106:運命の出逢い
「この世界の運命は、常に残酷だがね」
《SIDE:REN》
「すっかり人気者になったわね、いづな」
「うーむ、あれはさすがに予想外やったんやけどなぁ」
鍛冶場から出た俺達は、『俺も盗ませてほしい』などとのたまうニヴァーフ達から逃げるように、次の目的地へと向かっていた。
いづなのおかげでいい技術者が集まりそうだと、マリエル様からはひたすら感謝されたが。
そしてそんな王女様の興味も、今はいづなや誠人の刀へと向かっている。
「ニヴァーフ達に力説されたが……それはそんなに凄い剣だったのか」
「凄いっちゃ凄いし、斬れ味という点ならどんな剣にも負けへんと思いますけど……そもそも、用途が違うんです。
こっちの世界で普通に使われている剣は、重さで叩き斬る。うちらの使う刀は、技で斬る」
「扱いにはそれなりの熟練が必要だという事か」
流石、軍師というだけあって頭の回転は速いんだな、マリエル様は。
いづなが言外に『興味本位で扱える物じゃない』と言ったのを、しっかりと理解していたようだ。
まあ、それでも興味は尽きないみたいだったけど。
そんな彼女の様子に、いづなは小さく笑う。
「侍……うちらの世界の剣士は、この剣を極める事こそを本懐としとったんです。
一人一人が剣を極めれば、その軍は無敵の武勇を誇れるだろう……まあ、こっちで言う貴族みたいなもんです」
「数ではなく質を求めた訳か……それもまた、一つの形だな」
あんまり日本史は得意じゃなかったんで、その辺りは正直知らないけどな。
まあ、それにそもそも、いづなはあんまり他人の為に刀を打つのは好きじゃないみたいだし。
「まあ、うちから技術を盗めば、その内この国でも普及するようになると思います」
「……つれないな。父上や公爵殿には造っていたと言うのに」
「必要なら造りますって」
あれはまあ、俺たちにとって必要だったからか。
それ以外だったら、いづなは誠人か自分にしか刀を造らないだろう。
まあ、俺達だったら触らせて貰うぐらいだったら出来るけれど。
「……今は急務があるので。済みません」
「まーくん」
と―――横から助け舟を出したのは、今まで沈黙を保っていた誠人だった。
ちょっと意外そうにいづなは目を見開き、それから少しだけ嬉しそうに口元を綻ばせる。
いづなには誠人の剣を打って貰わないといけない訳だしな。究極の一振りとやらの研究を続ける為にも、回り道をする暇は無いのだろう。
誠人の一言を聞いて少しだけ機嫌を良くしたいづなは、小さく笑いながら声を上げた。
「……まあ、研究中に出来た試作品で良ければ差し上げます。完成度としては十分高い筈なんで」
「む……本当か? その一振りも確か試作品だと言う話だったな。ふふ、ならば楽しみにさせて貰おう」
しかし、この人は本当にいづなの事を気に入ったみたいだな。
いづなは軍師って訳じゃないけど、やっぱり頭の回転が早い人同士は話が合うのだろうか。
お姫様っぽさが無く、あくまでも軍人らしさを前に出す彼女―――友人のように付き合えるのもまた、楽しいのかもしれないな。
「さて、と……それで、目的地はまだなんですか?」
「む……そうだな、もう少しの筈だ」
俺の言葉に、周囲の景色を見回しながらマリエル様は頷く。
小さく笑いつつ、フリズがそれに続いた。
「今度は不正とかありませんよね?」
「少々痛い所を突かれたが、今度は大丈夫だ。孤児院の方は私が直接指示し、管理しているからな。
この国の将来を担う子供達の為だ、確実に信頼できる者のみを集めている」
小さく苦笑を漏らしつつも、マリエル様はそう口にする。
その言葉を聞き、いづなは周囲を見渡して―――小さく頷いた。
「地域的にも治安は悪くなく、それに教会を孤児院にしとるっちゅー話や。
国からの補助っちゅー点でもやり易く、手の届きやすい位置にあり、更に子供達の教育もそれなりに出来る。ええ選択やと思います」
「ふふ。お前にそう言われると自信が持てるな」
教会が同時に孤児院としての役割を持ってる訳か……イメージとしてはよくあるけど、色々と利点があったんだな。
特に、リオグラスみたいに宗教と国のトップが直結してる国なんかだと大きいんだろう。
流石にグレイスレイドほどではないと思うけど、この国はそういう特色が強いし。
「邪神龍が滅ぼされて三十年……大きな戦いも無く、戦災孤児なども殆どいなくなった。
しかし、今回邪神の話を聞かされて、今私達が享受しているこの平和は砂上の楼閣でしかない事を思い知らされてな。
この世に永遠の平和などは在り得ぬ。いずれ、また戦いは起こるだろう」
その時に、必ず独りになる子供達が出てくるはず。だからこそ、孤児院は必要なのだ―――とマリエル様は決意するように呟く。
それは、今回邪神と戦った俺達……特に、前世では孤児院で暮らしていたフリズにとっては決して他人事ではなかった。
戦争なんて無いのが最善なんだろうが、適度な戦いがなければ国の経済も回らない。
他の国の戦争に肩入れするのが一番安全でいいんだろうが、そうそう簡単には行かないだろうしな。
まあそもそも、戦争が無くても孤児が出る事なんていくらでもあるんだから、孤児院の存在は決して無駄にはならないだろう。
身寄りの無い子供に安定した教育を受けさせる事ができるのならば、十分価値があるはずだ。
「さてと……見えてきたぞ。あの建物だ」
マリエル様の声に、俺は顔を上げる。
見れば、上の方に鐘の付いている建物―――成程、確かに教会のようだ。
そして、その敷地の中から聞こえてくるのは、子供達の笑い声。
「へぇ、上手く行ってそうね」
「汚名返上としたい所だ。さあ、早く行こうか」
意気揚々と頷く彼女に促されるまま、俺達は教会の正面門の方へと歩いてゆく。
見えてきたのは広い庭と、そこで遊びまわる子供達や、彼らを見守っているシスター。
そして―――フリズよりも若干薄く、ピンク色に近い長い髪を伸ばした一人の少女。
「―――ッ!」
「……ミナ?」
子供達と共に遊んでいる彼女の姿を見て、俺の隣に立っていたミナが息を飲んだ。
思わず、首を傾げる。彼女には見覚えなど無いのだが、ミナは何か知っているのか?
再びその少女の方へと視線を向けて―――俺は、思わず目を見開いた。
黒い制服か、軍服か……とにかく、本来ならぴっちりとしていそうなその服を着崩している彼女の、その腰。
そこにあったのは、俺と同じ二つのホルスターと、そこに納まった二丁の銃だった。
あれは……術式銃か?
「ああ、姫様! お待ちしておりました」
「……姫というのは止めて下さいと言った筈です、シスターネージュ」
「ふふ。そうでしたわね、マリエル様」
思わず先ほどの少女の方へと気を取られていたが、気が付けばいつの間にか責任者らしきシスターがこちらへと近付いて来ていた。
フード……でいいんだったか、あの頭巾のような被り物。とにかく、それのおかげで分かりにくいけれど―――背の高さとその顔の整い方を見るに、この人はエルフィーンみたいだな。
「それでは、どうぞこちらへ。私の方から説明させて頂きましょう」
「ああ。いづな、一緒に来てくれるか?」
「うちは副官やないんやけどなぁ……まーくん、護衛として一緒にな。それとさくらんも」
「は、はい」
「了解だ……お前達はここで適当に待っていてくれ」
「適当にってな……」
誠人の言葉に小さく肩を竦める。まあ、確かに俺達がそんな詳しい話を聞いても仕方ないけどさ。
子供の相手をして遊んでろってか?
「よーし、お姉ちゃんが遊び方を伝授してあげるわよー!」
「……やる気満々な奴もいるし。どうする、ミナ?」
「……ん」
ミナが指をさしたのは、木陰の下で本を読んでいる女の子達数人。
まあ、ミナにはしゃぎたがりな子供の相手はキツイだろうからな。
「了解。じゃあ本でも読んでやっててくれ」
「レンは?」
「俺は……ちょっと、気になる事があったからな」
「ん……分かった」
そういって頷くと、ミナは先ほど指差した子達の方へと歩いてゆく。
……何か、ちょっと違和感があったな。何がと聞かれると分からないけど。
とりあえず、気になった所へと行ってみるか。
「―――レンねえちゃん、ちょっとは手加減しろよ!」
「あははははは! アタシの辞書に手加減の文字は無い! 誰もアタシは奪えないのよ!」
近づいた所で聞こえてきた声に、俺は思わず足を止める。
レンって……まさか、同じ名前か?
まあ、それだけだったらこの世界でも無くはない名前だと思うけど。
……何故だろうか。初めて会うと言うのに、妙に彼女の事が気になってしまう。
何なんだろうか、一体。
―――そして、その碧玉の瞳と視線が合った。
「あ……」
「え……」
―――思考に、―――満月―――ノイズが走る―――
一瞬走った頭痛に、顔をしかめる。
唐突に走り、唐突に引いていった痛みの残滓が消えた頃には、彼女は俺の目の前まで歩み寄って来ていた。
「貴方……誰?」
「……さっき来たお姫様の護衛みたいなもんだ。俺は九条煉……アンタは?」
「へぇ、やっぱり日本人なんだ。アタシは、水淵蓮花……ちょっと似てるわね。あ、名前でいいわよ」
彼女―――蓮花は、そう言いながら小さく笑う。
ああ、成程。蓮花だからレンねえちゃんか。思わぬ共通点に苦笑するが……それ以上に、その容姿に驚かされた。
誠人もそうだが、まさかその髪や眼の色で日本人だとは思わなかったのだ。
まあ、何かあったんだろう。誠人も、その話はあまり触れられたがらないからな。
そんな俺の考えに気付いているのかいないのか、最初に見せた警戒をどこかに放り投げつつ、蓮花は視線を下に降ろしてゆく。
俺の太腿の辺り……要するに、俺のホルスターを。
「ねえねえ、それってやっぱり……」
「ああ、術式銃だ。アンタのもそうだろ」
「あはははは! ここまで共通点があると何か楽しくなってくるわね」
近くで見てみると分かるが、どうやら蓮花の銃はリボルバータイプ……大きさ的にはマグナムだろうか。
俺としては自動拳銃が好きだが―――
「やっぱ、機能性はともかくリボルバーにはロマンがあるよな」
「へぇ、分かってるわね。でも、リボルバーだったら詰まったりしないわよ?」
「魔力の弾丸を飛ばす術式銃に詰まるも何も無いがな」
「まあ、それを言い出したらねぇ」
そんな事を言い合い、互いにクスクスと笑い合う。
成程、確かにコイツとは気が合いそうだ。
「アンタはここで世話になってるのか?」
「ううん、ここは観光で来ただけよ。本来住んでるのはもっと北の方」
「へぇ……ゲートの方か?」
「もっと北ね。とにかく、ここにいるのに深い理由は無いわ。強いて言うなら暇潰しね」
観光か。俺達は余裕なんて無かったから、そんな事を考えている暇も無かった訳だけど……邪神を倒して余裕が出来れば、そういう事も出来るようになるかな。
それには、まだまだ長い時間がかかるだろうが―――
「煉? ちょっと、れーん?」
「っ……あ、ああ。何だ?」
「何だはこっちの台詞なんだけど。急に黙り込んじゃって」
「ああ、悪い」
どうやら、ボーっとしてしまっていたみたいだ。
とりあえず笑って誤魔化しつつ、俺は奥の方へと視線を向ける。
そちらには、遊びを中断されて不満げな表情を浮かべている子供達がいた。
「さてと。俺も混ぜてもらっていいか? 暇なモンで」
「あはは! ええ、いいわよ。さあ、これからはダブルレンがアンタ達の相手をするわよ!」
「何だそりゃ」
苦笑しつつも、そちらの方へと歩いて行く。
と―――次の瞬間、俺の背後から大きな声が響いた。
「大変だッ! フィオナとレイが!」
声を上げたのは、門から入ってきた小さな男の子。
血相を変えて叫ぶそいつは、俺の―――いや、蓮花の方へ向かって走ってくる。
そして蓮花もまた、その声に目を見開きながら振り返った。
「どうしたの!?」
「向こうの方でガラの悪い奴らに絡まれて……沢山! 沢山いるんだ!」
若干錯乱した様子で話す子供に蓮花は頷き―――子供の指差した方向へと、即座に駆け出した。
思わず目を剥き、殆ど反射的にその背中を追いかける。
「フリズ、ミナ! 子供達を任せた!」
返答は聞かぬまま、蓮花の背中を追いかけてゆく。
ミナとフリズの中間程度の背丈しかない小柄な蓮花は、しかし存外に足が速く、追いつくのには少々苦労した。
そのまま横に並んで走りつつ、声を上げる。
「いきなり来ちまったが、大丈夫なのか?」
「というか、アタシ一人でも十分だと思ったんだけど……協力してくれるの?」
「ま、乗りかかった船だしな」
走りながらも方を竦めて言えば、蓮花は小さく苦笑する。
「了解、ありがたく受け取っとくわ。じゃ―――」
「ああ」
互いに頷き、銃を抜く。
そして、視線の先にあった角を曲がれば、見えてきたのは―――女の子の前に立ち塞がっていた男の子が、ごろつきだかチンピラだかの連中に蹴り飛ばされた所だった。
思わず、舌打ちする。
「現行犯、有罪ね」
「ああ、それじゃ―――」
スライディングするように地面を擦りつつ、俺は左側へ、そして蓮花は右側へ銃を旋回させる。
響く銃声は、左右合わせて四発。横に立っていた連中の足を正確に撃ち抜きつつ、俺達は体勢を立て直す。
『―――地に這いつくばって悔いやがれ』
俺は前方と左側へ、蓮花は後方と右側へと銃を向ける。
互いに背中合わせで立ちながら、申し合わせてもいないのにぴったりと合う息に小さく笑う。
さて、残り人数は六人か。簡単な武器程度なら隠し持ってそうだが、大した事は無いな。
「な……ッ、テメェら、何しやがる!?」
「何って言われても、子供を襲ってるクズ共を成敗してあげたんだけど」
「一応王都の中だからな。殺さないようにはしておいてやるよ」
外だったら殺されても盗賊扱いだろう。
そんな中、蓮花は小さく口元に笑みを浮かべる―――どこか俺と似た、凄惨な笑みを。
「アンタ達、アタシが気に入った子供達に手ぇ出してくれたんだから……殺されないだけ感謝して欲しいわよねぇ」
「なッ!? そもそも、そいつらが―――」
「何してテメェらをムカつかせたって? そんなら、俺達をムカつかせてるテメェらも、同じ目に遭ったって文句は言わねぇよな? まあ―――」
そして、俺もまた蓮花と同じ笑みを浮かべる。
容赦を捨てた、撃滅の意思を込めた笑みを。
「同じ目程度で済ませてやる気は―――」
「―――さらさら無いけどね!」
そして、俺達は引き金を絞った。
まず、左側と前方にいた奴の、肩と太腿を撃ち抜く。
と―――俺の脇腹の横から手が伸びる。そこから向けられた銃口が、俺が撃ち抜いた連中の間に立っていた男のふくらはぎを撃ち抜いた。
俺もまた、後方へと銃口を向けて、一人の男の肩を撃ち抜く。
そして―――残るは一人!
俺は右の銃を、蓮花は左の銃を。同時に向けた銃のグリップ同士がガチンとぶつかる。
「あはは! やるわね、煉!」
「お前もやるじゃねぇか、蓮花」
肩越しに視線を合わせつつ、微笑み合う。
そして一瞬の内に仲間を全滅させられた最後の一人は、周囲に倒れる仲間たちと俺達の方へと視線を右往左往させ―――咄嗟に、逃げようと踵を返す。
が―――
「―――Screw you」
「―――Zum Henker」
―――二つの銃口が同時に火を噴き、男の両足を撃ち抜いていた。
あっけないと言えばあっけない結果に肩を竦めつつ銃を納め―――ハイタッチする。
「あはは! ここまで息が合うとは思わなかったわ!」
「こっちもな。どうだ、一緒に来ないか?」
「んー……魅力的な提案だけど、アタシにもやる事があるからね。残念だけど、乗れないわ」
「そうか……」
こいつと一緒ならさぞかし楽しそうだったんだが―――まあ、仕方ないか。
それに、いづなにもあまり勧誘するなとは言われてたしな。
残念だが、諦めるしかないか。
「さて、戻りましょうか。レイ君抱えてくれる?」
「ああ」
俺は地面に倒れている男の子を抱え上げ、蓮花は恐怖に縮こまったままだった女の子を介抱する。
そうして、俺達は孤児院の方へと戻って行ったのだった。
……発砲した事に関して、かなりフリズに怒られたがな。
《SIDE:OUT》