そして把握する。
「すげぇ……ッではなく、お会いできて光栄です聖騎士様。あの、宜しければ握手して頂いても宜しいですか……?!」
視線が釘刺さったままに差し出される手に、アーサーも戸惑いつつも受け取った。
両手でしっかりと握れば、フィリップからも同じように返される。先にレオン王子似の顔じゃなくなっていて良かったと小さく過る。うっかり言葉すら乱しかけたフィリップは、今日一番目が輝いていた。
王族相手よりも遥かにきらきらとした眼差しに、アーサーも気まずさから今はくすぐったさが勝ってくる。自分の世間の噂について誤解もあるが、それでも騎士である自分にそういった眼差しを貰えること自体は嬉しくもある。自分自身、騎士を見ると未だにそういう目をしてしまう時がある自覚はある。
消え入りそうな声で「あの、アーサーさんで良いので」と聖騎士様扱いされたことに訂正を試みるが、それでもあまり今のフィリップの頭には届かなかった。
「噂で若いとは聞いていましたが、まさかこんなに……。御令嬢の噂では顔立ちも際立っていると聞きました。いやそんな功績立てたなら美形関係なく格好良いだろとは思いましたが本当にそりゃモテ」
「ふぃ、フィリップさん?ちょっと素出てますけど大丈夫っすか?」
「因みにだ、フィリップ」
ポンッと。
握手の形のまま熱視線を注ぎ続けるフィリップの肩に、ステイルが歩み寄りそのまま手を置いた。このままではまた話しが進まない。皮をめくれば誰よりも話し好きのフィリップがこのままでは自分が話す時間がなくなってしまう。
若干引き気味になっているアーサーを助ける意味合いも込め、置いた肩をそのまま自分の方へひき寄せればフィリップもすぐに我に返った。うっかり噂の聖騎士を前にタガが外れてしまったと息を飲み、止めてくれたステイルへ感謝を込めつつ振り返る。
申し訳ありません、と従者として謝罪をしようとするがその口を開くより前にステイルが優雅な手の動きでアーサーを示し直すのが先だった。ニンマリと、この上なく自慢げな笑みと共に。
「彼こそが俺が紹介したかった〝例の〟友人だ」
驚いたか?とわざとらしく含みも込めて告げれば、フィリップはすぐには声が出なくなった。
口を大きく開けたまま振り返った先のステイルから、再びアーサーへと向き直る。ステイルの言葉を否定せずペコリと改めて頭を下げてくる礼儀正しい騎士を前に、一瞬これも自分を驚かせる為の冗談じゃないかとフィリップは考えてしまう。
しかしジルベールと違い、目の前にいる聖騎士にはそういった雰囲気が全くない。同時に、さっきまでのステイルへの砕けた遠慮のない話し方を思い返せば納得できる部分もあった。
まさか聖騎士と友人になるとはと思うが、自分を誘った際に〝味方が欲しい〟という言葉からも彼が力の持った相手と仲良くなったのはしっくりきた。ステイルが今日までどんな人生を送ってきたかは知れないが、話題の聖騎士を選んで友人になる狡猾さは現段階でフィリップにも読み取ることはできた。しかし
─ 親友って言ってたよな……⁈
「おい、〝例の〟ってなンだよ。俺のことなんつった」
「誓って悪く言っていない。俺がお前の悪評を口にすると思うか?」
ステイルの肩を右手で鷲掴み、無遠慮に顔を近付け覗き込む。その動作を第一王子相手に当然のようにやっては眉を寄せるアーサーは、さっきまで従者である自分に対してこの上なく腰が低く礼儀正しかったと思い返す。
顔が広く人付き合いに慣れているフィリップだからこそ、肌で理解する。この空気感はどう考えても表面上の付き合いや最近仲良くなった程度の友人付き合いではないと。
気安くされるステイルもステイルで、騎士に睨まれているにも関わらず平然として寧ろ機嫌が良い。自分より背の高い相手に対し、圧の一つも感じず柳に風のまま笑んでいる。
更にはそんな二人のやり取りに、明らかにこの場にいる全員が慣れている。
アーサーと同じ近衛騎士のエリックすら、今は何も言わない。近衛任務中だぞとは思うが、ステイルとアーサーのこういったやり取りや会話など今更なことだ。
「そりゃそうだけどよ」とステイルの一言で掴んだ手を引っ込めるアーサーは、それ以上無理矢理に聞き出そうとはしない。自分について何を言われたかは気になるが、確かにステイルが自分の悪口を他人に言うとは思わない。
「フィリップ。見た通り今は護衛中だからアーサーもこんなだが、実際はもっと口も悪いぞ」
「そりゃテメェもだろ」
「それは殿下も同じでは⁇」
ン。と、まさかの一人ではなく二人同時に返されたステイルは正直に眉を吊り上げた。
腕を組み、漆黒の眼差しがアーサーとフィリップを交互に見る様子に、プライドは少し笑いそうになった。やっぱり二人ともステイルの友達には変わりないと心底思い、確信する。パッと見は印象の違うアーサーとフィリップだが、ステイルにとっての大事な友人というだけで充分な共通点でもある。
ステイルにとっては自分を抜いて自分の友人と友人が短期間で一気に仲良くなる図は、間違っても不愉快ではないが同時に若干不満がある。よりによって自分へダメ出しする時に息を合わすなと思う。しかし
「フィリップさん。ステイルにもし困らせられることあったら俺で良けりゃ話聞くンで。騎士団演習場に来て下さい」
「あ、ああええ、ありがとうございます。あの、私もステ……殿下のことや他にもお力になれることがあればいつでも。聖騎士様の力になれるならなんでも‼︎……今度サイン貰えます?」
「いやアーサーで。良かったら今度飲みに行きますか?」
こうして仲良くなってくれたことは、悔しいくらい嬉しい。
いつの間にかさっきよりも口調の硬さが本来に近く砕けていることも、最初の頑なさが嘘のように周囲へ肩の力が抜けてくれたことも。
その様子に少し顔が笑んでしまいそうなのを、ステイルは意識的に無表情で抑え通した。
フン、と。フィリップを置いて先に自分の席へと座り直すステイルに、プライドも彼が腹の底ではまんざらではないことも理解して手を伸ばす。
良かったわね、の言葉の代わりに頭を撫でれば、ぴくりと肩が微弱に上がったが何も言えずに押し黙った。折角表情を隠しても付き合いの長い姉妹には見通される。そして目の前にいる相棒にも確実に。
ステイルが不機嫌そうにソファーへ戻りプライドに慰められているように見えたフィリップが、ハッと振り返り気まずそうに眉を垂らし言葉を止めればすかさず「大丈夫すよ」と潜めた声がかけられた。
「まぁ……ああいう奴ですけど、ダチは絶対大事にするンで。ご迷惑をお掛けすると思いますが、今後も宜しくお願いします」
ぺこりと、相棒に代わって小さく頭を下げたアーサーに、フィリップもぎこちない一言で返した。
ソファーで足を組み、プライドに撫でられる姿をフィリップやエリックに見られていることに羞恥を覚えながらも抗えず無力化されるステイルを眺めながら、ゆっくりと冷めた足取りで主人である〝殿下〟の背後へと歩み戻った。
てっきり、王族の住まう城で味方もなく孤軍奮闘しているのではとまで案じていたが、思ったよりもステイルの周囲は温かいようだと理解する。
─アムレット。お前の憧れの〝ステイル様〟は確かに優秀で頭も良いし民のことも考える立派な補佐の次期摂政だ。けどな?
「…………殿下。失礼致しました」
「……良い。それより今こっちを見るな……〜っ。……プライド、あの、……」
そろそろ、と。
言いたいが、心地よさと惜しさで言えない。
花のように微笑みながら撫で心地の良い漆黒の髪を撫で続けるプライドへ言いあぐねていることは、フィリップにもしっかりとわかった。
─ それでも所詮は、兄ちゃんの友達だ。




