物は言いよう
仕事の話は、順調に進んだ。
目標は、良いギルドにすること。
もう理想は考えてあるようで、今よりも遥かに利益が上がり、依頼の質も上げ、底辺で暮らすような冒険者たちをなくし……つまりは、お上品にしたいらしい。
「秩序と言ってほしいな」
うっかり、マスターにはお気に召さなかったようだ。
具体的には何をするか。
それは考えあぐねているようだ。
「ともかく……喧嘩はなくしたいな」
「それが最大の難題だろ……」
正直、無理である。
冒険者宛に色々な依頼はあるが、結局一番簡単で稼げるのは、魔物相手に戦うことだ。必然的に脳が筋肉になるような野郎どもの量産である。
つまりは、馬鹿。
気に入らなければ叩き伏せればいいと思っている。自分も含めて。
「いきなり喧嘩はダメですって言っても、理解はしないわ面倒くさがって逃げる」
「うむ……客商売と変わらんな、取引相手に逃げられては敵わん」
「……まずは、依頼人を殴ることが恥ずかしいことだと教えるのが先だな」
これはさすがにわかるやつも多いだろう。金づるを殴ってなんの意味がある。
「依頼人を殴ったり、依頼破棄の状態になると罰食らわせるくらいならできないか?」
「今までは依頼人と冒険者の当人同士の交渉だったが……そうなるとギルドの管理体制を見直さねばな」
「……そんな大ごとなのか」
「覚悟はしていた」
「積極的に干渉するということですから、なかなか調整に手間がかかります」
「難しいことはわからないんだが……依頼が終わったあと、どっちもどう思ったか聞くだけじゃダメなのか?」
「虚偽……嘘の報告があるでしょう。嫌がらせや、違約金目的で」
「話は違うが……そのへんって『山脈の風』はどうしてるんだろうな」
「今のウチとそう変わらん」
さすが、それは調べたらしい。
「だが、信頼というものがあるのだ、老舗だからな」
「ああ……常連同士のアンモクノリョーカイってやつ」
この冒険者なら任せられる、と指名されることがある。そういう依頼人は定期的に依頼を出すことが多く、冒険者にとっても安定的な収入になる。それをわざわざ問題を起こすわけがない。
だが、まだ店ができて2年の山羊にはないものではある。
「……まいったな」
自分はそこまで頭が良いほうじゃない。こういう話し合いといっても、ついて行くのがやっとで意見なんてものは出せそうにない。
少しあって、ダーデが口を開いた。
「ベルナディックさんには気を悪くされないでほしいのですが」
「ああ、ベルナでいい。さん付けもいい」
「では、失礼。ベルナがどう思うかわかりませんが、ひとつ提案が。監視役をつけられないでしょうか」
「監視役?」
また嫌な響きだ。
「最初から監視していますというのは依頼人、冒険者双方に不評でしょう。隠して、人をつけるのです」
「スパイか?それとも尾行か?」
「強いて言うなら、スパイの方で」
オルカが端的に聞くと、さらりとダーデが答えた。
「全依頼に、というのは骨です。問題がありそうなもの、または抜き打ちチェックのように、ランダムで。そして……」
ちらりと、ダーデがベルナディックを見た。
「それは、信頼できる冒険者に任せては」
「スパイを冒険者にやらせろって?」
引っかかる。騙しているようなものだ。
顔に出ていたのだろう、ダーデは苦笑した。
「わざわざ正直に話すほうが障りがあります。疑っていますと言うようなことですから」
「他の案じゃダメなのか」
「代案があれば」
「……」
ない。
オルカなどは頷いている。
「悪くはないな」
「見方を変えれば、これは未然に不正を抑える方法でもあります。第三者が入っている状態で、問題を起こす方が、言い方が悪いですが『どうかしている』」
依頼者の関係でも同じパーティーでもない人間の前で、何か問題を起こそうというのはたしかに一線超えてしまっている。
「そして、証言が取れる。ギルドからの罰という大義名分も通りやすいかと」
「……なるほどな」
オルカは納得しているようだ。
ダーデは一度、口を閉じて迷うそぶりをする。
「そして、さらに、その監視役を『魔狼殺し』にお願いできればと」
「……あ?」
低い声が出た。
相当顔も険悪だろうと思う。
「スパイをやれってか、ウチに?」
「ありていに言えばそうです」
「断る。話も降りるぞ」
フォークを置いた。
「お待ち下さい。もう一度説明させてください」
顔色を悪くしても言い募るダーデ。
「監視役といっても、先ほど言ったように未然にことを防ぐといった意味が強いです。それを越えた悪質なものを取り締まりたい。それを報告できる人間は信頼できるものではないといけない」
「……で?」
「……自然に溶け込める人間でもないといけません、警戒されると計画自体が頓挫します。……ちょうどいいところに、解散かと言われた熟練のパーティーがあります」
「え?そんなことになってんのか」
ぎょっとしたベルナディックに、ダーデが苦笑いをする。
「噂というものは本当にいいかげんですね。ついでにフェルディナンドさんが声を荒らげるところも見られています、揉めて仲が悪くなっているとも」
「……昨日も今日も俺はほとんど酒場に顔を出してなかったからな」
火消しもできなかった。頭が痛い。
「私のシナリオはこうです。『魔狼殺し』の仲が悪くなっている。しばらくメンバーは距離を置くためにソロで活動する。見かねたマスターが口をきき、他のパーティーに便乗させてやりたい」
「うまいところだな」
「繰り返しますが、問題のありそうなところ、抜き打ちで全部ではない。そして部外者の前で悪事を働こうというものは少ないはず。問題がなければいいのです、ただのクエストと変わりない」
「……」
「何かあれば、の備えです。それに、この手は長くは使えません」
「……カンがいいやつは気づくだろうな」
「ええ、だから、その間に、依頼で不祥事があれば罰せられるという認識を植え付ける、それ目的です」
「……」
言いたいことはわかる。
それに、この程度は騙したことにはならない。言い訳は立つ。ギルドに協力しろと言われて仕方なく、と……嘘にはならない。
「その間に自浄もできよう。依頼人に問題があれば、こちらで弾くこともできる」
「あとは……人を借りている状態、冒険者同士で連携が当たり前という認識になれば、一番良いです。仲間意識、信頼が芽生えるということですね」
「……仕方がない、か」
これも、長い目で見れば冒険者のためになる。
「ただし、仲間が嫌だと言ったら無しだぞ」
「ええ、分かりました」
「だがこの件、難関は君だろうな」
「悪かったな、頭が固くて」
陰謀策謀、そういうものが大嫌いだ。
別に真正直を気取るつもりはない。単に、気に食わないだけだ。
「いえ、そういうことではなく」
「君に否を唱える仲間がいるとは思えないのでな」
おかしそうに、ふたりは笑みを抑えてぬるい顔になっている。
しばらく、話は続いた。
ともかくベルナディックが主張したのは、冒険者に強制するな、金は渋るな、ということだった。
型にはまったような事ができるはずがなく、金はいくらあっても足りない。
たまにちょっとそれは、と思うことを言い出すオルカたちだったが、ベルナディックが説明すれば聞いてくれる。仕事の付き合いとしてはかなりやりやすい人たちだ。
早めの昼食だったがありがたく平らげ、コーヒーとかいうめずらしい飲み物までもらう。
まだ市井に普及していないらしいが、貴族の間ではブームが来ているとか。真っ黒でぎょっとしたし、味は苦いのか酸っぱいのかよく分からなかったが、不味くはなかった。
ほとんど雑談になりかけた頃、部屋の扉をノックする音が聞こえた。
「失礼します」
細い声だ。
若い女の子だろう。
「どうぞ」
オルカが声を上げると、遠慮がちに扉が開く。
部屋に入ってきたのは、やはり少女だった。
15、6歳だろうか、丸い頬に濃い青い瞳。茶色の髪を後ろでくくっている。服装は街の年頃の子たちと変わらない。垢抜けないが、そこそこ可愛らしい。
ダーデが彼女のそばに立って、背中に手を添えた。
「紹介します、私の姪で、メリーナと申します」
「メリーナです、よろしくお願いします」
少し緊張しているのか、語尾が震えていた。
おずおずと頭を下げるさまが、小動物のようだ。
「こちら、ベルナディックさんだ」
少女――メリーナは、再度頭を下げた。
「よ、よろしくお願いします……」
「……よ、よろしく」
自分は全く、なにも、聞かされていない。
「メリーナはこう見えても読み書き、帳簿の付け方、商人としての身振りは教えてあります。優秀です」
「は、はあ」
「彼女にはこの件を手伝ってもらうので、今日顔合わせできて良かったです」
「あ、そういう……」
「なにか?」
「いや」
嫁を探していると言ったばかりだ、年齢的には微妙だし、まさとはちょっと思っただけだ。
「ちなみに、彼女は私が娘同然に育てました」
にこりと、なんの曇りもない笑顔のダーデ。
なにか、迫力を感じる。
「メリーナには幸せになってもらいたいと……ええ、親馬鹿ですが」
「あ、はい」
……頷くしかできなかった。