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僕が義家族の一員になるまで〜ときどきまゆげ〜  作者: 雨宮倫


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結婚のあいさつに行こう

彼女の家族と仲良くなりたい。

お義父さんとお酒を飲んだり、ゴルフに行ったり、

お義母さんから料理のコツを教わったり——

そんな“理想の家族像”を夢見て、僕は今日、彼女の実家へ向かう。


第一印象がすべて。

ネクタイを締め直し、深呼吸をして、いざ出陣。


……ただし、この時の僕はまだ知らなかったのです。

未知の強敵が待ち受けていることを


「1280円です。」

 よかった。財布に大量にあった小銭を消費することに成功した侑一郎は安堵とともに高揚感に包まれた。この前彼女と行ったクレーンゲームショップで1000円を両替するのに、100円を10枚ではなく、100円を9枚と10円を10枚の両替機を使用してしまった。なぜこんな設定の両替機が必要なのか甚だ疑問である。何度か両替設定のトラップをかいくぐり、つまり数千円かけて無事お目当ての景品をゲットできた。

 


 クリーニングされたスーツを受け取り、帰路につく。クリーニング屋から自宅までは徒歩3分だ。来週はこのスーツに身を包み、彼女のご両親に結婚のあいさつに行くことになってる。自宅につくまでの間、手土産は何にしようかと考える。まずは彼女の意見を聞かねば。明日は二人とも仕事が休みなので、デパートに買いに行こうと誘うことにしよう。



 玄関を開けると彼女の靴があった。「ただいま。」と声をかけると、リビングから「おかえり~。」と声がする。受け取ったスーツは自室のハンガーラックにかけ、鞄や上着を定位置に収納し、リビングに向かう。



 「今日は早かったね、まあ華金だしね。私も早めに切り上げてきたの。」

 すでに部屋着姿の彼女柚子は、見ていたYouTube動画を止めながら言う。二人とも夕飯は食べていなかったため、カレーを出前することにした。大体金曜日の夜は休みを前に彼女のテンションが上がっているため、外食か出前が多い。




 僕と彼女の出会いは3年前だ。当時独り身だった僕は、休みの日は1日中家で過ごすという生活を送っていた。その日々があまりに自堕落で無為であることを危惧し、久々に映画に行くことにした。特に観たいものはなかったため、ミーハー心で人気のあったアクション映画を観ることにした。



 3年前にシーズン1が上映されていたみたいだが、こういう人気作品はシーズン1を見ていなくても楽しめるようになっているはずだという謎の自信があり、シーズン1を観ていないにもかかわらず、シーズン2のチケットを購入した。これが失敗だった。登場人物が説明もなく、さっきまで水火の争いをしていた主人公と敵が手を組み、ラスボスと戦う。シーズン1より成長している主人公の姿、ラスボスは昔の相棒だったという衝撃のラストを描いた作品だった。というざっくりしたあらずじでも十分な情報しか得ることできなかった。何の感情移入もしないキャラクターたちであり、見分けもつかないのだから当然である。



 結構人がいるなぁなんて集中を欠いていた時に、隣に一人の女性が座っていることに気付いた。彼女もスクリーンを凝視するわけでもなく、周りに人を観察しているように思えた。彼女を無意識に見ていた時、急にこちらを向いたものだから、ばっちり目が合ってしまった。にこっと微笑んだ姿に胸を打たれたのは、可愛かったというより、この映画館で内容についていけない孤独を分かち合えた気がしたからだろう。会場を出る際に彼女に声をかけたのは、最後まで映画に集中できなかった証拠に過ぎない。ちなみに彼女もシーズン1を観ていなかった。



 そんな出会いにより付き合いことになり、1年の同棲生活を経て婚約を交わした。来週はいよいよ彼女の実家へ結婚のあいさつに行く。同棲するときにお義母さんとは電話であいさつはしたものの、直接会うのは初めてである。

 手土産のフルーツゼリーを片手に片道4時間の彼女の家に向かう。緊張とやっとご対面できるという高揚感に包まれてながらアクセルを踏んだ。




 大きな日本家屋である。彼女は田舎だから土地余ってたんじゃない?というが、それを抜きにしても立派な家だった。確かおじいちゃんが大工でうちの家も作ったんじゃなかったかなぁなんて言い出すので、1室18坪マンション族だった僕は、広い家に住めることがどれだけ幸せなことかかみしめないといけないよ、おじいさんにも感謝しなさいと心の中で説いた。正直、ここで彼女の機嫌を損なうことは避けたい。なにより今は彼女のほうが力を持っている状況にあるのだ。



 普段の我々の力関係は均等と言っていいが、今は違う。彼女の実家にいるのだ。いつ僕の弱点を自分の親に言い出すか分かったもんじゃない。ここは慎重にかつ下手に出るほかない。



 ご立派な家だね、僕たちもこんな大きな家を建てたいねと僕は彼女に微笑みながら返事をした。彼女は、え~田舎はもう住みたくないから普通にいやだし、もっと侑一郎が稼がなきゃむりだ~。と言うので、こいつは今の自分が置かれている優位な状況を愉しんでいるのかと思ったが、普段の彼女でもこのような返事をすることを思い出し、言葉を飲んだ。



 ピンポーンと子供のころによく聞いた音が聞こえる。玄関の前に立つ僕は緊張7割、自信3割といったところだ。もちろんあいさつのシミュレーションは嫌というほどお風呂で反復した。その努力が自信に繋がっていたし、なによりそれなりに大手の食品メーカーの営業をしている。6年目に差しかかった営業職も成績は上から数えたほうが早いのだ。営業職という対話メインの職種に就きながら、あいさつの練習は欠かさない謙虚さも今日の自信に繋がっている。



 はーいと声が聞こえ、玄関が開いた。きれいに身なりが整えられており、皺はあるものの、年の割には綺麗に見える。なにより目元が彼女とそっくりだ。



 「初めまして、木下侑一郎と申します。婚約のごあいさつにお伺いしました。」とはきはき話したつもりだが、実際のところは自分ではわからない。遠くからご足労お疲れ様、と労いの言葉が聞こえたため、伝わった安堵感に包まれていた。訂正する、緊張9.9割、自信0.1割であった。



 居間に案内された時の僕は、心臓の音が聞こえるのではないかと思いほど緊張に包まれていた。彼女とお義母さんが話しながら玄関から居間までの道はさながらあのアクション映画の主人公が絶体絶命のピンチに陥った戦闘シーンに似ていると思った。



 今の扉が開かれるとこれまた広い。20畳くらいあるリビングにキッチンが見える。日本家屋なのにリビングやキッチンと表現していいものかと冷静な自分が自問自答する。



 「こんにちは、初めまして、木下侑一郎と申します。婚約のごあいさつにお伺いしました。」居間のローテーブルに座ったお義父さんと前にあいさつする。こんにちはと初めましてを並列していいのかとここでも無駄な疑問が湧く。「初めまして、いらっしゃい。」と返事したお義父さんは目が合わない。



 ローテーブルに彼女とのご両親と対面する形で座り、つまらなものですがと手土産のフルーツゼリー渡す。まあ!おいしそう!あとでみんなで食べましょうとお義母さんがいうので、ゼリーが冷えるまでの時間をここで過ごすことが確定した。彼女のアドバイスを鵜呑みにせず、焼き菓子にしておけばよかったと後悔した。なぜなら、少し空気が重いからだ。というか彼女と両親は話しているものの、僕にその機会が回ってこない。婚約の旨を伝えて、ふさわしい男であるかを吟味してもらいに来たはずなのに僕に会話を振られることがない。



 5分、いや10分ほどしてようやくお義母さんが侑一郎さんはお仕事忙しい?と聞いてきた。やっときた。はい、でもやりがいのある仕事で毎日楽しくやらせてもらってます。とテンプレートかの如く返事をした。そうですか、それはよかった。忙しいとお休みもすくないんじゃないの。柚子は家で一人のとき何をしているの?あ、思い出したわ。柚、この前一緒に買い物行ったときに買った服なんだけど、家で着るとなんだか似合ってないような気がしたの。柚もらってくれない?え~あのリボンがついたブラウスでしょ?私の趣味じゃないからやだ~。え~じゃあ桃にあげようかな。いいじゃんお姉ちゃんなら着てくれるよ。てか、この前のSOTAのライブ観た?イケメンが加速しすぎてやばかった。ほんとそれ、神だったわ。てか神で思い出したんだけど、この前私の上司がさ~、、、なんて続けるものだから完全に僕は置いてけぼりをくらっていた。なんなら父も会話に入ろうと試みているものの、タイミングが分からないようだ。僕より彼女たちといる時間が長いのに会話に入れないのだから、僕がここで割って入るなんて先輩を立てていないことになるのではと心配になった。結局お義父さんは私の上司みたいにならないでよねなんて娘から釘を刺されて、ならないよとぎこちない笑顔を作っていた。



 女系家族の会話のテンポに圧倒されながら、ついに彼女からキラーパスが飛んでくる。

「ほら、あのよくある、娘さんを僕にください的なやつ言いなよ~。」と隣に座っている僕の脇腹を肘でつつくような動きをした。



 こんな雑な振りがあるか!と思ったものの、孤独で押しつぶされそうになった僕にとっては救いのような言葉だった。まるで神。



 「柚子さんをください。僕と一緒になれば必ず幸せになります!なんたって僕ですから!」ここで0.1割の自信が飛び出してきた。完全にミスった。娘さんを僕にください的なやつに引っ張られてしまった。まるでモラハラ男、男尊女卑、時代錯誤の男と受け取られても仕方がない。沈黙の後、お義母さんは笑ってくれたものの、お義父さんとは相変わらず目が合わない。点数をつけるなら35点か。もちろん100点満点中である。


 



ここまで読んでくださり、ありがとうございます。


繊細で細かいところが気になる侑一郎と、ざっくり大雑把な柚子とその家族の物語です。

無事(?)に結婚のあいさつを終えたものの、

侑一郎が義家族の一員になるまでの道のりは、まだまだのようです。


次回は、柚子の実家にて失敗した侑一郎が癒しと出会う物語です。

情けなく、そして少しだけ成長する侑一郎を書いていければいいなと思います。


どこかで聞いたことがある、または体験したことがあるような共感できる物語になればいいなと思っていますので、続編も読んでいただけると嬉しいです。

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