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「気が長いから」と引き留められる

この『白金の山羊』ができて2年くらいだろうか。店の奥には来たことがない。まあ身内ではないので当たり前だろうが。

酒場を改装しただけのギルドだったから、作り自体は古い。けれど掃除も行き届いていて、表の荒くれどものたまり場からは想像できないほど静かだった。


「ここで待っててくれ」


ベルナディックが案内されたのは、小さな応接間のようなところだ。椅子がテーブルを囲んで4つ、キャビネットがひとつ。窓は雨よけが上がって明るい。

言い残してマスターがまた部屋を出ていき、ベルナディックは手持ち無沙汰にしばし待つ。

やがて、足音が聞こえ、ドアが開いた。


「待たせてしまいました」


現れたのは、酒場のもう一人の従業員の、壮年の男だった。少し細い体で、シャツにズボンという質素な装い。内向きの仕事をしているらしく、めったに酒場では見ない男だ。マスターとは血縁と聞いたが、確かに髪や目の色、雰囲気は似ている。

急いだのか少し息が上がっている。


「では、話そう」


その後ろからマスターが出てきた。

汚れていた服は糊のきいたシャツに、ベストとズボンと、小綺麗なものに変わっている。

表情は、いつも酔っ払っているマスターとは別人かと思うほど、きりりとしたものだった。

面くらうベルナディックに、椅子を勧めて彼らはテーブルにつく。

ここでようやく、緊張を覚えた。


(――何が始まるってんだ?)


そもそも、冒険者がギルドのマスターに直接タイマンで話すことなど――何か依頼でやらかしたとか、そういうことではないだろうか。

だが、ベルナディックには思い当たることがない。この店では依頼を失敗したことがない。


「改めて名を名乗ろうか。私はオルカ。この『白金の山羊』の酒場兼ギルドのマスターだ」

「何度か会いましたね。私はこの店の主任のダーデです。主任と言っても、帳簿をつけたり依頼を調整したり……内々のことばかりで表には出ませんが」

「ああ、覚えている……ます」


少し引きつった顔になったのは仕方がない。こう改まると、場末の酒場に何やら似つかわしくない男たちだ。

どちらかというと、上流階級の方々と近い空気がある。ベルナディックにはあまり縁が無い人々だが……

緊張がバレたのか、オルカが少し笑って普段通りでいい、と言ってくれた。


「じゃ、お言葉に甘えて。俺を呼んだ理由は?」


つっけんどんだと自分でも思ったが、なにせ理由もわからなければ、態度も正解がわからない。あちらは冒険者ともさんざん渡り合っているマスターだ、礼儀など求めていないだろう。


「いや、なに、冒険者をやめると聞いたからね」

「あ、ああ、まあ。おいおいに……」

「それを待ってほしくてね」

「………………………………はあ?」


なぜ、マスターが、ベルナディックのことに口を出すのか。

義理もなければ、意味もわからない。


冒険者は、冒険者だ。

言い方は悪いが、ただのごろつきとそう変わらない。その腕っぷしを磨いて、人の心配事を多少取り除くくらいの度量はあるが、それだって世のため人のためではない。ただ、住む場所がなくても才能がなくても、学がなくても、金を稼げる手段だと言うだけだ。

裏を返せば、誰彼にいちいち許しを得て冒険者になっているわけじゃない。


「……あんたらにそんなことを言われる義理はない」

「ああ、そのとおりで、すみません」


ベルナディックの機嫌が傾いたのを察したのか、主任のダーデが慌ててとりなす。


「こちらの事情を聞いてくれますか。実は、あなたにお願いがある」

「……まあ、聞くだけなら」


こうやって型を破って声をかけてくるくらいだ、何かのっぴきにならない話でもあるんだろう。

ありがとう、とダーデはほっと息をつく。


「まず、質問で悪いが、あなたは冒険者ギルドというものがどんなものかわかっていますか」

「ギルド?ええと、依頼を冒険者に仲介してくれるところで……だいたい酒場か、たまに宿だったり、商業ギルドと一緒になってたりする……」

「ええ。では、経営はどうなっているか知っていますか?」

「経営?」


思わずマスターを見る。

オルカはまんざらでもなく、ベルナディックの片方きりの視線を受けている。


「マスターがおり、その店であるというのは間違っていません」


説明し続けているのはダーデだ。


「冒険者は、その店に依頼を求めてやってきます。例えばこの『白金の山羊』にたむろしていればいつかいい依頼が来るだろうと、酒を持って一日粘ったり……」

「それで、そんな人同士で、こういう喧嘩が起こるわけだな」


オルカが口を挟むと、同時に、がっしゃーん!という音と誰かの怒鳴り声が聞こえた。その後複数の声と物音。


「……あいつら」


ベルナディックは思わず頭を抱えた。


「ええと、見てくるか」

「いい、いつものとおりだろう」


そう、マスター達の言う通り、毎日のように喧嘩は起こる。

血の気が多い連中だ、やれ酒が飛んだだの足がぶつかっただの、悪口を言っただの、ささいなことで拳が行き交う。

オルカが、笑いもせずテーブルのうえに手を置いた。


「私は、このギルドをもう少し、いい感じのギルドにしたい」

「いい感じ」

「そう、依頼人に手を上げて自慢気に話すような冒険者たちと、金をたくさん落としてくれる偉い方の架け橋になれるような」

「殴ったってこと、依頼人を」


こっくり……と同時に店の者たちは首を縦に振った。

ベルナディックは頭を振った。誰か聞かなくても数人思い浮かぶ、あんまり人相が良くない彼らを頭の中から消す。


「……はあ、あんたたちの言いたいことはわかった。で、なんで俺に声をかけたんだ」


「腕がいいのは聞いています。噂だが、あの魔狼を倒したそうですね。依頼でですか?」

「討伐自体は依頼じゃなかったんだが……成り行きで」


魔狼……強い魔物だった。姿は狼だが、魔物で、魔法を使う。かなり頭が良く、単体でも恐ろしいほどなのに、集団で行動することが多い。

珍しく護衛の依頼を受けたとき、偶然に遭遇してしまったのだ。

自分たちが討伐できたのは、奇跡だった。


ですが、とダーデは続けた。


「それも理由のひとつですが。そちらよりも……あなたは……気が長い」

「気が長い」


それは、どういう意味で。


「君以外の誰かに声をかけたとして、そこらにいる冒険者なら、今頃私らをボコボコにしていただろうね」

「そうですね、話が長いとか、意味不明だとか、指図するなとか、顔が気に入らない、とか」


最後のはちょっとどきっとした。

にこりと、なんの含みもなさそうに、ダーデは笑った。


「数多いる冒険者でもそうそう、最後まで話を聞いてくれる人はいません。ですから、頼みたいのです。依頼と言ってもいい」

「このギルドをどこよりも平和で金回りがいいギルドにしたい。その協力をしてくれないか」


その言葉は、とても真摯だった。

ベルナディックは、しばし、目をつむった。

右目は潰れて、使い物にならない。だから、左の目だけ閉じる。

そして上を向き、目を開けて、何の変哲もない天井を眺めて――


「いや、なんで」


心から、とてもそう思った。

たしかに、このギルドに登録した縁はある。

だが、それだけだ。何か恩があるとか、それなら考えるが。

この店がどうなろうが、知ったことではない。この街にはもうひとつ老舗のギルドがある。最近はそちらを使ってないが、万が一白金の山羊がなくなってもあの『山脈の風』ギルドがあるから問題ない。


オルカたちは、けれど、ベルナディックの反応は折り込み済みだったようだ。


「もちろん、ただで協力してくれというのは虫が良すぎます。報酬はもちろん出します。そのほか、何か要望があれば言っていただければ」


流れるように言葉を添えてきたダーデに、妙に背筋が痒くなる。


「商人みたいなことを言うな?」


オルカが苦笑した。


「言い当てられたな。私は……一族は商人だった。今はしがない酒場のマスターだが」

「悪いが、気が乗らない」


ベルナディックは立ち上がる。


「待ってくれ」


間髪入れず、声がかかる。

左目をやると、予想外のオルカのすがるような表情が飛び込んできた。彼は半分立ち上がっていた。


「考えてほしい。仲間とも話し合ってくれ。先ほど揉めていただろう」

「……期待はしないでくれ」

「いや、待っている。君は、依頼人と揉めたことは?嫌がらせや裏切りは?」


こいつは、と、思わずオルカを睨みつけた。

彼は顔を崩さなかった。


「そういう、冒険者たちの不幸も減らしたい。その意味で、君に声をかけた」

「……」

「いつでもいい、決心したら言ってくれ」


答えは持たないベルナディックは、無言で部屋を出た。

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