表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
<R15>15歳未満の方は移動してください。
この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

白い太陽

作者: タイシ

 京都の街は冷たく静まり返っていた。冬の夜、吐く息が白く浮かぶ。主人公――名は黒川蓮。彼の少年時代の記憶は、凍えるような孤独と怒りに染まっていた。


「蓮くんやわ、あの子に近づいたらあかんよ。あんたまで汚れるわ」


母の手を引かれながら、蓮は商店街の外れを歩いていた。道ゆく人々が距離を取り、陰口を叩く。蓮の家族は、被差別部落の出身だった。それだけで、すべての扉が閉ざされた。



「おかん、熱い……」


正月を間近に控えたある日、蓮の母と妹、祖母が風邪で寝込んだ。蓮は薬を買うために一人で家を出た。薬局のレジで財布を出していたとき、背後でサイレンが鳴り響いた。


――火事?


走った。息を切らし、角を曲がった先に見えたのは、炎に包まれた自宅だった。燃える家の中に、蓮の家族がいた。消防隊員が制止する中、蓮はその場で声を失った。



「……この子、もう喋らへんのです」


親戚の黒川重工の社長・黒川宗一郎は、焼け跡から引き取られた蓮をじっと見つめていた。


「ええ、黙っとったら賢そうに見える。うちで面倒見るわ」


それから50年、蓮は言葉を発さず、ただ働いた。会議、商談、経営判断――蓮は無言で指を動かし、表情だけで指示を出した。だが誰よりも冷静で、正確だった。


彼は次第に重役たちの信頼を集め、黒川重工はグループ企業へと拡大していった。



そして2025年12月24日。


「黒川蓮社長が消えました。……500億円の資産も、グループ口座から全て引き出されました」


ニュースが日本中を駆け巡った。


誰も彼の行方を知らなかった。



大晦日、京都郊外。除夜の鐘が鳴り始める午後11時40分。


廃工場跡の冷たい風の中、10人の部下が立っていた。全員、蓮が社長時代に直接育てた腹心たちだった。そこに、黒のコートを着た蓮が現れた。


「……社長?」


その瞬間、沈黙を破るように、蓮がゆっくりと口を開いた。


「もう、お前たちに歳は越させない」


言葉が落ちた瞬間、凍りつくような沈黙。部下たちの顔に驚愕が広がった。


「しゃ、社長……しゃべった?……まさか……」


蓮は冷たい目を彼らに向けた。


「……失語症なんて、最初から嘘だ」


部下の一人が震えながら声を絞った。


「……なんで……どうして今……?」


蓮の目が細められる。


「家族を焼き殺された夜の光景を、俺は50年、忘れなかった。忘れないために、声を封じた。声を出せば、俺は日常に慣れてしまう。だから黙っていた……復讐の火を消さないために」



彼がポケットからリモコンを取り出す。


「この街の上にある鉄塔、あそこに水素爆弾がある。パキスタンから、石油利権を餌に手に入れた」


部下の一人が叫んだ。


「社長、それじゃ……関係ない人まで……!」


「関係ある。誰一人、あの火事を止めなかった。あの冷たい目で、うちの家族を見ていた。京都は、家族を殺した」



11時59分。鐘の音が29回目を迎える。


蓮は、静かにスイッチを押した。


その瞬間、京都の夜空が白く輝いた。音が消え、空間がねじれ、すべてが光に呑み込まれた。



その翌日。


京都は地図から消えた。


彼の存在は、記録にも記憶にも残されなかった。


ただ、年越しを目前にして途切れた除夜の鐘の回数と、監視カメラに記録された一人の男の静かな微笑みだけが、真実を物語っていた。


――白き記憶の果てに、復讐の炎は静かに燃え尽きた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ