【にんげんっていいな】
――あの歌を、最後に聞いたのはいつだったろう。
仕事帰りの大森駅。
夜風がやけに冷たくて、スーツの襟を立てながら歩いていた。
商店街のネオンは、どこか眠たげに瞬いている。
ビニール袋の中では、買ったばかりのコンビニ弁当が小さく揺れていた。
からあげ弁当、缶チューハイ、レンチンの味噌汁。
どれも「温もりの代用品」みたいなものだ。
ふと、風に混じって流れてきた。
――「いいな いいな にんげんっていいな」
商店街の古びたスピーカーから。
一瞬、空気が止まった。
(え、なんでこの歌……?)
足が止まり、胸の奥がざわついて、息を吸うのも忘れた。
それは、夕焼けの道で母と手をつないでいた、あの頃の“帰り道の匂い”だった。
どこかの家のカレーの匂い。お風呂の湯気。
近くの公園では、子どもたちがまだ鬼ごっこをしていて、遠くの家からはアニメの主題歌が漏れてくる。
商店街の端っこで、魚屋の兄ちゃんが「今日はサンマが安いよー」と声を張り、夕方のざわめきが、全部ひとつの世界の音だった。
家に帰れば、お菓子とゲーム。兄弟げんかも、すぐ笑いに変わった。
母親は台所でエプロンの袖をまくり、父は仕事帰りにビールを開ける。
ちゃぶ台の上には、湯気の立つ味噌汁と、焦げ目のついた焼き魚。
みんなで食卓を囲み、笑い声が重なって、テレビの音すら聞こえなくなる。
――世界が、あんなにやさしかった時代が、本当にあった。
アパートに着いて、玄関を開ける。
薄暗い部屋の空気が、ひんやりと迎えてくれる。
スイッチを入れると、蛍光灯が「ジッ」と音を立てて点いた。
テーブルの上に弁当を置き、ビニールを破る。
温めたごはんの湯気が、ほんの少しだけ昔を連れてくる。
味噌汁の匂いに、なぜか若い頃の両親と、小さかった兄弟の顔が浮かんだ。
食べながら、ふと小さくつぶやく。
「……ただいま」
誰もいない部屋に声を落としてみる。
返事はもちろん、返ってこない。
缶チューハイを手に取り、無言で開ける。
プシュッ、と小さな音が静まり返った部屋に響く。
冷たい金属の感触が手に伝わるたび、あの頃の温もりが、本当に遠くなったことを思い出させた。
しばらくしてテレビをつけると、ニュースでアナウンサーが淡々と話している。
また暗い、政治と経済のニュースばかり。
しかし、番組の合間に流れるCMに、ふと耳が止まった。
――偶然にも、またあの曲だった。
「いいな いいな にんげんっていいな」
昔の自分が、母親と手をつないで歩く姿が、ぼんやり浮かんだ。
夕焼けの坂道。
木々の影が長く伸び、道端には風に揺れる落ち葉。
あの小さな手の中に、たしかに世界があった。
誰もが誰かの帰りを待っていた。
そんな単純で、やさしい時間が、たしかに存在した。
風が窓を叩き、夜がさらに深まる。
だからこそ、こう考えてみる。
この街にも、まだあの頃の歌が流れる場所がある。
それだけで、なんだか救われた気がした。
――あの日の帰り道はもうない。
けれど、あの歌を聞くたびに、俺は心の中で帰っている。
“ただいま”って言える場所へ。
そして、まだそう思えるということは、たぶん俺の根っこは、あの頃と何も変わっていないのかもしれない。
缶を手に、ベランダに出て夜空を見上げる。
遠くの家から、小さな笑い声が聞こえた気がした。
街灯のオレンジが、ぼんやりと道を照らし、夜風が頬をそっとなでる。
そして、ほんの少しだけ、あの頃の匂いや声が胸の奥に戻ってくる。
母の台所の香り、兄弟のふざけあう声、夕焼けの坂道の風の冷たさ。
それだけで、もう十分だと思えた。
――今日も、無事に“ただいま”と言えたのだから。
小さく、声に出してつぶやく。
「にんげんって、いいな」




