102:晩餐会の一角
煉が覚悟を決めたその頃の、少女達の一幕。
《SIDE:IZUNA》
「成程、それでグレイスレイド軍の真後ろに布陣した訳か……しかし、それだけ長大な射程を誇るのならば、それだけの距離を開けていた方が安全に戦う事が出来たのでは無いか?」
「それが微妙な所やったんですよね。邪神の魂砕きの咆哮の射程が分からんかったんで。
あと、あまりにも距離を開けすぎると、何処から敵が攻めてくるかも分からんので」
王様に紹介された第一王女様は、どうやらこの国で軍師のような事をやっとる人やったらしい。
うちは別に軍師って訳やないんやけど、まあこのメンバーの中では参謀みたいな事をやっとる訳やし、話が出来ん訳やない。
「しかも、あまり距離が離れると、煉君は弾丸の精密操作が難しくなってまうんです。
やっぱり、肉眼で目視できる距離やないと難しい、っちゅー話になりますね。
もう少し敵さんの詳細情報が分かれば良かったんですけど、流石に時間が足りなすぎた、って感じです」
「今回は速攻の作戦だったからな……我が国の兵士を犠牲にせずに済んだのは大きいが、やはり綱渡りになってしまったか」
まあ、落っこちてもうた人もおった訳やけど。
でも、この王女様が生まれた頃には、既にジェイさんは死んだ事になっとった訳やからなぁ。
軍師としては、空想上の戦力として数えてまうんやろう。
王女様は左手を右腕の肘に当て、右の拳を口元に当てるポーズを取る。考え込むポーズやろか。
「しかし……君達のような者達が、我らの仲間になってくれるのは嬉しい限りだ」
「まあ、それはミナっち……フォールハウト公爵令嬢のおかげやと思います」
「彼女のか?」
少し視線を外し、ミナっちの方向を見る。
国内でも随一の権力を誇る公爵家と、この国の次期王位継承者―――どう考えても他の貴族さんが他にちょっかい出されないはずが無いお二人さん。
まあ、まーくんが目ぇ光らせとるから度胸の無い人達は近寄って来れんみたいやけど……それでも、たまに鈍感なのか、それとも度胸のある連中が近寄ってくるから油断できん。
とは言うても、そういう場合は―――
『―――いづな、ルガイディン侯爵の人達……あんまり、良くない』
『おん? どないな感じや?』
『子供をわたしの婿にするつもり……それで、公爵家と皆の力を持っていく』
『りょーかい。要注意やね』
頷き、うちは懐から取り出したメモ帳に、要注意な貴族の名前を書き連ねてゆく。
成長したミナっちの能力、回帰に当たる《読心:以心伝心》。
ミナっちはこれを使い、うちと交信を行っとった。
ミナっちが近寄ってきた貴族達の心を読み、それが良くない考えを抱いとる人物やったら、それをうちに伝えて注意しておく、っちゅー事や。
後々ギルベルトさんにも報告できるしな。
「―――いづな、どうかしたのか?」
「っと……すんません。えーと、ミナっちの話でしたっけ?」
「そうだが……公爵令嬢にそんな呼び名をつけるのはどうかと思うぞ?」
「にゃはは、本人にそれでええ言われてしまって。最初に会った時は身分を隠しとったんですよ、あの子」
まあ、やたらと高貴で神秘的なオーラを振り撒いとった訳やから、只者では無いと思ってはおったんやけど。
流石に、公爵令嬢っちゅーんは意外過ぎやったけどな。
「それで、彼女で纏まっていると言うのはどういう事だ?」
「うちら七人は、皆バラバラになりたくないんです。知っての通り、大半はエルロードによって導かれた天涯孤独の身。
せやから、うちらは皆で一緒に生きる事を決めたんです。けど、ミナっちは公爵家から離れる訳には行かんので」
「いっその事、この国に仕えて彼女と共に生きようと思った、という事か」
「全体的な理由はそんなトコですね」
理由はそれだけやない。
邪神と戦う上で、この国は大きな後ろ盾となる。
情報や戦力、それにうちなら鍛冶師として研究を行う環境まで、様々な物を取り揃える事が可能や。
まあ、ミナっちに関しては煉君の事がある訳やし。
「全体的か……それでは、部分的な理由もある訳だな?」
「ま、そですね。うちなら、あの子の能力に頼っとる所が結構ある。フーちゃんなら、個人的な理由であの子の事を気にかけとります」
うちは刀を造るのにミナっちの創造魔術式に頼っとるし、フーちゃんは妹になってたかもしれへん関連で、ミナっちの事を心配しとる。
更に、さくらんも最近はあの子の事を気にかけとるみたいやし、それに加えて―――
「ミナっちと煉君は共依存みたいな関係ですからね。お互い、離れられへんと思います」
「共依存……とは?」
「あの二人は、互いに互いがいなければならないんです。ミナっちは、朝起きた時に煉君の顔が見えないと安心できへんみたいやし、煉君も視界のどこかにミナっちがおらんと落ち着かんみたいです」
「成程……ふふ、可愛いじゃないか」
「可愛いで済んだら良かったんですけどねぇ」
あの二人は、そんなモンじゃ済まへんのが大変な所なんや。
「もしも煉君に何かあれば、ミナっちは後を追いかねんぐらいに依存しとりますし……逆はもっとあかん」
「逆……?」
「煉君にとって、ミナっちは文字通り掛け替えの無い存在なんです。うちらならまだしも、他人に触れられる事自体が気に喰わんみたいで。
正直、今の状況やって、見られたら相当機嫌悪くなると思います」
王様に連れて行かれて戻って来てないから良かったんやけど、うちがやるように言ったとかバレたら怒られかねんて。
周囲に対する警告も含めて、ちっとボリューム上げて言った方がええかもしれへんね。
「もしも誰かがミナっちを傷つけたとか、手篭めにしようとしたとか……そないな事があったら、それこそ地獄です。
煉君は決して相手を許さへん。地獄の果てまでも追って行って、苦しめ抜いた末に殺すでしょう。
それが貴族だろうが王族だろうが、国だろうが世界だろうが、彼は微塵の躊躇いも無く敵に回す筈です。
自分のモノに手を出されるのを何よりも嫌う、独占欲の強い人でっから」
「ッ……成程、先ほど突然様子が変わったのはそういう事だったのか」
どうやら、一番近くであの殺意を浴びた王女様は身に染みて理解する事が出来たみたいやね。
確かに形式上、うちらはこの国に仕える事になった。
せやけど、別段この国の臣民になったって訳やない。
使うつもりなら使えばええし、道理に外れてへんのならば従うつもりや。せやけど―――
「身内に手ェ出されたら、うちらはさっさとこの国を捨てると思います。
それは、自分達の為だけって訳や無い。煉君の逆鱗に触れて、敵になった相手を皆殺しにしてまうかもしれへんからや。
猛獣の飼い方は、くれぐれも気をつけてくださいな」
「フ……心得ておこう。我々としても、君達を失う訳には行かないからな」
「絆で友好を結ぶには、うちらはまだまだ時間が浅すぎる。それまでは、互いに利用し利用される関係ぐらいがちょうどええんです」
うちら自身がそうやったからね。
ジェクト・クワイヤードと言う戦力を失ったこの国にとって、うちらという戦力は非常に貴重な存在の筈や。
せやったら、態々うちらを失うような真似はせぇへんやろ。
「……思えば、父上はそんな彼の性質を聞いたからこそ、彼に騎士位を与えたのかもしれないな」
「そですね。まだ正式な爵位には及ばんから難しいかもしれへんけど、このまま功績を挙げれば、ギルベルトさんも煉君をミナっちの婚約者として選べるようになるでしょうし」
ミナっちが結婚できそうな相手なんて他におらんしなぁ。
本人的な意味でも、煉君的な意味でも。
しかし、そうなるとフーちゃんも大変やなぁ……何か色々言うとるけど、何だかんだで勢いには弱いし。
本人的にも、結構満更でもないと思っとるんやなかろうか。
「ま、しばらく全力疾走しっぱなしやったからなぁ……たまには、若者らしく恋の悩みなんちゅーのもええかもな」
小さく苦笑しつつ、うちは皆の姿を見つめているのやった。
《SIDE:OUT》
《SIDE:FLIZ》
「本当に手伝わなくていいのかしら?」
「本人がいいといっているんだ。成長したと思って、見守ってやるのも必要だろう?」
ミナやルリアの背中を見つめつつ、あたしは小さく嘆息していた。
流石にこのドレスにも慣れて来て、豪華な食事を楽しんでいた所なんだけど……ミナが頑張ってるのに食べてばっかりっていうのも、何となく気が引けるわ。
とは言っても、久しぶりに食べるちゃんとしたデザートには、流石に興味を惹かれてしまうんだけど。
「んー……こんなちゃんとしたケーキとか、食べたの二十年ぶりぐらいな感じだわ」
「ふむ……確かに、こちらでは貴重な物のようだからな」
「そうなのよね。パティシエがいないのかしら」
元となる原料だけを見れば、別に手に入らないって訳じゃない。
作り方さえ詳しく覚えてれば、あたしだって作れるだろう。
正直、昔は忙しかったから、作り方なんて覚えてる暇も無かったんだけど。
「椿や桜は? こういうの作れる?」
「生憎とな……手先の器用さには自信があるが、生憎とそんな贅沢をした覚えは無い。桜も同様だ」
「うーん……あ、じゃあ誠人とかどうかしら?」
半ば冗談のつもりで笑いながら、あたしはそう声を上げる。
誠人って意外と料理出来るし、もしかしたらこういうのも出来るんじゃないかしら?
正直、似合わないけど。
とりあえず、ミナたちの様子も気になってたし、あの子達の所に一端戻りましょうかね。
取り皿に小さなケーキを乗せつつ、ミナ達の方へと歩き出す。
「……まだ話してる連中がいるのね」
「いい加減しつこいものだ」
やれやれと肩を竦める椿はと言えば、あたしと同じようにケーキなどデザート類を乗せた皿を二つ持っている。
さてと……ミナがやると言った仕事は、要注意とする貴族をチェックする事。
あんまり同じ奴と話していても意味が無いからね。
「はいミナ、ルリア。そろそろ休憩しましょ」
「フリズ」
声を掛けられたミナが、ちょっとだけほっとしたという表情を浮かべる。
いつまでも同じ奴に声をかけられ続けるのに疲れていたんだろう。
しかも、あんまり良くない相手だって事も分かってたみたいだし。
苦笑しつつ、手に持ったデザートの皿を渡す。
あたしと椿で一つずつ、ミナとルリアへだ。
さて……とりあえず、盛大にシカトしてあげた訳だけど。
「何かな、君は。今は僕がミーナリア様と話しているのだが」
「休憩。いつまでも話してたらご飯食べそびれちゃうでしょ」
「フリズ、これご飯じゃない」
「あー、それじゃあ向こう行きましょうか。デザートはその後でって事で」
ずっと話してたから、普通の食事も食べられてなかったのね。
公爵様とか皆の役に立とうっていうのはいい事だけど、無理に頑張る必要がある場面じゃないわ。
しかしまあ、案の定と言うか何と言うか……向こうは気に入らなかったらしい。
端整な眉をひそめて、不快そうに声を上げる。
「君……僕が何者か分かっていて言っているのかい?」
「知らないわよリオグラスの貴族なんて。あたしはグレイスレイドに住んでたんだから」
「何っ!? 何故他国の人間がこんな所に!」
「……まさか、敵国の人間とか時代錯誤な事言い出すんじゃないでしょうね。戦争してたのって邪神龍よりも更に前の話じゃない」
お母さんがまだまだ幼い時に終わった話だと言うし、正直昔の話過ぎて逆に笑えてくる。
こーゆーのがいるから国同士の諍いって終わらないのよね、ホント。
「くッ……僕はルガイディン侯爵の息子、クリストフ・リエン・ルガイディンだぞ!」
「誰かの子供だって言うだけで偉いんなら、あたしはカレナ・フェレスの娘よ。別にそれで偉いなんて思ってないけど。
自分の価値は自分の在り方で決まるんだから、親の権力盾に騒いでんじゃないわよ」
ミナやルリアみたいなしっかりしたのだっているんだし、貴族がどいつもこいつもこんなのだとは思わないけど―――流石に、コイツはお粗末過ぎるんじゃないかしら。
って……あら?
「か、カレナ・フェレス? あの“氷砕”のカレナ……?」
「そ、そうだけど……それが何か?」
あたしの言葉を聞いた……ええと、名前なんだっけ。正直どうでも良かったから即行で忘れちゃったわ。
とにかく、何ちゃらとか言う貴族の息子は、あたしの言葉に顔を俯かせ、肩を震わせていた。
何かしら。そんなにプライドを傷つけるような―――
「さ……」
「さ?」
「サインを、貰って来てはくれないか!」
……は?
いや、今何つった?
「……サイン?」
「その通りだ。まさかこんな所に、あの英雄縁の者がいるとは!」
あー……成程。英雄マニアって奴ね。
うちの家……あの騎士隊の詰め所にもいたわ、ジェクトマニアの騎士が。
男の瞳からは、もうあたしに対する敵意のような物は感じられない。
ちらりとミナのを方を見てみても、特に警戒したような様子は感じられなかった。
何となく毒気を抜かれて、小さく嘆息する。
「はぁ……ミナに手を出すのやめたら、貰って来てあげるわよ」
「本当か!? 約束したぞ!?」
「え、ええ……」
思わずドン引きするほどの剣幕に、あたしはコクコクと頷いていた。
そんなあたしの返答に満足したのか、半ばスキップをしながら帰って行くそいつの背中を見送り―――小さく、嘆息する。
「……貴族って、あんなアホでいいのかしら」
「まあ、大国として成り立っているんだ。成長すれば使えるのではないか?」
「成長してもアレだったら、本当におしまいよね……」
うん、何だ。甘い物でも食べて忘れよう。
この国の将来が何となく不安になりつつも、あたしは再びデザートのテーブルの方へと戻っていった。
《SIDE:OUT》