1.夜霧のひとり言
暗がりにざっくざっくと枯れ葉や小石を踏む音がする。廃教会の寂しげな雰囲気に似つかわしくない楽しげな声が響く。
今日は、大学のサークル同士で合同の心霊スポットへ肝試しにきている。近所迷惑を考えず、五月蝿く駄弁りながら記念撮影をした。
それにしても不思議だ。心霊スポットに向かう道中、木々のざわめきや虫の声などを耳にすることがなかった。
大学生一年の柴崎楓は、同じサークルの五人の中でもっとも背の高い牛尾敦の腕へしがみつく。彼女は百四十センチの低身長女学生で、サークル内のちやほやされるお姫様のような存在。
「もう帰らない?怖いよ」
「何で?こんなの怖いうちに入らない」
楓の態度に上機嫌の敦は、ここぞとばかりにアピールをする。
私こと仁嘉麻沙季は内向的な性格である。人より少し度胸があることを除けば、普通の大学生モブなのだ。
陽キャに囲まれて萎えるわー。何で私ここにいるんだっけ?確かに私は、サークルの一員ではあるんだけど。私って部屋の隅っこにいるモヤシなんだよね。
人数合わせだと無理やり合コン肝試しに連れてこられたのだ。
不思議だな虫が全然いないや何て考えながら、前を歩いているサークルメンバーから二歩後ろをボーッと歩く。
あれ?気のせいかな。何か聞こえる。これは音!?でも何でこんなところで。
「ねぇ…何か聞こえない?」
他のサークルメンバーにも聞こえているようだ。
はい、はい。どうせヤラセでしょ?現代にお化けなんているわけがない。
私と同じことを考えたようで、敦がズカズカと音が聞こえる方へ歩みを進める。
何故だか私も音に引かれしまい、足を引っ張られたかのように近づいてしまった。
「丑三つ時に蛙さま、花型開けば小豆人形。ちょいと陰を照らしてくれさ。日鳴る魂、逃げ上戸」
近づいて行くと聞こえていたものは鮮明になり、音は歌になる。
この呪文のような歌は、薄暗い教会内に響き渡り、私の心を震わせた。壁には、ひび割れた絵画が斜めに掛けられ、その暗い眼差しが私を見つめているようだった。
以前読んだ文献には、蛙とはこの土地でかえりと呼ばれている。そして黄泉の国から返えしてくれる神聖な生き物であること。
黄泉から帰る、つまりは黄泉返り。
古い地方の話しは大体そんなものだと、あまり深くは考えていなかった。
私は文献の最後の文章を思い出した。蛙信仰は、いまだに忘れられていないということを。
そこで私はふと気づく、巻き込まれてしまったと。このままここにいてはいけない。
私の周りには誰もいなくなっていた。
「誰かいませんか?敦君、楓ちゃんどこ行ったの?」
再び周囲を見渡しても、誰もいない。私は迷子になってしまったのだろうか?
非常に不味い事態だ。こういう時は、あまり動かず助けを待つのが無難だそうが。動いていないと怖くて死にそう。
いつまでもこの場所で一人ぼっちでいるわけにはいかない。私は必死に出口を探したが、どこにも見当たらない。恐怖が私を蝕み、体が震え始めた。