104:王宮に呼ばれて
それぞれの生き方を見出した者達の今。
《SIDE:MASATO》
昨日の晩餐会は何だかよく分からない内に終わり、オレ達は公爵の本宅で一泊した。
何故かあの第一王子に、一方的に試合の約束をさせられたまま。
そして、一日経ち―――
「はははは、待っていたぞ!」
王宮に招かれたオレ達は、早速演習場のような所へと案内されていた。
そしてその中心には、腕を組んで高笑いする赤毛の男が一人。
地面には大剣が突き立てられている―――どうやら、アレがあの王子本来の得物だったようだ。
まあ、こちらもいつも通りの装備に身を包んでいるのだが。
「……迷惑を掛けるな」
「あー、いえいえ。こっちではやる事殆ど無かったんで、ええ暇潰しになるんやないですかね」
「暇潰し扱いってのもどうなのよ」
マリエル王女の言葉にいづなはカラカラと笑いながら返し、フリズは小さく溜め息を漏らしていた。
自分が戦う訳では無いから、随分と気軽でいるらしいな……いづなめ。
小さく嘆息しつつも、前に出る。
演習場は、一辺が三十メートルほどの正方形の形をしていた。
砂利が敷き詰められており、比較的普通の地面と同じような感覚で戦う事ができそうだ。
少々離れた所に、他の王族達やミューレ姉弟、そして護衛の兵士やら騎士やらが立っていた。
相変わらず、あのクローディンとか言う王子は、オレ達に対して敵意にも近い視線を向けているが。
「ふむ、お前が剣士だったか」
「ええ、まあ……そんな所です」
いづなに言わせれば邪道の剣と言った所だろうが。
しかし、今回は桜の精霊付加は頼んでいない。
あの威力は、流石に加減が利かないからだ。
ともあれ、親しい知り合いと言う訳でもなく、交わす言葉も思い浮かばない。
さっさと始めて、さっさと終わらせてしまうのが吉だろう。
刀の柄を握ったオレに、王子は口の端ににやりとした笑みを浮かべる。
「俺はゼノン・バレイス・リーヴェルト・リオグラス。お前の名は何だ」
「誠人……神代、誠人」
「マサトか……いいだろう、では、勝負だ!」
ゼノン王子は、その宣言と共に地面から大剣を抜き放つ。
そしてそれに合わせ、オレも鞘から刀を抜いて構えた。
話に聞く限りでは、彼は戦士としての技量は国内でも有数のものを持っているらしい。
純粋な剣の力のみならば、王宮近衛騎士隊隊長のリンディオ・ミューレをも凌ぐらしい。
さて―――
「加減が利く相手である事を願うがな―――」
呟き、オレは駆けた。
人造人間の身体能力を十全に発揮し、一気に相手へと接近する。
普通の人間なら、反応する事も許さず首を落とせるだろうが―――どうやら、反応速度も並の物ではなかったらしい。
刀圏に捉えた直後に放たれていた一閃は、王子の肘を覆う鎧によって受け止められていた。
「―――!」
「ぬぅん!」
オレの刀を弾き返しながら、王子はオレに向かって大剣を振り下ろす。
咄嗟に横へと跳躍し、その一撃を躱すが―――振り下ろされた刃は、巨大な衝撃と共に地面を揺らした。
跳ね上がった土塊を交わしつつ、あまりに人間離れしたその威力に呆れる。
「ふむ……成程、面白い剣だな。ただ純粋に速く、ただ純粋に殺す事を念頭に置いた剣術か」
「……こちらとしては、何故それに反応できるのかが疑問なのだが」
「勘だ。殺気から攻撃方向を予測しているに過ぎん。全く、大した剣術だ」
……ガープも似たような事をしていたが、アレは魔人だからこそ出来る芸当だと思っていた。
この男、本当に人間なのだろうか。
「侮っていたつもりは無いのだがな……」
どうやら、想像以上だったようだ。
本気で相対する必要があるようだな。
重心を落とし、静かに意識を研ぎ澄ませる。
脇構えで刀を構え、オレは決意を込めた視線を王子へと向ける。
王子は―――ただただ、楽しそうに笑みを浮かべていた。
「―――往くぞ」
呟き、オレは跳躍した。
相手の頭上を飛び越えるようにしながら縦に回転、放たれた刃が王子の肩口を狙う。
その一撃は掲げられた大剣によって受け止められたが、オレはそのまま王子の背後へと着地し、身体を回転させながらら相手の背中を狙った。
王子のマントと鎧を斬り裂くかと思われた一閃は―――しかし、寸前で差し込まれた大剣によって受け止められる。
刃と刃が噛み合ったまま硬直しつつも、オレは小さく呆れの吐息を零していた。
本当に反応しているのだな、この男。
だが―――
「この体勢には、流石に無理があるようだな」
「く……っ!」
背中越しでは流石に力が入らないらしい。
オレは刃を跳ね上げ、袈裟の軌道で一撃を狙った。
王子は身体を前に投げ出すようにしながらそれを躱すが、体勢を崩したその状態を見逃すつもりは無い。
「疾ッ!」
こちらに振り向いてはいるものの、まだ相手は片膝を着いた状態。
オレは即座に接近する為、王子の方へと駆け抜ける。
この一撃で詰みだ。そう思いながら刃を構え―――
「せいッ!!」
「なっ!?」
王子に取った行動に、オレは思わず絶句していた。
彼は、オレに向かってその大剣を投げつけていたのだ。
回転する巨大な刃を躱す為に大きく跳躍し、王子の事を跳び越える。
咄嗟の事で強く跳び過ぎてしまった為か、若干距離が開いてしまった。
しかし、武器を手放したのならば、最早相手に勝機は―――そう思って振り向き、オレは再び絶句していた。
体勢を立て直した王子の手には、あの大剣が再び握られていたのだ。
そんなオレの表情を見て、王子は得意げな笑みを浮かべる。
「驚いたか。この剣には《転送》の魔術式が刻まれていてな。
この手甲を装備している限り、どんな所からでも呼び出せるのだ」
「成程、意外な手札だ」
仮にも相手は王族、魔術式の刻まれた武器を持っているのはある意味当然の事だったか。
あらかじめ警戒しておくべきだったのだろう。それは、こちらのミスだ。
まあどちらにしろ、見ただけではどんな魔術式かなど分からなかっただろうが。
「さてと、こちらの手札は見せたのだ。お前の手札も見せて貰おうではないか」
「……加減が難しいのでな。正直、使いたくはない」
アレは必殺の覚悟を決めた時でなければ使い辛いものだ。
ガープとの戦いで使って以来、オレは一度も使用していない。
練習台になるような相手が欲しい、とは思ったが―――流石に殺してはならない相手に対して使う気に離れなかった。
しかし、そんなオレの言葉に、王子は不敵に笑う。
「やはり力を隠し持っていたか。ならば、それを使わせるまでよ!」
「ち……っ!」
王子が、オレに向かって猛然と打ちかかって来る。
流石に刀であの大剣を受けるのは無理だ。
相手の剣の腹にこちらの刃を絡め、軌道を逸らして受け流し、そのまま刃の上を滑らせて篭手を狙う。
が、例の魔術式が刻まれているという篭手は、オレの刃をしっかりと受け止めていた。
舌打ち―――そして、直感に従って跳躍する。
その直後、オレの胴があった場所を横薙ぎに振り抜かれた刃が薙ぎ払って行った。
「おおおおッ!」
大上段から一閃。
しかし王子は、その一撃を剣から離した篭手で受け止めた。
大剣の隙は大きいものの、その防御力で見事に隙を埋めてくるな……厄介だ。
オレのパワー不足と言うよりは、向こうのパワーが異常なだけだとは思うが。
一度跳躍して、王子から距離を開ける。
相手はこちらの事を追う事はせず、大剣を肩で担ぎながら不敵な笑みを浮かべた。
「どうだ、マサト。使う気になったか?」
「……確かに、このままでは中々勝負が着きそうにないな」
小さく、嘆息する。
長く戦えば戦うだけ、彼を殺すリスクは高まる。
ならば、強大な一撃に細心の注意を払い、その一撃で決着をつけるのが最善か。
「……桜、水精装填」
「ぁ……は、はい!」
桜の声が背後から響き―――それと共に、オレの刃から流れる水の刃が発生した。
変幻自在の、鞭のように望む軌道を駆ける水刃。
それを見て、王子は大きく目を見開く。
「ほう……それがお前の切り札か」
「その一つ、と言った所か。この属性しか使えない訳では無いからな」
ともあれ、これ以上付き合うつもりは無い。
早々に決着をつけさせて貰うとしよう。視線を細め、刃を大上段に構える。
「―――彌都波能賣神」
イメージする。
神産みによって生まれた水の神。魍魎に通ず、明確なカタチを持たぬ女神。
故に変幻自在、その様相は―――龍にも至る!
「喰らい尽くせ―――!」
振り下ろされた刃より放たれたのは、巨大な龍をかたどった水の一撃。
巨大な水の顎が開かれ、一直線にゼノン王子へと向かってゆく。
「む……ッ!?」
王子は迎撃するように刃を振り下ろし―――その刃は、水を僅かに払っただけに終わる。
魔術式で形作られた水であれば、魔力を纏う一撃で迎撃出来たかもしれない。
しかし、アレは精霊により生み出された自然そのもの。つまり、ただの水だ。
それを迎撃するのは、不可能に等しい。
水の龍は王子を容赦なく飲み込み、宙を駆け―――勢いよく城壁へと激突した。
本来ならばそのまま窒息させるなり、上空まで駆け抜けてから地面に叩き落すなりも出来るが、殺すつもりは無いのでこの程度だ。
一応戦闘不能になる程度に勢いは弱めておいた。
「ぐ、あ……!」
む、意識を失ってはいなかったか。威力を考えると、信じがたいタフネスだ。
だが、これ以上の抵抗を許すつもりはない。
「そこまで……終わりだ、ゼノン王子」
「ぬ……」
水の刃を伸ばして、王子の首筋に突き付ける。
あのダメージを受けてなお剣を手放していないのは見上げた根性だが、流石にこの状況を逆転する手段は無かったようだ。
深々と嘆息し、王子は剣を手放す。
「侮っていたのはこちらの方だったか……俺の負けだ」
「そうか」
小さく息を吐き、纏っていた水を霧散させる。
協力してくれた精霊には礼を言う事を忘れず、オレは刃についていた水を払って鞘に納めた。
王子もまた、近くの兵士に剣を預けると、オレの方へと近づいてくる。
「付き合ってくれて感謝するぞ、マサト」
「いや、こちらも勉強させて貰った。あまり本気を出させるような真似はやめて欲しいが、機会があったらまた付き合おう」
「くく……いつの間にか敬語が抜けているぞ?」
言われて目を見開き、思わず口元に手を当てる。
しまった、拙かっただろうか。しかし王子は気にした様子も無く、その口元を笑みに歪めている。
「気にするな、俺としてもその方が好ましい。そして、剣の事については俺の方からも頼みたい。またよろしく頼むぞ、マサト」
「……ああ、分かった。よろしく頼む」
互いに握手を交わし、小さく笑い合う。
脳筋ではあるが、それだけに悪い男ではない。
この王家は最初から王位継承者が決まっているだけあってか、あまりドロドロしたイメージが無くていいな。
「さて……クライド! こちらへ来い!」
「え? 何で僕!?」
「いいからさっさと来い」
クライドと言うのは、確かあの金髪の第二王子だったか。
彼だけは昨日フルネームを聞きそびれていたのだが。
とりあえず隣まで連れて来られた少年の肩を叩きながら、ゼノンは楽しそうに声を上げる。
「マサトよ、こいつにも稽古をつけて貰いたいのだ」
「えええええっ!? いやいや、僕は剣とか握れないから! 魔術式使いだから!」
「うむ、だからそちらの魔術式使いと練習試合でもとな」
魔術式っていうのは加減が利くものだっただろうか。
まあ、その辺りはフリズに任せておけば大丈夫だろうが、あいつは魔術式使いと言う訳でもない。
うちのメンバーで魔術式使いと言えば―――
「……桜、大丈夫か?」
「ぁ……は、はい……ちょっと、試してみたい事もあったので……」
振り返って声をかけると、おずおずと頷きながら桜はこちらの方へと歩み寄ってきた。
そんな桜の姿を見て、クライド王子はほっとした表情で胸を撫で下ろしている。
弱そうだから安心したのだろうか。
……下手をすると、オレ達の中で一番強いのは桜なのだがな。
「ふむ。少々気の弱そうな少女だが、大丈夫か?」
「ああ。加減が利くかどうか分からないのが玉に瑕だが……」
「だ、大丈夫です……今日は、能力の方で試してみたい事があったので……」
能力と言うと、あの《魂魄》という力の事か。
まあ、精霊は制御が難しいが、能力の方ならば問題は無いだろう。
いきなり相手の魂を引き剥がすなどという事をしなければの話だが。
「ふむ。ならば任せるが……気を付けろよ?」
「は、はい」
コクコクと頷く桜にこちらも頷き、ゼノンと共に演習場の外へと下がってゆく。
さて、フェゼニアがいる以上桜自身の心配をする必要はまず無いだろうが―――どうなる事やら。
《SIDE:OUT》
《SIDE:SAKURA》
『桜、大丈夫か?』
「うん、大丈夫……ちょっと試したい事があるだけだから」
正直、王子様相手にこんな事していいのかどうかは疑問だったけど……まあ、あれぐらい強いんだったら大丈夫だろう。
そう納得して、私は正面の相手を見据える。
金髪の、がっしりとしたお兄さんとは逆の細身な体型。
魔術式使いだっていう話だけど……大丈夫かな。
「……とりあえず名乗っておくよ。僕はクライド・フィーン・メリクス・リオグラス。王宮近衛魔術隊、第一部隊隊長だ」
「ぁ……ええと、桜……です」
「んー……ちょっと不安だけど、まあさっきの彼の仲間だって言うし……うん、なら、最初から全力で行かせて貰うよ」
言って、クライドさんは腕を広げる。
同時に魔力が周囲へと放たれ、それが戦いの合図となった。
とりあえず向こうが攻撃してくると落ち着いて準備できないし、ここは―――
「……お願い、フェゼニアちゃん」
『みゅ! ボクにお任せなのです!』
元気のいい言葉に頷いて、私は身体をフェゼニアちゃんに明け渡す。
そんな事をしているうちにも、クライドさんは魔力を集中、自分の背後に四つの魔法陣のようなものを作り出していた。
えーと……魔力を筒状に展開して、砲身みたいにしてるのかな。
魔法陣のようなものから放たれた魔術式を、その砲身に通す事で方向の修正や威力の増強を狙う……凄い高度な技術なんだろう。
けど―――
「―――放て!」
「―――《遮断》」
いくら強力でも、フェゼニアちゃんの力を貫通できるほどの威力は無い。
フェゼニアちゃんの《神の欠片》は、クライドさんの魔術式を余す事無く受け止めた。
魔力を感じなくなった所で満足したように頷いて、フェゼニアちゃんは私の中から抜け出してゆく。
さてと、とりあえず準備をしよう。
「回帰―――」
「何っ!?」
煙の中から私の声が聞こえた事に驚いたのだろうか。
さっきので倒せると思っていたのかな……私だけでも防ぐ事は出来たんだけど。
まあ、とりあえず―――
「《魂魄:死霊操術》」
私は、私の力を発動させる。
以前使った時と違うのは、呼び出す数が少なめである事、そして私の力を多めに分け与えている事だ。
最近気づいた事だけど、霊達はいつも私の中から現れる。
まるで、私の中に冥界へと続く門があるみたいだ。
今回も、私の中から無数の霊たちが姿を現す―――そして、煙が晴れた。
「ひ……ッ!? な、何だそれは!?」
「え?」
私の方を見て、クライドさんは驚愕と恐怖に顔を歪める。
何って、まさか―――
「見えているん……ですか?」
「み、見えてって……当たり前だろう!?」
私の周囲を飛び回る、無数の怨霊達。
正直、見た目は歪んだ骸骨みたいだから、見慣れていないと相当恐いだろう。
でも、どうして突然他の人にも見えるようになったのだろうか。
前よりも強く力を分け与えたから?
……まあ、見えるか見えないかの違いしかないみたいだし、特には気にしないでおこう。
「ええと……これが、私の力です。無数の幽霊を呼び出す事ができる」
「な、成程……し、心臓に悪い力だね」
「ぇと……まあ、慣れです」
朝起きた時、目の前に幽霊がいるのなんていつもの事だから……正直、もう慣れてしまった。
さてと、とりあえずこの幽霊たちに協力して貰って―――
「それじゃあ、行きます……来たれ」
私の呼びかけに応じて、自由に飛び回っていた幽霊たちはその動きを止め、一箇所に集まり始めた。
無数の幽霊が折り重なり、形作るのは一つの巨大な亡霊―――
「―――首なし騎士の伝説」
―――馬にまたがった、巨大な首なし騎士の姿。
その姿を見て、クライドさんは唖然とした表情を浮かべる。
とりあえず、形を作り上げるのは成功……言う事も、ちゃんと聞いてくれるみたい。
「ちょ、ちょちょ……ちょっと待って!? 僕は魔術式使いと戦うつもりだったんだけど!?」
「ぇと……私、そんなに魔術式使える訳じゃ……まあ、似たようなのは出来ますけど」
「似たようなのでいいから! これよりマシだから! だからこのおっかないの引っ込めて!」
いいのかな……正直、精霊操作の方がデュラハンよりも強力だと思うんだけど。
まあでも、王子様の言っている事だし……とりあえず頷いて、デュラハンの体の結合を解く。
幽霊たちはちょっと不満気だったけれど、大人しく私の中へと戻って来てくれた。
とりあえず霊達が見えなくなったからか、クライドさんはほっとしたような表情を浮かべている。
「ふぅ……じゃあ、魔術式使いらしく行くよ。第三位―――」
『桜、もうやってしまえ』
「えっと……光の精霊さん」
何かお姉ちゃんが面倒臭そうに言うので、詠唱中に申し訳ないけれど、光の精霊さんを使役する。
精霊さんが発生させた巨大な光線はクライドさんの足元に突き刺さり―――地面と共に彼の事を思い切り吹き飛ばした。
直撃はさせてないから、衝撃しか受けてないと思うけど……爆発にまかれてふわりと宙を舞ったクライドさんは、そのままぐしゃっと地面に墜落する。
ぴくぴく動いてるし……まあ、大丈夫そう。
「えっと……こ、これでいいんでしょうか……?」
そう周囲に向かって問いかける。
けれど、それに答えてくれる人は一人としていなかった。
《SIDE:OUT》