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IMMORTAL BLOOD  作者: Allen
ニアクロウ編:新たなる英雄と新たなる戦い
100/196

94:ミーナリア・フォン・フォールハウトの場合

愛したい 愛されたい

許したい 許されたい

救いたい 救われたい


       BGM:『モノクロアクト』 doriko











《SIDE:MINA》











 わたしは、ゆっくりと目を覚ます。

邪神との戦いを終え、ゲートの街へと帰ってきたわたしたち。

でも、全員で帰ってくる事は出来なかった―――分かっていたのに、防げなかった。



「ジェイ……」



 わたしは……ジェイの部屋で、寝ていた。

少しでも、大好きだったあの人の事を思い出したくて。

何も知らなかったわたしと、知ってからも何もできなかったわたし。

彼は何も知らず、ただわたしの事を受け入れてくれていた。

一人で寝るのが寂しくて、この部屋に来ても……ジェイは、わたしの気配に気付いていただろうに、気付かない振りをしてわたしを招き入れてくれた。


 けれど、もういない。

あの人は、帰ってこない。

仰向けに寝転がりながら、右腕で目を覆う。



「ごめんなさい」



 一体、何度繰り返しただろう。

けれど、わたしはそう呟く事しかできない。



「ごめんなさい」



 ジェイへ。

あなたを救う事が出来なくて、ごめんなさい。

あなたの心の内を知っていたのに、それでも差し伸べる言葉を見つけられなくてごめんなさい。



「ごめんなさい」



 アルシェへ。

あなたの愛するジェイを引き止める事が出来なくて、ごめんなさい。

あなたがこの世界へ足を踏み出す勇気をくれた、大切な人を救えなくてごめんなさい。



「ごめんなさい……っ!」



 レンへ。

あなたが尊敬する大切な人を護れなくて、ごめんなさい。

あなたがわたしへ向けてくれるその愛情に、どこまでも甘えてしまってごめんなさい。

謝っても謝っても、湧き上がって来る謝罪の言葉は尽きない。

知っていたはずなのに。世界はこんなにも呪わしく、救いのない場所だと言う事を。


 そうでしょう、エル?



『そうだね。だから僕は世界を恨み、運命を呪った。君もそうだろう、聖母よ』



 ……わたしの持つ《欠片》が、こんな力の無いものでなければ、彼を救う事が出来ただろうか。

そうすれば、もっと多くの人が―――わたしの愛する人たちが、笑顔でいられただろうか。



『意味の無い仮定だね……《読心ゲミュート》以外の力では、君はこんな風に僕と通じ合う事も無かっただろう』



 ああ、だからこそ世界は呪わしい。

今、この瞬間にあの人を救う可能性を、世界は悉く排除してくる。

そんな世界だからこそ、わたし達は回帰リグレッシオンを……そして、超越ユーヴァーメンシュを操る事が出来るのだけれど。


 わたしは、多くを知っている。

けれど、わたしは多くを語れない。

それは、わたしが臆病だから。仲間から向けられる疑念の心が怖いから。



『あまり自分を苛める事は無いだろう。君が語ってしまえば、彼らが至れなくなる可能性が高いのもまた事実だ』



 ―――そうしなければ、わたしたち全員に未来は無い。

この世の理を越えなければ、わたし達はいずれ邪神によって蹂躙される。

その為に、わたしは隠し続けなければならない。

だからこそ……今、わたしを赦せる者はどこにもいない。

免罪の機会は、この世界の果てまで、訪れるかどうかも分からないのだ。



「ごめんなさい」



 ―――たすけて。



「ごめんなさい、レン」



 ―――たすけてよ、レン。


 そうやって、心の声を押し殺す。どこにも出て行かないように押し潰して、鍵をかけて、鎖で繋ぎ止める。


 レンの罪を赦せるのは、わたししかいない。

レンの事をずっと見てきたのは、わたししかいないから。

そしてわたしの罪を赦せるのも、レンしかいない。

レンもまた、わたしの事をずっと見つめ続けてきたから。

でも、今はだめ。まだ、彼は届かない。


 ねえ、エル。



『何かな、聖母よ』



 わたしたちに与えられた猶予は、一体どれだけ?

今度は、誰も失わなくて済むの?



『難しい質問だ。敵が動くまでにどれだけかかるかは、僕にも判断する事は出来ない。

けれど―――聖母よ。僕は、君が失いたくないと思うもの、それらを全て最後には取り戻すつもりだよ?』



 でも、それにはすごく永い時間がかかる。

人間の生では、ジェイの魂が目覚めるまで待つ事は出来ないでしょう。



『だからこそ、僕は人の理を越える道を提示した。君達ならば、例えどれだけの時間がかかろうとも、彼を取り戻すだろう?』



 ……そうだね。その為だったら、わたしたちは理を超えて戦い続けるでしょう。

だからこそ邪神と戦い、それに打ち勝たなくてはならない。

でも―――あの子・・・は、現れるの?



『そうだね。彼女・・も招いてある。君が愛する少年が至るのには必要な要素だ』



 でも、それでは―――!



『安心してくれ、聖母よ。道は用意する。僕は直接手を出す事は出来ないけれど、君達ならば必ず手を届かせる事が出来ると信じている。

だから、案じる事は無い。君は、君の願いを諦めないでくれ』



 ……うん、分かった。あなたも、諦めないで。

運命に屈したら、本当に立ち上がれなくなってしまうから。



『分かっているよ……君と一緒だ。僕も学んだ。諦めずに手を延ばし続ければ、必ず届くのだとね。

だから、共に手に入れよう―――必ず』



 ありがとう、エル。

あなたを覚えていて、よかった。



『僕も、君が覚えていてくれてよかったよ……それでは、また』



 そんな言葉が、頭の中に響いて―――エルの気配は、どこかに去っていった。

目を閉じながら遠ざかるそれを感じつつ、わたしは静かに息を吐き出す。

わたしは……一人ぼっちじゃ、ない。だから、まだ戦える。

だから―――



「今は、少しだけ休ませて」



 時間が経てば、わたしはまた立ち上がれるから。

仲間たちも立ち上がって、それで一緒に戦う事ができるから。

だから、今はただ、ジェイの死を悼ませて。


 皆で立ち上がって戦い抜く―――その為に。





















 吐き出した息が虚空に消える。

あの後もう一眠りしたわたしは、着替えて屋敷の庭に出てきていた。

あのままいつまでもジェイの部屋でうずくまっていた所で、何の意味もないだろう。

皆もきっと、それぞれの意思で立ち上がろうとしている筈。

ジェイの事を忘れた訳じゃない。きっと、今夜も泣きながら眠る事になるだろう。

でも……皆の事も、同じぐらい大切だから。



「ん……?」



 響いてきた音に、首を傾げる。

固い物同士が打ち合わされるような音―――何の音だろう?

周囲に意識を集中させてみれば、この音はどうやらレンたちが朝に訓練をしている場所の辺りから聞こえてきているようだった。

誰かが、訓練をしている? こんな時なのに?



「……」



 でも、わたしはその正体が何となく分かっていた。

そうしたい思いだって、わたしは理解していたから。


 小さく息を吐き出しながら角を曲がる。

その先にいたのは―――



「……レン、マサトも」



 レンは背信者アポステイトの銃身を、そしてマサトは木で出来た長い剣を、互いにぶつけ合っている姿。

マサトは全然本気じゃない。マサトの剣術は、レンでは反応できないから、マサトはその技を使っていない。

でも……レンは。



「―――くしょう、畜生……ッ!」



 泣きそうなぐらいに歪んだ表情を必死に押し殺しながら、その武器を振るっていた。

その顔からわたしの能力を伝わって響いてくるのは、ジェイと過ごしてきた日々の記憶。

無数の情景が、まるでついさっき見た事のように、脳裏に再生されてゆく。



「畜生……」



 例えば、レンがわたしと出逢う前、この世界に来たばかりの時の事。

初めてジェイの事を『兄貴』と呼んで、それを受け入れて貰った時の光景。

ジェイは楽しそうに、そして少しだけ懐かしそうな表情を浮かべていた。



「畜生ッ!」



 例えば、レンがわたしと初めて逢った時の事。

レンがわたしの為に戦ってくれて、そのその後ジェイが駆けつけて来た時の光景。

ジェイは安心したように、そしてわたしの事を案ずるような表情を浮かべていた。



「どうして、どうしてだよ!?」



 例えば、皆でわたしのお母様に会いに行った時の事。

わたしとレンとリル、三人でケイオスドラゴンを倒して、その戦果を報告した時の光景。

ジェイは驚いたように、そして安心したように笑いながら、わたし達の頭を撫でてくれた。



「何で、兄貴が死ななきゃいけないんだよ……ッ!?」



 フリズのお母様に会った時の事、吸血鬼と戦った時の事、フリズのお母様に許して貰った時の事、皆で一緒に住むようになった時の事、迷宮探索から帰って来た時の事、リンディオとリンディーナと会った時の事、邪神と戦う準備をしていた時の事―――そして、最期の朝日の光景。

沢山の記憶が、浮かび上がっては消えてゆく。

わたし達は、そんなに長い間ジェイと一緒にいた訳じゃない……でも、それだけの事があった。それだけの想いを積み重ねてきた。


 だから……この想いは、とても重い。



「ちく、しょぉ……ッ!」



 気付けば、レンもわたしも、堪え切れない涙を流していた。

うずくまるようにして地面を殴りつけながら、レンは怒りの言葉を吐き出す。

怒りの矛先は理不尽なこの世界か、残酷なこの運命か。

そんなレンの事を見下ろしていたマサトが、わたしの方を向く。


 ―――任せていいか?


 その瞳からは、そんな感情が伝わってきた。

その視線に、袖で涙を拭ってからコクリと頷く。

わたしのその仕草に、マサトもまた頷きで返してくれた。

そしてそのまま、踵を返して屋敷の方へと去って行くマサトと入れ替わるように、わたしはレンへと歩み寄った。



「……レン」

「ミナ……ごめん」



 そっと地面に膝を着くと、レンはその涙で濡れた顔を上げた。

悲しげに歪んでいて、けれど無理矢理笑っているような―――そんな顔。



「泣きたかったら、俺の所に来いって言ったのにな……俺も、泣きたいよ」

「わたしも……同じだよ」



 辛いのは、一緒だよ。だから、一人で悲しまないで。

わたしは、そっとレンの頭を抱き締める。

それと共にわたしの中へとレンの悲しみが流れ込んできて―――わたしもまた、拭った筈の涙が流れ出ていた。

互いに顔は見えないけれど、どんな顔をしているのかは分かった。きっと、同じだから。



「……なあ、ミナ」

「なあに、レン?」

「こうなる事……分かってたのか?」



 レンの口調にも心の中にも、責めるような色は無い。

けれど、わたしは視線を伏せた。



「……ジェイの心を、読んだ。そして、黙っていてくれって、言われた」

「……そっか。ミナを一人で戦わせちゃったんだな……ごめん」



 ごめんなさい、レン。

わたしは……嘘吐きだ。嘘吐きの、卑怯者だ。

知っていたのに助けられなかった弱虫で、結局レンを悲しませてしまった。

わたしは……弱い。



「ごめんなさい……レン」

「俺だって同じだよ……皆、同じなんだ」



 違うの、わたしは一番酷い奴なの。

わたしはエルから知らされて、予め分かっていたんだから。悲しむ覚悟だって決める事ができたのだから。

それなのに、こんな風に泣いていて……卑怯なんだよ、わたし。


 けれど、それを伝える事はできない。

伝えてしまったら、レンが辿り着けなくなってしまうかもしれないから。

そうしたら、この運命に打ち勝つ事が出来ないから。

だからわたしは、これから何度もレンを悲しませてしまう……それが、わたしの罪の一つ。



「ごめんなさい……」



 本当は、赦しを請う資格なんてない。

心の内だとしても、『助けて』なんて言っていい筈がない。

けれど、それでもわたしの心は悲鳴を上げる。

気付いて、気付いて……そんな風に。



「……なあ、ミナ。俺、頑張るよ」

「レン……?」



 レンの声色が、変わる。

触れた指先から伝わる心は―――静かな、決意。


 ―――俺が、兄貴の代わりになる。



「―――ッ!」

「頑張るからさ、見ていてくれ」



 違う、違うの! ジェイが任せるって言ったのは、そういう事じゃないんだよ、レン。

でも、わたしは声を上げられない。レンを否定してしまうのが、恐い。

レンが見捨てるはずがないって分かっているのに、どうしても心が締め付けられる。


 わたしは、レンの全てを知っている―――レンが何をしてきたかも、分かっている。

その時に何を考えていたのかだって、わたしは分かる……だからわたしは、レンの罪を許せる。

傲慢だとは、分かっているけれど。

でも、わたしはレンを否定する事が出来ない。それだけが、どうしても恐い。

レンが道を間違えようとしていても、それを正す事ができない―――それが、わたしのもう一つの罪。



「ごめんなさい、レン……っ」

「ミナ……?」



 本当にレンに必要なのは、わたしじゃない。

レンを正しい方向に導いてあげられるのは、わたしじゃない。


 だから……お願い、フリズ。どうか、気付いてあげて。レンを、救って―――











《SIDE:OUT》





















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