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第7話 氏神様は求婚する

 雪矢は衣緒里を連れて空の彼方に昇った。天界を目指しているようだ。

「どこへ行くの?」

「景色のいいところ」

「何をするの?」

 その質問には答えずに

「衣緒里に伝えたいことがあるんだ」

 そのまま上へ上へと上昇していく。雲が切れたところで、見たことのある景色、天界に着いた。


「僕は探しものをしてくる。この辺りで待っていてくれ、衣緒里」

「えっ?お白様ちょっと…!」

 雪矢はさっさと消えてしまった。


「あら、衣緒里」

 声をかけたのはアマテラスだった。長い黒髪を腰まで垂らし、耳の脇の髪だけ円状に束ねた髪型をしている。束ねた所に花飾りをつけており、なんとも可愛らしい。この間は眩しくて顔を見れなかったが、今日はちゃんと見える。控えめな顔つきの日本美人だ。


「アマテラスさん。先日は『神の祝福』をありがとうございます」

「いえ、いいのよ。私も嬉しいの。タカミムスビが伴侶を連れてきてくれるなんて初めてのことだもの」

 タカミムスビとは雪矢さんの別名だ。

「雪矢さん、今まで伴侶はいなかったんですか?」

 何千年も生きている神様だ、伴侶の一人や二人いてもおかしくない。

「タカミムスビは作らなかったわねえ。縁結びの神様なんだから、自分の縁を結ぶのは簡単でしょうに」


 どうして長い間独り身を通してきたのだろう。作ろうと思えば作れるはずの伴侶を携えず。

「アマテラスさん、タカミムスビの話を聞かせてください」

「あら」

 アマテラスはふふふと笑った。

「夫となる方の昔話なんて聞かせていいのかしら」

 そう言いながらも楽しそうだ。


「そうね、タカミムスビは三兄弟の二番目として生まれたの。いずれの神も強力な力を持っているわ」

「お白様、兄弟がいたんですね!」

「それから、この天界が荒れた時は率先して平定してくれたりね」

「そんなことがあったんですか」

「普段は穏やかだけど、いざという時は頼もしい神様なのよ。衣緒里は彼を夫にできて果報者ね」

 雪矢さんの天界での評判はすこぶる良いらしい。


「アマテラス!久しぶりだな」

「スサノオ!あなた地上に行ったっきり何してたのよ」

「そりゃあ、姉さん、俺の嫁を探してたんだよ。俺もタカミムスビにあやかって人間の嫁がほしいなってね。おや、噂をすれば衣緒里。来てたのかい?」

 筋肉隆々のマッチョに声をかけられる。


「先日は『神の祝福』をありがとうございます」

「うん、いいよいいよ。タカミムスビにとっては初めての妻だろう?可愛がってもらってるか?」

「えっと、ええ、まぁ」

 執着が強すぎてうっとおしいとは言わないでおいた。

「そうかそうか。ところでツクヨミは?」

「もうすぐ夜で出番だからってギリギリまで寝ているわ」

「ふーん、衣緒里のこと紹介したかったなぁ」

 スサノオが衣緒里の手を引っ張って抱き上げる。


「えっ、なんですか!?」

「天界を案内してやろう。タカミムスビは今不在なのだろう?」

「スサノオ!衣緒里はタカミムスビの妻ですよ!はしたない真似はおやめなさいな」

 アマテラスがスサノオの袖を引っ張って注意する。

「ええ〜っ、ちょっとここいらを一周してくるだけだよ、いいだろう?」

 そう言って強引に衣緒里を連れ去った。


 衣緒里は天界の花畑に来ていた。

「きれいだろう?ここには地上では咲かない花がたくさん咲くんだ」

 確かに虹色や透明の花が混じっている。花畑ははるか彼方の地平の向こうまで続いている。

「あら?」

「ん、どした?」

「あの天上に咲いているのは?」

「ああ、あれはシラユキゲシだ」

「シラユキゲシ?」

「天上でも上空の崖の上に咲くんだ。神でも取りに行くのが大変なんだ。なにせあの花には神力が通用しない。誰かが地上から移植したとかしないとか、そんな噂があったな」


 私はその花に見覚えがあった。昔、お白様の神社に咲いていた。最近は見かけなくなったけれど。


「私、あの花を取りに行きたい」

「えっ?あの花はやめときなよ。崖の上で危ない」

「大丈夫」

 私はスサノオを無視して崖をどんどん登った。心配したスサノオもついてくる。

「ひゃー、神力が使えないって本当なんだな!俺も地道に登るしかないなんて」

 崖は登るほど行き先が狭くなっていく。衣緒里が登るごとにカラカラと土が崩れる。

「衣緒里、止めよう。こいつは危ない」

 スサノオはしきりに止めるが、衣緒里は進んでいく。一番上までくると、そこにはシラユキゲシが群生していた。

「この花……」

 この花は確か……。



 幼稚園の頃だったろうか。晴臣と近所で遊んでいると、お白様の神社の森で群生しているのを見つけた。

 きれいだきれいだと騒ぎ、手折ろうとした衣緒里。社務所から出てきたのは若い宮司らしき男だった。

「この花が気に入ったのかい?」

 衣緒里が頷くと

「手折るのはあまり良くないんだ」

 そう言って折り紙で作ったシラユキゲシを二つ取り出し、一つを衣緒里の髪に挿してくれた。もう一つは一緒にいた晴臣に渡された。

 あの人は確かーー。


「雪矢さん……」


 そうだ、雪矢さんだ。今と変わらぬ顔貌に背格好。歳を取らぬということは、やはり神様だからだろう。

 雪矢さんは私があんなに小さい頃から、あの神社で地域の人々を見守ってきたのだ。いや、もっともっと昔から、彼は自分の氏子を見てきたのだろう。



「わお、すごい群生。この花は地上の花だな。衣緒里。一本手折っておまえに贈ろう」

 スサノオが花に手をかけた時、

「ダメよ、スサノオ。この花は手折ってはダメ」

 衣緒里が止める。

「しかしこの花が気に入ったのだろう?衣緒里」


「その花はダメだよ、スサノオ」

 今度はタカミムスビこと雪矢さんが現れてスサノオを止める。

「タカミムスビ?なぜダメなんだ?可愛い衣緒里に似合うと思ったのに。それに俺はこの女が気に入った!」

 そう言うとスサノオは衣緒里を抱き上げた。連れ去ろうというのだろうか。シラユキゲシの群生の中心でスサノオが浮こうとした。だが、神力が通じない領域のためか、浮くことができない。


「スサノオ、衣緒里を返しなさい」

「やだ。俺も人間の嫁がほしい。衣緒里を譲ってくれよ」

「ダメだ。嫁なら自分で探せ。さあ、衣緒里を返して」

 雪矢とスサノオはしばらくの間黙って睨み合っていたが、凄む雪矢に負けてスサノオはしぶしぶ衣緒里を腕から下ろした。名残惜しそうに衣緒里を見つめている。


「そんな目で見てもダメだよ。衣緒里は私の妻だ」

 雪矢がスサノオを睨むので、スサノオは衣緒里を攫うことを諦めた。

「衣緒里はおまえだけのものだって言いたいんだろ。わーったよ。俺は退散する」

 スサノオは崖を一人で降りて行った。



「衣緒里、話があるんだ」

 雪矢は衣緒里の手を引いて、シラユキゲシが一番良く見える高台に連れて行く。

「ねえ、雪矢さん。このシラユキゲシの花畑は雪矢さんが作ったの?」

「そうだよ。地上にだけ咲かせておくのは勿体ないと思ってね。けれど地上の花は地上の環境でしか咲かない。だからここは神力が通じない場所に変えたんだ」

「シラユキゲシを移植したのは雪矢さんだったのね」

「うん」

 雪矢はしばらく花畑を見つめてから

「衣緒里に渡したいものがあるんだ」

 衣緒里の前で跪いた。


「なあに?」

「うん、本物のシラユキゲシを手折ることはできないから、代わりにこれを」

 雪矢は白い花飾りの付いたかんざしを差し出す。

「これは?」

 その花飾りは、昔、お白様に貰った折り紙のシラユキゲシに似ていた。

「君の好きなシラユキゲシを象った。これを君に贈りたい」

「どうして…?」


「衣緒里、私の妻になってくれ。天界でも、地上でも。本物の夫婦として君の命尽きるまで共に暮らそう」


「……でも」

「衣緒里の心は今、半分は不承知で、半分は承知しているんだろう?」

「なぜ…?」

 なぜそれを知っているのか。神様は私の心を見抜いている。

「衣緒里の心が承知に変わるまで待つよ。何年でも。神にとっての数年なんて、一瞬のことだ」

 そう言って、衣緒里の耳の横にかんざしを挿す。そうしてかんざしを挿したあたりの髪にそっと口吻を落とした。


「君のことが大好きだ」


 そのまま雪矢は衣緒里を優しく抱きしめた。衣緒里は返事もできずに優しい温もりに包まれたまま、ただシラユキゲシが揺れるのを見つめていた。


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