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疑いは徹底的に

数日後、またギルドに呼ばれた。

ところが、指定はパーティー全員で、だった。


「まあ、そろそろ例の活動も意味がなくなっているっぽいしな」


フェルディナンドは気楽そうだ。


『スパイ作戦』は、『御駄賃作戦』に株を取られた形になった。

単純な冒険者たちは、依頼人に横柄な態度を取らないだけで手当がつくことを学習し、依頼人はどうやら冒険者の姿勢が変わったことに気づいて、自分たちの襟も正したらしい。

まだ全部とは言えないが、思ったよりも効果があった。

本当に悪質だった冒険者が、手当だのなんだのとカウンターにこさせようとするのが煩わしかったのか、『山脈の風』に移ったらしいことも聞いた。……それは少し、マスターたちには残念だったようだが。


『魔狼殺し』が全員集合し、店に入ると、ぎょっとしたような冒険者が3人、二度見したのが5人、面白そうな顔(どういう理由かは分からないが)は5人程度。興味がなくて無視したのは4人か。

カウンターに行けば……そこに座っているのは、マスターではなかった。


「はじめまして。受付を担当することになった、シモンです」


冒険者の集まる酒場に似合わない、誠実そうな青年だった。色の抑えられた赤毛に、茶色の瞳。にこりと笑うさまは、どこかの商会のカウンターにこそいそうだ。


「ええと、よろしく?」

「よろしくお願いします。話はマスターから聞いています、奥へどうぞ」


やりとりが聞こえたのだろう、近くの席のパーティーがざわついている。

だが、こちらもちょっと飲み込むには時間が足りない。


(油断ならねえ!)


内心では怒りつつ、言われたとおり奥へと向かう。

背後でざわめきが大きくなるのを聞いて、気が重い。


「なあ、マスターって、ドッキリ好き?」

「そこまでは知らねえ……」


ニーチェ囁きに、頭を振りつつ、部屋にたどり着く。

中にはオルカ、ダーデ、メリーナが揃っていた。

それと、新しい、大きなソファーセットが。


「来たかね。色々急な変更をさせて申し訳ない」


開口一番、マスターに謝られた。

なるほど、彼にも準備が足りないような、不測の事態が起こっていたらしい。怒りを引っ込めた。


「まずは座ってくれ。いいソファーだが遠慮はいらない、これも急に入り用になってね」

「はあ」


それぞれ座ると、マスターは少し硬い表情で話し始めた。


「『魔狼殺し』には世話になっている。時間が押していて挨拶も悠長にできない。ついてはリーダーのベルナだけが理解できるような話になるだろうが……ともかく聞いてほしい」

「ああ、分かった」


近くに固まって座ったメンバーは、目を白黒させている。こちらのマスターにほとんど会ったことがないようなものだろう。驚くのは当たり前か。


「先日、次の計画を話しただろう。あれに急に進展があった。割引、いや、『得意先』になってくれるという商会が現れた」

「ええと、買い物を値引きしてくれるっていう……前は決まってなかったんだよな?」

「ああ。昨日、急に承諾と、条件を持ってきた。悩ましいが、こんな好条件の取引先もないものでな……引き受けることにした」

「はあ」

「先方の条件はひとつ、護衛の依頼を受けてほしいということだ」

「つまり、俺たちが?」

「ああ。一番腕が立つ冒険者という指定だ。『蜜蜂』よりも、君たちのほうが向いていると判断した」

「……荒事か?」


実は、護衛なら『蜜蜂』の方が向いている。リーダーが女性のせいか、細やかな気配りが依頼人を守るということに合っているらしい。

だが、力押しの事案なら、モンスター討伐が中心の『魔狼』のほうが合っていると、それは自負していた。


「十中八九、そうなるだろう。状況は多少しか聞いていないが、かなり危険だ」

「……正直に、どうも」


皮肉交じりに吐き出すと、なんとも言えない表情でマスターは声を立てて笑う。めずらしい。


「それは最初の約束だったからな。ただ、それを抜きにしても、この大仕事は君たちに受けてほしいし、同時に受けてほしくはない」

「どっちだ?」

「危険を買う冒険者の本分だということだ」


つまり、箔は付くが、危険はそれなりだということだ。

ベルナディックは、ニーチェ、フェルディナンド、ポリアンナを順に眺める。3人とも、目でしっかりと返事していた。

誰も、怖気づいてはいないようだ。


「……その依頼、引き受ける」

「そうか」


マスターに目を戻すと、いつもの真面目な顔に戻っていた。


「時間がない。先方の指定は、2日後に、国境近くの街オプレントで落ち合うということだ」

「……2日後!?」


オプレントという街の場所は知っている。距離を計算するとギリギリだ。色々間に合っていないということをひしと感じた。


「かなり危険だ、準備は念入りに。必要なものがあれば、私たちも手伝おう」

「ああ……そうだな……」


何がいるか、驚きに鈍くなった頭を働かせる。


「馬車は手配する。いつ発つかね」

「……夜、いや、夕方だな。ギリギリだが」

「丈夫な馬を用意させる。夕方だな?」

「ああ」


ベルナディックは立ち上がった。

久々に、手強い依頼になりそうだ。




準備をしつつ、細かくマスターから依頼のことを聞く。ただ、あちらが秘密主義らしく、大した話は伝わっていないとか。


いわく、大事な荷物を運ぶ、その護衛をしてほしいとのこと。

なぜオプレントのギルドで頼まなかったのか、それも疑問だが、取引が絡んでいるのは大いに理由としてはありそうだった。

手早く、けれど抜けがないように、準備を進めていく。途中、スウィティに声をかけられたが、どこまで話していいか分からず、詳しいことはマスターに、とヤケクソで答えると、それでなんとなく察したようだ。

夕方、日没間際に街を出た。

馬車に揺られてだが、ようやく、一息つける。


「つ、つかれた」

「なんなんだよその依頼人って……」


護衛の前に、体力が尽きそうだった。

ギルドと何度も往復して、ある程度の装備にはなった。その間に聞いた話をベルナディックは必死に思い出す。


「ニーチェには……後で話すか」


今は御者役になってくれているから、聞こえないだろう。

がたごとと、そこそこのスピードで走る馬車は、木張りの床で幌付き。丸めた毛布を尻に敷かなければ、数十分で腰を痛めるはずだ。


「ええと、まず、依頼主は『鈴蘭商会』」

「え?あの?」

「知ってるのか」


ポリアンナが驚いて、荷物から何やら取り出した。携帯食のセットだが、まとめて縛る包装に、鈴蘭の模様が入っていた。


「これか?」

「今あちこち国内で商売やってる商会だったは

ず」

「大きい商会……って言ってもいいのかね」


なんとなく、正体がわかって少し安心する。


「商会長がやり手の女性っていうのが有名でね」

「へえ」

「そいつが無茶のこと言い出したのか」

「やり手ってことは、ただ思いつきじゃないでしょ。いや、そう思いたいけど」


ポリアンナは携帯食をしまい、だらりと姿勢を崩して隣のフェルディナンドにもたれかかる。それを当たり前のように腕を回して支えるフェルディナンド。

見せつけられている。


「……しばらく走るんでしょ?」

「ああ、休んでろ」


普段からは想像もできないほど優しくフェルディナンド。

見せつけられている。


「……くっ」


いつか、嫁にこういうことしてやる。


深夜まで走り、馬を休ませるために小休止を挟み、夜明けまでまた走る。

その間に、依頼のことをおさらいする。

依頼主は『鈴蘭商会』、会長マリリヤ。

やり手の女性で、この数年で急成長を遂げた商会。今回『白金の山羊』が取引を持ちかけたことで繋がり、『鈴蘭』の大事な荷を運ぶ、その護衛を依頼された。

おそらく、荒事になるという事前の通達で、ギルド一腕の立つ『魔狼殺し』が実質指名で依頼を引き受けた。

なぜか、ギルドのあるメロータウンから遠く離れたオプレントという街で落ち合うことになり、指定の日に時間がないため大急ぎでベルナディックたちは馬車を走らせ向かっている。


なぜ、オプレントのギルドで冒険者を雇わなかったのか。

大事な荷物とは?

依頼を出発の前日に知らせていること、指定日が近すぎること。

疑問だらけだ。

おそらく、『山羊』の急な方針転換もこの件に関わっている。とはいっても、ある程度計画していたことが急に早巻きになっただけで、マスターがそのあたりはうまいことやっていそうだった。

だから――自分たちは依頼を全力でこなせばいい。


さらに1日かけて、オプレントに到着したのは次の日の昼過ぎだった。

道中に何もトラブルがなかったことが幸いした。


「ええと……『テングレスの枝』亭……」


街は隣国に近いせいか、少し風変わりな建物が多い。2階のほうが1階よりせり出していて、淡い色の外壁が多い。

街の人に聞きつつ、指定された宿兼料亭にたどり着く。こざっぱりした店だ。

声をかけてきた給仕に『鈴蘭商会』を伝えると、食堂の隅に案内された。

そこに座っているのは、一人の女性と、その護衛らしい武装した男が二人。


「あなたたちが、『白金の山羊』から?」


よく通る声で、女性が言った。

変わった服を着ている。男性のコートのような羽織に、下はスカート。動きやすそうで、けれど上品な装い。髪色はこげ茶で、後ろでひっつめている。瞳は、妙に力強い深い緑。化粧をきっちりこなし、美人だった。唇の真っ赤な紅が目を引く。


「ああ、そうだ」

「ふうん、思ったより……」


じろじろとベルナディックを眺めて、それから頷いた。


「早速だけど、出発するわ。時間がないの」

「は、はあ!?」

「悪いわね、依頼のことは馬車の中で」

「やめてよ……」


さっきまで尻が痛いと泣き言を言っていたポリアンナが、本格的に泣きそうになっている。

それをひとつ冷たい視線をくれて、マリリヤは立ち上がった。


「やる気がないのかしら、心配だわ」


とりあえず、ポリアンナには悪いが依頼最優先だ。


「分かった分かった。で、荷物はどこだ」

「ええ、こっち」


硬貨をテーブルに置き、彼女は護衛を引き連れて店を出ていく。

ついて行くと、裏手に馬車が止まっていた。

1台だ。


「乗って。あなたたちの乗ってきた馬車は責任持って『白金の山羊』に返すから」

「あ、ああ、助かる」

「……冒険者にしてはお利口ね」

「あんまり馬鹿にしてくれるな」


物言いに呆れて小さくため息をつくと、彼女は楽しげに真っ赤な唇を引き上げた。


「気に入ったわ。どうぞよろしく」

「よろしく、商会長さん」


ともかく、依頼はちゃんと引き受けたことになったらしい。

だが、馬車に乗り込んで、違和感に気づく。


「……荷物は?」

「ないわ」

「は?」


がたん、と馬車が動き出す。

人間以外、空っぽの馬車が。

護衛の一人が御者をやり、一人はぴったりとマリリヤについている。

戸惑ったベルナディックたちに、からかうような笑みを浮かべる。


「強いて言うなら、これね」


小さな袋をスカートの裾から引っ張り出した。ぎょっとしたベルナディックたちに目もくれず、

手のひらに少し余る木箱を取り出し、開けてみせる。

中身は……


「ない……」


空っぽだ。


「私たちは囮なのよ」

「……え?」


マリリヤは、にぃぃ、と獰猛な笑みで美しい顔を歪めた。


「本物の荷物は、あと10時間後に別の街から出発する。私たちは、荷物を狙うであろう賊を引きつける、囮よ」

「……おいおいおい」


黙って聞いていたフェルディナンドが、低く唸った。ポリアンナもにわかに緊張して構えた。

ニーチェは、静かにベルナディックを見ている。

ベルナディックは……


「騙したのか」


思ったより、冷静だった。怒りも一周回ると、妙に冷たいものに変わる。

それでも怒気は漏れているはずで、護衛が剣に手をかけていた。けれど、彼女は余裕だった。


「いいえ、この私という荷物を護衛して、生きてクロリアースに戻して。そういう依頼よ」

「物は言いようだな」

「ええ、真実を言っていないだけで、嘘ではないわ」

「……ベルナ」


ニーチェがそっと、呼んだ。

言いたいことは分かっている。

詰めていた息を、盛大に吐き出し、頭をかく。


「護衛には間違いない。だが、全部話してもらうぞ」

「……あら、あなた四角四面の頑固って聞いたのだけど」

「そこまで正直者じゃねえよ。それに、無責任なことをしたくないだけだ」


引き受けたのは自分だ。

最初から疑わしいとは思っていた、それが現実になっただけだ。

マリリヤは笑みを浮かべた。


「賢いわね。冒険者にさせておくのがもったいない」

「ドーモ。褒めたってなんにも出ねえよ」

「いいえ、私が出すのよ。報酬は上乗せよ。ぜひ私を生かしておいて」

「……なんだかなあ」


うまいこと乗せられている気がする。

ニーチェたちも呆れ返った顔をしている。

だが、やることはシンプルだ。彼女を守り、敵を迎え討って、クロリアースという街に戻る。

陰謀などどうでもいい。


「……さあ、洗いざらい吐いてもらうぞ」


どっかと板の床に座り、足を組む。

にこりと、マリリヤは笑った。

分かる人には分かるかと……

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