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フリージア王国備忘録<第二部>  作者: 天壱
嘲り王女と結合

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Ⅱ555.女は尋ね、


ねぇ、私が悪いというの?


「はぁ~ち……」

空っぽの空間に投げかける。

床に削り書いた線を眺めながら、足を放って壁に寄りかかる。こんなに何日もなにもしないで空腹にも喘がない日なんて嘘みたい。もっともっと早くこうしていたかった。


ここにいれば誰も私に話しかけてこないの。私が話しかけても誰も返事をくれないの。……あぁ、それは地上も一緒だった。

耳を傾けてくれる人も、振り返ってくれる人も大勢の中の少しだけ。私を色目で見ない人以外だともっと少ない。それで、そういう人ほど溶けちゃいそうなくらい甘くて簡単に騙されてくれちゃうの。だぁい好き。


嗚呼、もう誰とも話さな過ぎて誰に話しかけているのかもわからない。

私に話しかけているのか、記憶に話しかけているのか、口に出して言っているのか頭だけでのお喋りかもわからない。何もない中での一人だと、こんなにもつまらなくて飽きるんだと初めて知った。

でも目が覚めると安心する。また気が付いたら捕まっていたらと思うと、少しの人の気配も今は怖い。

だから食事以外誰も近づいてもこないここは好き。何もないのに気配や足音が聞こえると何度も何度も何度も何度もあの瞬間を思い出すから。


「………夢。まだ……思い出せない……」

はぁ……と薄い息が漏れてしまう。

三週間くらい前に見た嫌な夢。あれから現実から紛わせる為に何度も何度も思い出そうとしたけれど、全然駄目だった。

すごく、すごくすごく多分怖い夢。目が覚めた時、震えが酷くて目を開ける前から涙で顔が濡れていた。だけど、……どこか満ち足りた気分も忘れられない。

まるでうんと気持ちの良い夜を過ごした後のような、初めて人を騙すことに成功した日のような、美味しいものを食べられた後のような余韻。その感覚を夢の中だけでも良いから思い出したくて、目を閉じる度に考えるけれどいくら頭を絞り続けても思い出せない。

記憶の断片どころか、どういう関連の夢なのかもわからない。過去の思い出なのか、記憶なのか、それとも頭の中だけの空想なのか。


あの夢を見る為に、いろいろ思い出しもした。怖い怖い記憶や楽しい思い出、母親だった人が初めて殴った日も置いて行った夜も全部思い出して眠りについた。なのにどれを思い出しながら夢に入っても、あの夢を思い出すどころかたどり着くこともできない。目が覚めた時のつまらない気持ちが記憶がなくても教えてくれる。

目を閉じて、また冷たいかび臭い床に頬を付け寝転がる。ここは綺麗とは言えないけれど、泥が顔につかないだけずっと楽。今日は、どんなことを思い出しながら眠ろうかしら。できれば奴らに捕まるより前の。


「……あのおじさん……、……どうしたかしら……」

ふと思い出すのは、古い酒場に来ていたおじさん。

古くて汚い酒場だけれど、だから私みたいなのでも出入りしても気にされない。汚い人がたくさん詰まって、裏稼業も普通に溜まって不味い酒を浴びるほど飲んでいた。

身なりの綺麗な人とかお金持ちも、そこで買えるオモチャや薬欲しさにわざと不味いお酒を飲みに来ていた。非合法なやり取りや商売も皆がやっているから、どんな人でも誰の目も気にせず話せる場所だった。お金がない私もそこで買ってくれる人に媚び打って、時々愉しい話を見つけては潤った。


あのおじさんも、お金はあるけど古くて汚い大人の人。毎日毎日まずいお酒を浴びるほど飲んで、お客さんが少ないと店中に響くくらいの声で喚くのが日課だった。

使えない奴ばかり、役立たず、馬鹿ばかり、生意気言いやがってと殆ど同じ言葉しか言えてなかったから、きっと私よりも言葉を知らない人だろう。いつもいつも不味くて安いお酒に溺れながら、馬鹿で使えないし思い通りになってくれない役立たずの家族の愚痴を言うしかできないカワイソウな人。特にお酒でべろんべろんになって顔が真っ赤に目が無駄に据わって煩いくらい大声になるおじさんが、私は大好きだった。

お酒を毎日飲めるお金はあるのに、下級層の人よりずっとカワイソウなくらい人間じゃない生き物に見えたから。


『ネイトの野郎ぅ……こーまで使ってやったのによおおあ。我儘ばあっか言いやがって!ぶっ殺してやるぅあ!!』


時々おじさんが話す〝ネイト〟という子。おじさんに出来の悪い生意気な妹がいて、その子どもらしい。

とても生意気な子どもで、折角頭の良い自分が利用してあげてるのに課せられた仕事にもケチをつけるできない子。生意気で、そのくせ両親には可愛がられているらしいけれど、おじさんが「思い知らせてやった」と毎日のように岩のような拳を掲げながら言っていた。

こんな酒臭いおじさんに執着されて利用されて毎日のように殴られて脅されているなんてカワイソウ。そういうところは好き。


だけど最近は、ちょっとだけ様子が違うらしい。今まで態度は生意気でも言うことは素直に聞いてた筈なのに、急に口答えをしてきたらしい。

お酒がたくさん入っていたし、もしかしたらただおじさんの聞き違いとか妄想かもしれないけれど、ただネイトに対してすごーく怒ってた。殺してやりたい、金儲けにさえならなけりゃあ埋めてやった、って。その日は特に目が血走ってギラギラしていた。

今までずっと思い通りだった家畜に急に歯を剥かれたことに怒ってるおじさんは、いつもよりもうっとお酒も進んでいつもよりお喋りだった。お金の為にネイトに思い通りに拳を叩き下ろせないのが、時々すごく苛つくらしい。服の下じゃないとアーニャにバレる。バレたらまた引っ越されるしそれは困るって。ちょっと前は「埋められるならどこが良い?」って聞くだけでも必死に働いたのに。

ネイトが嫌いなのに、そのネイトが自分の手から離れるのを一番怖がっていた。金の卵を産む鶏を手放せない、なのに余計なことを考えてやがるって。

噂の〝学校〟に行くようになってからは、特におじさんは不安だったみたい。「学校なんざに逃げ込みやがって」「ガキ分際で口答えを」「妹夫婦さえいなけりゃあ一生あんなガキ」と言いながら店主さんに絡んで煙たがられていた。

せっかくお金を吸えるように色々がんばって罠にも嵌めたのに、今度は今度で生意気な子どもに手を焼かされていてカワイソウ。だから、優しく言ってあげた。



『そんなに生意気なら足でも折っちゃえばいいのに。そうすれば一生家から出る心配もないでしょ』



おじさんとは今までも数回直接お話したことがあった。

秘密の商売をする為に酒場に来ていたけれど酒は浴びるように毎日飲んでいたおじさんは羽振りも良くて、私も何度か煽て奢って貰ったしお金も貰った。酔いが酷いと金貨を落としたまま気付かない時もあって、私にとって大事な貯金箱の一人だった。

いつもより気が立っていて、お酒も回って息の荒いおじさんにそう言って笑いかければすぐに耳を向けてくれた。きょとん、と少しだけ両眉上げてから「なんだって?」と聞き返してくれた。

どうやってそんな子が稼いでいるのかは何度探っても口を滑らせなかったけれど、答えなんて簡単でしょ?

おじさんはとっても馬鹿だからきっとこんな簡単なことにも気付かなかった。だからカワイソウなおじさんに私が一番い良い方法を教えてあげた。


『そのネイトって子。そんなに生意気なら足でも折っちゃえばいいんじゃない?私だったら怖いなぁ、怖いなぁ。ネイトが手元からいなくなっちゃって、いつか他の誰かの物になっちゃったら?そうなるくらいなら、一生家から出れないで一生私の手からじゃないとパン一つ食べられないようにしてしまえたら楽なのにって考えちゃう。だってネイトの価値はそれだけなんでしょ?どこにも行かさなくて良いのなら、行けないようにしちゃえばいいのよ』

ね?

そう、にっこり笑顔で教えればおじさんの目はまん丸に開かれた。ぽっかりお酒しか注がなかった口まで顎から落ちて、とても素敵な顔だった。

その後も二時間くらい私にご馳走してくれて、同じ愚痴を言いながらもさっきみたいな大きくない声で「確かになあ」「いっそ……」「アーニャ達にさえバレなけりゃあ」って呟いているおじさんは馬鹿で可愛くみえた。

最後にはフラつく足のまま身体を大きく揺らして店を出て行った。お酒で据わった目の奥が、私のよく知る色に光っていたから、次に話を聞くのが楽しみだったのに。……嗚呼、でももう駄目ね。私、あの宰相に全部教えちゃったから。カワイソウ。

おじさんから盗んだ金貨一枚を懐に忍ばせて、足も弾ませて店を出た。その日はお陰で何もしなくてもお腹いっぱい食べられた。おじさんから金貨を盗むか貰えると、暫くは塵を漁ることも売ることもしなくて良いからすごく楽。おじさんに良い提案もできたしお酒も料理も食べられて金貨まで手に入ってすごく良い日だった。




人狩りに捕まるまでは。




裏通りから下級層に入ってすぐのことだった。

金貨の場所を薄い服越しに確かめながら歩いていた所為で、背後にも気が付かなかった。

突然口を塞がれてから殴られて。気が付いた時には馬車の中で縛られていた。明かり一つ灯されない積み荷の中は真っ暗だったけど、私以外の下級層や子どもが何人も同じように詰め込まれていた。中には口を縛った布袋の中がうねうね蠢いていて、一体何に捕まったのかそこでわかった。


裏稼業の知り合いはたくさんいたから、人身売買関係と繋がりがある人も知っていた。

フリージアで人身売買組織は殆どが殲滅されて城下には市場もなくなったみたいだけれど、人身売買組織へ商品を売る奴隷狩りや人狩りはまだいるし、人身売買組織に商品を手に入れる為の情報を流してる人もいると聞いていた。

まさか私が狙われるなんて思わなかった。だって近所では私はちゃんと裏稼業にそれなりに顔も売れていて媚びも売っていて、たくさん役にだって立ってあげていた。特殊能力だって無いのに、どうして私がこんな目に遭うのかってそればかり考えた。

奴隷にするなら私みたいな普通の人間じゃなくて特殊能力者だけ狙いなさいよって何度も思って、泣いて、縛られたまま暴れて、また気を失って、…………ああ駄目。やっぱりこの先はまだ思い出したくない。


急に身体の音頭から熱が引いていく感覚に、両膝を抱えて震える身体ごと押さえつける。

この先を思い出せば、また悪夢しか見ない。あの怖気の走る感覚は目覚めても何時間も残る。

閉じた瞼にぎゅっと力を込めて、下唇を噛んで意識を止める。あれだけは忘れたい、忘れよう、このまま永遠に。

何度も頭に言い聞かせたことをまた繰り返す。もうあの宰相にも全部話したし、あとは忘れちゃえば良い。


どうせ覚えていても忘れていてもあんな連中に見つかれば殺されるだけなんだから。





……







Ⅱ406-2

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