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第5話 縁結びの神様のお仕事は

 お白様が作った家で過ごすようになって三日。土曜日の今朝、私はいつもの通り朝寝坊を堪能していた。

「衣緒里。起きて」

 うーん。うるさいなぁ。

「衣緒里」

 もうちょっと寝かせてよ。

「ダメだよ衣緒里。もう10時だ」

 いつもは昼まで寝ているよ。

「君が休日に朝寝坊なのは知っているけどね。今日は起きてもらわないと困るんだ」

 右頬をパシパシと軽く叩かれる。それでも強情に起きないでいると、


 チュッ


 叩かれた頬にキスをされた。今度は唇を狙われそうな気配がしたので、すかさず目を開けた私は

「何するんですか、お白様ぁ」

 迫る雪矢さんの顔を両手でグッと押さえて阻止をした。

「やあ。やっと起きたね」

「どうして寝かせてくれないんですか。というか、なんで私の部屋に入ってくるんですか。勝手にキスにないでください」

 一気に捲し立てる。

「まぁまぁいいじゃない。僕たち天界では夫婦だし、ここ地上でも婚約者だ」

 朝食を用意して待っていてくれた雪矢さんはお膳を部屋に運んでくれた。

「ここは至れり尽くせりだろう?」

 確かに雪矢さんが用意した家は重厚な日本家屋で、与えられた部屋も清潔で広かった。その上、三食きちんとついてくる。

「その上、僕という麗しい夫もいる」

 雪矢さんは私の心を読んで付け加えた。

「めんどくさい神様がいなければ最高です」

 私は心を読まれた腹いせにやり返した。

「また可愛くないことを言う」

 雪矢さんは口を尖らせた。


「今日はね、神様の仕事をしに行くんだけど、妻である衣緒里にも手伝ってもらいたいんだ」

「神様の仕事?」

「うん。縁結びの仕事」

 それはちょっと面白そうだ。

「興味を持ったようだね。食べて着替えたら早速、天界に行こう。なんなら着替えさせてやろうか?」

 私のパジャマのボタンに手をかけたので枕を投げるつける。

「衣緒里は可愛いなぁ〜」

 そう言って雪矢さんは退散していった。


 私はプリプリしながらも、用意された朝食はモリモリ食べた。



「ねぇ、雪矢さん」

 朝食を食べ終えて着替えながら、隣の部屋で待機する雪矢さんに声をかけた。

「なんだい」

「縁結びの仕事って、実際どんなものなの?」

「それは天界に行けば分かるよ。お、着替え終えたようだね」

 お白様は私の部屋の襖を開けると

「よく似合ってるじゃないか」

 と言って嬉しそうな顔をした。

 私は巫女の装束を着せられていたのだ。

「この服って、何か意味あるんですか?雪矢さんの趣味?」

「うん。その格好じゃなきゃいけないわけじゃないから……まぁ僕の趣味」

 うん?


「さあ行こうか」

 ニコニコしながら私の手を取り、空へと舞い上がる。

「家のある鏡の中の森からは行けないの?」

「行けるよ。でも神々のいる場所まではちょっと遠回りになるし、あの森一帯は僕と衣緒里の新居だし、新婚の今あそこは神聖な場所だから通りたくないなぁ」

「結婚したての夫婦みたいな言い方、しないでくださいな」

「結婚したじゃないか。僕ら天界で」

「あれは雪矢さんが図って私を妻にしたんでしょうが」

「細かいことは気にしない方が長生きできるよ、衣緒里」

 空を浮かぶ雪矢さんは私を後ろから抱き抱えて頭頂にキスを落とす。

 抵抗するのも面倒になった私はされるがままにしておいた。



「仲がいいな」

 ほっそりとした体つきの黒髪を結い上げた真面目そうな神様が、私たちの様子を見て声をかけてきた。

「サルタヒコ!久しぶりだな。これが妻の衣緒里だよ。先導を頼めるか?」

「いいとも。夫婦の祝出だ」

 サルタヒコ神は私たちの前をヒュンと飛んで道案内をしてくれた。ついていくと、小さな神殿があった。


「着いたぞ」

「ここだよ、衣緒里」

「ありがとうございました」

 ゴホンと咳払いをして視線を左右に振った後、サルタヒコは私の前髪にキスを与えた。

「神の祝福だ。おめでとう、衣緒里。応援しているよ」

「ありがとう」

 私の代わりに雪矢さんがお礼を言った。

「夫婦の初仕事、頑張れよ」

 そう言うと、サルタヒコはヒュンと飛んで消えた。



 神殿に入ると、そこには何もなかった。神殿の中心部は広場のようになっていた。近づくと、穴がぽっかりと空いていて地上の世界が見えた。

「わわ、何これ?」

「ここから下界を眺めながらご縁を結ぶ人たちを選ぶんだよ」

「ここから?どうやって?」

「これさ」

 雪矢さんは長い槍のような棒を二つ、取りだした。


「これを下界に向かってかき混ぜるんだよ」

「かき混ぜるだけ?」

「うん。かき混ぜて出会った人間同士にご縁ができる」

「へええ」

「衣緒里もやってごらん」

「え、私、神様じゃないのにいいの?」

「ここでは君は僕タカミムスビの妻。問題ない」

 私は手渡された長い棒で下界をかき混ぜる。もくもくと雲ができて、どんどん下が見えなくなる。


「ええっ、これ、下の様子が見えない」

「はは、衣緒里はまだ初心者だからな。貸してごらん、一緒にやろう」

 雪矢さんは私が持っていた棒に手を添えると、一緒にかき混ぜた。雲が晴れ、地上で人間同士が行き交うのが見える。

「あ、ほら、あそこの男女がぶつかった。あっちも。こっちも」

「あれでご縁が結ばれるの?」

「そうだよ。数週間後には僕の神社にお礼参りに来るから見ておいで」

「ふうん」

 一通りかき混ぜ終えると、雪矢さんは槍のような棒を脇に置いた。

「今日はこれくらいでいいかな」

「もう帰るの?」

「いや」

 まだ仕事があるらしい。


「もっと大事な仕事がある。夫婦の仕事だ」

「夫婦の仕事?」

「さっき、サルタヒコが夫婦の祝出に先導してくれただろう?サルタヒコは道開きの神。よい祝出ができると思う」

「それで夫婦の仕事って何?」

「そりゃあ、決まっているだろう。神の子どもを作ること。ね、衣緒里……」

 雪矢さんは私の肩を押すと床に倒した。上からの目線で言い放つ。

「新しい神様を作るんだよ、二人で。これも夫婦の大切な仕事だ」

 そうして私に強引にキスをした。強い力で抑え込まれ、離してもらえない。


 バチン!私は平手をお見舞いした。


「手は出さない約束でしょう!?」

 雪矢さんは平手を受けた頬をさする。呆れた顔をした。

「衣緒里が考えているようなことではないんだ。神を作るにはあそこの棒で下界をかき混ぜるだけなんだから」

「棒ならさっき一緒にかき混ぜたじゃない」

「縁結びと神作りではやり方が違う」

「それでも嫌!」

 私が全力で拒否するので、雪矢さんはやれやれという顔をして諦めた。


「縁結びの神が自分の縁を結べないなんて、先が思いやられるなぁ」

「神様なんだから数年待つくらいどうってことないでしょう」

「そりゃそうだが。……ん?」

 お白様はニタリと笑って後ろから私の肩を掴む。そしてぎゅっと抱きしめた。

「衣緒里、数年後なら神様作ってもいいの?」

 

 !!!!!


「言葉のあやって知ってる!?」

 雪矢さんの手を振り解いて、その手をパシリと叩いてやった。



 数週間後、神社で巫女のアルバイトをしていると、お礼参りにくる何十組のカップルと出会った。

 この神社で縁結び祈願をしたら、良いご縁に恵まれたのだとか。

「ありがとうございます」

「僕、ずっと彼女できなかったので、嬉しいです」

 そんな報告を次々に受けた。

「次は結婚の報告かな?」

 神殿の鏡の中から様子を見ていたお白様は、嬉しそうにささやいた。

  

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