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第33話 美しさ奉納の舞

「雨が止まないな」

 分厚い雲がかかる空を見上げて、雪矢はため息を漏らす。

 雨が上がらないと、イザナミに奉納する舞が舞えないのだ。


「ねえ、雪矢さん。雪矢さんは『神の果実』を持って帰ってどうするの?」

 そうだなあ、と雪矢は考え込んだ。

 本当は衣緒里に食べさせて何千年もの寿命を与えたかったけれど、衣緒里はそれを望んでいない。

 神である自分が食べて寿命を延ばしたところで、さほど意味を為さない。

 コンとアカにでも与えるか?

 けれどあいつらも元はといえば神獣。寿命は神と同じくらい持っているだろう。


「与える相手が思い浮かばないな。嫌がらせで晴臣にでも食べさせるかな」

 雪矢はふふふと笑って不気味な声を出す。晴臣が何千年も一人で生きるところを想像してほくそ笑む。

「かわいそうだからやめてあげて」

 衣緒里が真剣に止めた。


「僕はね、あの小僧が妬ましいんだよ」

 雪矢はため息混じりに自分語りをし始めた。

 衣緒里と同じだけの寿命を持ち、衣緒里と共に同じ時間を過ごすことができる晴臣が羨ましい。 

 自分も人間になれたなら。衣緒里と同じ長さの時間を生きることができたなら。


「イザナミさんに、人間になる方法を聞いてみたらどうだろう?」

 衣緒里が唐突にそんなことを言い出した。実現可能なことがあるのではないかと考えたのだ。

「人間になる方法を?」

「もしくは、人間にはなれなくても、寿命を縮める方法、とか」

 寿命を縮める方法か。

 雪矢は可笑しくなって小さく笑った。

 元来、人間達は永遠の命を求めてきたというのに、神である自分はそれに反して寿命を縮めたいと願っている。相反する願い。こんなに可笑しいことがあるだろうか。

 

 そうだな。舞を奉納し終わったら聞いてみるのもいいかもしれない。

 雪矢は窓の外の景色を見つめながらそう言った。外は雨でくぐもり、何の景色も見えなかった。


 翌日、ようやく雨が上がった。

 雨煙が晴れ、美しい山々の稜線が現れた。木々の葉から雨粒が滴り落ち、水溜りに波紋ができる。

 だが太陽が出ることはなかった。アマテラスが不在だからだ。山の彼方まで曇り空が続く。イザナミの力でほんの少しの光を保っているのだ。


 イザナミへの奉納は午後から執り行われることとなった。


 雪矢は真っ白で簡素な男物の装束を羽織る。着物の形をしたそれは白に近い銀髪の雪矢をより白く見せた。


「ああ、こわやこわや」

 午前中にイザナミへの奉納を済ませた一団がざわざわと騒ぎながらこちらにやってくる。

「イザナミは今日はとんと不機嫌じゃ。アマテラスを黄泉の国に呼んで太陽を昇らせることにまた失敗したようだ」

 どういうことですかと、衣緒里は一団の会話に割って入った。

「わしらの奉納を気に入ってもらえなんだ。それどころか去れとまで言われてしもうた。こわやこわや」

「あの、どんなものを奉納したのですか?」

「お稚児だよ。可愛い男のお稚児の舞を差し出したんだが、えらく不機嫌だったな」

 ……男の子の舞。もしかしてイザナミが男嫌いということに関係しているのだろうか。

 どういうことだろうと雪矢も首をひねった。


「ねえ雪矢さん、着替えて」

 衣緒里は思いつきを行動に移そうと、いたずらっぽく笑う。

「いっそ女の人の姿で舞えば受け入れてもらえるんじゃないかしら」

「しかしここではイザナミの力に負けて神力は使えないのだぞ」

「姿を変えることくらいはできるのでしょう? だって今の雪矢さんの姿だって私の好みに合わせているだけで、本当の姿ではないんでしょう?」


 そういうわけで、雪矢は女性用の衣装を身に纏うことにした。

 それどころか、雪矢自身が女性に化けた。

「まさか女性にでも化けるかと言った冗談が本当になる日が来るとはなぁ」

 

 そうは言っても、女性になった雪矢は天女のように美しい。

 長く伸びた白い髪、憂いを帯びた切長の瞳、細くハの字に垂れた眉。

 唇は艶やかで、吐く息からは果物の匂いがする。

 しなやかに伸びた肢体は細く、けれども肉が付くべきところには付いている豊満な身体。


 衣緒里はため息を漏らした。

「私が男だったら一目惚れしちゃうわ。嫉妬するなんておこがましいくらい美しい」

 そう褒めた。

「衣緒里は惚れっぽいんだなぁ」

 なんて言いながらも、まんざらでもない雪矢。衣緒里を引き寄せて抱きしめる。身長は女雪矢の方が高いので、すっぽりと覆われる形となった。

「さて、行ってくるね」


 奉納の舞台は宿屋の前に用意された広場だった。

 太陽光が少ないので篝火を焚いて光を演出する。

 衣緒里は宿屋の前から見学することにした。

 イザナミは空の彼方から見ているのだという。


 篝火に照らされて女性の雪矢が登場する。

 音楽はない。

 長いヒレのような布を巧みに動かし、まるで衣が一人でに動いているかのような演出をする。

 その動きが音楽のようで、音のない世界にメロディを紡ぎ出す。

 

 天女が舞う。

 その踊りは伝統的な日本舞踊というよりは、[[rb:現代舞踏> コンテンポラリー・ダンス]]に近いものがあった。

 自由で闊達な動きをする踊りだ。天女が本当に舞い降りたかのような錯覚を見るものに与える。

 白い髪と赤い唇の妖艶な天上の女性。天女と視線が合ったものは惚けてその場に崩れ落ちる。


 踊りの最後は雪矢が舞台から姿を消して終わった。


「良きものを見せてもらった」

 空の上から雷鳴が響いて、イザナミが降りてきた。

 イザナミは痩せ細った体付きからは想像もつかない大きな声を轟かす。

「我はいたく気に入った。タカミムスビよ、そなたが男であるのが勿体無いな」

 拍手をして満面の笑みで雪矢の舞を褒め称えた。


「さて、そなたが望んでいたのは『神の果実』の人間界への持ち出しだったかの」

 イザナミは衣緒里のいる宿舎の方に目をチラリと見やった。


「はい。ですがその前に、許されるのならば、お伺いしたいことがございます」

「聞きたいことは分かっておる」

 イザナミは雪矢の元に降り立つと、宙に浮いた状態で腕を組んで雪矢を見下ろした。

「人間になりたいのであろう? あるいは人間と同等の寿命が欲しい、と」

「……はい」


 ふうむと親指と人差し指を顎に当てるイザナミ。

「お主はそれで良いのか? 神の座を退いてまで人間と共に生きたい、と」

「……はい」


 イザナミは少し笑った。その笑みは思いの外優しいものだった。

 今までもこうした申し出をしてきた神々がいたのだろうか。

「できなくはない。だが、代償がある」

「代償とは?」

「今までそなたと関わった全ての人間の記憶からそなたが消える。もちろん、人間の小娘との結婚も無効となる」

 つまり、衣緒里の不老も無効だ。 

「記憶のない小娘と、そなたはどう添い遂げるつもりだ? 人間になれたとして、小娘はそなたではなく幼馴染の男を選ぶかもしれぬぞ。神議りではそのような結果が出ているのであろう?」 

 雪矢はぐうの音も出なかった。

「それでも。それでも私は衣緒里を見つけ出して再び恋人にします。奪われたなら奪い返します。必ず衣緒里を手に入れて添い遂げてみせる」

 

 雪矢の決心は固かった。

「そこまで心を決めているのなら、教えてやろう」

 イザナミは雪矢の側に寄って耳打ちをした。背が高いので雪矢と並ぶと大柄な女神が二人、内緒話をしているように見えた。

  

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