103:第一王子と第二王子
初めから希望を持たなかったからこそ、己の希望を見出す事が出来る者もいる。
《SIDE:REN》
俺が中庭から戻って来た時、会場内はなんだか微妙な空気に包まれていた。
俺に視線が集中している為かとも思ったが、別にそういう訳でもないみたいだ。
ある程度は覚悟してたんだが、こういう反応は予想外だな。
しかし、どういう事だ、これは?
「煉、こっちこっち」
所在無さげに視線を廻らせていた俺へ、聞き覚えのある声がかけられる。
視線を向ければ、声を発したフリズを始めとした仲間たちがそこに並んでいた。
その周囲には余り人がおらず、人々は皆の様子を遠目に見守るように眺めている。
成程、微妙な空気はこれが理由か。
嘆息しつつも、そちらの方へと歩いてゆく。
「何やってんだ、お前ら」
「何って言われても……まあ、色々やったら人が近づかなくなっちゃって」
ホントに何やってんだ、こいつら。
色々な人たちの標的にされるだろうと思っていたから、この状況は予想外だ。
まあ、それも面倒だからある意味好都合だとも言えるんだが。
「で、本当にどんな状況なんだ、これは」
「んー……まあ、色々宣伝しただけや。うちらに対しては下手に手ぇ出さん方がええよって」
「で、それをこの王女様が了承したから、彼らも手が出し辛くなった訳だ」
「……成程」
いづなが主導してやっていたのならば徹底的だろう。
そりゃあ、手も出しづらくなるってモンだ。
小さく嘆息した俺に、姉のほうの王女―――ええと、マリエル王女だったか?
とにかく、彼女が苦笑を浮かべた。
「英雄カレナ・フェレスとシルフェリア・エルティスの関係者だ。下手に機嫌を損ねる訳にも行かぬだろう?」
「ああ……二人とも、良かったのか?」
フリズと誠人に視線を向けて、俺はそう問いかける。
流石に、その情報は注目され過ぎてしまうのではないかと思ったが。
しかしフリズは、小さく肩を竦める程度だった。誠人も、あまり頓着していないようだな。
「今更よ。どうせ調べれば分かる事なんだし、だったら最初から知ってて貰った方が早いわ。
別にあたしは、グレイスレイドに何か言われてる訳でもないし」
「別口で面倒臭そうだったが、彼らがシルフェリアに接触したとして、損をするのは彼ら自身だろう。
関係の無い人間があいつに会うのならば、死を覚悟する必要があるのだからな」
カレナさんはともかく、シルフェリアさんは面倒すぎるだろ、それ。
俺は兄貴、ミナは公爵家、フリズと誠人は言った通りで、いづなもシルフェリアさんの関係者。
桜や椿に関しては、アルシェールさんが若干気にかけてたしな。
そりゃまあ、確かに手は出し難いだろう。
「さて……先ほどは弟が済まなかったな。一応自己紹介はしたが……マリエルだ、よろしく頼む」
「あ、はい。ええと……九条煉、もしくは、レン・ディア・フレイシュッツです」
改めて話しかけてきたマリエル王女の差し出してきた手に、どうしたものかと悩む。
こういう場合は、そのまま握手を返してしまっていいのだろうか?
そんな俺の様子に気付いたのか、王女は苦笑しながら声を上げた。
「手を取ってキス、などは止めてくれ。
私は王女ではあるが、ルリアが王位に就く事が決まっている以上、王族としてよりも軍人としての自分に誇りを持っている。
どうか、その意思を汲んで欲しいのだが」
「あ、ああ……分かりました」
その言葉に頷き、握手を返す―――成程、確かに軍人のようだ。
手には剣を握る者特有の硬さがある。一朝一夕でこうなる物ではないだろう。
逆に、俺の手の方が柔らかいぐらいだろう。向こうも、それに気付いたようだ。
「ふむ……君は確か、狙撃手だと言っていたな」
「はい、そうですね。この城の頂上から街の端まで、俺ならば容易く狙えるでしょう」
「成程、恐ろしくも頼もしい力だ。君と言う切り札を隠しておけば、我らはいつでも敵の大将首を狙える訳だな」
まあ確かに、俺が隠れて狙撃すれば、あっさりと敵の指揮官を潰す事も可能だろう。
けれど、その考え方は少々意外だな。騎士道精神とかそういうのを大事にしそうなだけに、そんな卑怯な方法を認めるとは思えなかったんだが。
「敵将を討ち取るならば、正面から剣で―――と言うかと思っていたんですが」
「ふむ……確かに、君の力を卑怯と呼ぶ者はいるかもしれないな。
だが私としては、必要も無く兵を死なせるような戦いをする方がよほど愚かだ。
家族のいる彼らを死なせず、たった一人だけ射抜く事で戦いが終わるのならば―――私は、躊躇う事なく君に助力を請おう」
「こっちの王女さんは軍師らしいで。ま、効率主義な思想は大いに結構や」
いづなの言葉に、俺は納得して頷いた。
兵士を数としてではなく、個人個人……己の国の臣民であると考えるその考え方は、非常に好感が持てるものだ。
俺がその立場だったら出来るかどうかは分からない物だが。
「とにかく、君達とは友好な関係を築いて行きたい。今までのように身軽には行かないかもしれないが、どうかよろしく頼む」
「いえ、こちらこそ。いづなの警告を聞いて頂けるのなら、こちらとしても助かります」
邪神と戦う以上、やはり国のバックアップは必要になるだろう。
それに、俺が目指す未来の為にも、この国は必要だ。
こちらとしても、この国とは仲良くしておきたいからな。
と、そうだ。皆にも、言っておかないと。
「なあ、皆。同盟はまだ形としては必要だって言ったよな」
「ん? ああ、そうだったな」
頷いた誠人に、俺は小さく笑う。
どうするかは決めた。後は、皆に了解して貰うだけだ。
「皆に手伝ってもらいたい事を改めて決めた。聞いて貰っていいか?」
「……レン」
「悪い、ミナ。この道は厳しいかもしれないけど……それでも、俺はこうするべきだと思った」
ミナの心配そうな表情が目に入ったが、それでもこれは決めた事だ。
一拍置き、俺は続ける。
「俺は、兄貴が自分の使命だと思い込んでいたもの、全てを引き継ぎたい。
邪神を倒す事、この国を護る事、ミナやフリズの事―――全てを。その為に、力を貸して欲しい。
あの人には……本当に、あの人にしか出来ない事をして貰いたいんだ」
その言葉に、フリズやいづなが目を見開き―――そして、小さく苦笑を漏らした。
どうやら、俺がどう考えているのかを理解してくれたみたいだな。
「全く。本当に欲張りよね、アンタ……でも、そうよね。あいつは十分戦ったんだから、後は自分の為に戦って貰わないと」
「あの引き篭もりがちな魔術式使いさんのお世話は、あの人にしか出来へんもんなぁ。その辺りは自分でやって貰わんと困るて」
了解の言葉に、俺もまた微笑む。
邪神に脅かされる事無く、仲間達でずっと生きていく事が俺達の願いだ。
けれど、俺が欲張りなんだ。そんなものでは満足しない。
掴むのは俺達の幸せだけではない。
兄貴やアルシェールさん達が戦いに身を投じる事無く、今度こそ平穏に生きる事が出来る未来。
十分に戦ったあの人達が、最後に手に入れるべき幸福な結末。
俺は、それが欲しい。だから、もう兄貴が戦う必要の無い世界を、未来を手に入れる。
それこそが、俺の望む結末だ。
「―――俺も、皆に力を貸す。だから、俺に力を貸してくれ」
「ふふ……上等じゃない。面白くなってきたわ」
「願い事なんて、多少大それているぐらいでちょうどいいものだ。ワタシとしても好ましいさ……ふふ、桜もやる気のようだぞ?」
「やれやれ……ハードルが上がったものだ」
「それぐらいの方が面白いやろ。どうせ手に入れるんなら、結果はでっかくや」
「……もう」
困ったように眉間へとしわを寄せていたミナは、最後に諦めたように嘆息しつつ、苦笑じみた笑みを浮かべた。
どうやら、ミナも認めてくれたみたいだな。
確かに、辛い戦いになるだろう。けれど、それ位の方が手に入れる価値がある。
「……なあ、何を話しているんだ?」
「皆で幸せになろう、って言う話ですよ。誰もが望むような、ささやかな願いです」
そう言って、俺は笑う。
そう、これはささやかで、当たり前で―――とんでもなく欲張りな願い。
誰もが手に入れられないであろうモノを、俺は手に入れる。
どれだけ大それた願いも、これには敵わない。誰もが願う『当たり前』で、誰もが失ってしまう『当たり前』。
そんな、願いだ。
ルリア王女は、小さく笑っている。
子供らしからぬ聡明さを持つ彼女は、もしかしたら俺達の言っていた事を理解しているのかもしれない。
ならば、見届けてくれるだろう。
この場所もまた、兄貴にとって掛け替えの無い場所だったのだから。
と―――
「……ん?」
何やら、先ほどまでとは違った感じで会場内がざわつき始めた。
そちらの方へ視線を向けてみると、どうやら入り口の方へと視線が集中しているようだったが―――
「はぁ……来てしまったのか」
「マリエル、様?」
王女、とつけそうになって寸前で踏みとどまる。
この人は王族扱いはあんまり好きじゃなかったんだよな。
と、それはともかく……どうやら彼女は、この状況に心当たりがあるようだ。
俺の視線を受け、マリエル様は小さく嘆息を漏らす。
「……恐らく、私の兄と弟だ」
「弟って、さっきの―――」
「いや、それとは別だ。クー……クローディンは第三王子だが、今来たのは第一、および第二王子。
私の兄と弟に当たる人物だ」
蒼銀を持つ者が王位を継承するとか言う風習が無かったら、恐らく王位継承権を握っていたであろう人物か。
しかし、何でそんな嫌そうな表情なんだろうか。
「ああ、第二王子であるクライドはまだマシなのだが……兄上がな」
乾いた笑みで視線を逸らす彼女に、思わず首を傾げる。
一体何があったんだ、その人は。
興味は湧いてきたものの、正直地雷の気配をひしひしと感じる。
表情を見てみた感じ、どうやら仲間達も同じような感想のようだ。
さてと、どうしたモンかな、これ―――
「お、いたなマリー! そいつらが父上の言っていた新たな英雄とやらか!」
「兄上……大人しくしていてくれと言ったはずだが。それからクライド、兄上を任せると言っただろう」
「いやいや姉上、無茶言わないでよ。僕に暴走し始めた兄上を抑えるとか無理だから」
現れたのは、赤毛に緑の瞳を持つ偉丈夫と、金髪に蒼の瞳を持つ俺と同じ位の年頃の少年だった。
話を聞く限り、赤毛の方がその兄という事だったが―――誠人と同じぐらいでかいな。
弟の方が割と小柄なのもあってか、かなりの身長差だ。
しかし、何つーか……こう言っちゃ失礼だが、バカっぽい。
「ふむ、成程成程……では、勝負!」
「は?」
いきなり剣を抜いてこちらへと突きつけてきた兄の方に、怒りを感じる暇も無く呆然と目を見開く。
隣にいるマリエル様は、その言葉に頭痛を感じたように頭を抱えていた。
「兄上……何か重要な事を忘れていないか?」
「む……? ああ、そうか。俺とした事が失念していた。済まぬな、客人よ」
「は、はぁ……」
一応律儀に謝罪してくる王子に、どう答えたものかも分からず、とりあえず曖昧に頷いておく。
そして一人納得したように頷く王子は、一度剣を降ろすと、にこやかな笑顔で声を上げた。
「俺の名はゼノン・バレイス・リーヴェルト・リオグラスだ」
「え、ええと……九条煉、王から受け取った名はレン・ディア・フレイシュッツ……です」
「うむ、いい名だ。俺とした事が名乗りを忘れてしまったのは失敗だったが、これで問題はあるまい。では、勝負!」
「ええい、この馬鹿兄が!」
我慢しきれなくなったように、マリエル様が叫ぶ。
うん、まあ気持ちは分からなくもない。言っちゃ悪いが、ホンモノのバカだ、この人。
もう我慢ならん、と叫びつつ、マリエル様はゼノン王子へと指先を突きつける。
「いいか、兄上。ここは晩餐会の会場で、彼らは客人だ! その客人に剣を向けるなど、どれだけ礼を欠いた事であるか分かっているのか!?」
「フッ……分からん」
「身内の恥を晒すなこの馬鹿者がッ! ええい、うちの男共はどいつもこいつも……!」
「姉上、僕まで含まれるのは何か納得行かないんだけど……」
第二王子が抗議の声を上げながら手を挙げるが、生憎と聞こえていないようだった。
しかし、ゼノン王子……王族がこんなのでいいんだろうか。
まあ外見から見るに、恐らく最初の時点で王位継承権争いから外されていたんだろうが、それが性格ひん曲がるどころか真っ直ぐ行き過ぎて突き抜けてるし。
どうした物かと悩んでいると、ふと小さな影が俺の隣を通り抜けて行った。
「お兄様。あんまりお姉様やわたくしのお友達を困らせると、嫌いになってしまいますよ?」
「ぐはぁッ!?」
「あ、兄上ー!?」
小さな影―――ルリアの放った一言が、鶴の一声以上の破壊力をもってゼノン王子に襲い掛かる。
打ちのめされたように膝を着く王子に対し、にっこりと笑顔でルリアは声をかけた。
「そもそも、レンさんは剣士ではありませんから、お兄様の望むような戦いは出来ません。
この方々の中で剣を操るお二人は、今日は武器を持ち歩いておりませんから……また明日にでも、お城にお招きしてはいかがでしょう?」
「ぬ、ぬぅ……成程、そうだったのか。では、そうしよう」
……やっぱり、こっちの許可とかは取らないんだな。まあ、何となく分かってたけど。
しかし、実は最強なんじゃないだろうか、ルリアって。
「と、所でルリア……先ほどの言葉は―――」
「ふふ、わたくしはお兄様の事は大好きですよ?」
「う、うむ、そうだな! はははははは!」
生暖かいというか居た堪れないというか……そんな視線を浴びている事にも気付かず、ゼノン王子は愉快そうに笑い声を上げる。
とりあえず、疲れたように俯いているマリエル様の肩を、ぽんと叩いておいた。
「……ありがとう」
「いえ……」
この人、本当に苦労してそうだな。
いや、一番苦労してそうなのはあの第二王子なのかもしれないけど。
結局名乗る機会を失っちゃってるし。
「……まあ、楽しそうで何より、かな」
重苦しいばかりの所よりはマシだろう……うん、そう納得させておこう。
いつの間にか騒がしさの戻って来ていた空気のまま、晩餐会の夜は更けて行ったのだった。
《SIDE:OUT》