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想像以下で、最悪の……

襲撃。

馬車に接近する一団が後方に小さく目に入ってきたとき、ベルナディックたちは厳戒態勢に入った。


「ニーチェ、絶対にマリリヤの傍を離れるな。ポリアンナ弓を警戒しろ、取り付かれないようフェルデ、御者のあんたは最大限自分で身を守れ!」


全速力の馬は、頑丈な軍馬の品種だ。

このときのために借りていたらしい。

速い。舌を噛みそうになり、慌てて口を閉じる。ベルナディックの言葉はそれぞれに届いたらしく、ニーチェは盾を構えマリリヤにほとんど密着し、護衛がその横を固めた。ポリアンナは、荷台の幌を外そうとし……何か考えてなのか手を止めた。後方の幕をめくり上げ、姿勢を低くしてナイフを下に構えた。フェルディナンドはその後方の幕から外を伺いながら槍を腰だめに構える。

いくら馬の脚が速いと言っても、対するあちらは騎馬だ、荷馬車をひいてスピードが出せない訓練もしていないだろう馬では、勝負は目に見えている。

だんだんと、近づいてくる追っ手。


「思ったより少ない」


ベルナディックぼそりとつぶやくと、マリリヤが反応した。


「いえ、『成功』でしょう」


見えてきた追っ手は20騎と少し。最悪は倍を想定したが、相手の事情かそんなに揃わなかったようだ。

何にせよ敵は少ないほうがいい。


「ベルナ!幌外していい?!」


ポリアンナが叫ぶ。ピンときたベルナディック、二人の様子を見ていたフェルディナンドは、いっせいに幌の固定していた金具と紐を短剣で切っていく。

ぶわっと、舞う上掛けの布。

それは、後方へと飛んでいく。その行き先は、うまいこと敵の隊の方向だった。数騎、歩を乱して隊から離れた上、2騎、落馬した。


「よっしゃあ!」


フェルディナンドが喜ぶ。

だが、すでに近い。

全貌が見えると、盗賊のような粗野な格好の集団だ。けれど、馬首が揃い、等間隔の一糸乱れぬ隊列は訓練を受けた者のそれだった。

ポリアンナが汗を垂らしながら一心に見つめる先で、敵は二手に別れた。

左右で挟撃するつもりなのか。

だが、右手の馬が少ない。

敵が、剣を抜く。


「くっそ、」


フェルディナンドは、迷ったようだった。そう、これでは、不審に囲まれそうになっているだけで攻撃ではない。ベルナディックは彼に発破をかける。


「いけ、フェルデ!」


間合いの長い槍使いの彼が、ベルナディックの声に合わせて腕を伸ばす。柄の下方に片手を添え幌を外した荷台から、穂先を突き出す。

近づいていた1騎が、それを見てわずかに離れた。その槍の少し上、細いナイフが風を切って飛んでいく。それを叩き落とす敵。ポリアンナがフェルディナンドの足元にかがみ、細いナイフを構えていた。


「よっと!」


槍を引き戻すフェルディナンドの腕はどうなっているのやら。ベルナディックがあれをやると、筋肉がちぎれるだろう。

数騎は戸惑うように左に寄る。ますます右が手薄だ――

ベルナディックははっとした。


「っ待て!」


御者の護衛が、わずかに右に手綱を開いている。

無意識だ、敵が見えない右に寄ろうとしている。

これが敵の狙いだろう。なぜか、進路を右に寄らせようとしている。


「御者、戻せ、左に!」


気づいたのか、少し戻るその間に、馬車の左に追いついた敵が剣を振りかぶった。牽制だろうそれを、フェルディナンドは槍で叩く。その左横にベルナディックは慌てて立つ。……無くした右目は、死角になる。

さらにじりじりと寄る敵に、何度か剣を合わせ弾き――その間も、敵は前へと進んで、とうとう護衛が馬上の相手の剣を己のそれで受けている。ニーチェが、マリリヤを背にかばい、剣を抜いている。

右の馬は、なぜか近づいてこない。


「……?」


違和感。戦闘の時のそれは、ベルナディックは全面的に信じることにしている。

打ち合う間、左だけの目で、周囲を探る。


(手を抜かれている?)


思ったよりこちらの馬が速かったのか、取り囲むまでには至らないのだろう。だが、足止めを考えていない。弓が、来ない。

弓が。

妙に、馬車の近くは視界は広い。遮るものが――敵の影が、薄い。

思い当たって、ぞっとした。


「馬!右に曲がれ、全速力!」


叫んで、ベルナディックは右に走る。

馬のいななき。ぐんっと馬車が揺れて、付かず離れずの右の敵隊に急に近づいた。彼らは驚いた顔をして、歩を乱す。

数十秒後、それは、きた。


「弓ッ!」


ポリアンナが悲鳴のような声を上げた。ニーチェが、マリリヤを抱き寄せ、盾を上げた。それだけしか確認できない。

左舷から、矢が降る。

バラバラと落ちてくるそれを、ベルナディックがやみくもに振るった剣がいくつか当ててはたき落とす。

だが、予想より少ない。荷台の左側に10本刺さった程度。……フェルディナンドは、ポリアンナの腕に押さえられて、左舷の端で這いつくばっている。2人とも怪我はないらしい。

うめき声が聞こえた気がして、慌てて振り返る。


「ニーチェ……!」

「無事!でも……」


護衛に矢が当たったらしい。腕に矢が刺さっている。


「……致命傷ではない!」


護衛は脂汗を浮かべながら矢のシャフトを折る。それに安堵しつつ、はっとベルナディックが周囲を見ると……

敵隊が、進路方向に1騎もいない。

背後のフェルディナンドが声を上げた。


「敵が離れてくぞ!」


その意味を、頭が考え始める前に――

ベルナディックは御者台に乗り上げた。

御者の持っている手綱を、思いきり引いた。

自分が、何をしているのか――あとから考えても、奇跡だとしか言いようがない。

馬が驚き、首をもたげ、前足を上げた。がくん!と馬車が揺れて止まり、車輪が、ガガ!と不吉な音を立て、斜めになる。

横転。

その、荷台をかすめて――

赤い光が、一瞬前に馬車があった場所に突き刺さる。

耳をつんざくような大きな音と、爆風。

ベルナディックたちは吹き飛ばされ、地面に転がった。


激痛、息も一瞬できなかった。

2,3度転がり、あちこち痛む体を無理やり起こす。

――向こうから、馬が近づいてくる。


「う……」


右側で、小さな声が聞こえた。ニーチェと、それに抱えられたマリリヤがもぞりと動いて無事を知らせていた。


「……っ」


上がりかけた息を吸って、吐く。

遠くに怪我をした護衛が転がり、フェルディナンドとポリアンナが体を起こしつつ周囲を見回している。御者役は、荷台の残骸の影に横たわっていた。

そして……

近くに、地面に生えた木の根元が見えた。いくつも。

それは、奥が見えないほど重なっている。


「……森に行け!走るぞ!」


叫んで、ベルナディックは剣を握りしめた。

懐に残っているものを思い浮かべながら、ニーチェがマリリヤを助けてほとんど抱きかかえるようにして走り出すのを見届ける。

足が痛んだが、構わず動かす。


ほんの数十メートル、森の木が見える、そこまでが永遠に思えた。

馬の駆ける音と、敵の叫ぶ声。走りながら後ろを振り返るとすると、フェルディナンドが近づいてきていた敵に槍を投げている。

ベルナディックは、森に駆け込んだ。

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