そして折れる。
「さっさと選べ野ネズミ。明日からまたハダカ鼠になられたら気分が悪い」
「なに言ってんだレイちゃん。ああいうのが生活の潤いってやつだろ。俺様寧ろ大歓迎」
「脳みそ腐った変態は黙れ」
だから変態はねぇだろ!とそこだけ訂正するライアーと心底つまらなそうな顔をするレイを首を傾け覗き込みながら、やっぱりライアーの方は比較こちら側に近いとグレシルは思う。
今まで相手をしてきた裏稼業にも近い匂いがする。自分に対して唯一〝まとも〟な反応を示してくれるのは彼だけだ。
まさか誘った時点でジャンヌに許可を求められるとは思わなかったが、一番自分に揺らぎそうなのは彼だろうと今までの癖で分析してしまう。
途中で気付き、一人首を振る。もう、そういうことをするのはやめたのだと。それをやれば、自分は今度こそ生きる手段を奪われるか裏稼業にいつかは捕まり殺される。
しかし、一度根付いた習慣と目の前の獲物に少し疼くものもあった。しかも、ライアーの方には自分に好意があると名言されている。
「…………ねぇ、ライアー……で良かった?」
ほんの試し。ちょっとした悪戯心程度の気持ちで、つんつんとライアーの裾を指先で引いてみる。
特別甘えた、純粋に聞こえる声でそこに僅かに低めた色を放つ。
別にこれでまた陥れるまでしようとはまだ思わない。しかし先ほども自分の身体についての自信を複数の男性陣から折られた後もあり、今度こそ通じるかと実験したい気持ちがあった。
ただでさえ目の前で相も変わらず仲の良い二人で片方は女好きなど、今までであれば絶好の釣りやすい標的でもある。このまま仲を深め、最終的には女好きの方を手玉に取ってもう片方に不信感を抱かせ関係を壊すまでが楽しみだった。
が、今回はそこまではしようと思わない。自分の生活もある以上、あくまでお遊びだ。
「私に似合う服、貴方に選んで欲しいわ。………好きにして?」
「マジ?俺様に??」
うっとりと上目遣いで微笑むグレシルに、ライアーは大きく目を見開く。
直後には「よっしゃ!」と拳を握り、明らかに上機嫌を露わにする。その様子を横目にレイは髪を耳に掛けながら息を吐いた。
下級層時代にも、ライアーがこうやって張り切っていたのも振られたのも見ている。今回はジャンヌからも彼女が重要問題児だと聞かされている以上、早速わかりやすく標的にされていることを理解する。
またか、と。いっそ懐かしいと思いながら、本当にこういうのが好みだったのかと考える。
若干の余裕のなさと張り切りようが、今までのヘレネやネルに対してと異なると肌で理解する。なんだかんだ外見だけでなく中身までライアー好みの女だと思えば、ジャンヌにしては適役を連れてきたと言っても良い。何よりライアーは。
「ほら見ろレイちゃん‼︎よぉおおおく見ろ⁈こういうのが可愛いってやつだ‼︎」
「うるせぇ。お前の歪んだ趣味を俺様に押し付けるな」
どこが歪んでんだ!とレイの両断に歯を剥くライアーに、グレシルも笑いそうになる。
男複数人相手は最も乱しやすいと、悪い癖が出ているのを自制しつつ少しだけ胸がすっとした。にこにこといつもの調子の笑顔も浮かべるようになる。
店前で女を間に煩く喧嘩する二人に店の店主は迷惑そうに顔を歪めるが、それも含めてやはり愉快感は変わらない。
もう昔のような犯罪補助まがいの陥れもできないとは思っているが、簡単には変えられない。
ここは「冗談よ」と笑って終わらせてやるか、それとももう少し「今夜その服で遊びに行ってあげようか?」と突いてみるかを一人唇を結んでのんびり考えた時、ライアーが「良いか⁈」と突然グレシルを腕でぐるりと抱き寄せた。
びっくり目を丸くグレシルが、まさかたかがこの程度で自分を巻き込み本気の喧嘩でもするつもりかと過ぎった瞬間。
「こういう可愛い〝騙し〟を〝計算〟でさらっと出来ちまうのが男を虜にするコツなんだよ‼︎お前もこれっくらいあざとくできてりゃああの頃喋ってもモッテモテになったってのに‼︎」
……は?
自分を人差し指で示し、はっきりと自分の言動を見抜かれたグレシルは思わず声にも出し掛けた。
猫のように目を見開き、無言のまま耳を疑う。今自分が誉められたのか貶されたのかダメ出しされたのかもわからない。一番最初に思ったのは「可愛いってそういう意味?」だった。
自分へ馴れ馴れしく腕を巻き付け抱き寄せながら、大声で自分が誘惑したのを本心ではないことを言い当てられた。てっきり素直に自分に脈があると有頂天になったと思った男からの、まさかの反撃だ。
「ふざけるな‼︎昔っから毎度毎度そういう女ばかりに遊ばれやがって‼︎こんな見え透いた発情期の猫みたいな女のどこが良い⁈こんなのを俺様に求めてたってのか⁈」
「いや求めねぇよ‼︎‼︎だがなぁ騙すならこれくらいできねぇと話にならなかったんだっつってんの‼︎よぉおく見ろ⁈この可愛い可愛い騙し方‼︎見え透いてるのが良いんだよ!これで男が釣れると考えてやってんだぜ⁈その上で言われちゃあ男としても釣られねぇわけには」
「うるせぇ変態野朗‼︎」
どんだけ気に入ってんだ‼︎と心の中でも叫びながらレイは歯噛みする。
裏稼業で訳ありも含めた何人もの女に言い寄っていた女好きのライアーが、今更グレシルのような15歳の少女に惚れ込むことはあっても騙されるとは最初から思っていない。
裏稼業で誰よりも嘘を吐き続けた男にとって、当然その程度の誘惑など慣れたものだ。寧ろ、裏稼業時代は相手が騙すつもりとわかった上で誘いに乗って楽しんでいた部分もある。
グレシルが裏稼業とも関わった少女で、他人を陥れる常習犯とジャンヌから何度も聞いても大して気にしなかった部分もそこが大きい。自分とライアーであれば決して騙されることもないのだから。
今も、あー可愛い可愛いイイ女と心地良さそうにライアーがグレシルを片腕にニコニコするのを見ても、そこに危機感はない。ただただライアーが有頂天過ぎてうざいとは思う。そして、同時に。
「おい、野ネズミ。二度と俺様達を誑かそうと考えるな。コイツが喜ぶだけだ」
一度顔中の筋肉に力を込めてから、今度はスッと感情が引いていく。
絶対零度の眼光を間違いなくグレシルへ向けながら、指先は真っ直ぐとライアーを示す。
すんなりと自分の思惑が指摘され、喉が短く干上がったグレシルはすぐに言葉はでなかった。ちょっと試すつもりだった悪戯心と言っても、見通された後では言い訳にならない。
代わりにライアーの方が「わかってねぇなあレイちゃん、騙されるのは男の特権だろ」と訳の分からない理論を持ち出してきたがレイは無視する。ライアーの前を横切り、一歩二歩とグレシルへと歩み寄る。
「ジャンヌの頼みで雇ってやるが、次に俺様やこの男に妙な真似でもしようものなら」
自分より背の低いグレシルへ顎を高くし、敢えてさらに鋭い位置で見下ろした。
今まで自分から一度もなかったレイの接近に、無意識にグレシルも喉を鳴らした。裏稼業でも無駄に脅迫まがいの言葉は浴びせられ慣れているが、ここで自分が放り出されれば困るのは自分だ。
思わず肩を狭め小さくなるグレシルは、近くにいる男性であるライアーへ反射的にくっつき自分を守る。その瞬間に、ライアーが分かりやすく「よし‼︎」とグレシルへ回していた腕の拳を握ったが、それに気付く余裕も今はない。
「お前も。……この顔と同じになると覚悟しておけ」
トントン、と。指の先で仮面を示すように叩きながら言うレイに、グレシルは僅かに首を傾けた。
仮面の下をまだ見たことのないグレシルには、その下は想像しかできない。自分も今こうして頬に傷がある以上、似たような傷でもあるのかとだけ考えた。自分より酷い傷ならいっそ見てみたいとも思う。
「おーいレイちゃん。まだ外すなよ?服選んでねぇんだから」
「こんな外で外すわけねぇだろ。どうせ家にいれば嫌でも見ることになる」
それまでわざわざ外してやるつもりもない。だが、グレシルの反応が見ものだと思う。
アンカーソンの屋敷にいる時は寝る時以外殆ど四六時中仮面を付けていたレイだが、ライアーと住むようになってからは家の中で外すことも増えてきていた。当然、グレシルが住むからといって仮面を外す頻度を元に戻してやろうとは思わない。
ギラリと警戒と不審の眼差しを向け、グレシルへ続けて釘を刺す。
「向かいの連中にも余計な真似はするな。これ以上面倒になったら厄介だ」
「向かい?」
夕食を食いに行っている向かいの家のことだと。そう説明するライアーに、グレシルは口を開けたまま思い出す。
確か「ヘレネちゃん」「ネルちゃん」と呼ばれる女性がいるらしいなとそれだけを浮かべながら、他にもいるのかなと考える。試しに軽く尋ねてみれば、双子の少年もいるという。しかも自分と年が近い。
レイから釘を刺されたばかりでも、習慣的に目が光る。しかし直後にはライアーから「いややめとけ⁇」とまだ何も言ってないにも関わらず先に待ったが入る。
自分を抱き寄せた腕のまま、急に声だけが真剣にもなったライアーにグレシルも少し身構えた。勿論何もしないわよと、自分の立場と状況も思い知った上で言葉を返せば「違う違う」と首を横に振られた。
「あそこん家、今じゃ王国騎士団副団長の監視下だからな?」
「……………………。……ん」
こくん、と。
大人しく頭を縦に振るグレシルに、ライアーも倍の数頷いた。同じ裏稼業で生きてきた身として、やっぱりそういう反応になるよなと共感する。
詳しくどうして監視下なのかを解説する必要もなく、もうその事実だけで彼らが身を潜め自粛する理由は充分だった。
ただの騎士どころか副団長など不興を買えば自分達の首に直結する存在である。
むしろそんな家に何故わざわざ夕食など食べに行っているのかそちらの方が気になる。
レイとグレシルの熱が一旦冷めたところで、ライアーはやっと目の前の商品棚へ目を向ける。
「さーてと、どれ買うかなぁグレシルちゃん。俺様が本当に決めて良いんだな?」
「……好きにすれば」
フン、と腕を組み身体ごと背けながら呟くグレシルは、今度は甘えた声も出なかった。
最初から自分の服に興味はない。もともとボロ布を着ていた生活だ。
今が好機とばかりに上機嫌で服を選ぶライアーは、似たような色と形の服でもかなり悩んで選ぶ。自分の服であればあまり構わないライアーだが、好みの女性が着るとなれば違う。
レイが欠伸を溢しながら「さっさと決めろ」と言う中、グレシルも眉を寄せてライアーを見上げた。自分に全く動じない雇い主よりも、目の前で飄々とするこの男の方が遥かに食えないとそう思う。
その後、屋敷で仮面を外したレイの顔に悲鳴を上げるのは、夕食を食べに行く前のことだった。




