかもしれないがな。晩餐会の時に暴露しかけていたような気がしないでもないが。
マリエル様は俺達と並んで歩きながら、ふと虚空を見上げつつ声を上げる。
「しかし、あの時孤児院にいた少女が、将軍を狙った犯人だったとはな。あの時捕らえる事が出来ていればよかったのだが……」
「そらいくら何でも無茶な話ですって。あん時は彼女が敵やったなんて分からんかったんですし」
「……」
蓮花、か。
あの時、彼女は俺達がマリエル様の護衛だって事は分かってたんだし、隙を突いて俺達を殺すぐらいは出来たはずだ。
それをしなかったのは何故か。単純にする必要が無かっただけなのか、或いは―――
「……あいつはどうして、帝国であんな事をしてるんだろうな?」
「煉君?」
「あの星崎とか言う奴は、アルシェールさんへの復讐の為に帝国に付いたって言ってたんだよな。
でも、蓮花にはそういう理由があるのかと思ってな」
突然この世界に連れてこられたのは、恐らく俺達と同じような境遇だろう。
それが、どのような経緯で帝国に仕える事になり、俺達の敵として立つ事になったのだろうか。
そんな事を考えながら虚空を見上げていた俺に、いづなは小さく息を吐き出しながら声を上げる。
「本人に聞いてみんと分からんのとちゃう?」
「まあ、それはそうなんだがな」
判断できる材料が無いのに先の事を考えても意味が無い。
そう言ったのは俺自身なのだし、あまり変に考え過ぎるのもよくないか。
どちらにした所で、あいつはいずれ俺達の前に姿を現すだろう。覚えていたら、その時にでも聞けばいい。
あいつとの決着は、俺が―――
「―――着いたぞ」
そんなマリエル様の声に、はっと正気に戻る。
しまった、少し考え込みすぎていたか。俺も、あいつには執着しちまってるって事なんだろうか。
「ふむ……まだあまり集まってはいないようだな」
「あ、扉ぐらいうちらが開けますって」
さっさと扉を開けて入っていってしまったマリエル様に、半ば苦笑しつついづなとギルベルトさんが続く。
俺もその後を追って中に入ると、そこにはすでに幾人かの人物の姿があった。
よく見てみれば、この間の晩餐会で顔を見かけたような人物が数人―――後は、クライド王子の姿があった。
しかし―――
「なあいづな、これってどこに座ればいいんだ?」
「煉君はギルベルトさんの隣に座ればええと思うよ。うちはその後ろ辺りに立って控えとるから」
「え……いや、流石にそれは悪いって」
「一応貴族なんやから、うちより立場上なんやで、煉君?」
まあ、そう言われるとそうなんだけどな。
でも、突然任命されただけだから正直実感も何も無いし、あの後も暮らしには何の変化も無かったから、半ば忘れていたようなものではある。
そんな俺達の様子に、マリエル様が苦笑しながら声を上げた。
「いづな、お前もフレイシュッツ卿の隣に座れ。お前の意見を期待して、フォールハウト公に推薦してもらったのだからな」
「って、マリエル様が犯人やったんですか」
「私と父上が、だがな」
その言葉に、いづなはがっくりと肩を落とす。
しかしまぁ、すっかりとリオグラスの王族に気に入られてるもんだな、いづなは。
人間、純粋に好意を向けられて、それに対して悪意などの負の感情を返せる者はそうそういない。
そしていづなも例に漏れず、向けられる好意を拒絶する事も出来ずに、苦笑交じりに俺の隣へと腰を下ろした。
「あんまり特別扱いも困るんやけどなぁ……目ぇ付けられるし」
マリエル様には聞こえないように小声で呟き、いづなは小さく嘆息を漏らす。
成程、今の立場だと、王家に取り入った存在だとか思われかねないのか。
一応、俺達はこの国にとって必要な人材ではあるんだろうし、変なちょっかいをかけられる事は無いだろうが。
「……なあ、いづな」
「んー?」
「一応将軍クラスが集まってるんだよな、これ」
「ふむ……せやね。要人ばっかりや」
俺達は護衛代わりという可能性もあるな、これ。
とりあえず、周囲にいるのは二つの王宮近衛隊の隊長クラスと、国政に口出しできるレベルの文官という事か。
がっしりとした体格を持つ壮年の男性や、エルフィーンですらっとした体躯の魔術式使い風の男性。
茶髪でぴっちりした服装の女性もいれば、文官服を着た龍人族まで。
ホント、ここだけでも多種多様だな。
そして、そんな風に眺めている間にも、会議室には続々と人が集まって来ていた。
「二つの王宮近衛隊の各隊長だけやなくて、王立騎士団の将軍の人達もおるな」
何でいづながそこまで詳しく知っているのかは知らないが、とにかくそういう事らしい。
王立騎士団って言うのは俺達が所属している所で、王宮近衛隊とはまた違った部隊だ。
まあ、簡単に言うと普通の騎士団だけどな。それに対し王宮近衛隊は、本来なら陛下を護る為の部隊だが、どちらかと言えば精鋭部隊のような扱いとなっている。
ちなみに、ギルベルトさんは王立騎士団を率いる大将軍―――団長に当たる。
しかしまあ、改めて考えると俺達は物凄く場違いだな。一団員に過ぎない訳だし。
「ふう、間に合ったようだな」
響いた声に、俺は視線をそちらへ向ける。
見れば、そこにいたのは先日誠人と対戦したあの巨漢の戦士―――ゼノン王子だった。
護衛も連れずにやってきたが、大丈夫なんだろうか、この人。
「む、お前は先日の……フレイシュッツ卿だったか。マサトは壮健か?」
「覚えていて下さってありがとうございます、王子。誠人も、日々精進しております」
「ははは! そうか、それは再戦が楽しみだ」
この人も、裏表が無くて分かりやすいな。
視界の端で、クライド王子が深々と溜め息を漏らしていたけれど。
と、そんな事を話している間に、殆どの人は揃ったようだ。
後は、一番重要な人物な訳だが―――
「お、全員揃ってるな。それでは、会議を始める」
噂をすれば影、と言った所か。
声の響いた方を見れば、リンディーナさんを引き連れた陛下が部屋の中へと入ってくる所だった。
全員が立ち上がって敬礼する中、俺も若干遅れながらそれに倣う。
陛下が席に座れば、空いている座席はたった一つ―――そこに座るべきなのが誰だったのかは、言うまでもない。
それを見て、リンディーナさんは少しだけ落ち込んだ表情を見せたが、一瞬でそれを消して凛とした表情を貼り付ける。
「よし、オルグス、始めろ」
「はっ……では、これよりディンバーツ帝国への対策会議を始める」
宰相さんの声と共に、周囲の空気が引き締まる。
俺も思わず息を飲みながら、彼の言葉へと耳を傾けた。
「まず、現状に関してだが……諸君も知っての通り、王宮近衛騎士隊隊長、リンディオ・ミューレ将軍が姿を消した。
アルシェール・ミューレ殿から『生きてはいる』とのご報告を頂いたが、それ以外の事については一切分かっておらぬ。
ただし、襲撃犯については何者であるかが明らかになった」
その言葉に、視線を細める。
霊から情報を得たなんて事は、そのままでは話し辛かっただろうが―――しかし、本人からも言質のような物は取れた。
「演習中であったリンディオ将軍を襲撃したのは、帝国軍第二師団師団長、レンカ・ミナブチと呼ばれる人物だ。
フレイシュッツ卿、貴公は本人と相対したのであったな?」
「……ええ、その通りです」
あの時、銃口を突き付け合いながら語り合った事を思い出しつつ、俺は頷く。
と―――その瞬間、ドン、と大きな音が部屋中に響き渡った。
驚いて見てみれば、髭を蓄えた壮年の男が、机に拳を叩きつけて俺の事を睨んでいる。
「フレイシュッツ卿! そうと分かっているのならば、何故その時に捕らえなかったのだ!」
「……街中だったからですよ。周囲には多くの住人がいましたし、俺もあいつも、共に得物は術式銃。
戦えば、確実に周囲に被害が出ていたでしょう。去る時も、空間転移の魔術式を使っていましたし」
それに、もしあいつが邪神の力を持っているというのならば、捕らえる事が出来たかどうかも怪しいところだ。
回帰に至っていない今の俺では、あいつと一対一で戦う事は難しいだろう。
「トレス将軍、ここを糾弾の場と勘違いしているのか? 私語は慎め」
「ぬ……!」
オルグスさんに諌められて、トレス将軍とやらは押し黙る。
ほっと息を吐き、俺は言葉を続けた。
「今回の事件は、奴らの一人……帝国軍第一師団師団長カズマ・ホシザキが、アルシェールさんへの復讐の為に企てた事らしいです。
奴はグレイスレイドのカレナ・シェールバイトも標的とし、襲撃しています。
俺達の仲間が撃退に成功したものの、カレナさんはその傷が原因で昏睡、今も意識が戻っていません」
「倒す事は出来なかったのか?」
「奴らは、兄貴……ジェクト・クワイヤードと同じように邪神の力をその身に宿しています。
つまり、第五位の不死者としての不死性を持っていましたから、あの時点では、奴に止めを刺す事は不可能だったでしょう」
俺が言い放った邪神という単語に、周囲の人々がざわめきを発する。
当然だろう。人が邪神の力を身に宿すなんて、聞いた事も無いはずだ。
だが、これは事実。誠人の持つホーリーミスリルの刀ですら倒せなかった以上、まず間違いは無いだろう。
「和馬がその身に宿しているのは、邪神龍ファフニールの力であるとの事です。
蓮花は分かりませんでしたが……報告を聞く限りでは、水に関連した力。恐らく、忌まわしき海の王ダゴンでしょう」
あいつの名前からしても、という訳ではないが……あいつが操っていたという黒い水は、兄貴が戦っていた時に見たものと同じだろう。
俺の言葉に、周囲の人々は絶句している。想像以上の事態だった、という事だろうか。
そんな中、オルグスさんは冷静な様子のまま、俺の方を見つめて声を上げる。
「では……貴公ならば、彼らを倒せるか?」
「狙撃できるのならば、確実に。ただ、水淵蓮花は術式銃という武器の性質を良く知っている。彼女には、狙撃が通用しない確率は高いでしょう。
けれど―――あいつは、俺が倒します」
いや、違う。あいつは、俺以外の誰にも倒させない。
あいつを殺すのは俺であるべきで、俺を殺すのもあいつであるべきだ―――と、そう思う。
と、ここでマリエル様が声を上げた。
「いづな、奴らはどう出ると思う?」
「うちでっか……ふむ。アルシェールさんの関係者への攻撃は、今後は微妙なトコやと思います。
元々、水淵蓮花は星崎和馬に付き合わされる形でしかなかったみたいですし……後は、星崎和馬次第やと思います」
「と言うと?」
「根性があるんやったら、きっちり対策した上で、あれだけコケにしたうちらを狙って来る事でしょう。
根性無しやったら、今まで通り関係者への攻撃……それ以上のタマ無しやったら震えて縮こまっとる筈。
そんで、救いようのないバカやったら、何の対策もせずにまた突撃して来るんやないやろか」
俺はそいつの事は知らないから、よく分からないんだがな……果たして、どうなる事やら。
そして周囲の反応が無いうちに、いづなは更に続ける。
「問題なんは、ごく個人的な理由で向こうに動かれた事です。国として動いた確証がどこにもあらへん。
言い逃れが効いてまう状況やって事や。これやと、下手に強硬姿勢を取る事もできひん。
こちらから攻撃したら、侵略国家扱いされてまう可能性まであるんやからね」
成程、今回の事は星崎和馬の個人的な理由から発した攻撃だったから、扱いが難しいって事か。
軍として動いた訳では無い以上、本人ではないという言い訳が効いてしまうかもしれないんだ。
きっちり所属まで喋ってたらしいけど、あれでは微妙な所だもんな。
「国の名誉護る為やったら、こちらから抗議文を送ってからやないとあかん……まあ、どうあっても対応が遅れてまう事は確実やね。
後手に回らざるを得ない……ほんなら、早急にグレイスレイドと手を結んでおくべきやと思います」
「ふむ……何故そう思う?」
「三十年以上黙っとった国ですよ? 現状の帝国は、国土面積や軍事力から考えて、まずリオグラスより遥かに高い国力を備えとる筈です。
かつ、邪神の力を持つ人間なんちゅー、一騎当千の駒まで持っとる……いくらリオグラスとは言え、まともに当たって倒せる相手とは思えへんのです」
その言葉に、俺は思わず眉根にしわを寄せていた。
そうだな、大国に所属しているって言う安心感もあったんだが……相手はそれ以上の大国なんだよな。
そこまで余裕がある状況って訳でもないのか。
そんないづなの言葉に、龍人族の男性がその顎に手を当てながら声を上げる。
「しかし、我らリオグラスとグレイスレイドでは、宗教の差と言う溝がある。そう簡単に手を結べるものかな?」
「少なくとも、うちらにはかの聖女リーシェレイトとのコネクションがあるんで、話し合いの場を設ける事ぐらいはそう難しくはないです。
うちらの所有するワイバーンは、あの聖女様から贈られたモンですし」
「何と……!」
まあ、流石に驚くよな、これは。
俺がいない時期だったから話に聞いただけだけれど、ミナと件の聖女は瓜二つの容姿をしているらしい。
まあ、それがどういう事なのかは良く分かってるが。
「ただし問題は、普通に考えて帝国がその会談を見逃す筈が無い事や……当然、会談に向かう人には危険が及ぶ筈です。
邪神の力を持った人間なんちゅー、狡賢さを持った災厄が」
「ふむ……いづなよ。お前は誰にするべきだと思う?」
「うちに聞かんといて下さい、陛下。煉君……フレイシュッツ卿の部下扱いなんですよ、うちは」
嘆息を吐きつつ言ういづなに、俺も小さく苦笑する。
ホント、いづなには世話になってるな……その所為でここまで気に入られてるのかと思うと、少々申し訳ないが。
「陛下、戯れが過ぎますぞ。かような小娘に、一体何を申される」
「ジェイからの紹介だからな。この娘は使えると……あの男にあそこまで言わせる人間もそうはいまい」
「……あの人の所為かいな」
兄貴、そんな事言ってたのか。
まあ、いづなに対してだけはいつも視線が違ってたからな。何と言うか、油断しないようにしていた感じか。
兄貴にそこまで高評価されてる人間って、他にいただろうか。
流石に、元総隊長の言葉までは否定できないのか、トレス将軍は押し黙る。
その様子に陛下は小さく肩を竦め―――
「父上、ならば俺が行こう」
「やっぱり来たかぁ……ええと、まあええ人選やと思います。王族を派遣するんなら、グレイスレイドへの態度としても十分やと思います」
ゼノン王子に聞こえないように小さく呟くと、いづなはそのまま笑顔を浮かべて頷いた。
その裏表の激しさに思わず吹きかけるが、我慢。
そんないづなの言葉に気をよくしたのか、ゼノン王子は笑いながら声を上げる。
「ははは、そうか! よし、ならばマリー、お前も来い!」
「……まあ、兄上一人に任せるのも不安だからな。それは仕方あるまい」
「ふむ……いいだろう、それならば二人に任せるとしよう」
「良いのですか、陛下。お二人の身に危険が及ぶのでは―――」
「ふむ……ならばお前が行くか、ディオーヌ隊長?」
「そ、それは……」
人狼族の女性が、陛下の言葉に尻込みする。
まあ、邪神が相手だからその反応も仕方ないか。
そのまま陛下は周囲を見渡し、行きたそうにする者がいないのを見て小さく嘆息すると、王子と王女の方へと向き直った。
「ではゼノン、マリエル。お前達に任せるとしよう。クライド、お前は二人が抜けた穴を補う手配をしておけ」
『はっ!』
「フッ、いい返事だ」
心配では無いのかどうなのか―――王として感情を隠す事は得意なのだろうから、表面からでは分からない。
ミナがいなければ、そういった内面の事は分からないだろうからな。
そんな事を思いながらボーっと陛下の事を見ていると、ふと彼とその視線が合った。
「では、フレイシュッツ卿……貴公の仲間達に、ゼノン達の護衛を任せよう。
ゼノン、マリエル。お前達は自分の指揮する騎士隊と魔術隊を連れて行け」
ああ、成程。結構過保護なんだな、この人。
いや、まあ邪神の力を持った連中が出てくるかもしれない以上、俺達を動かすのは当然ではあるが。
何はともあれ、とりあえず聖女と話をするのが先決になるだろう。
ミナの力なら、すぐさま連絡は取れる筈だ。
出来るだけ早い内に彼女と交渉して、会談の場を設けなければ。
静かに決意し、俺は人知れず頷いていた。
《SIDE:OUT》