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フリージア王国備忘録<第二部>  作者: 天壱
誘引王女と不浄

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Ⅱ572.不浄少女は面接し、


「よーっし!?ヘレネちゃんとネルちゃんが昨日また菓子作ってくれてよ!いやぁ女ってのは良いな本当に!取り合えずジャンヌちゃん好きなの取れ!なっ!?」


……こんなにも気まずいお茶会は初めてかもしれない。

そんなことを思いながら、私は勧められた椅子に座りステイル達と一緒にテーブルを囲っていた。

お茶会、というよりも性格には〝お菓子会〟という方が正しいかもしれない。テーブルにはお菓子用の小皿以外お茶もない。水の入ったコップだけだ。家具や食器は豪華だからちぐはぐ感がすさまじい。


ライアーが台所から持ってきてくれた美味しそうな焼き菓子の大皿二枚を、真っすぐに私へ最初に差し出してくれる。

さっきまで首ったけだった筈のグレシルではなく、何故私へあからさまなご機嫌取りをとちょっぴり思ったけれど、さっきのいざこざで一番怒鳴り散らしたから彼なりに気を遣ってくれたのかもしれない。……一番きちんと怒ってくれたのはアラン隊長だけれども。

そしてやはり、私が美味しそうなカップケーキを摘まみ取ると、そのまま流れるようにライアーは私の隣に座るアラン隊長にお菓子の皿を差し出していた。……私の反対隣に掛ける十四歳ジャックよりも優先的に。

「騎士様もいかがです??」ともう見慣れたにっこり笑顔だったけれど、冷や汗がまだ残っていた。元裏稼業のライアーからすれば騎士であるアラン隊長はなかなかの大敵なのに、ついさっき怒らせちゃったのだから無理もない。

今はすっかりお怒りも忘れたようにいつも通りのアラン隊長も、「ども」といつもの笑顔で返しながら同じカップケーキを一枚摘まんだ。


もともとレイが住んでいた屋敷から貰って来たのだろうテーブルは、二人分には大きすぎる規模で居間の端の壁にくっつけるように配置されていた。来客が多い今だけは壁から離し、皆で囲う形で座れている。

いつもなら私の両隣はアーサーとステイルが控えてくれることが多いけれども、今回は椅子を勧められた時点でステイル自ら「アランさんこちらにどうぞかけて下さい」と私の傍をお勧めしてくれた。ぼそりと私にだけ聞こえる声で「その方がもっと安全なので」と呟いてくれたから、きっと今は対ライアーにも警戒してくれたのかなぁと今も少し顔が苦く笑ってしまう。


長方形型のテーブルで、お誕生日席にどっかりと足を組んで座るレイ。その向かいには私。そして私を挟むようにしてテーブルの長広い角席にアラン隊長とアーサーが向かい合うように座っている。アーサーの隣にはステイル、そしてテーブルを挟んでステイルの向かい、アラン隊長の隣にはグレシルがちょこんと座っている。……なんか、こうやって改めて見ると大人であるアラン隊長一人が困ったちゃん二人の間に挟まれて面倒をみてる感が凄まじい。


「ほいっ、ジャンヌ」

「!あ、はい……」

ぱくりと、自分のカップケーキを指で少しだけ摘まんで口に放り込んだアラン隊長がテーブルの下でこっそりその毒見済みのカップケーキを私に差し出してくれた。

だから私と同じカップケーキを選んでくれたのかと、遅れて理解しつつ私はまだ摘まんでいないカップケーキをアラン隊長と交換する。バレないようにそのまま小さくちぎられた部分にぱくりと早速パクついた。


視線の先ではアラン隊長の次にお菓子の皿を差し出されたグレシルが唇を結んだままじっと大皿を見つめている。

アラン隊長に怒られて、慌ててライアーに渡された着替えを着て今はちゃんと見れる姿でそこに座っている。彼女にとっては丈の長いブラウスを第二ボタンまでしっかり閉めている。その上に肩が片方出るくらいダボついた少し厚手の長袖を重ねたお陰で、今はワンピースを着ているようにしか見えない。さっきの露出狂スタイルが嘘のように今は可愛らしくすら見える恰好だ。

カップケーキ以外にも可愛らしい形のクッキーやパウンドケーキも並んでいて、どれを選べばいいのかもわからないように穴があくほど見つめている。

結局いつまでも選べない彼女にライアーの方が「そっかどれも食いてぇか食いたいよなあ??」とにこにこ緩み切ったご機嫌笑顔でカップケーキもクッキーもパウンドケーキも二個ずつ彼女の前に置いて行った。

その途端、一瞬だけでグレシルの目がきらりと光ったのが見えた。お菓子はやっぱり偉大だ。


ファーナムお姉様とネル先生が焼いてくれたというカップケーキは、唇に触れただけでもモフッとした柔らかさが伝わった。

グレシルの方はクッキーから早速摘まんでいたけれど、最初は周りの目をちらちら気にしながらの一口が次にはカリカリとリスのように二枚目に突入した。

そんなグレシルの様子を満足そうに眺めたライアーはそこで全員に配ることまではせず、残りは勝手に取れと言わんばかりにテーブルの真ん中二箇所に大皿を置いた。


ステイルとレイは二人揃って腕を組んだまま菓子皿へ手を伸ばさないけれど、アーサーはちょっとどうすべきか目が泳いでいる。

礼儀的に食べるべきか護衛中だから食べないべきか悩ましいのだろう。しかもアラン隊長は堂々と食べている。

なんとも水を打ったような気まずい空気の中、ライアーが「いやー美女二人の空気はいいもんだ」と言いながらレイとグレシルの間の位置に腰を下ろした。

全員がひと通り腰を下ろしたところで、「……それでは」とステイルから最初に静かな口火が切られる。


「グレシル。先ほどは一体どのような誤解で、あのような暴挙に出たのか教えて頂けますか」

……なんだか、お茶会というよりもいっそ第二面接のような感覚だ。

ステイルの低めた声に、グレシルも僅かに肩が揺れた。お菓子を摘まむ手を引っ込め、一度膝の上まで両手を下ろす彼女はステイルに首ごと動かした。細い眉をちょっとだけ寄せて、不機嫌そうにも見える表情にまだ誤解自体解けていないのだろうかと考える。

「別に」と小さく呟いてから、一度唇を結び私とアラン隊長の方へちらりと目を向けてくる。目が合ったと思えば、最後は正反対に座するレイへ顔を向けながら口を動かした。


「〝奴隷〟として売られたならそれ以外の意味なんかないでしょ?水まで浴びろって言われたら普通そう思うわよ」

「奴隷と言ったのはその男の失言ですが、水を浴びろと言ったのはただただ貴方が汚れていたからです。誰もそんなことを強要していません」

ビシン、と教鞭でも振るうような口調で断言するステイルは眼鏡の向こうが少し鋭い。

それにびくりと怯えるように肩を反らすグレシルは、下唇を噛むようにして押し黙った。今はステイルの方が年下だけど、それでも口調と溢れる覇気は彼女にとっても年上に言われるような感覚なのだろう。

ただでさえステイルは大人っぽいし今の段階でもグレシルより背が高い。しかも、さっきからずっと間違いなくステイルの眼差しが冷たい。下級層で転んだ彼女を連れた時に説明した時よりも遥かに。

若干黒い気配も感じられて、どうやら未だに不意打ちのセクハラに怒っているのかもしれない。……なんだろう、前世の高校で失言連発した男子に女子生徒が向けていた眼差しにも似ている。


ステイルはそこで一度レイの方を睨むと「お前の所為だぞ」と言わんばかりに眉の間を狭めた。

グレシルの言い分がまだ理解の範疇を超えてはいるけれど、つまりはあの時レイがグレシルを普通に使用人や侍女と呼べばあんな混沌は招かなかったということだろうか。……いや、だとしても水浴びと結びつける内容が内容過ぎると思うけれども。


「また、貴方は売られたわけではありません。騎士のアランさんが同行しているのにそんな行為許すわけもありません。道中にもお伝えした通り、こちらの二人は貴方を〝住み込みで雇ってくれる〟だけの人間です」

下心を否定できない者もいますが、と。最後には冷ややかな眼差しをそのままライアーに向けた。

アラン隊長からならまだしも、子ども姿のステイルからの眼差しにはライアーもヒラヒラ手を振って笑って返すだけだ。全く反省の色がない。

そのまま何の引け目も感じられない様子でファーナムお姉様手製という菓子を自分も摘まみだした。クッキーを一枚取ったと思えば、そのまま「ほれほれ」とレイへ半ば無理やりねじ込むように閉じた口へ食べさせている。四分の一くらいまで押し込めたところで手を離すと、クッキーを咥えるレイを放置して自分は二枚纏めてスナック感覚で口に放り込み出した。


「奴隷ではなく使用人です。基本的に給与は発生しませんが貴方の衣食住を保証する代わり、あくまで極健全な労働だけを課します」

「グレシルちゃんにはこの俺様が似合う服買ってやるからな~!」

朝食の準備、掃除、洗濯と。最初にレイが話していた仕事内容を並べる間に、被せるようにライアーがまた明るい声を投げてくる。

駄目だこの人ちゃっかり貢ぐ気満々だと思えば、レイがバキリと一口でクッキーを口の中に収納し、そのまま殆ど噛まず飲み込んだ。「何言ってやがる」と鋭い目で睨む先は勿論ライアーだ。


「テメェもただの金食い虫の分際でふざけるな。女の服なんかに出す金はねぇ。使用人服一着あれば充分だろ」

「んじゃあ俺様が働きゃあ良いんだな?」

「テメェみてぇな前科者雇う馬鹿がいるか。また家畜の世話でもする気か?」

「髪留め一本が近くに荷運びの仕事あるっつってたろ。なんならレイちゃんにもお似合いのドレス買ってやろうか?」

待ってそこまでする⁈

レイからのお小遣い禁止令に対し、まさかの貢ぐ為に働きますというライアーに流石に目が丸くなる。いつもの嘘というか冗談かと思ったけれど、レイが「アァ⁈」と唸るし黒い炎までボワリと溢れさせ出した。途端にライアーもバチン!!と彼の眼前で手を叩いて止めたけれど。

それでも「めっちゃ近所だから問題ねぇだろ」「小遣い稼ぎ程度にはちょうどいい」とわりと具体案まで続けて出している。

まさかライアーを家から出さない為にグレシル雇おうとしたのに、今度はグレシルの為に働くだなんて。これは本末転倒じゃないだろうか。

そしてグレシルは、突然のレイの特殊能力に瞼がなくなるくらい目を見開いて固まっていた。


「よーしグレシルちゃん今度俺様も買い物行こうぜ?な⁇使用人服もそそるが、やっぱ女なら寝衣とかも欲しいもんなあ?グレシルちゃんはどんな服が好きだ?」

「おいお前。この男は幼女好きのど変態だから精々気を付けろ。俺様は責任はもたねぇ」

「……別にそれは珍しくもないけど」


最悪な就職面接だ。

私が就活生だったら絶対お断りするだろう。


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