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IMMORTAL BLOOD  作者: Allen
ニアクロウ編:新たなる英雄と新たなる戦い
119/196

113:神獣舞踏

自らを肯定し、自らの価値を創り出せ。


―――ツァラトゥストラはこう言ったのだ。











《SIDE:FLIZ》











回帰リグレッシオン―――」



 ようやく理解できた。

この力を操る為に必要なのが何なのか。

あたしの場合はただ、《欠片》の大きさが足りてなかっただけなんだけど……それ以外の要素は、あたしは既に揃えていたんだ。



「《加速ベシュレウニグング》―――」



 力の大きさ以外に必要となるのは、自らが貫く意志を決める事。

自らの思いを、そして願いを肯定し、そこから新たなる価値を創り上げる事。

それはつまり、他人の決めた価値ではなく、己自身で見出した価値。

世界の価値を破壊し、己の価値を創造する―――それこそが、回帰リグレッシオンに必要な思い。


 だからもう、あたしは迷わない。



「《肯定創出エルツォイグング神獣舞踏フェンリスヴァルツァ》!!」



 風よりも速く駆けると言われるフェンリルの速さ―――あたしは、それよりも遥かに速く!

自分自身の身体強度を強化し、空気摩擦により発生する熱量を抑え、あたしは駆ける。


 あたしのもう一つの回帰リグレッシオン、《神速の弾丸フィルグルーク・クーゲル》も確かに強力だ。

けれど、今はそれだけでは足りない。あたしのお母さんを奪おうとしやがったあいつには―――そんなものじゃ、足りない!



「ふッ!」



 地面を蹴り、あたしは一瞬で奴の元へと到達する。

あたしの感覚では普通に走っているだけだけれど、周囲はまるで時間が止まったかのようにゆっくりと進んでいた。

あたしの視線の先には、剣を持ち、背中から黒い翼を出して誠人の周囲を飛び回っているあの男―――その横っ面を、あたしは思い切り殴り飛ばした。

そして一瞬遅れて、あたしという質量が高速で移動した事による衝撃が、こいつ……星崎の体に叩き付けられる。



「ご……ッ!?」

「ぬおっ!?」



 っと、ちょっと勢いが強すぎたか。

誠人まで衝撃に弾かれて後ろに飛ばされちゃったわね……まあ、正面以外の衝撃は抑えてるんだけど。

加速ベシュレウニグング》の力は、あらゆる速度を操る。

速さには向きがあってこそ速度となり、あらゆる速度には加速度が存在する。

衝撃だって、逆加速によって速度を中和してやれば、威力を抑える事は出来る―――と思ってやってみたけど、案外上手く行ったみたいね。



「誠人、大丈夫?」

「あ、ああ……フリズ、今何をやったんだ?」

「ただ殴っただけよ」



 そう言って、あたしは先ほど攻撃した方向へと視線を向ける。

そこでは、突き抜けた衝撃によって捲り上げられた地面と、その中で体を再構成する星崎の姿があった。

彼は地面に這いつくばってあたしの事を見上げながら、驚愕に満ちた声を上げる。



「な、何だ……今、何をしやがった!?」

「だから、ただ殴っただけだって言ってるでしょ」

「ふ、ふざけるな! 見えなかった……何も見えなかったじゃねえか!? 何だ、どんな魔術式メモリーを使いやがった!?」



 早速化けの皮が剥がれてるわね、こいつ。

小さく肩を竦めながら嘆息して、あたしは横目で誠人を見つめつつ声を上げる。



「誠人、下がってて。お母さんを護ってて欲しいの」

「それはいいが……大丈夫なのか?」

「大丈夫よ―――」



 刹那、星崎の背中から生えていた翼が、硬質化してあたしの首を薙ごうと伸びる。

それを認めたあたしは、再び意識を加速させた。それによって一瞬で止まったように動きを止める翼を避けつつ、あたしは歩いて星崎に近づく。

そしてあたしは、大きく足を振り上げて、不意を突いたと思って勝ち誇った表情を浮かべている星崎の顔面へと、思い切り踵を振り下ろした。



「―――こんな三下程度じゃ、あたしの動きは捉えられないわ」



 加速を止めてから誠人へと声を掛けつつ、あたしは星崎を砕け散らせたその足を退かした。

邪神の力に冒されているのか、この程度じゃ到底死なないらしいわね。

まあ、あたしには不死殺しイモータル・ベインの力は無い訳だし、あたしではこいつは殺せない訳だけど。

けど、それはあたしにとって好都合だ。



「ったく……一発蹴られたぐらいで消し飛んでるんじゃないわよ」

「ぐ、がぁ……ッ!」



 そんな呻き声と共に砕け散った体の一部―――たぶん右手―――があたしへと襲い掛かる。

それを加速しながら払うと、衝撃が迸ってその右手が砕け散った。

あたしは嘆息しつつ、その場から跳び離れる。



「……っ」



 感情を抑える。

制御せずにこの力を使えば、あたしは一瞬で燃え尽きるだろう。

何せ、今現在最低限の速度に抑えているにもかかわらず、これだけの速度が出ているんだから。

本気でやったらどこまで速くなってしまうのか―――それが、少しだけ怖い。

能力を抑えて加速を一旦中止し、あたしは小さく嘆息した。



「ふざけんじゃないわよ……全く」

「ぐ……お前、何を使ってるんだって聞いてるだろ!」

「教えてあげる義理は無いし、そもそもアンタには使えないわよ」

「ふざけるな! お前らに使えて俺に使えない筈が無い!」



 何で妙に自信満々なのかしら、こいつ。

この世界の人間であるあたしよりも、向こう側の世界から来た自分の方が優れてるとでも言いたい訳?

……気に入らないわ。



「……舐めてんじゃないわよ、アンタ」

「何……?」

「この世界に来てからちやほやされて、利用されていた事にも気付かず……そして一つ奪われた程度で諦めて、その上で復讐ですって!?

たとえアンタが《欠片》を持っていたとしても、あんたみたいな奴にこの力が使えてたまるかッ!」



 あの時アルシェールさんがやった事を恨むのも、あの状況なら理解できなくもない。

周囲の理解を得ようともせず、問答無用であの魔人を滅ぼしたアルシェールさんにも、一応の責任はあるでしょうよ。

だけど―――



「アンタ、何なの? ベルレントが帝国に滅ぼされたなんて話は聞かないわよ?

アンタがそこにいるって事は……アンタ、あの国を裏切ったって事でしょ?」

「リナが俺の全てだったんだ、リナがいない国になんか―――」

「軽々しく『全て』とか口にしてんじゃないわよこの甘ったれがッ!」



 あたしのその剣幕に、星崎は息を呑んで言葉を失った。

そのままぎろりと星崎の事を睨み据え、怒りと共に声を発する。



「アンタ、本当に全てを奪われた事がある訳?

家族も家も財産も、自分自身の命すらも奪われた事がある訳!?

あたしの前でそんな甘ったれた事を口にしてんじゃない!」

「な―――」



 嫌いだ。あたしはこいつが大嫌い。

望んだだけで何でも手に入ると勘違いしているこの馬鹿は、本当にだいっきらい……!



「このふざけた世界はね、あんたが言う程度の『全て』なんて当たり前のように奪って行くのよ!

あたしだってついさっき、アンタみたいな奴の所為でそれを奪われる所だった……ううん、もしかしたらこれから奪われるかもしれない。

でもね、奪われた程度で諦めてるようじゃ、アンタは一生負け犬なのよ!」



 あたしは、絶対に諦めない。

何が何でもお母さんは死なせないし、ジェイだって何が何でも呼び戻してみせる。

方法があるなら、お父さんだって同じだ! 許されない事だの何だのと言われても、そんな事は知るものか!

そんな価値観には何の意味も無い。あたしにとって価値があるのは、家族と共に生きられる当たり前な日常だけだ!



「奪われて、取り戻そうとする努力もせず、ただ恨み言だけをだらだら口にして……そんな奴ごときが、あたし達を見下してんじゃないわよ!」

「な……なら、リナを取り戻す方法があるってのかよ!?」

「知るかそんなもん! 探すんだったら自分で探せ!」



 煉は違う。欲しいモノはどんな手を使ってでも手に入れるし、奪おうとする者には容赦しない。

そしてもし奪われてしまったとしても、必ず取り戻す……その為に戦う覚悟を決めている!

それをこんな奴が馬鹿にするのが、あたしには絶対に許せない!



「アンタ、アルシェールさんに復讐するんだったわよね」

「な、あ……」

「それは、あたしにとって大切なものと、煉が目指す理想をぶち壊すって言ってる訳だ」



 ふざけるな。

こんな奴なんかに―――



「―――壊されてたまるかあああああああッ!!」



 そして、あたしは再び加速した。

一瞬で―――ただしあたしの感覚の中では普通に―――接近して、星崎の体を砕けない程度に加減して蹴り上げる。

その瞬間、足からこいつの骨が砕ける感触が伝わってきたが……構うものか。

そして、あたしの目の前まで浮き上がってきた星崎の身体を、手で払うようにして打つ。

それによって吹き飛んでゆく星崎を見ながら、跳躍。

星崎の真上に出たあたしは、宙に浮くあいつの身体を地面に蹴り落とした。


 衝撃と共に、地面が砕け散る。



「全身の骨を砕かれた気分はどうかしらね」



 一々加速を抑えないと話も出来ないのが面倒だけど、まあそんな事はどうだっていい。

砕け散らない程度に抑えながら攻撃するのは、意外と難しいものだ。



「ぐ、ご……だ、だが……お前の力じゃ俺は殺せな―――」

「ええ、そうね。殺せないわ」



 星崎は嘲笑するように血まみれであたしの方を見つめてくるが、そんな事は先刻承知だ。

こいつの言葉に小さく肩を竦めてから―――あたしは、笑った。



「だから、死なないアンタで実験させて貰うわよ。どの程度の力加減ならちょうどいいのか……ってね」

「ッ……ぅあああっ!!」



 そんなあたしの表情に、星崎は怯えたように叫びながら背中の翼を伸ばし、あたしの胸を貫こうとしてくる。

人の笑顔を見て叫ぶなんて、失礼な奴ね。


 加速し、手刀を一閃。

どの程度の速度で移動しているのかはよく分からないけど、加速を解いた後に自分が地面を蹴った音が聞こえてくる辺り、音速ぐらいは軽く突破してるんだろう。

ともあれ、そんな速度で放たれた一撃は、問答無用で星崎の翼をへし折り、引き千切る。



「ぎっ、あああああああああああああッ!?」

「あら、感覚繋がってたんだ」



 感覚を戻した瞬間、絶叫と共に泡を吹く星崎に、あたしは思わず目を見開いていた。

これは素直に意外。邪神の力を利用した魔術式か何かだと思ってたんだけど。

まあ、五月蝿かったので顎を蹴り上げて砕いておいたけど。



「つっても、すぐに再生するのよねぇ。痛みはきっちり感じてるみたいだけど。

どうせなら痛みもシャットアウト出来るようにしたらどうなの?

その方が一々蹲られなくて面倒が少ないんだけど」

「ぐ、が……どうして、どうしてだ……俺は、最強になった筈……!」

「んー?」



 地面に蹲ったままブツブツと何かを言っている星崎に、あたしは思わず首を傾げる。

しかし、コイツはそんなあたしの様子など気にもせず、何やら独り言を続けていた。



「誰も倒せない不死性も、誰も追いつけないスピードも、誰も防げないパワーも、誰も及ばない魔力も……全て兼ね備えた俺は、最強の筈だ!」

「……まあ、実際そうだったら最強でしょうけど。でもスピードならあたしに負けてるし、魔力だってミナ以下じゃない」

「五月蝿い、黙れッ! お前なんかが俺より強い筈が無い!」



 深々と嘆息を漏らす。

いい歳して、これじゃあ万能感に浸っていい気になってたガキそのものじゃない。



「はぁ……まあ、確かにアンタは強いわよ。あたしたちの中でも、あたし以外じゃマトモに相手するのは難しいかもね」



 まあ、マトモじゃない方法だったらいくらでもあると思うけど。

その辺り、うちの狡賢い連中はポンポン思いつくでしょうね。

とりあえず、今はその事は置いておくけれど。



「で、それがどうしたって言うのよ?」

「あ……?」

「強ければ奪われず、弱ければ奪われない?

そんな訳は無いわよね。だったら、アルシェールさんがジェイを失う事はなかった筈だわ。あの人は間違いなく、世界で一番強いもの」



 確かに、強ければ奪われにくいだろう。

奪おうとしてくる相手から、大切な物を護る事だって出来る筈だ。

けれど、人は全能じゃない。いいえ、唯一絶対の存在であった筈の神は、もう死んだのだ。

だから、この世界には絶対なんて物はない。強くても奪われる時は奪われるし、弱くても運が良ければ一生奪われずに生きられるでしょう。



「強さなんてものに価値は無い。奪われても奪い返すだけの覚悟が無いんなら、強さなんてあっても意味は無いでしょう。

最強の称号そんなものにしか縋れないんだから、アンタは憐れよ」

「五月蝿い、分かったような口を利くな! お前に俺の何が分かるって言うんだ!?」

「奪われる気持ちでしょう? 分かるわよ、そんなの。そう言うアンタこそ、分かるの?」



 近くに落ちていた小石を拾い上げ、あたしはそう呟く。

あたしの事を見上げながら喚く、このクズを見下ろしながら。



「幸せに暮らしていたのに突然両親を殺されて、家も財産も親族に奪われて……それでもようやく、自分なりに幸せにやって行く在り方を見つけて。

そう思っていた瞬間に全て奪われ、何の因果か新たな家族を手に入れて……それでも、結局また家族を奪われたあたしの気持ち。

アンタ、ちゃんと分かってるんでしょうね?」



 言いつつ、あたしは小石を真上に放り投げる。

そして、あたしの鬼気迫る様子に言葉を失っている星崎へと、その石は降下を始めた。



「分からないんだったら―――」



 回帰リグレッシオン―――



「―――その口閉じてなさいこの青二才がッ!」



 ―――《神速の弾丸フィルグルーク・クーゲル》!


 落下の速度を一瞬で高めた小石が、甲高い音を立てて星崎の体を貫く。

例え小さな石であろうと、質量を持つ物体が超高速で移動した時の衝撃は凄まじい。

その衝撃を一身に浴びて、星崎の身体は砕け散りながら吹き飛ばされた。


 もう加減は無しだ。完全に心が折れるまで、ぶちのめし続けてやる!



「―――ッ!?」



 そう思って加速しようとした瞬間、あたしは思わず目を剥いていた。

星崎が吹き飛んだ先の地面が、何故か真っ黒に染まっていたのだ。

その黒い部分はかなり広範囲に広がっており、迂闊に手が出せない状況になっていた。


 そして、そんな黒い部分の中心が、じわりと盛り上がる。

どうやらこの黒いのは水だったらしい。じわりじわりと盛り上がった水は、やがて一つの形を作り上げる。

それは―――いや、その姿には、あたしも見覚えがあった。



「蓮花……!?」

『はぁい。フリズ、こんにちは』



 水で作られているために分かり辛かったけれど、その姿は確かにあの蓮花の物だった。

この水、まさか蓮花の力だって事……!?



『盛り上がってる所悪いけど、流石にこれ以上やられちゃうと使い物にならなくなりそうだったから、この辺りで回収させて貰うわ』

「まさか、アンタも星崎そいつみたいな……?」

『ま、そういう事ね。とりあえず、このバカは持ち帰るわよ』



 ずぶずぶと沈んでいく星崎の体の破片に、あたしは思わず顔をしかめる。

流石に、空を飛べないあたしじゃ、あの水の中に突っ込むのは不可能そうね。

飛び道具で狙おうにも、あの蓮花は本体じゃないみたいだし、仕方ないか。



「はぁ……まあ、いいわ。ともあれ、蓮花」

『ん? 何かしら、フリズ?』

「教えてくれた事だけは礼を言うわ……ありがとう」

『……ふふ、あははは! ホント、面白いわフリズ』



 水面を揺らして、蓮花は笑う。

その表情の中に煉と同じような気配を感じ、あたしは思わず顔をしかめていた。

ホント、似たような性質してるわね、こいつら。



『それじゃ、今日はこの辺りで。煉によろしく言っといてね』



 そして蓮花はそれだけ言うと、水で出来たその身体を崩し、地面に染み込むようにしながら消えていった。

止める事も出来ず、その様子を眺め続け―――深々と、嘆息する。

今気にするべきは、あいつじゃない。お母さんの事だ。

頭を振ってあいつらの事を思考の中から追い出すと、あたしはすぐさま踵を返してお母さんの方へと戻って行った。











《SIDE:OUT》





















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