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フリージア王国備忘録<第二部>  作者: 天壱
誘引王女と不浄

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そして羨む。


『おい!なんで抜け道から出てくんだよ!!国の外出て危ないから緊急時以外使うなって大人が言ってるのに!!』

『誰にも見られなかったから平気平気!それより今日すげぇ馬車見てさ、絶対あれ王族とか金持ちの……』


村の子どもの他愛のない騒ぎ声。

森の、城下に通じた道とは正反対の川の奥の奥。その茂みから急に飛び出してきた男の子に、川で遊んでいる子が怒ってた。

気になって、その子達が村へ帰ってから茂みの奥を進めば本当に別空間に繋がっていた。茂みの向こうにある、大人は腰を曲げないと入れない洞穴の奥へとずっとずっと足が疲れるくらいの坂を上れば滝の上。

最初はどこかもわからなかったけれど、周囲を見晴せば小さく本当に小さくだけど遠くに商業の馬車が見えた。山と崖と滝、絶対誰にも見つかりようがない山の中。あそこが本当に国外だったのなら─




『採用』




一縷の望みを掛けた提案は、あっさりと受け入れられた。

にゅっと、カーテンの隙間から伸びた包帯だらけの手が私を指差した。その隙間からニタァと目が快楽に歪んだのを直視して私の方が顔を引き攣らせかけた。

包帯だらけの指で私の目を突くかと思う距離まで指出して、遅れて笑い声を漏らす男は「最高じゃん」と舐めるような声で言葉を続けた。


『フリージアの村全~部かぁ。なら色々楽しめそうだよなぁ、こんな美味しい話なかなかねぇよなぁ?……ねぇ?』

『はっ。我々にお任せください。今すぐ地図を』

『!ち……地図、私読めないです!ごごめんなさい!あの、行けばすぐわかるので』

ドガッと、次の瞬間傍にいた大男にお腹を殴られた。太い腕からの拳に簡単に身体が浮いて飛んだ。痛むお腹を押さえながら口から中身まで吐き出した。その間も「使えねぇ」「行けばだと⁈」と怒鳴られて、私はどうして怒鳴られているのかも最初はわからなかった。


地図もなくどうやって国外からの侵入経路がわかるのか、お前が知っていてもこちらが侵入できなければ意味がない、苦し紛れの嘘かと。そう唾が飛ぶほど怒鳴られて、やっと段々わかった。

私はあの村から国外へ出る方法は知っていても、〝国外のどこから〟村に入れるかはわからない。

しかもフリージア王国の人間じゃないらしいこの人達は、フリージア国内に入るのも苦労する。まさか村を襲う為なんて国門の衛兵に言えるわけもない。私が村に繋がっていた場所がわからないと意味がない。


ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい。そう胃の中身を吐き出しながら謝り続けて命乞いしつづける間、ベッドの男が大男達と何か話し出していた。

私は許して貰えるまで鼻を啜りながら謝り続けて、彼らの話声までは聞こえなかった。でもどう考えても私じゃこの人達を村のあの場所まで連れていく方法がわからなかった。

おい、と。やっと私に向けて話しかけられた時にはなんとか身体も起こせた。震える声で返事をすれば、ベッドの男の人の人差し指が私に命じた。




()()()で、もう一度その村の抜け道を通って国外に出てみろと。




『代わりにフリージアにも帰してやる』

意味がわからなかったけれど、とにかく頷いて従った。

私一人で村の抜け道を使ったからって、どうやって国外のあの場所がわかるのか。しかも国外に出て地図に描いて来いでも調べ直せでもなくて、ただもう一度あれを使って抜け道を出れば良いだけ。

そんなことやってもこの人達がわかる方法なんてあるわけがない。〝誰かが〟付いてくるわけでもないのに。

私がフリージアに帰されてそのまま言うことを聞かなかったら?私がフリージアにさえ帰れれば別に誰も見張ってない中で何をしても逃げることだって


『あ。言っとくけど逃げれるとか思うなよ?フリージア帰ってすぐその抜け道行かなかったら殺すからな』

どうやって。

そう疑問よりも頭の良い口が「勿論です!」と跳ねだした。きっと脅し、脅しに決まってる。

だって殺すって私一人にして自由にしてからどうやって?しかも私を脅す本人はベッドからもきっと動けない。

それでも考えていたことを見通された言葉に心臓はひっくり返って縮まった。ちゃんと、ちゃんと村の抜け道に真っすぐ向かえば良い。そうすれば約束を果たしたことになるし、この人達が国外への抜け道がわからなくても私の所為じゃない。


そう考える間にも男は「裏切ったらマジで殺すからな?」「手足捥いで連れ戻す」「奴隷よりまともじゃねぇ目に遭わせてやる」と繰り返すから、枯れた笑いで何度も相槌を返した。

きっと嘘、きっと脅し、どっちにしても約束は守るんだから大丈夫と。相槌を打っている間に段々気持ちも落ち着いてきた。殴られたお腹は痛くて吐き気も止まらないけれど、私だけは助かるんだという嬉しさが強かった。だけど


『十……いや十も要らねぇ。九日。九日あればその村を焼き潰せる』


思いつくような気軽さで、そう言われた。

十日も要らない。私を開放してから九日後、その村を私の使った抜け道を通って潰して見せると。私への宣言にも感じられた。楽しそうに語り出す男のにっちゃりとした声がまるで耳に糸を引くようにへばりついた。


本当に私の所為であの村全部が焼かれるんだということへの現実味と、私一人放ったところでその行動がお見通しな確信があるんだって理解した。

どうやるのかもわからないけれど聞いちゃいけない。ただ「はい」と答えるしかないと全身で直感できた。……そして本当にもう逃げられないんだと。

どうやってかもわからない方法で、解放された後も私の行動は全部きっと見通される。もし裏切ったら殺される。ちゃんとフリージアに着いたらすぐに抜け道を通って、その後も絶対裏切れない。もし衛兵や騎士団にでも言ったら、その瞬間きっと私は殺される。

見えない首輪をかけられた感覚と一緒に、両肩が信じられないほど重くなった。

はい、お任せください、絶対言う通りにしますと。繰り返しながら涙と涎で濡れた顔を拭かずただぺこぺこ頭を下げ続けた。

正体も、国も、なにもわからない。ただ



こいつらに殺されずに済むのなら、村一つぐらい安いものだと本気で思った。







……







「……?…………」



……ぼんやりと、目が覚めてしまう。

檻の中にいつの間にか差し出された食事が最初に目に入った。……あれ、私どうしてここにいるの?確か、あの後ちゃんと……ちゃんとフリージアに送り返された筈……?


頭が上手く働かない。ただ寒気だけがすごくって、両腕を交互に摩りながらしばらく寝ころんだままぼうっとする。目だけをぐるぐる動かせば、ふと床の傷に気が付いてやっと思い出す。そうだ、ここはフリージアの……。


「…………ご、ぉ……」

思ったよりも細い声が出た。

食事を食べようと手を伸ばしたところで、上手く力が入らなくなる。指、指五本。……もうこの指の本数分しかないんだと思った瞬間、お腹の奥がぎゅっと締まった。


また結局、悪夢しか見れなかった。

今日は夢もちゃんと覚えている。でも、結局またあの時の夢だった。もう何度も何度も悪夢で魘されるあの時の夢。本当は一番忘れたいあいつらのことは、このままだと死ぬまで忘れられない。……忘れられるより、死ぬ方が早いかもしれない。

昨日は国を上げての祭日だって見張りが話してた。〝予知開花祭〟とかいって、国中がとっくの昔に死んだ最初の女王の予知開花の日を祝ってる。死んでるのに。死んでるのにただ女王ってだけで今も国中に覚えられて祝われてる。


あの時のことは、この国の宰相にもちゃんと全部覚えている限り話した。よくわからないまままるで悪魔にでも憑かれていたみたいにその後は抜け道も話せば、「恐らくは何者かにつけられていたか、何かしらの処置を施されたのでしょう」としかわからなかった。

けど、私には絶対誰かが後を付けていた気もしなかった。変な物どころか水しか飲ませて貰えなかったし、糸を結ばれていたわけでもない。私にはわからない。


その包帯男についても詳しく聞かれたけれど、包帯以外の姿どころか髪の色も瞳の色も暗がりでわからなかった。

ベッドで寝ていたから身長もわからないし、ただ偉そうな怖気の走る話し方で、私以外の連れてこられた人達も特殊能力者以外はたくさん殺されていたとしか。

異国なのか、裏稼業組織なのか、フリージアまで馬車で何日なのか何時間なのかも何もわからなかった。

村を襲った賊は全員裏稼業で、雇われていて、……私が顔が知っている男は一人もいなかったことだけはわかった。別の牢屋で確認させられたけれど、包帯男もあの大男もいなかった。


「…………私がここにいるのも……きっと……」


自分で言って、急に震えが指先まで広がった。頭はしんと冷たいのに、勝手に目から涙が滲んで床に垂れ濡れた。

命拾いした日から、ずっと。ずっと嫌な感覚だけが消えない。誰も後を付けてきていない筈なのに、あの包帯男が後ろにいるような気味の悪さがずっと残ってる。

今もどこかで私を待ち伏せて、あの気味の悪い笑みを浮かべて私の手足を捥ぐのを楽しみにしている気がする。今振り返ったら、背後で寝転がって「居た」と笑っていそうな気がする。

抜け道を使って役目を全部果たした後もずっとこの感覚だけは消えない。あの時の男の目が、声が、言葉が忘れられない。今まではずっと平気だった筈なのに、誰もいない空間が怖くて仕方がなくなったのもあの時から。

誰かが一緒に居て、ずっと傍に居て、私の背中も傍も全部ちゃんと見張っていて欲しいって。例えば今こうして私の牢屋もちゃんと見張っている衛兵みたいに



『グレシル!良かった、無事だったんですね!』



「……っ……」

寝ぐせ混じりの黒髪の男の子が、頭に過る。

その途端、細く伝っていた筈の涙の量が一気に増えた。転がったまま背中を丸めて、食事に伸ばすのをやめて自分で自分を抱き締める。

あの子の手を引いて走っていった茶髪の女の子を思い出せば、今度は無意識に歯を食い縛ってた。

羨ましい、羨ましい、羨ましい。


あんな家族がいたら、私だって。


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