105:王都散策
警戒しながらも、彼らはごく自然に馴染んでいた。
《SIDE:REN》
「あははははー。やー、うちらの中やと、場合によっちゃ一番強いのはさくらんやからなぁ」
「俺達、皆土俵が違うだろ」
クライド王子を治療している桜を眺めつつ、俺は小さく肩を竦める。
俺達は皆能力がそれぞれ偏っているから、活躍できる場面が違うんだよな。
だから、状況さえ違えば活躍できる人間も変わってくる。誰が一番強いとも言えないだろう。
まあ、俺も中距離では桜と戦いたくはないが。
俺は超長距離、フリズは対人外、誠人は接近戦、そして桜は中距離戦で優秀だ。
いづなはそんなメンバーを指揮する事が出来るし、危険察知に関して椿を越える奴もいない。
ミナは戦闘に関してオールマイティに戦えるけど、どちらかと言えば対人での探り合いの時の優秀さの方が目立つ。
「しかし、本当に力が成長しているのだな」
「回帰が使えるようになると、基本の能力も成長するみたいだしね。
ミナだって、正確に相手の心が読めるようになったんでしょ?」
「ん」
回帰、か。あの大量の幽霊が見えた時は驚いたけど、俺達の力を考えるとある意味納得か。
この調子だと、超越まで行けば更に能力が強化されるのかもしれない。
……まあ、俺の力はもう少し成長して普通に役に立つ程度にはなって欲しいんだが。
今の所、相手の防御障壁を貫ける以外はいい所無いからなぁ。
「うーむ……あの力、何かに使えへんかなぁ」
「椿やフェゼニアの姿を見えるようにするとか?」
「まあ、また見えなく出来るんならそれでも構わへんけど」
まあ、幽霊が普通に見えてたらそれはそれで問題か。
いづなの場合、あの二人が見えていない方が都合がいいっていう事もあるんだろうけど。
ホント、椿はスパイとしても優秀だからなぁ。
「あのデュラハンの形成は、修行に使えるかもな」
「日常的にアレの相手をする訳……? いや、確かにちょうどいいかもしれないけどさ」
誠人の言葉にフリズが顔をしかめる。
まあ確かに、それなら俺達も実戦さながらの訓練が出来るし、桜も力を使う練習になるだろう。
俺達の中で超越に一番近いのは桜だろうし、能力を鍛えておくのもいいだろう。
まあ、使っているからって能力が成長するのかどうかは知らないけど。
と―――そんな事をぼんやりと考えていた俺達のほうへと、マリエル様が近付いて来た。
彼女はその顔に苦笑交じりの表情を浮かべ、声を上げる。
「流石だな……クライドも実力者だと言うのに、ああも一蹴するか」
「まあ、あれはさくらんが特殊なだけやと思うんで」
「ああ。まさか詠唱も無しにあんな事ができるとはな……アルシェール殿に教わったのか?」
「あー……まあ、そんなような感じです」
この人はあれを魔術式による力だと思ったのか。
まあ、精霊を使役できるなんて事はバレないに越した事は無いので、とりあえずそのまま頷いておく。
……バレたらまずい事多いよなぁ、俺達。
「―――マリエル様、そろそろお時間です」
「む、そうか。では、準備をしておいてくれ」
と、何やら護衛の騎士の言葉を受けて、マリエル様が頷いた。
何かあるのだろうか?
「どないしたんです?」
「ああ、この後城下の視察があってな。国で運営する事になった孤児院と、軍に武具を供給している国営の鍛冶場の方へ―――」
「あ、付いてってもええですか? 護衛としてでも何でも」
「む……ああ、まあ君達が付いて来てくれるのならばこちらとしても心強いが」
……鍛冶場と言う単語に目の色変えやがったな、いづな。
まあ、このままこの場所にいてもやる事ない訳だし、別に付いて行っても構わないんだけどさ。
とりあえず、皆の方へと視線を向けてみる―――どうやら、皆も問題は無いみたいだ。
「おっし、ほんならうちらは護衛って事で! うへへへへへ」
「……大丈夫なのか、彼女は」
「まあ、大体いつもの病気ですから」
今回は刃物フェチの方だけど。
流石に王族の胸を揉む訳にも行かないだろうし、その辺りは弁えているんだろう。多分。
とりあえずこれから城下街へ行く事になるのだろうけど……あっちの方はいいのかな、投げっ放しで。
倒れてるクライド王子は……まあ、多分大丈夫なんだろうと思うけど。
「兄上、私はこれから城下へと視察に参ります」
「ふむ。了解した」
「彼らも付いて来るそうですから、くれぐれも問題は起こさないようお願いします」
「フッ、俺が問題など起こすと思うか」
「ッ……!」
あー、引き攣ってる引き攣ってる。
こめかみの辺りに血管が物凄く浮き出てる。
しかし何とか抑えたのか、マリエル様は額を押さえながらも若干引き攣った声を上げる。
「で、では……ルリア、クライドをさっさと起こしておいてくれ。収拾がつかなくなると困る」
「はい、お姉様。行ってらっしゃい。ミナ達も、気をつけてね」
「ん……ルリアも、またね」
ミナとルリアの挨拶を見て、少しだけ癒される。
一番気さくに接してくれるのが一番偉い奴って言うのもどうかとは思うけど。
とりあえずあの第三王子の刺す様な視線を受け流しつつ、俺は小さく嘆息を漏らしていた。
《SIDE:OUT》
《SIDE:IZUNA》
「んー……」
王女様に付いてやって来た国営の鍛冶場。
うちらの世界の工場と似たような雰囲気やけど、生憎と仕事場までは入れてくれへんかった。
仕事しとるのはニヴァーフ……うちらの感覚で言うと、ドワーフっちゅーた方が分かりやすいかもしれへんけど、あんな感じの人たちが大半や。
で、そこで王女様に差し出された剣を見て、うちは小さく唸り声を上げていた。
素材と言う面では、うちの状況が恵まれすぎとるだけやからあんまり気にはしてへんのやけど……あんまり、質良くないなぁ。
一応鍛造ではあるみたいなんやけど、正直あんまり時間かけてない印象や。
装飾は無駄にあるんやけど。
「いづな、どうかしたのか?」
「っと……すんまへん。まあ、兵士への支給品としてならこれぐらいの出来なのも仕方ないですかね」
「……何?」
王女様の言葉に苦笑交じりに答えて―――王女様は、そんなうちの言葉に首を傾げた。
何や、この反応?
まさかとは、思うんやけど―――
「これは一応、隊長クラスに持たせる予定の物なのだが……」
「……こんなんで?」
使っているのは鋼……それぐらいやったらせめてミスリル使って欲しい所なんやけど、まあ素材に関しては仕方ないっちゅー事にしとこう。
形状は片手剣……指揮官用やから、どっちかっちゅーと護身目的の物なんやろう。
んー……あんまり実戦目的にしとらんのかな?
せやけど、この剣まさか……いや、今はええ。
「何か、これやと一回の戦場でダメになりません? なぁ皆ー」
「刀の事分かるのはお前だけだって」
煉君の言葉に、周りに飾られていた装飾剣類を眺めていた皆が一様に頷く。
ちぃ……これは集中講義せんとあかんようやね。
っと、それはまあ後でええ。
「質としちゃ、これは十分量産出来る程度のレベルの筈やと思います。うちの刀みたいに、一つ造るのにかなり時間がかかるようなモンとは言いませんけど、指揮官用ならせめてもうちょっと質のええ物の方がええんやないですか?」
「そうなのか? 私は護身程度にしか剣を握らないから良く分からないが―――」
「こんなんでええんやったら、うちは一日に五本は造れますって」
まあ、普段うちが刀を造る時の貫徹ペースで行けばやけど。
流石に、ずっとあのペースを維持し続けるのは辛いんで、交代しながら造ればええんやないかな―――
と、そんな事を考えていたその時、うちらがいる部屋に一人の紳士っぽい服装のオッサンが入ってきた。
とりあえず彼はうちらの事は無視しつつ、マリエル様へと声を掛ける。
「おお、姫様! どうでしょう、我が工房の作品は!」
「エスリート伯爵か……今、友人と相談していた所だ。いづな、彼がこの工房の責任者だ」
「あ、専門家やないんですか?」
「うむ。まあ、運営を任せているだけだからな」
「あー、成程」
この人事を考えたんは誰なんやろうか。
施設としては割と新しそうな印象やし、最近始めた事なんかもしれへんけど。
んー……いきなり疑うんも良くないし。
「ミナっちー」
「?」
とりあえずミナっちを呼んで、視線を合わせる。
それだけでうちの考えている事を読んでくれたんか、ミナっちは小さく頷いた。
さて、それじゃあとりあえず質問と行っとこか。
「この工房の管理は、全て貴方がやっとるんですか?」
「む? いや、私も常に王都にいられる訳では無いからね。管理の者を置いてやっているよ」
「人事とか、予算なんかも?」
「あ、ああ」
ちょっとミナっちの方へと視線を向ける。
嘘を吐いているかどうか心の中で問いかけると、ミナっちは首を横に振った。
うーむ。この人が直接やっとるって訳やなさそうやね。まあ、間接的な可能性はあるんやけど。
「それで、それがどうかしたのかな?」
「やー……何か、人件費やら素材費やら、色々予算をケチっとるような気がしたんで」
「何……?」
焦った様子はあるけれど、それはお姫様の前でこんな事を言われたからかもしれへんね。
とりあえずミナっちに利く。彼が心当たりがあるのかどうか―――答えは、否やった。
まあ、とりあえずは白みたいやね。
文句言われる前に畳み掛けとこか。
「素材そのものがあんまり良くないんですよ、この剣。それと、鍛冶師の腕も微妙な所や。
職人達のモチベーションもあんまり高くないような感じやし……誰か、途中で横領しとる人でもいるんやないですかね?」
「な……ッ!? ま、待ってくれ。それは本当なのか!?」
お、もみ消そうとはせんのやね。
一応、最初の印象よりは誠実な人物やったらしい。
「ニヴァーフの人達って職人気質やから、テキトーなモンを造る筈はない思うし……素材と職人の腕、それから職人たちのモチベーションも足りとらん。
一遍、その辺りを洗い直してみた方がええと思います。
あ、それと工房の中を見せて貰っても構へんですか?」
「あ、ああ……」
さて、茫然としてる所に畳み掛けて許可を貰った所で……うちは、一旦王女様の方へと振り返った。
「この人自体は悪い人やあらへんから、もうちっと人の管理を気を付けるように言うとってくださいな」
「あ、ああ……しかし、良く分かったな」
「そりゃまあ、うちは本来鍛冶師でっから。ほんなら皆、うちは一旦中に入ってくるから、マリエル様の事は任せたで」
「一人で大丈夫か?」
「大丈夫やって。ほんなら、後でなー」
さてさて、伯爵さんとやらの隣を通り抜けて、工房の中へと入ってゆく。
扉を開ければ、中から伝わってくるのは熱気と汗の臭いや。
うちは慣れてるからええけど、他の子たちだと顔しかめそうやね。
「さてさて」
周囲を見渡す。
中にいるのは大半がニヴァーフ。たまにヒューゲンが混じってるぐらいやね。
せやけど、ニヴァーフ達も割と若手の者達が多いみたいや。
国営の鍛冶場と言うよりは、若手の修行場みたいになっとるね。
やっぱり、人件費をケチっとる。経験のありそうな熟練のニヴァーフの姿が見当たらん。
「―――おい、何で部外者がこんな所にいる」
「おん? っと……これはちょっと意外やったね」
「あん? 何を言ってやがる」
声をかけられて振り返ってみれば、そこにおったんは白髪交じりの立派な髭を蓄えた、体格のええニヴァーフやった。
まあ、体格がええ言うても、ニヴァーフやからうちよりも身長低いんやけど。
ニヴァーフは一応、第一位の不死者。うちよりも遥かに年上やろう。
少なくとも一人は熟練の技術者がいた事に安堵して、うちはにやりと笑みを浮かべた。
「やー、うちは国からやって来たもんやけど……ちぃと、気になった事があったもんで」
「気になった事だぁ?」
「せや。お姫様に見せたあのちぐはぐな剣……あれ、誰が造ったんかなと思って」
うちが放ったその言葉に、このニヴァーフのおっちゃんの太い眉毛がピクリと跳ねる。
成程、やっぱりこの人みたいやね、あの剣を造ったんは。
「あの不出来な剣がどうしたって?」
「基本はしっかりと押さえられとった。途中までを見れば、非の打ち所のない完璧なモンや。
それがどうしてあないな事になってもうたんか……ワザとやったんか、途中から下手糞な誰かにやらせたんかのどちらかやろ」
「……くく、がははははははは! 成程、部外者かと思っていたが……なかなかどうして、いい目をしてるじゃねェか!」
呵呵大笑。うちの放った言葉をさも愉快そうに受け止め、ニヴァーフのおっちゃんは笑う。
その様子を見て、うちは小さく肩を竦めた。
「大方、視察に来た人へのメッセージのつもりやったんやろ?」
「フン。俺にあんな出来損ないを造らせたんだ。あれで気付かなかったら、さっさとこんな場所は辞めてやるつもりだった」
「うちが付いて来んかったら危なかったかもしれへんなー」
思わず、苦笑してまう。
この人まで抜けてもうたら、この工房はもうダメやろ。
ま、偶然やけど防げて良かったんやろうね。
「ところで、お前の腰のそれ……確か、もう一つの世界の剣だったか?」
「お、よう知っとるね。ま、これは試作品の一振りやけど……」
「ほう、お前が打ったのか?」
「せや。見てみる?」
子供のように目を輝かせるおっちゃんに小さく笑い、うちは腰から刀を外す。
そしてそれを渡すと、おっちゃんは嬉しそうに鞘から刃を引き抜き―――硬直した。
現れたのは、若干緋色を帯びた、銅のような光沢を持つ刀身。
「バ、バカな……ヒヒイロカネの刃、だと……!?」
「刀との相性としては最高やからね、ヒヒイロカネ。実験的な一振りやけど、そん中でも一番出来の良かった奴を持って来たんやで」
一応、単一素材としてだけならば、うちは貴重な金属一つにつき一振りは造っとる。
まあ、オリハルコンはあるやつ全部あげてもうたけど。
なんで、一番刀としての出来が良かったヒヒイロカネの刀身に、白帆薙の柄を合わせて持ってきた訳や。
柄さえ変わらなければ、うちの能力は使えるんやしね。
「しかも、この造り……信じられん。どうやって金属をこんなに薄く重ね合わせているんだ!?」
「そりゃ、打って折って重ねて、折って重ねて。ずっと繰り返してりゃ、そうなるて」
「それほどの手間を……!」
あー、うちは西洋の剣の造り方なんぞ知らんけど、やっぱり刀は特殊な部類なんやね。
純粋に斬る事のみを意識した造りなんぞ、そうそうあらへんか。
刃に魅入っていたおっちゃんは、目を閉じると大きく息を吐きだし、刀を鞘に納めた。
「……お見逸れした。俺はガラム。グエント族のガラムだ。アンタの名は?」
「いづなや。霞之宮いづな」
「いづなか……どうかその技、俺に伝授しては貰えないだろうか」
そう言うと、ガラムのおっちゃんはうちの前に跪く―――って、ちょちょちょ!?
「いやいやいや、おっちゃんはこの工房のリーダーみたいな人やろ!?
うちの拠点はニアクロウやし、そないな事言われても―――」
「ならば、俺が知り合いの職人達に声をかけてここに来させよう。気付いたのならば、この状況は何とかなるのだろう?
俺がアンタから盗んだ技術を盗ませてやる約束をすれば、職人はいくらでもやってくる」
「ま、まあ、別に門外不出って訳でもないからええんやけど……」
それ、うちから直接盗みたいって文句言い出す人おるんやないかなぁ?
うーむ、うちの一存で決められる事やないんやけど。
「ええと……ここの責任者の人に話して、了解を貰えたら来てもええって事で―――」
「本当だな!? よし!」
うちが言いきる前におっちゃんは立ち上がると、どたどたと工房の外へと走って行ってもうた。
その背中をしばし唖然としたまま見送り……小さく、嘆息する。
何や、妙な事になってもうたなぁ。
「うーむ……」
まあ、長命で職人気質な種族やし、例え盗んだ技でも、研究を重ねりゃ自分の物に出来るやろ。
鈍が出回るんは納得いかんけど、あのおっちゃんなら大丈夫やろうし。
ま、教えたっても構へんか。
小さく苦笑を漏らしつつも、うちはこの工房を後にしたのやった。
《SIDE:OUT》