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蜜蜂と呪文


数回の話し合いのあと、『スパイ作戦』および『御駄賃作戦』は決行された。


まず、スパイ作戦だが、ベルナディックを除く3人がそれぞれ2回ずつソロで『マスターの口添えで抱き合わせたクエスト』があった。一度とんでもない依頼人の不正行為が発覚しただけで、意外と安穏としている。

邪魔そうに見られたのもちらほらとあったが、口に出してくるほどではなかったらしい。『スパイ』の同行を断られたパーティーとともに、念のため気にかけるようにオルカたちと情報は共有する。


駄賃、もとい、特別報酬はかなり喜ばれた。

依頼人には依頼を出しに来た際に、受けたパーティーの査定をこっそりお願いする。そして依頼を引き受けたパーティーは、依頼完了後にギルドで依頼人とクエストのことを『いい・まあまあ・悪い』の三段階で評価してもらう。

三段階なのは、細かいことを冒険者に聞いてもまともな答えが返ってこない上に、面倒くさがって返答自体を避けるからだ。それだって最初は、依頼完了しても報告義務などないから、なかなか捕まえられず苦労した。


だがその報告次第では、報酬に別途ギルドからの手当がつくということが分かれば、こぞって完了報告に来るようになった。まあお察しのとおり、すべてが『いい』評価だったが。

それも狙いだった。自然と報告の習慣ができる。慣れれば酔っ払いのマスター相手に色々なクエストの様子をこぼしていく。それらから得られる情報も多い。

だが、手当て発生の条件は言っていない。不満は出るが、そのうち要領のいい奴らは、手当てが出たパーティーに聞き込んだ。要領のいい奴らは、知れば条件も軽々とクリアする。ちなみに条件とは依頼人と冒険者、どちらも『いい』と評価が合致した時だ。あとは、『スパイ』とマスターの判断が少しずつ。


だがやはり、問題は持ち上がる。

何をしても手当てがつかない、なぜか分からないが損をしている気分になる。そんな奴らもだんだんと増えていく。

中には、この街のもうひとつのギルド『山脈の風』に乗り換えるパーティーも。

――次の計画に移る時期になってきた。




「『蜜蜂』と協力する?」


もう何度目かの、『白金の山羊』での秘密の打ち合わせだ。

意外なことを聞き、ベルナディックは片目を丸くする。


「そうだ。問題が?」

「いや……彼女たちなら信頼できる」


いちおうだが、白金の山羊で『蜜蜂』というパーティーはベルナディックたち『魔狼殺し』と双璧をなすと言われている。それは気恥ずかしいが、彼女たちについてなら確かに実力はあるし、人柄もいい。


「ちなみに、手当ては6回中5回出した。一度は護衛任務で、依頼人を軽くだがケガをさせてしまったらしくてね」


それでも依頼人はよくぞ守ってくれたと太鼓判だったらしい。


「まあ、スウィティたちならそうだろうな」

「彼女らの協力を得られたら、今後大変やりやすい。どうかね」

「もちろん」


受けるかどうかは彼女たち次第だが、そこはオルカたちが誠意を見せるときだろう。


「ああ、遅れてすみません。こちらが第一段階の報酬です」


ダーデの手で、どん、とテーブルの上に置かれた皮袋。

……重そうだ。


「えっ」


開けて見てみると、まばゆい金だ。


「お、おお……?」

「金貨100枚です。別途経費分も入っておりますが」

「お、多!?」

「おや不服で?」

「やっ、ちがっ」


同席しているメリーナはクスクスと笑っていた。


「依頼何回分だ……」

「今までの山羊で受けた最高金額で、10回分は」

「それでも足りない気がするが、次で帳尻を合わせたい。収益の方は横ばいで、少し心もとないのでな」

「いや、少し怖いから次も抑えてくれ」


もちろん、すべてパーティーの資金になるが、半年は全員遊んで暮らせるだろう。

いきなりの大金に震えがくる。怖いのと喜びが半々だ。


「ふむ、まあ、考えておく」

「よろしければ、こちらで預かりましょうか?引き出すときは、メリーナに声をかけてくれれ

ば。誓って私たちは手を付けませんよ」

「心配はしていないが……じゃあ頼む」

「かしこまりました」


メリーナがにこりと笑う。なんだか頼もしい。


「では、ここにスウィティを呼んでいいかね」

「あ、ああ」


まだ動揺している。

心を落ち着かせている間に、スウィティがやってきた。

彼女が扉を開けて、目を丸くしたのは少し面白かった。


『蜜蜂』のパーティーリーダー、スウィティは、ベルナディックよりも少し下、ニーチェと同い年の美女だ。

長い黒髪を緩めに編んで垂らし、化粧は薄いが元々美しい造作だ。暗褐色の瞳は少しけだるげで、その目線だけで数々の冒険者を落としてきた。装備は使い込まれた軽鎧と肩当ての普通だが、むしろそれがいいという奴らも多い。


「あら?ベルナ?」

「よお」


人も良い。気安く喋られるので、パーティーは違うが仲間意識はかなりある。……一方的でなければいいが。


「これは何の集まり?」

「ようこそ、まあまずは座ってくれ」


椅子がないが、さっとダーデが立ち上がり、ついでにハンカチを取り出し座席に置こうとする。気づいたスウィティが、手振りで断って椅子に座る。

これが、本当の女性の扱い方、なんだろう。

……なんだか演劇のようだった。


「で、私になんの用?」

「少し例外的な依頼だと思ってくれていい。依頼主は私、白金の山羊のマスターだ」

「……突然『魔狼』が仲違いして、報酬が増えたことと関係が?」


ちらりと流し目をくれて、ベルナディックは苦笑して手を振った。

オルカは満足そうに笑んだ。


「さすがだな」


それからは、計画と今までのことをオルカが語った。

スウィティの反応は淡々としていた。

自分はさんざんごねた気がするが、これは、性格の違いだろうか。


「分かったわ。協力しましょう」

「助かる。ありがとう」

「長い目で見れば、私たちのためだもの。私にできることがあれば言ってちょうだい」

「……」


なにかこう、負けた気分だ。

メリーナはキラキラとした目でスウィティを見ている。ベルナディックと会った時とこれも反応が違う。

まあ、スウィティは別格だ。そういうことだ。


「では、いろいろと頼むことがあるだろう。まずは、次の計画を少し打ち明けておこう」

「ええ」

「ああ」

「次は、衣食住の支援だ」

「衣食住……?」


聞き慣れない単語だが、つまり生活ということか。


「ベルナからも少し聞いたが、他の冒険者も報告がてら近況を聞かせてくれてね」


――その日暮らしの冒険者は多い。

依頼のタイミングや質、自分たちの力量を合わせて考えると、数日食いっぱぐれることもザラだ。

そもそも定住しているものは少ない。もともと流れ者が多く、さらにしょっちゅう依頼で街を離れるから家を持てない。

生活が荒れるのは、中堅の冒険者でもあることだ。

そこに目をつけたらしい。


「手当て制度に、物資購入の割引を追加すればどうか」


つまり、クエスト成功すれば、買い物が楽になるということらしい。

最低限、白金の山羊で依頼を受ければ、多少は買い物を安くできるようにする。

それから手当て制度に絡めて、割引を多くする。


「つまり、『山羊』で活動すれば安く済むのね」

「ええ、支援と言うにはささやかかもしれませんが」

「まあ、多少計算ができれば、魅力に感じるでしょうね。ただ……」

「計算ができないやつがいるわけだ」


割引と聞いて、ちゃんと理解できるかどうか。

極端な話タダになると都合よく解釈したり、本当に計算ができずに面倒くさがって暴れたりと、軽く想像しただけで頭が痛くなってくる。


「え……?」


メリーナがきょとんして、オルカは口を閉じた。


「……そんなに、ですか」

「ああ、そんなに、だ」


ダーデに返すと、彼は戸惑ったように目を泳がせた。

「けど、これくらいは教育してもいいんじゃないかしら」


呆れたような声で、スウィティは言った。


「自分たちのためよ、生活がかかってるのに分からないじゃ困ったもんでしょ」

「だよなあ、いくら馬鹿と言っても少しは努力しろってな」

「ただ、荒れるわよ」

「……それが私らに覚悟できるかどうか、か」


メリーナがおずおずと手を上げた。


「えっと……計算が、できないということで、足し算引き算は……?」

「あやしいな」


ベルナディックがため息をつくと、ショックを受けたようにメリーナは肩を揺らした。


「……できるだけ、わかりやすく。それがこの制度の鍵でしょうね」

「一番いいのは、計算させずに一発で得をしたと分からせることだが」

「割引にこだわらなければ、引き換えだったり、あとは……」

「定額割引き?」


メリーナは首を傾げながら言った。


「品物は限定したほうが、先方も在庫の管理や収益減益計算はやりやすいのでは。それと私は聞いていませんが、契約内容はどんなものです?損益分をどこが被るかというのは……」


呪文を言った。流れるようだった。

ダーデが苦笑した。


「契約もまだですよ。取引先は打診していますがね」


きょとんとしたメリーナが、ダーデを見つめてしばらく。

かああああっと顔が赤くなる。


「あっごめんなさい……!」

「…………えーっと」


ベルナディックはスウィティを伺ったが、彼女も目を点にしている。よかった、あの呪文を理解できないのは自分だけではなかった。


ごほん、とダーデの咳払いが部屋に響く。


「メリーナの今の言葉は実務的な、こちらの話です。忘れてくださって結構です」

「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい」

「あら、立派だわ。頼もしいじゃないの」


さらりと立て直し、笑顔のスウィティは、素晴らしかった。


「……ですが、確かに計算をいちいちしろというのは普段必要ない人間にはよほど手間でしょう」

「ええ、私たちから言えば、あなたがたに剣の良し悪しを理解して買ってこいというのと一緒かしら」

「……なるほど、放り投げたくなる」


オルカが首を振った。


「こちらで再度練り直そう。助かった」

「いえ、したいことはわかるし、私はすごくいいと思うわ」

「少しでも生活が楽になれば、余裕ができるってもんだ」


貧乏は心が荒む。

ちょっとでも余裕ができたら、また頑張ろうという気にもなる。あとは、ギルドに感謝を思い至れば言うことはないが。


「では、今日はこれで。ああ、ベルナは少し残ってもらえるか」

「?分かった」


スウィティが笑顔で手を振りながら部屋を出ていく。次にメリーナが一度お辞儀をして。

部屋には、ベルナディックとオルカ、ダーデが残った。


「なんだ?」

「スウィティ。彼女はどうだ?」


にこり、とオルカが笑いながら、意味が取れない質問。


「なんのこと……あ」


思い当たった。


「はは、ないな。タカネノハナってやつだ」


冗談がうまい。おそらく、いい女性がなかなか捕まらず、苦し紛れだろう。


「急がなくてもいいぜ。いたらの話だ、まあ、協力してる間に、ひとりくらいは引き合わせてくれたら」


オルカとダーデが顔を見合わせている。冗談が失敗したのが分かったらしい。


「……残念だろうな」

「ええ、これほどとは」

「なんだ?もしかして『蜜蜂』の協力も仕込みか?付き合いはいいが、スウィティたちも怒らせたら怖いぞ、ほどほどにな」

「いや、仕込んだのはあちらだ」

「うん?」

「まあ気長に行くとしよう」

「商人は元々気が長いですからね」

「……なんのことだ?」


ダーデは笑った。


「いえ、こちらのことです」

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