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IMMORTAL BLOOD  作者: Allen
ニアクロウ編:新たなる英雄と新たなる戦い
102/196

96:九条煉の場合

一人では、彼は必ず破滅の道を突き進む。

だからこそ、彼には彼女が必要なのだ。












《SIDE:REN》











 ミナと共に、庭に生える木を背にして並びながら座る。

共に無言で、語り合う言葉も浮かんでこない。けれど、考えている事は良く分かっていた。

言うまでも無く、兄貴の事だ。


 俺は兄貴に拾われてここに連れてこられた。

あの時兄貴がいなかったら、俺はここにはいないだろう―――まあ、それすらもエルロードが仕組んでやった事なんだろうけど。

けれど、それに関しては感謝していいとも思っていた。

エルロードが俺を選んでくれたからこそ、俺は兄貴に出会えたし、ミナを手に入れる事ができた。

けれど、この結末までもが決まっていた事だったなんて。



「兄貴……」



 たとえ利用する為だけに連れてきていたのだとしても、俺は嬉しかったんだ。

たった一人でこの世界に放り出されていたら、例えあの場で助かったとしても途方に暮れていただろう。

俺はまだ子供だ。一人で生きて行くには、あまりにも力が足りない。

だからこそ、俺はあの出会いに感謝しているんだ。


 向こうの兄貴とは、少し違う。

兄貴は……ジェイって言う男は、何もかもが完璧って訳じゃない。

面倒臭がりだし、説明するのは下手だし、仕事の無い時は一日中ぐーたらしてるし……けれど、強かった。

誰よりも強く、誰にも負ける事の無い最強の男。向こうの兄貴には無い、その強さに俺は憧れた。


 そんな男を―――俺は、殺した。



「なあ、ミナ……」

「何、レン?」

「俺、さ……引き金を引くの、怖くなっちまったよ」



 手に持った背信者アポステイトへと視線を向ける。

あの日手に入れた、邪神すら倒す事のできる強力な兵装。

そして、憧れた人をこの手で撃ち殺した武器だ。

向こうの世界では考えられないほど小さな反動で、この武器は大切な人の命を奪っていった。

その軽さが、怖い。



「スナイパー失格だな、こりゃ」

「ううん……違うよ、レン」



 ミナの小さな手が、俺の手に重ねられる。

思わず震えそうになったが、ミナはそれを押さえ込むかのようにそっと俺の手を握った。

そして、小さく声を上げる。



「レンは、ちゃんと命の重さを考えてる……だから、引き金を引くのが怖くなった。

だからこそ、大切な人を護る為だったら、ちゃんと引き金を引ける」

「……!」



 小さな声が、心に沁みる。

ミナは俺の手を包んだまま持ち上げると、あの時のように二人で銃を構えた。

小さな声が、続く。



「もし、銃口の先に敵がいて……倒さなきゃ、誰かがやられちゃうかもしれない時」

「―――」



 想像する。

銃口の先にいる敵が、俺の仲間に武器を振り上げていたら―――



「……あ」

「ほら、だいじょうぶ」



 俺の人差し指は、想像した敵へと向かってあっさりと引き金を絞っていた。

まだマガジンの魔力チャージはしていないので、弾丸が出てくる事は無いが―――イメージした敵は、俺の銃弾に倒れる。

そして、イメージした仲間も護る事ができた。

思わず、小さな笑みを浮かべる。



「引き金の重さなんて、しっかり理解したつもりだったんだけどな……まだまだ、未熟だったって事か」

「だいじょうぶ……レンは、ちゃんと考えてるよ」

「そうだと、いいな」



 ミナの言葉はただの慰めではなく、心の底からの本心なのだろう。

だからこそ、その言葉に救われる。俺は、本当にこの子を手放したくない。

だから―――



「ミナ、俺は決めたよ」

「……何を?」

「ずっと、この世界にいるって事を。ずっとミナを護っていくって事……決めたんだ。

もう、元の世界になんか帰れなくても構わないって」

「―――!」



 その俺の言葉に、ミナは驚いたように俺へと視線を向ける。

そして、その考えが俺の心の底からの物である事を読み取ったのか、その顔に嬉しそうな笑みを浮かべた。

出会った頃よりも随分と表情を見せてくれるようになったな、ミナ。



「……でも、いいの?」

「ああ、構わない。俺にとって価値のある物は、全部こっちの世界にあるんだから」

「……ありがとう、レン。ごめんなさい」

「ごめんなさいは要らないって」



 思わず、苦笑する。

今の『ごめんなさい』は、俺をこちらの世界に繋ぎ止めてしまってごめんなさい、という事だろう。

でも、これは俺自身が決めた事だ。後悔は無いし、これからもしたりはしない。

……エルロードに出会っても、『俺を向こうの世界に帰せ』という言葉が出てこなかった時点で、俺の思いは決まっていたのだろう。

俺はとっくに、ミナから離れられなくなっていたんだ。

それほどまでに、この子が大切になっていた。



「それに……兄貴にも、任されちまったしな」

「……ん」



 後は任せたと、兄貴はそう言っていた。

兄貴は沢山のものを背負っていた……邪神の事、俺達の事、公爵の事、ミナの事、国の事―――兄貴がいなくなったら、大きく欠けてしまうものばかりだ。

兄貴が抜けた穴を、開けたままにしておく訳にはいかない。

俺が、何とかしなくては。俺が―――



「―――何やってんのよ、アンタ達」

「ん、フリズ?」



 突如として響いた声に、その方向へと視線を向ける。

そこには、ノーラと共に立っているフリズの姿があった。

あっちの方向はあの魔法陣みたいなやつがある所だし……一度実家に帰ってたのか?

と言う事は―――



「カレナさんに会いに行ってたのか?」

「……ええ、そうよ。やっぱり、伝えとかなきゃって思ったし」



 カレナさんは、兄貴の事が好きだった。

それは、三十年前にあった戦いの最中の事だったんだろうし、その想いも昇華されたからこそフリズの父親と結婚したんだろうけど―――それでも、兄貴の死はあの人にとって重いだろう。

いや、兄貴を知る人間にとって、兄貴の死が重くない筈が無い。

兄貴は、あまりにも多くの人間を背負ってきたから。



「大丈夫か?」

「そりゃむしろこっちの台詞よ……まあ、心配してくれたのはありがたく受け取っとくけどさ」



 唇を尖らせながら言うフリズに、俺は小さく苦笑する。

一々律儀な奴だな、本当に。質問に質問で返すな、とか言い出す奴もいるだろ。



「ノーラ、ちょっと先に戻ってて。あたし、この二人とちょっと話してから行くから」

「あはは、フリズならそう言うと思ってた。うん、それじゃあ先に行ってる。お昼はどうしようか?」

「戻ってから手伝うわよ。お昼からは、ちゃんと皆で食べましょ」

「うん、そうだね……それじゃ、また後で」



 ノーラにしてはいやにあっさりとフリズから離れてったな……どうかしたのか?

フリズは手を振ってノーラの事を見送ると、軽い足取りでこっちに歩み寄ってきた。

そのまま俺の隣に、並ぶようにして腰を下ろす。



「ふぅ……何て言うか、まずは―――お疲れ、かしら?」

「遅くないか、それ?」

「言うタイミングが無かったからね」



 言って、フリズは苦笑する。

確かに、この家に戻ってきた時には、皆何も言う事無く自分の部屋に戻っていったからな。

それにしても、『お疲れ』か……全く、本当にその通りだ。

今回は、本当に疲れた。



「……フリズ、だいじょうぶ?」

「ミナ?」

「力、使いすぎてた」

「あー……うん、まあ大丈夫よ」



 ミナの言葉に、フリズは小さく笑いながら頷いた。

あれは凄絶だったな……倒れたのを見て駆け寄った時は、死んじまったんじゃないかと思ったぐらいだ。

血涙流す人間なんて、初めて見た。



「あの時は、あたしが頑張らないといけなかったから……ミナの方こそ、無理させちゃってゴメンね。

魔力切れて、キツかったでしょ?」

「ん……でも、皆を護れた」

「そうね。うん、だから胸を張りましょ。最高の結果ではなかったかもしれないけど……全力は尽くした。

それだけは、胸を張って言える」



 俺達は、確かに全力を尽くした。だからこそ、死の予言を突きつけられていた俺は生還できたのだろうし、邪神も倒す事が出来た。

けれど、それは最善だったのだろうか。俺達は、選択肢次第でもっと良い結果を呼び寄せられたのでは無いだろうか。

そう思ってしまえば、きりが無い。



「でも……きっと、最善を尽くす事が出来ていたとしても、今の俺達には最高の結末を手に入れる事は出来なかっただろうな」

「諦めてんじゃないわよ―――と言いたい所だけど、実際に力不足だったものね。あたし達の力は、まだまだ足りない」



 フリズは、強く拳を握り締める。

それは、その強い意思の表れだった。今回は足りなかったから、望む結果を得られなかった。

だからもっと強くなって、今度こそ望む結果を手に入れよう―――その、不屈の意思。


 こいつは、本当に甘い女だと思う。

人一人の為に必死になって、その生き死にに一喜一憂する。

容易く裏切られ、容易く傷つくだろう。何度も膝を折って、現実の非情さに絶望するだろう。

けれど―――こいつは、絶対にそのまま屈する事は無い。

折れぬ強さではなく、何度負けても立ち上がる、諦めの悪い不屈の心―――それこそが、こいつの強さ。

だからこそ俺は、フリズ・シェールバイトと言う女を尊敬できると思っている。



「んー? 何よ、人の顔見てニヤニヤして。気色悪いわね」

「口悪いな、お前は」



 嘆息する。

まあ、こういう遠慮の無さも、付き合いやすさの要因ではあるんだろうが。

男としても、割と気軽に接する事ができるし。



「まあ、何だ。俺も頑張ろうと思っただけだよ」

「へー、あんたにしては殊勝な心がけね」

「俺だってそれぐらい考えるっつーの。話の腰を折るなよ」

「ゴメンゴメン……それで、何を頑張るって?」



 小さく笑い合い、話を続ける。

俺が俺自身に決めた、その言葉を。



「兄貴がやろうとしていた事、兄貴が護ろうとしていた物……全部、俺が引き受ける」

「え……」

「兄貴が抜けた穴は大きいんだ。そのままにしたら、いつか崩れちまう。だから、俺が―――」



 と、そこで、フリズは唐突に立ち上がった。

突然の行動に驚いてその姿を見上げ―――瞬間、唐突に視界が揺れた。

目の前に広がっているのは、俺の事を睨むフリズの視線。どうやら、胸倉を掴み上げられたらしい。



「―――ねえ、アンタ。そんなに、あたし達は頼りない訳?」

「な……何でそんな話になってるんだよ?」

「確かに、アンタの言う通りよ。ジェイが抜けた穴は本当に大きいわ。誰かが代わりにやらなくちゃいけない事だってあるでしょうよ」



 ぎり、という音が耳に届く。

至近距離だったからだろう。フリズが歯を食いしばる音は、そのまま俺の耳に入っていたのだ。

何だ……何でこんなに怒ってるんだ、コイツは?



「でもね……アンタ一人だけでそれをやろうってのが気に喰わないのよ!」

「何を―――」

「アンタはあいつの何もかもを引き継げるほど強い訳!? 悔しいけど、違うでしょ!?

それなのに、あいつが引き受けてた物全部背負えると思ってるの!?」



 その言葉に、思わず目を見開く。

だから、頑張るって言ったんだろ?

何とかしてやらなきゃいけないんだったら、俺が―――



「兄貴に任された、俺がやらなきゃ―――」

「だから、どうしてアンタ一人でやろうとしてんだって言ってんのよ!」

「―――っ!」



 反論しようとして、二の句が告げられなかった。

どうしてそんな事も考えなかったのか―――いや、決まってる。

俺が、兄貴のようになりたかったから。きっと、ただそれだけの理由だ。

兄貴の持っていたものを、俺のモノにしたかった……無意識に、そんな事を考えていたんだ。

自分でも分かる。そんな事をしようとすれば、容易く押し潰されるって事は。



「あたしはアンタを助けるわよ。無理矢理だろうが何だろうが助ける!

あんたが何勘違いしようが勝手だけどね、それに無理矢理付いて行こうとするのがいるって事を忘れんな!

そういう子が一番近くにいるって事、アンタが忘れてどうすんのよ!」

「あ……!」



 そうか、ミナ―――ミナは、例え俺がどんな道を選ぼうとも、必ず付いて来てくれるだろう。

けれどそれは、ミナに苦難の道を強いると言う事になる。

違うだろ。俺は、そんな事は望まない……望みたくない。


 俺の顔に理解が広がったのを見たのか、フリズはふとその表情を和らげた。

けれど胸倉は離さぬまま、フリズは静かに声を上げる。



「仲間の事、もっと頼りなさいよ、煉。確かにやらなきゃいけない事なんだから、皆は必ず助けてくれる。

あたし達は、そういう仲間でしょ」

「……ああ。仲間、だもんな」



 小さく、笑う。

普段突っかかってくるくせに、結局は仲間思いな奴だ。



「それに―――」

「……ん?」



 何やら、言い辛そうにもごもごと口を動かして、フリズは視線を逸らせる。

思わず首を傾げるが、その頃には覚悟を決めたのか、若干照れたような表情でフリズは声を上げた。



「あたしだって、アンタの事は嫌いじゃない。大切なものを失くしたくないってのは、共感出来る。

だから、何かあったらあたしに言いなさいよ。ちゃんと手伝ってあげるから」

「―――」



 ぽかんと、思わず目を見開く。

フリズの言葉をしばし反芻し―――



「く……くくっ、ははははははははっ!」

「な!? ちょ、ちょっと、何で笑うのよアンタ!?」

「いや、だって……ははっ、お前、本当に馬鹿だなぁ」

「は? アンタ何言って……って、ぎゃあああああああっ!?」



 笑いながら立ち上がれば、身長の低いフリズの頭は俺の胸の辺りに来る。

そのまま抱き締めてやれば、何やら色気の無い悲鳴が飛び出してきた。

それが余計におかしくて、俺は更に笑い声を上げる。



「お前さ、俺の事を分かったように言ってるんだったら、こうなるって事も分かっとけよな。

そーゆー事言われたら、お前の事欲しくなるに決まってるだろ?」

「はぁッ!? な、ななな、何言ってんの!?」

「気に入った物は自分の物にしたい。そして、それを絶対に奪わせない―――それが、俺だ。

さっき、大切なものを失いたくないって言ってただろ? 俺の事を分かってたんじゃないのか?」

「そ、それは、その……!」



 真っ赤になって視線を右往左往させるフリズに、思わず笑みを浮かべる。

前世の分まで含めれば三十年以上生きてるくせに、本当に初心な奴だな、コイツは。



「俺を引っ張って行ってくれるんだろ?」

「うぇ!? え、えと……そ、そりゃ宣言した以上は―――」



 嗚呼、全く。本当にコイツは律儀な奴だ。

そういう所で嘘を吐けなくて、俺みたいな奴すら見捨てられない。

だからこそ、欲しいと思ってしまう。



「くく……自分で墓穴掘ってるぞ、お前」

「むぐ……うっさい、離せバカ!」

「嫌だね、もう離してやらない……なあ、ミナ」



 肩越しにミナの方へと振り向く。

彼女は少しだけ困ったように眉根にしわを寄せていたが、ふと目を瞑ると、そのままふわりと楽しそうに微笑んだ。



「フリズも、わたしと一緒」

「ちょ、ち、ちが……っ!」

「違わなくしてやるって言ってんだよ……もう離してやらないからな、フリズ」

「ぃ―――ッ!?」



 耳元でそう囁いてから、ぱっとその身体を開放する。

瞬間、俺の顔面スレスレを、抉るようなアッパーカットの一撃が掠めていった。

危ない危ない……ちょっとからかい過ぎたか。

顔を真っ赤にして涙目になっているフリズは、プルプルと震える拳を振り上げた。



「し……死ねこのバカァァァァァァアアアッ!!」

「ははははっ! 逃げるぞミナ!」

「うん!」



 叫びながら追いかけてくるフリズを尻目に、ミナの手を引きながら走り出す。


 ……本当は、分かっていたような気がする。

兄貴が俺に求めていたのは、ミナとフリズの事だけだ。

俺があんな事を思ったのは、それだけだったのが何となく悔しかったから、って言うのもあったんだろう。

けれど―――それだけ・・・・なんて言えるほど、軽いものじゃないんだな。



「待てやコラアアアアアアアっ!」

「はははははっ!」

「ふふっ」



 女の子二人背負うんだ、十分な責任がある。

でも、兄貴はもっと沢山のものを背負ってたんだな。

……やっぱり、勝てない。でも、いつかは勝ちたいから。

だから―――やっぱり、全部背負ってやるよ、兄貴。


 俺達全員で……な。











《SIDE:OUT》





















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