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フリージア王国備忘録<第二部>  作者: 天壱
嘲り王女と結合

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そして閃く。


「ならば孤児施設としての〝学校〟を作らせるのはいかがでしょうか」


「え……、……!あっ」

レオンとの定期訪問を終え、ティアラが父上の元へ戻ってからのことだった。

いつものように休息時間に私の部屋へ訪れてくれたステイルへ、お茶をしながらレオンとの定期訪問の話をした。

休息時間がずれることもあるステイルとティアラだけれど、変わらずこうして私の部屋に会いに来てくれる。レオンと同じく、ステイルも私と学校に潜入視察の関係で仕事が色々溜まって忙しいのに毎日だ。


私からの話に、向かいのソファーに掛けたステイルも最初は口元に曲げた指関節を当てながら熟考してくれた。無表情に近い表情はそれだけ真剣に優秀な頭脳を巡らせてくれていた証拠だ。

ステイルは母上の補佐である外交中心のヴェスト叔父様の補佐だけれど、今も変わらず父上の補佐業務も時々兼任している。ティアラが話してくれた内情にも覚えがあって「確かに……」と唸った後は沈黙も長かった。

「だからアネモネ王国は寮制度は再検討することになるみたい」と最後に締め括った私へ、十五分以上後に提案してくれたのがそれだった。沈黙を破いたステイルの言葉に、うっかりカップの中身を溢しかけた。

危うくも一度宙を舞ってカップの中に再び納まってくれたから火傷はしなかったけれど、侍女だけでなく近衛で交代したアーサーとエリック副隊長にも「火傷は?!」と心配されてしまった。

大丈夫、大丈夫……と半分しか笑わない強張った顔で返しながら、私は改めてステイルに向き直る。


「作ら、せる……?」

「はい。レオン王子や父上が懸念されている通り、寮完備の学校となると資金も嵩みます。しかし、それぞれを独立させた状態で方針を少し変えるだけで経費はかなり抑えられます」

学校が教育水準の引き上げと学力や仕事技術の向上であれば、孤児施設はあくまで身寄りのない未成年者の生活保護。更には文字の読み書きや数の数え方程度の最低限度の教育保証もできれば良いですね、と。続けるステイルの言葉に私も口が開いたままになる。

「専任の教師を収集したり雇うのには時間も金もかかりますが、文字程度ならば教師でなくても可能でしょう」と言うステイルに力なくコクリとあかべこのようになってしまう。確かに、確かにそういえば前世にもそういった施設あったものね⁈


「因みにステイル、その、孤児の施設を作るのは……」

「上級層です。たとえば……教育専門が〝教育学校〟であれば保護施設は〝養育学校〟とでも銘打てば、資金を持て余した貴族は間違いなく飛びつくでしょう。教師のいないような地方でも難しくありません」

我が国は別で作っても良いかもしれませんが、と。そう続けるステイルに一瞬ゲームの記憶が過るけれど、衝撃で上手く掴めない。〝学校〟のネームバリューが凄まじい方式で有効活用される案と、前世の福祉制度が頭で混ざって化学反応が起こりそうになる。


前世では確か、孤児院とか……いや、それはマンガとかゲームとかで前世の時代では「なんとか施設」とか子どもの園的なものだっただろうか。ニュースとかドラマでは時々見たけれど、正直私には縁がなかったから名称とか詳しくは覚えていない。

ただ、そういう親が育てられないとか身寄りのない子を保護する為の施設が昔から存在することは覚えている。……ええと、国営だっけ民営……両方??


我が国とアネモネ王国には公式の孤児院も修道院もない。そんな状態で王族から「身寄りのない子どもの為の孤児院を作ることを推奨します」と言っても、多分実際に作ろうと思う貴族は少ない。

その家の資金と意識や善意にもよるだろうけれど、結局は「作っても自分達に利益はない」から。もちろん今でも自分達の領地の民を大事にする為に似たような援助をする貴族はいる。けれど、主流ではないのは哀しいことに確かだ。……ただし



世界初機関である〝学校〟という名前を使えば。



「プライドも御存じの通り、今や学校を作りたいと考えているのは王族だけではありません。特別教室生徒の家がそうであるように、今後王族の主流に乗りたい家は多いでしょう。コロナリア王家がアネモネ王国で正式に〝養育〟の学校を推奨すれば、きっと大なり小なり作りたいと思う者は出るでしょう。それを創設・所有するだけで時代の先に取り残されていないと周囲に示せるのですから」

勿論ちゃんとした学校として形成と維持されているか国からの管理は必要になりますが、というステイルにもう相槌も上手く打てない。前世の記憶があるのにそこまでに至らなかった自分が恥ずかしい。


孤児院が全く思い出さなかったわけじゃない。ただ、そういった施設がない我が国で突然欲しいと思ったところでない物ねだりの意識が強かった。

けれどこの政策なら確かに、全部が全部国の費用だけで作る必要はない。

今や〝学校〟を作りたいと思う人間はいくらでもいるのだから。〝教育〟か〝養育〟かはきっと彼らにとって大きな問題ではない。我が国の貴族にも、学校を作りたいという動きが活発に出ていることは私もジルベール宰相から聞いて知っていたのに。しかも、貴族の学校なんてそれこそ……


「プライドが掲げていた学校を国中に普及させるという目的にも適っています。アネモネ王国でも城下に教育に関しての国営機関を国が作るのならば、〝養育〟特化の学校を城下で作ろうとする貴族は当然現れると思います」

学校であれば何でもいいと言えば聞こえは悪いけれど、この学校建設の流れを利用しない手はない。大事なのは学校を作るお金のない〝民〟が、それだけ上級層からの補助を受けられる機会を得られることだ。

ステイルの言葉に思考が一時停止し、すぐに急加速する。欲を言えばプラデストみたいに教育も養育もしてくれる学校を国中や世界中に作れれば一番良い。だけど、大事なのは必要なところにそれが普及されることだ。

たとえ分裂されても、結果として両方の機能を民が利用できる機会が増えるのならばそっちの方が良いに決まっている。プラデストと比べて機能は半分、だけど軽費も半分、そして数は倍増以上なのだから!!


「っっ流石ステイル!!すごく良い案だわ!早速父上……いいえ母上にも提案してみましょう!!」


流石策士流石天才次期摂政!

尊敬一色、自分でも目が煌めいているだろうとわかる。思わずテーブル向こうにいるステイルへ前のめりに手を伸ばし、彼の両手を固く包み握る。

カップに指をかけようとしていた手を掴まれ、ステイルの目がまん丸に私を映した。漆黒の瞳の中で私も負けないくらい目が見開かれている。

い、いえ……と褒められたのに照れたのか、じんわり頬が火照らせながら目だけがそっぽを向いてしまうステイルはそれでも最後には小さく笑んでくれた。


「お役に立てて、何よりです……。俺から休息後に、ヴェスト叔父様にも提案してみます。俺とプライドと話し合った結果だと」

そこはもうステイル独占提案で良いと思うのだけれども。

だけど補佐としてきっかり私を立てようとしてくれるステイルの気持ちが嬉しくて、私からもそのまま受け取ることにする。

ありがとう、とお礼を言いながら思わず熱が入ったまま拘束しちゃったステイルから手を離す。前のめるあまりいつの間にか腰まで浮かせちゃっていたソファーに服が皺にならないように気を付けて座り直す。

ティアラも喜ぶわね、と笑いかけながらさっきレオンとのお茶会で自分のことのようにアネモネ王国のことを考えていた天使のような妹を思い出す。


「!そうだわ、この提案なのだけれど来週レオンにも良かったら話してくれるかしら。勿論叔父様達から許可を頂いてから。きっと喜ぶと思うの」

「構いませんが、俺よりもプライドの口から話された方がレオン王子も喜ばれると思います。相談を受けたのもプライドですし……」

良いの、と。今度こそ私から大きく首を振って断る。

私は相談しただけで、打開策をさらりと考えてくれたのはステイルだ。来週はステイルもレオンも時間が合う予定だし、せっかく全員集まっている中でステイルを置いて私から「ステイルがね……」と話すのも変だもの。レオンとステイルだって仲良しなのに。それに……


「民のことをわかってくれているステイルだからこその発案だもの。レオンにも自慢したいわっ!」

ぱちんっと手を合わせながら今から誇らしくて胸を張る。

もう気持ち的には今から瞬間移動でレオンに「聞いて!ステイルから名案が!!」と弾丸突入したいくらいだ。

完璧王子レオンへの自慢発言に、ステイルも少し肩に力が入ったように両肩が上がって顔が緊張でさらに赤らんだけれど、もうこれは誰が聞いてもステイルの手柄だ。

一度眼鏡の黒縁を指で押さえつけると、そこで口元に拳をあててコホンと咳払いするステイルは大はしゃぎの私より何倍も頼れる大人に見えた。


「……。件の学校潜入で、色々と気付かされることが多かったお陰です。これならどんな民にも〝平等〟に援助が行き届きやすくなりますし、……いくら資金があっても方法や割振りを間違えれば今度は妬みや悲劇を生みだしかねません」

気を取り直すようにそう言ったステイルの言葉が、途中から少し影りを帯びて遠い眼差しに落ち着いていった。

その言葉を聞きながら、どれとどれの出来事を指しているのか聞くまでもなかった。ステイルの中ではまだ反省はできても、消化しきれていないのかもしれない。

それでも最後は「今度はちゃんと許可も求めますから」と断ったステイルは柔らかい笑みを見せてくれた。本当に心強い補佐だ。


「それにー……」

急に、ステイルの視線が別方向へずれる。

言葉を切って口を一度閉じたと思えば、そのまま部屋の端の端へと移動していった。意味深な眼差しを追うと、その先に佇む人物がびくりと全身を揺らした。一瞬目が合ったと思った瞬間、私もうっかり口元が笑いかけた。




「ジルベールに紹介された新しい従者が。他所とは言え学校に寮の要素がなくなることがとても、それはもうとても残念そうなのが視界に引っ掛かったもので??」




ピクッピククッと、私以上に顔が引き攣り出すステイルの新米従者を前に枯れた笑いが零れてしまう。

ステイルが休息時間を得てこの部屋に訪れてからずっと部屋の隅に佇む〝ステイルの〟専属従者。


フィリップ・エフロンお兄様は、レオンを彷彿とさせる整った顔立ちを見事に痙攣させていた。


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