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嫁を探して引退したい冒険者

三十路を目前にすると、やんちゃをしていた男でも安定した生活に憧れを抱くものである。


冒険者になってはや15年。危険と隣り合わせの、自分の力のみで戦い、何の保証もない生活。それなりに働いたし、何より生き残った。


――もう、いいのではないか?

おそらく、幸運にも自分は成功した方の冒険者だ。金はそこそこ貯まり、五体満足、とは言えないがまだ魔物相手に大立ち回りできるほどの身体は残り、日常生活はもちろん健常に送れる。

それが奇跡であるというのは、十分身にしみているような、そんな半生だった。


だから、許されてもいいはずだ。

危険な仕事を辞め、所帯を持ち、田舎で畑でも耕し、両親に孝行する。

そう決めた。


「というわけで、俺は冒険者から足を洗う」


賑やかしい酒場では、同じテーブルにつく仲間に話すのも容易じゃない。結果、大きな声になってしまい――

しん、と周りが静かになった。

どうやら、今の宣言を酒場の全員に聞かれてしまったようだ。


発言の主、ベルナディックは、しまったという様な顔をする。

小麦色の髪で、顔が右半分隠れている。温和そうな赤茶の瞳、精悍な、けれども人が悪いようには見えない。がっしりとした体を覆う服装は、チュニックに金属の軽鎧、革のグローブと標準的な冒険者のそれ。


「「「は、はああああああ!?」」」


とは、同じ席に着いた仲間三人の声。質もイントネーションもバラバラなのに、音と長さは一緒だった。

それから、ざわざわと周りから、さざ波のように広がる。


「おい、……」

「聞こえたか……?」

「ベルナが……」

「ちょ、ちょちょちょ、どういうことよ、」


ひときわ慌てたのは、仲間の斥候だった。

赤い髪で、そばかすが浮いた愛らしい顔。少し幼く見えるが彼女は成人している。軽鎧と体にぴったりとした衣服。仕事中は自分の布擦れの音が気になるらしい。緑の吊りがちな瞳は焦っていた。


「いきなり過ぎない!?」

「いきなりじゃないぞ、結構考えてた」

「俺、初めて聞いたぞ、どうして」


途方に暮れたような顔をするのは、少し年下の仲間だ。緑の髪を後ろに撫でつけ、灰色の目をしょぼつかせている。体格はよく、さらに鎧の重いものをつけているため幅は取っている、が、本人がのんびりの性格のせいか、そこまで威圧感はない。


「一言も言ってくれなかったじゃないか」

「そうだぞ、無責任だろうが」


最後の仲間、妙に黒い目が鋭い、色の薄い髪があちこちにつんつんと跳ねた男。ほとんど鎧の類はつけず、わずかに肩当てと手甲だけ。さっきまで酒を持っていたが、どこかに消えている……彼の後ろの同業者が、床を見ているので、なんとなく察した。


「フェルディナンド、お前酒落としたのか」

「ンなこたどうでもいい!お前のほうが問題だ!」


こちらに指を突きつけ、


「パーティーリーダーが抜けるだと?相談くらいするもんだろうが!」

「お前から相談とかいう言葉が聞けるとは」

「いつの話してんだ!」


うがあ!と吠えるような声で、フェルディナンドはテーブルを叩く。


「ともかくだ!そんな重要なことをあっさり一人で決めんな!なんか俺らに問題があったかよ!」

「……ああ、そうとったのか」


これはさすがに自分のせいだとベルナディックは反省した。

ずっと悩んでいたことだが、結局決めるのは自分だと、特に話してはいなかった。


「いや、深刻なことじゃない。安定した生活がしたいだけで……ほら、もう、俺だって年だし」

「確かに仲間では最年長だけど、年ってほどじゃないでしょ」


どこか険のある目で、斥候のポリアンナ。


「冗談やめてよ」

「冗談じゃなくて……本当に、辞めるつもりだ」

「でも、いきなりだよ、やっぱり」


盾を甲羅のように背負ったニーチェはまだ心細そうな顔をしている。それも誤解を受けているようだ。


「ああ、今すぐにってわけじゃねえよ。キリのいいところまではもちろんやるさ。準備できたら、田舎に帰るっていう――」


「『魔狼殺し』のベルナが冒険者やめるってよー!」

「やったぜ!これで枠が増える!」

「バッカ!てめえらごときに後釜務まるかよ!」

「んだとコルァ!」

「なーなーポリアンナ、ウチに来ねえか?そこのバカは飽きただろ?」

「じゃあフェルデはウチが引き取るー!」

「お呼びじゃねえよ!ところでニーチェ、タンクがほしいって前から思っててよ、」

「『魔狼殺し』パーティー解散なら、次のトップは『蜜蜂』か?あ、今日いねえ」

「山羊のトップはウチだろうが最初からよぉ!」

「魔狼殺ったパーティーなんてそうそうあるかよ、寝言は寝て言え」


「うるせえな」


フェルディナンドが最大限にお上品な言葉で悪態をついた。

隣のポリアンナが顔をしかめたが、この周りのうるささのせいか、フェルディナンドのせいか、ちょっとわからない。

ふと、テーブルに陰りができた。

え?と後ろを振り返ると……ぬうっと、見覚えのある男が立っていってぎょっとする。


酒臭い。

彼に会うとき最初に思うのはいつもそれだ。今も酒瓶を片手に顔が真っ赤だ。

もうお年寄りの年齢だが、こんな酒場を経営し、ギルドも作ったのだからしっかりしている。はずだ。いつもこの酒場『白金の山羊』にくると、カウンターで飲んだくれているが。いちおう、ここのマスターだ。

白髪交じりの黒髪でかろうじて整えているが、髭はまばらに残っている。服も毎日洗濯はしているようだが、酒シミは襟にいくつもある。……今日は、襟どころか胸元までほとんど赤く染まっている。

が。その黒い目を見ると。

今まで見たことがないほど、真剣だった。


「ベルナディック、ちょっと来てくれるか、ひとりでだ」

「あ、ああ……」


中肉中背、とくに特徴もないようなマスターの体が、やけに大きく見える気がした。

彼は背を見せ、店の奥へと歩いていく。


「ベルナ?どうするんだ?」


ニーチェが心配そうに伺ってくるが、返事しようがない。


「呼ばれたし、行ってくる。その後でちゃんと話そう」

「……ったく、今日は依頼も受けらんねえな」


フェルディナンドが店の壁を振り返る。そこには一面、紙片が貼り付けてある。すべてが、この店に依頼された案件だ。

それを請け負うのが冒険者である自分たちの仕事。


ここ『白金の山羊』は、街角にままある冒険者ギルド。


その客である自分たちも、珍しくもないと言える程度の冒険者だった。

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