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彼女はかく語る

このグリーンディ王国で商売をしている『鈴蘭商会』には、喉から手が出るほどほしい品があった。

魔鉱石。

昔から幻の石として、商人、それと、魔術師の間でひっそりと囁かれていた伝説級の代物。


その石は、魔術師が万能になれると言われるほどの魔力を秘め、希少であるため、魔術師はそれを焦がれるほど欲しがった。

だが、希少なのだ、どれだけ探しても、年に1,2度市場に出回るものしか発見できない。どこから流れてくるのか、それもわからない。

取引は、力ある商会が躍起になり、そして、法外な値段が付く。

長い間、幻と言われていたゆえんだ。

それが――


「最近、鉱脈が発見されたわ」


今まで、人が住めるような場所ではないと放置さ

れていた土地だった。その名も荒れ地。大地が枯れ果て、そして、死霊が棲むこの世の果て。


「経緯はよくわからない。噂も多くて……ともかく、かなり豊富な鉱脈らしいわ、いいことか悪いことか分からないけれど」

「どういうこった?」

「価値が全部ひっくり返ってしまったのよ。あるかどうかもわからなかった高額ものが、当たり前のように出てくるのよ、どう買えばいい?どう売れば?」


商人としては、悩ましいことらしい。


「鉱脈を採掘している村があって、そこから買い占めている商会がある。巨大な商会よ、元をたどれば別の大陸の大帝国が抱えてる商会」


その大商会が価格を操作しているおかげで、市場の混乱は少ないらしい。

……その商会がボロ儲けしている事実は変えようがないが。


「それはいいわ、私たち『鈴蘭』なんて国内でやっと軌道に乗った、くだんの商会の前では象に踏み潰されるアリのようなものだわ。だから……」


力をつけるのだという。


「魔鉱石を手に入れる。数ヶ月、必死に駆けずり回ってようやくよ」

「本当の荷物が、その魔鉱石ってやつか」

「ええ」


その苦労を思い出しているのか、マリリヤは遠い目をする。


「……けれど、私たちのように、魔鉱石を狙う者は多いわ。そして、なんとしてでも手に入れようと、多少無理を通す輩もね」

「……もしかして、荷物を狙う敵ってのは」

「ええ、ともかくなんでもいいから、魔鉱石が欲しい駄々っ子」

「……どこのモンか知ってるのか」

「あら、知りたいのかしら?」


にっこり、と綺麗な花が咲くように、マリリヤは微笑んだ。

まずい、とベルナディックは悟る。

この女、とんでもないものを敵に回している。

けれども、聞かないわけにいかなかった。

交戦するであろう敵の情報は、多いに越したことはない。手勢の数、力量、そして心構え。


「……ああ、教えろ」

「わかっていて、聞いているのかしら?」

「あんたが言いたいのはこうか?『聞いたらあとには引けないぞ』。逃げられないようにしておいて言うもんだな?」

「ええ、そのとおりよ」


にんまりと、人を食ったような笑みで彼女は肯首した。


「聞くのね」

「何度も言わせんな」

「……あなた、ウチの商会に入らない?」

「おい」

「考えておいて」


そう冗談めかして、彼女は床の上で座り直した。

ガタン、と馬車が大きく揺れた。


「敵は、隣のノウェーズ王国よ」


――まさか、国が相手とは。

絶句したベルナディックたちを、静かな目で眺めたマリリヤは、話を続けた。


「正確にはノウェーズが秘密に作った商会。表立っては国とはあまり関係がないように見せているけど、国そのものと思っていいわ」

「……なんでだ?」


喉が痛いほど渇いて、ようやくそれだけしか絞り出せなかった。

意味が通じなかったはずだ、自分だって何を言っているのか分からなかった。けれど、彼女はすらすらと答えた


「魔鉱石は今はほとんどオークションの出品しかない。私はほうぼう駆け回って、やっと落札した。最後まで競り合っていたのはそのノウェーズの商会。それを恨んで、私から奪おうとしているのはすぐに分かったわ」

「オークション……?」

「ああ、値を付け合う商いの合戦よ。一番高値をつけた者がその商品を買い上げられる」

「そこまでして、どうして」


感情がなくなったような声で、ポリアンナ。

たしかに、そんな危険を冒してまで、なぜ石ころにこだわるのか。

ふと、マリリヤは微笑した。


「それが私だから」


……命よりも、大事だというのか。


「分からない?簡単に言えば矜持よ、これが折れれば私は私でなくなる」

「死んだほうがマシってか」


たまにいる、自分の命よりも大事なものを見つけ、それがすべてというような人間。

それが、彼女だったらしい。


「どうかしてるぜ」


フェルディナンドは吐き捨てた。

だが、とベルナディックは疑問に思う。


「一介の商人が手に余るだろ。国へ報告すれば……」


マリリヤは鼻で笑う。


「表立ってはノウェーズは関係ないわ。まさか一介の商人のために軍など出せるわけない。試しにオプレントの冒険者ギルドと代官に言ってみたら笑われたわよ」

「……それもそうか……」


だから、『山羊』にも秘密だったのだ。

だが、馬車は走り出してしまった。


(依頼は依頼だ)


ベルナディックだって死ぬつもりはない。

だが、一度引き受けた以上、簡単に放り出せないのだ。

もやもやとした不安を胸から追い出すように、息を吐き出す。


「……表立っての商会じゃないんだな?」


ベルナディックの言葉に、一度まばたきして、美しいままの笑顔で彼女は答えた。


「ええ、あまり知られていない事実よ。だから――」

「襲ってくるなら、盗賊に偽装した騎士だ。あるいは雇われた傭兵」


不安を紛れさせるには、念入りに考え、対処、攻撃、方法を考えること。


「数はそこまでいないんじゃないか?隣から入国させるにしても大人数は目立つ。それに、準備する時間もなかったはずだ。そのオークションとやらは何日前だ?」

「5日前ね」

「急いでいたのは、追っ手を振り切るためか?」

「そう。ついでに言うなら、オークションに魔鉱石が出品されることも、シークレット扱いで直前にやっと情報が回ってきたの」

「相手も振り回されてる状態だな……」


国境が近い。

それが嫌な要素だ。


「最悪なのは、元々の手勢がこのあたりにいるんじゃないかってところだ」

「なんで?隣の国でしょ?」


ポリアンナはようやく顔色を取り戻した。


「グリーンディとノウェーズは仲が悪いんだ。数年前、領地のことで揉めたらしい」


詳しくは知らない。けれど、貴族が処刑だか暗殺だかされたというのは聞いていた。


「その事件よりもっと有名なのは、同じ頃に出現したダンジョンだ」


世界にはダンジョンというものが存在する。

一説には地の底まで繋がっているという深い穴。いくつか確認されているが、すべてモンスターの巣窟だ。なぜそんなものがあるのか、なぜ生まれるのか。誰も知らないことだ。

そういえば、最近ダンジョンができたという噂を聞いたが……さっきマリリヤが言った、荒れ地というところではなかっただろうか。今は関係がないが。


「だからあんまり有名じゃない。けっこう恨み恨まれっていう感じらしいが、俺もよく知らん」

「かなり情報通ね、あなた」


感心したように……嬉しそうにも見えるマリリヤ。


「そうね、だからノウェーズは国境には気を払っている。いつ……何が起こるかわからないから」

「それって……」


ゾッとしたように、ニーチェは声をかすれさせた。

誰も、今はそのことについて突っ込みたくはなかった。


「……ともかく、一番最悪なのは、追っ手と、元々の伏兵が集まってくることだ」


「いえ、一番最悪なのはそれらが私たちを襲ってこないことよ」

「あ?ああ、そうか……」


つまり、囮が機能しない、作戦は失敗だ。

成功しても武装した集団と戦闘、失敗は文字通り失敗。

ベルナディックなどは、『失敗』でいいのではないかと諦めたい。

だが、マリリヤが張った罠がうまく行けば、戦闘は必然だ。


「あああもう!最悪だチクショウ!」

「ふふふ」


なんだか楽しそうなマリリヤ。

控えめに言って、


「殴っていいか」

「あのね、ベルナ。山羊でなんで俺らががんばってたの」


ニーチェが彼にしては剣呑な声でベルナディックを止めた。怒りは多分ベルナディックにではないだろうが。


「俺は間違っていた。依頼人殴っても馬鹿じゃない」

「わかるぜ、わかるが、殴っても状況は変わんねえってことだ」


フェルディナンドが虚ろな表情で頷いていた。ポリアンナは隣で膝を抱えている。

護衛はどこまで知っていたのだろうか。顔色が悪くなっている気がするが。


「……ええと、確実に襲ってくるとして」


怒りで飛んだ思考を取り戻す。


「けど、いくらなんでも隣国で好き勝手することはないはずだ……安全の確保なら、大きな街に逃げ込めば……おい、魔鉱石が次の街に着くのはいつだ、あとどこだ」

「シチシンの街ね、1日後」


逆方向だ。

ベルナディックたちはオプレントの街から出て、まっすぐにクロリアースに向かっている。本当の荷物は迂回する形でルートを変えているらしい。


「一日。俺たちも一日走れば、次のフォーロスに着く」

「助けを求めるなら、その手前に村があるじゃない」


ポリアンナは不思議がっているようだが……


「村?盗賊たちが真っ先に略奪しそうだな」

「えっ」


それくらいの手勢だと考えたほうがいい。そして自分たちのせいでなんの罪もない村を壊滅させたとなると、一生後悔しそうだ。


「村は避けていく。いちいち目標がいないか確認して時間を潰すような馬鹿な連中だと思わないことにしたい」

「ええ、そうね」


マリリヤが頷く。

本当は、自分たちのことだけを考えれば、盗賊に扮した敵が村で捜索なり略奪なりして貰えれば、その費やされる時間のだけこちらの猶予ができるのだが――さすがに、マリリヤもそれは望まないらしい。


「……言っておくが、俺らは死んでまであんたに義理を通す気はない」


最後の最後は、依頼人だろうと見捨てて逃げるつもりだ。

そもそも立派な契約違反だ、今放り出しても文句は言われない。

だが、『白金の山羊』の取引先になるかもしれない――そしてマスターが何かを待っているのは気づいていた。この『鈴蘭商会』の、何が気になっているのかはわからないが。

そして、関わってしまった以上、見殺しにするのも気が引ける。


「ええ、分かっているわ」


マリリヤは、どこまで考えているのか。

見捨てるかもしれないと言われても、それは当たり前だと頷いてみせた。


「……一日、捕まらずに逃げ切れることを祈ってくれ」

「ええ、私はこんなところで死なないわ」


妙な自信とともに、マリリヤは赤い唇を弓なりにした。

魔鉱石とノウェーズの事件・ダンジョンについては連載中の『その願いを〜雨の庭の建国記〜』にて。ネタの回収というか……つまりはお遊びです!分かる程度には本文に織り込みますので、あちらを読まなくても大丈夫にしております。

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