青い春に残したモノ
過去と未来、そして今。例えば過去の喪失は、今にとっては思い出となる。例えば明日は今日になり、例えば来月も去年となる。
いつか未来は今となり、過去はいつかは過去になる。
高校一年の春、そこそこの高校に進学した自分は、中々部活動が決められず、結局帰宅部で帰る羽目になった。中学のあの時、バスケ部全国優勝した最高の時間に、情熱を全て置いていったのかもしれない。
入ってからの一ヶ月は、あまり勉強について行けず、いつの間にか周りのグループに入れずボッチ生活になった。
「……暇もいいか、別に」
この時の自分は、拗ねていたのだろう。教室の端っこで静かに弁当を食べ、誰にも話しかけられず帰る。
中学の時は、何やかんや誰かしらグループに入れてくれた。少しでも協調性があれば、相性が合えば誰かしらとは仲良くなれた。そんなかなりのぬるま湯に浸かっていたとは気づかず、友達なんて簡単に出来ると思っていた。
屋上で飯を食う訳でもなく、誰か騒ぎを起こす転校生がやってくるのでもなく、はたまたトラックに轢かれて異世界転生する事もない。
そんな当たり前で、平穏で、そして退屈な日々が自分を待っていた。三年間、ただ1人で静かに生きていく。そんな人生も悪くはないと思ってた。
ただ、彼女と出会うまでは。
「何やってるの、丹羅くん」
そう、自分は金児丹羅と言う名前だった。親にどうしてこんな名前を名付けたのか、ずっと聞けてない。野菜になるのは偶然か必然か……分からん。
ああ、今話しかけて来たのが橘七奈さん。幼馴染というには違うけど、家が近いから名前と姿は知ってる。
「た、ダディャーナザァーン‼︎」
「何やってんの。というか、七奈で良いって」
勝手に授業中に屋上で黄昏るのが日頃の楽しみだと言ったら、絶対理解してくれなさそう。というか、まだ授業中である事には変わりないが、なんで七奈さんはいるんだろう。
「いやそんな黙らなくてサボりだって分かるから。一応連れ戻しに来たけど、来る?」
「行かない」
「りょーかい。これ、熱中症にならない様に」
エナジードリンクを受け取った。これ、七奈さん絶対どんな商品か分かってないでしょ。ただ飲んだら力が出る魔法の飲み物だと思ってるでしょ。
「じゃあ、気が向いたら帰って来て。あんまり人の事をとやかく言いたくないしさ」
「帰りませんよ〜だ」
帰りたくもない。好きな貴方がいる教室なんて、全く集中出来ないんだから。視界内に入る限り見つめてしまうのなら、ここで黄昏る方がマシだ。
結局、そうやって今日もサボって先生に怒られた。
「せめて少しくらい頑張らないと」
出席日数が足りなかったから留年とか、流石にそんな馬鹿な事はしたくない。危なくなって来たから、最近は授業には出てる。
全然七奈さんのせいで、集中出来ないけど。
やっぱり1人で音楽聴きながら勉強するのが1番だ。授業に集中出来なくても、それだけである程度挽回出来ている気がする。
「けど、やっぱり七奈さんには勝てないや」
自分が七奈さんを好きになった理由、それは初めて会った時に凛として――綺麗と思ったからだ。
ざっくり大体の事をまとめて言うと、一目惚れだ。
彼女はかなり真面目な気質だけど、その真面目さを振り回さない。どちらかと言うと優しいから、どんな人でも面倒を見てくれる。サボっているが彼女がちょくちょく心配して見に来てくれるから、彼女から離れられず本末転倒だった。
彼女の事はどれだけ言っても表しきれない、唯一無二の存在だ。
「今は高校二年生の十月、来年は修学旅行とか大きいイベントはあるけど告白する勇気も友達になる勇気すらない。俺、この恋心どこに飛ばせば良いんだ」
「よーっす、お前何か悩みでもあるのか〜?」
こいつの名前は内野界亮っていういわゆる陽キャだ。珍しく俺を気にかけてくれるから、あまり悪い気はしない。存外こいつを気に入ってるのは、善意も悪意もないただ明るいだけだからだろう。
だが、あいつは自分の事よくそこまで話せるなと思うレベルで話すが、俺はあまり喋らない。
「あるにはあるが、お前に相談する事自体が勿体無い。あんまこっちの事情に勘ぐってくるな」
「そ、そうかよ」
「なんかショック受けてる反応すんじゃねぇ‼︎」
界亮はボケ役。俺はツッコミ役として、何となく他から見られている。サボっていても、こいつがいるおかげで俺の評価はあまり落ちていない。
「明日とかに遊ぼうぜ‼︎」
「行かん」
「ダニィ⁉︎」
まあこんなのも、俺の日常だ。
季節は流れ、修学旅行の話が徐々に始まっていく季節。自分達の学校は、噂通り大阪に行くらしい。自由行動も多いらしいから、班決めはかなり重要なのだが……言わなくても分かるだろう。俺は、ボッチだ。
「誰もいない、必然と定めと運命と……まあ、知ってたとしか言いようがない」
「よーっす、余りなら俺達の班入りなよ。皆んな快くOKしてくれたぜーす?」
界亮のグループは、なんか俺でも知ってるカップルと、界亮の友達であろう少しの男子。それと……七奈さんがいた。俺自身も内心かなり驚いた。
界亮を近くに呼び寄せ、コソコソ話をした。
「何で七奈さんがいるんだ? あんた接点ないだろ」
「お前と同じ余り組だよ。話しかけやすい高嶺の花はすぐ仲間内に入るけど、ああいうあまり話さないタイプの高嶺の花は誘いづらいんだよ。女子グループも人数が完全に終わってるみたいだしよ」
「な〜るほど、そんくらいじゃないと誘えんか」
「なんか言ったか」
「何も」
その後何やかんや打ち合わせなどで七奈さんと話す回数は増えたんだが……そこそこ人数がいる場、簡単に距離が縮まる訳ない。少し同じ班で舞い上がってしまった俺が馬鹿みたいだ。
「一目惚れ、辛いものやぞ、死ぬほどな」
「知るかボケ、勇気でないの、分かるがさ」
何やかんやあって修学旅行前日、何もイベントなくて辛い。このイベントが終われば完全に受験シーズンで遊べなくなるだろうし、いやまだ特に何も考えてない俺がまずいのだが。
悩みに悩んで一周回った結果、界亮に電話をかけてる。恋心と修学旅行のワクワク感と将来への不安がぐるぐるしてもう思考が追いつかん。こういうのは、あまり友達に相談するものじゃない気がする。
「にしてもさ、だろうと思うが、七奈のこと、好きなんだなと、今更だが」
「何となく察してはいた……よな、お前察しがいいし」
「あ、もういいのな……せ〜い解、まああんなモロバレな反応すれば誰でも分かるわ。せいぜい頑張れ」
突然の上から目線。まあ、そういうのもあいつらしいっちゃらしいが。
返信を考えながら部屋のベッドに飛びつき、七奈の事を思い出す。恥ずかしすぎて、ベッドに包まる。もう準備は終わってるが、不安が駆け巡って寝れん。
「お〜い、何か対策案とかないんか」
「そう言うのは自分でやれ。実際相手が見てくれるのは、大体お前自身の頑張りだ。勇気を出すのも、出さないのも、何をどうするか、それを決めるのはお前自身だ。俺が手伝うもんじゃない」
「……良い言葉を言うな、珍しく」
「珍しくは余計だ余計。まあ、とにかくあんま手伝わないからな。お前の判断で、お前の道を切り開け」
「……りょーかい、じゃ俺はとっとと寝るわ」
「おま、解決したらはっや‼︎ 俺にも何かしら相談されてくれよ‼︎」
お前話終わったらすぐ寝るだろ、分かってんだよそんくらい。行事は楽しみすぎて逆にすぐ寝る派なの知っているからな俺。
まあ、何も解決はしていない。でも、やれるだけやってみようか。
「ま、ありがとな」
「お前から珍しく、め・ず・ら・し・くお礼をしてくれたからチャラにしてやるよ」
「珍しくを強調するな珍しくを……じゃ、また明日」
「また明日〜」
修学旅行当日、班で色々と回ったが、何やかんやあんまり七奈さんと話は出来てない。まあ良かった点は、班のグループの仲が深まって気まずい状況じゃない所。
そこだけは素直に評価できるな。あいつやそのグループの仲良さもあっただろうが、いい班だ。
けど自分は、ずっとモヤモヤを抱えていた。
兎にも角にも勇気だけが足りない。告白するタイミングもないのに……楽しいは楽しい旅だけど、それだけが頭でモヤモヤを作ってる。
ただ、そうやっていじいじしていた自分に、忘れられないあの時間が来るとは、その時は思ってはなかった。
「どうかした? さっきから重い顔みたいだけど」
七奈さんに、話しかけられ、驚愕す。
「ああ、大丈夫大丈夫。宇宙の真理とつちのこが実在してるかどうかを考えてただけだから」
はっきり言おう、無理があると。分かっていたはずなのに、テンパってしまった。
「ふふっ、面白いね」
何故か知らないが、間一髪難を逃れた。これはダメだ。不意打ち七奈さんを決められると、どうしても思考が停止してしまう。多分、永遠に慣れる事は無いと思う。
けどそのまま気がつけば、もう無理なんじゃないかと思う時間になって来た。もう後は夕方の夕飯は自由だが、それでもう基本七奈さんとは離れてしまう。
絶体絶命、崖っぷち、どんな言葉を使っても足りない。
「は〜食った食った」
「美味しかったね〜けど時間余っちゃった」
――どうしてこうなった。
特にイベントもなく、夕食は早めに終わり、早めに合流しようと言うところだ。もう恐らくイベントというイベントは無いだろう。
つまり……終わりだ、俺の青春、俺の初恋、後諸々。
「ねえ、あそこの自販機で何か買って行っていい?」
「お、じゃあ俺も何か欲しいし行くか。待っとって」
七奈さんと一緒に、店と店の間にあった自販機で、飲み物を買う。ぬるい水を美味しそうに飲む七奈さんは、自分の心臓の鼓動を早まらせた。
こうして2人でいられるのも、ワンチャンここで最後かもしれない。ゆったりと、ゆっくりと青春が終わる音がする。どんな音? そんなの、物悲しい音色に決まってるでしょ。
これで、全て終わる。
「そろそろ、戻りましょうか」
「ちょっと待って……一緒に、少しの時間だけ、悪い子にならない?」
――人生の分岐点。
今、この時間が、多分だけど自分にとって、この結末がそうだったのだと確信した。戻るも行くもどちらも変わらずJoker、俺は迷う事なく選んだ。
「夕陽が綺麗だね……私と一緒に悪い子になってくれてありがとう、丹羅くん」
「まあ、そっちが構わないなら俺はいい」
川沿いを歩きながら、夕陽を浴びる。微かに微笑んでいる彼女は、何を思っていたのだろう。寂しいのか、苦しいのか、はたまた嬉しいのか。
色んな記憶がフラッシュバックする。彼女に一目惚れした時、何やかんや面倒見てくれた時。話しかけてくれた時、優しくしてくれた時、様々な光景もこの天使のような笑顔に更新されていく。
ずっとずっと、後悔していた。恋心を果たす果たさないの前に、一回、しっかりと過去にケリをつける為に……その為にここまで来たんだから。
ずっと無言で歩いてたのに、突然ふと何か思い出したかのように、彼女は振り向いた。
「やっぱり、何かあったの?」
「俺は、ずっと感謝したかった。昔、自殺しようとした俺を助けてくれた。あの時の事を貴方は覚えていないみたいだったけど、それでもいつか俺は言いたかった」
彼女は、ハッとした顔をしてた。優しい笑みを浮かべながら、僕をじっと見つめていた。
「そっか……懐かしいね、誰からも愛されない、愛したくも無いと思っていた……だっけ? 笑えない話だよ」
懐かしい。誰も自分を愛さず、むしろ憎悪の眼を向けて来る。僕は母の浮気相手の子だったよう。母とその浮気相手はそのまま心中。僕を引き取った父も僕は邪魔な存在だったみたいで、生きてるような気がしなかった。
最終的に、自分は自殺を図った。ビルの屋上に忍び込んで、上から落ちようとした。あまり人もいないし、巻き込まれる心配もない。そう思ってた。
「これで、ようやく終われる」
ゆっくりと目を閉じて、死へと進もうとした。けど、突然引き止められた。
「ダメだよ、そんな事をしたら。死ぬほどって事は、君を大切にしてくれない人が沢山いるのかもしれない。けど、せめて私が君を必要としてあげる」
ずっと言いたかった。言わなきゃならないと思ってた。彼女が必要としてくれたから、自分はここまで生きてこられた。彼女が優しいから、せめてでも絶望せずにいれた。
「ありがとう。貴方が救ってくれたおかげで、ここまでいられた。頑張ってこれた」
「まああの時は他人だったけど、今は友達だし……これからも、ずっと必要としてあげる」
友達かぁ、何やかんや嬉しかった。ずっと告白しようと思ってた、まさか助けて貰った時に一目惚れしたとは思わないだろうけど。彼女が、友達と認めてくれる。それだけで十分だ。
それに何よりも、その時の彼女は――
とても綺麗だったから。
「お〜い、どこだ〜」
界亮の声が聞こえる。言い訳を考えながら、僕は彼女と声の聞こえる方向へと向かった。悪い子になる時間は、終わったのだった。
その後言い訳して何とか許して貰ったが、界亮はその状態で告白しなかった事にずっと驚愕してた。自分はこれで十分だけど、そりゃ告白の相談しといて結局告らんかったのは変だなそりゃあと思う。
人生の分岐点。行くか、感謝をしっかり言うか、告白するか、どう分岐していくかは分からないけど、これで良かったのだと信じる他ない。
予想通りそのまま修学旅行も終わり、受験シーズンで忙しくなった。友達と認めてくれたのもあり、メールで会話は発生したもののそのままイベント無しで卒業。彼女が映る卒業写真は大切なものとなった。
そのまま大学、社会人となり、あの頃の関係も薄れて来た。何やかんや界亮と偶に遊んだりするとは、あの頃は思いもしなかっただろう。
彼女との写真と会話したメールは大切な青春の1ページで、それを見たらすぐ思い出す。青春というには色々とありすぎだったけど、あの彼女との時間は間違いなく青春だった。
「会社のパーティーか、まあそう大した事は起きないだろうし気軽に行くか」
人生の分岐点はいつやって来るか分からない。いつ、どこで、どうなるか。大きなものは人生でそう多くないが、些細な事なら幾らでもある。
俺は、選んできた道をどうなっても誇らしく生きていきたい。過去にこうしていれば、は過去の話だ。未来を考えても、何も始まらない。現在の決断を、未来の現在に誇れるようにしたい。
あの青春が残したモノは、きっと今に繋がってると信じて生きたい。
「あのすみません、もしかして丹羅君ですか?」
聞き馴染んだ声、一目で綺麗と思う懐かしい容姿、時間が経っても、変わらないものがある。過去の記憶が、現在のようにフラッシュバックする。
青春に置いてきた恋心が、還ってきた気がする。
再び、人生の分岐点が始まる予感がした。
読んでくださりありがとうございました。




