生の声を聞きました
話はある程度まとまったと、席を立とうとしたところをオルカとダーデが店の給仕に呼ばれて行った。
代わりに菓子と茶が並ぶ。
待てということらしい。
「……」
「……」
メリーナが残っている。
彼女はそれこそ部屋を出るタイミングを逃したようだ。おろおろとしているのが丸わかりだ。
「……あーえー、メリーナ?」
「えっハイ!」
話しかけられると思っていなかったのか、椅子の上で跳ねるほど驚いている。
「ダーデの姪?とかいったよな。一緒に暮らしてるのか?」
「ええと、はい。そうです……」
「お母さんたちは?」
「……ずいぶん前に亡くなりました」
「あ……」
気づくべきだった。娘同然に育てたとわざわざダーデが言ったのに。
邪な思いが邪魔をして深く考えていなかった。
「悪い、いや、ごめん」
頭を下げると、メリーナはきょとんとした。
「……いいえ、大丈夫です」
それからふっと笑うと、どうぞ、とお茶とお菓子を手で示した。
「エーラおばさんが焼いてくださったんです。お料理も美味しいですけど、お菓子も美味しいんですよ」
「エーラ……ああ」
酒場の女将だ。
「あの人って、店の近くに住んでる人って聞いたけど、家族とかじゃないんだよな?」
前から気になっていることを聞いてみた。クッキーをひとつつまんだが、たしかに美味い。
「ええ、この店を開くときに料理を作れる人、って募集をかけたみたいです。昔酒場で働いていたらしくて。変かもですけど、お母さんってこんな感じだろうなって」
「肝っ玉母ちゃんってやつだな」
分かる。
面倒見がいい。
それに、昨日みたいな喧嘩ならどうしようもないだろうが、ちょっとした揉め事なら間に入って収めてしまうくらいの度胸の持ち主だ。
「ベスちゃんは?」
給仕の子だ。20歳くらいだろうか、美人で気立てがいいし物怖じしない。よく声をかけられているが、エーラが睨みをきかせるので、安全は守られている。
メリーナはちょっと困った顔をした。
「えっと、私の口からは……ベスさんに聞いても多分大丈夫でしょうけど」
「そうか」
なんとなく、予想はできた。
どこの町も、孤児は多い。
「メリーナは、ここを手伝ってるのか?」
「えっと、はい。まだできることは少ないですけど」
「でもすごいな、俺はケイエイとか言われても全然分からん」
「そ、そうですか……?」
どういう、そうですか、かはちょっと分からないが、メリーナはぱちぱちと目を瞬かせている。
なんだか、今の宿の近くに飼われている小さな犬を思い出す。
(うん、かわいい)
帳簿とかはよくわからないが、この子が可愛いというのは分かる。
最近このくらいの年齢の若い子とはとんと無縁だった。
(若いっていいな)
またじじむさい、とポリアンナには言われそうだが。
しみじみと茶をすすっていると、メリーナがふふっと小さく笑った。
思わず見やると、ぴゃっとまた跳ねた。
「ご、ごめんなさい!」
「……なんか良いことあった?」
「えっと!その!ベルナディックさんのお顔が、ダーデおじさんに似てたので!」
「……似てるか?」
自分より十以上は年上だろう、彼女の叔父の顔を思い浮かべるが、あんな慇懃無礼な表情はできない。
今度は顔を赤くして、メリーナはワタワタと手を振り回した。
「えっと、目を遠くにやるところとか、なんだか変なこと考えてない?ってバレバレの……」
「え?」
「あああすみません!ごめんなさいなんでもないですぅ!」
「いや怒らねえから!落ち着こうな、な!?」
ひとりで慌てはじめたメリーナに、どうどう、と馬をなだめるように頭を撫でてしまった。
「す、すみません……」
すこし冷静になったメリーナが目を潤ませて、それはそれでベルナディックは慌てた。
「あ、ああ、まあ、しかたないよな……?」
なにがしかたないんだ、と自分で心で突っ込んだが、泣かれても困る。
「私、冒険者の人って聞いて……」
「え?」
「いえ、その、こっちの裏にいても、たまに怒鳴り声とか、大きな音とかするんです。で、治安隊の人とかも様子見に来て……その……」
「……ああ、そりゃ怖いよなあ」
つまり、冒険者が怖いのだ。
酒場のクソのような騒ぎが、古い建物では響いてしまうのだろう。おまけに治安隊まで出動するなら、少女には大事に見えるのは当たり前だ。
(俺たちはそれだけの存在ってことだ)
なんとも苦い話だ。
でも、とちょっと上ずった声がした。
「ベルナディックさんは、怖くないです」
「……お、おう」
はにかんだように笑うメリーナを見ると、なんとも座りが悪い。
「それは、よかった」
「はい。こんないい人もいるんだなって、うれしかったです」
「いい人かどうかは別として、まあ、怖くないなら上等だな。俺の仲間も悪いやつらじゃない。今度会ってくれるか」
「はい!」
「あと、俺のことはベルナでいい」
「……はい、ベルナさん!」
にっこりと、また笑うので――宿に帰ったらあの犬を探そう。
仲間はあっさりと提案を受け入れた。
「悪いことじゃないでしょ」
「目に余るやつもいるしな」
「依頼人殴るより全然」
「……そうか」
自分だけがこだわっていたらしい。
集まるのは昨日と同じく、ベルナディックの部屋――ということにはできない。『仲が悪くなっている』のだから。安宿で、念のためひとりずつの出入りだ。これも『経費』とやらで宿代はギルドが出してくれるらしい。
「けど、いきなり罰っていうのはダメかもだな」
「あ、それ私も気になってた」
ニーチェとポリアンナが口々に言う。
「あー……ともかく自分が損することを嫌がるよな、俺たちは」
自分の行いは10歩歩けば忘れるのに、されたことは盛大に恨む。なるほど、罰は悪い対応かもしれない。
フェルディナンドがふと首をかしげた。
「逆を行けば、クエストを文句なしに成功させれば上乗せとか」
「ああ、なるほど」
良い方に得をさせるのか。
「それはそれで不公平だとか、悪いやつは野放しじゃない?」
「いや、最初の一手だ、それくらいでいいと思う。上乗せも高額じゃなくて駄賃程度にすれば、それでもありがたがるやつらは結構いる」
自分が駆け出しの頃は、泊まる宿に、食事も危うかった。一食分程度の特別報酬だけでも、かなり違う。
「今は何やっても文句言われるだろうし、少ない方を選ぶのがいいだろう」
「はー、気が遠くなるわ」
ポリアンナが天井を見上げる。その肩をぽんぽんと叩くフェルディナンド。
「でも、結局ベルナとは冒険できないな」
なんだか寂しげにニーチェがこぼした。
「なーに言ってんだ、お前はもう一人前の『冒険者』だろうが」
彼の肩を軽く殴ると、痛い、と全然痛くなさそうに笑った。
「あの時、ベルナと会わなかったら、今頃俺はどうなってたか」
「案外うまくやってたかもだぜ?強いしな、お前」
「いいや、きっと……」
懐かしむようなニーチェに、フェルディナンドは肩をすくめた。
「少しの間だってんだろ、その監視役ってやつ。なら、その後はまた合流だ」
「どうしてもって言うんじゃないけど、あんたらといたほうが稼げるからね、しかたないわ」
「まあ、ベルナのお嫁さんも見つかるかわかんないからな」
「てめえ」
ニーチェにヘッドロックをかけたが、首が太くてうまく腕が回らない。
「絶対見つけてやるからな!」