その日、僕は悪に負けた
僕の姉は殺された。
口に出すのも憚れるような殺され方だった。
仇を取ると決めた。
正当な手段で。
正義の証明のために。
僕は弱かった。
とても弱かった。
だからこそ、この光景に辿り着くまでに時間がかかった。
数十年も。
それでも尚、僕は挫けなかった。
故に今、僕は確かな証拠と正義を纏い犯人に告げた。
「罪を認めろ」
犯人は実にあっさりと認めた。
「悪かったな。これでいいか?」
紙の塊を無造作に投げ捨てながら。
それが金だと気づくのに時間が必要な程の量をあっさりと。
この時になり僕は人間の世界が如何に悪に寛容な造りとなっているかを理解した。
理解してしまった。
時と金はそれほどまでに分かりやすく残酷だった。
僕が捧げてきた数十年の値段。
犯人が誠意として表すのに十分な値段。
いや。
もっと端的に言えば罪を許してもらえる値段はあまりにも大きくて目が眩んだ。
悪とは償えるならば振るって良いものなのだ。
僕は今更になってそれに気が付いた。
*
その日、僕は悪に屈した。
けれど、僕には誠意を示すだけの金はない。
いや、罪を許してもらえるほどの金を持っていない。
僕は悪の報いを受ける。
いや、償いを続ける。
それが僕に出来る唯一のことだから。
「償っちゃえばいいんだな。罪なんて」
独房の中で呟いた言葉は数十年纏い続けていた正義よりもよっぽど心地良く僕を包んでくれた。




