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フリージア王国備忘録<第二部>  作者: 天壱
嘲り王女と結合

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そして大火事になる。



「……そういえばパウエル、前に〝恩人に会えた〟って言ってたよな……?」

「………………………………ぉう。……」


明らかに探るような密やかな声に、パウエルも枯れた喉で絞り出した。

まずい、まずい、気付かれた、フィリップなのに気付いたと。若干失礼なことを思いながらパウエルはこれ以上表情に出ないようにと必死に意識する。

しかし溢れる汗も乾いていく喉も隠しようがない。頭にはステイルから自分達の正体は秘密にして欲しいという頼みの内容と、そして今の今までずっといつか言おう、言わないといけないと思いながら言えなかった隠し事を言う時だという両方が鬩ぎ合う。

第一王子だと、そう知られなければ良い。だが、もともと本来自分はあの事実を言うこと自体今まで後回しにし続け、明かせなかった。

口笛一つにでもかき消されそうな声で肯定を返すパウエルは、完全に顔をまるごとフィリップから背けた。今だけはフィリップに顔を合わせられない。気付けば片膝と言わず両膝を曲げて抱きかかえるようにして体育座りになるパウエルは、このまま逃げないように居座り続けるのが精いっぱいだった。いつかは言わないといけないと思っていたことだ。


確かに言った、他でもないフィリップとアムレットに。

街で唯一、自分が本当はどんな状態でエフロン家に保護されたのかを知る二人にだけ、自分を助けてくれた恩人がいることも話していた。

その恩人のお陰で自分はあの湖に居て、いつかは恩返ししたいお礼を言いたい会いたいと。だから今回、学校で恩人に会えたことも素直に報告できた。




『会えたんだっ……あいつに。まさかあんなところで会えると思わなくてっ……すげぇ嬉しくて、涙出て……』




エフロン兄妹と下校中、自分の目がまたうっすら赤くなってきていることに気付いた二人に同時に尋ねられ、すぐ明かした。

学校初日にアムレットから学校がどうだったか楽しかったかと話している横で、パウエルも自分の身に起きたことを思い返せばまた涙が込み上げてしまった。会えた、会えた、とそう思えば下校中にも関わらず二人の横で緊張の糸が解れてまた泣いた。


どうしたの、誰かに虐められたか、何かあった?と尋ねてくれる横で、目を擦りながら恩人に会えたのだと伝えれば二人もすぐに「あの恩人」とわかり、心から喜んでくれた。

良かったね、どんな奴だ、同じ高等部?今度紹介して欲しい、と今までも恩人の存在をパウエルが口にする度に尋ねた問いを重ねたが、やはりその恩人についての情報は明かされなかった。

恩人に会いたい気持ちは本心だったが、同時にこの二人には恩人の素性を知られたくない気持ちも強かった。直接会えば間違いなく名前も知られてしまうのだから。


自分にとって間違いなく恩人で、感謝してもし足りないくらいの恩で、そして一番会いたい人。それ以外の情報は何も言わなかった。どんな恩かも、どんな見かけで、どんな口調で、どんなことができる奴かも約束も。

もともと二人に迷惑をかけてまで見つけ出して欲しいとは思っていない。ただでさえアムレットは兄の〝友人〟を城で探す探さないで喧嘩する数が年々増えていた。

口を噤むパウエルに、フィリップもアムレットもいつものように無理に聞き出そうとはせず「良かったな」「良かったね」と最後はパウエルを宥めながら一緒に喜んだ。

パウエルが自分達に会わせたくない相手なら、別にわざわざ探し出して会う必要はないとフィリップの考えも変わらなかった。

自分だって二人に知られたくない友人が現に一人いる。だからこそ初めてジャンヌ達を紹介された時も、深くは言及せず一言尋ねてそのまま流した。



しかし今は、状況が少し違う。



「その恩人、学校で会えたんだよな……?」

「………………………………うん」

「そいつの名前もお前ずっと言わなかったよな?????」

どんな奴かも、顔も年も正確も全部と。

今度はフィリップの方が床に手をつきパウエルへ前のめりに首を伸ばす。王族や城に口留めをされている自分と違い、パウエルはまさか同じ学校で二人も名前が言えない相手がいるなどそんな偶然は考えにくいとフィリップは確信する。

ならばその二人が同一人物と考えるのは当然の思考の流れだった。もともとパウエルとも友達だったという〝ジャンヌ〟達の中にパウエルの恩人がいるかもしれないと一度は考えたことがあるから猶更だ。


てっきりジャンヌ達とパウエルの接点を知るまでは、恩人はきっとパウエルと同じ高等部かもしくは教師の誰かだろうと想像していたフィリップだが、今はそれ以上の確信をもってたった一人に絞られた。

パウエルを湖まで逃がした恩人が、どうしてあの湖をわざわざ選んだのかも〝彼〟ならば全て納得できる。

まさか最初からパウエルを自分に託すつもりだったとまでは思わないが、どういう流れがあったかはわからずともパウエルを一瞬で移動させる特殊能力を持っている。

ならばやはりパウエルはステイルの正体を知っているのか、王族と同じ名前だから隠したのか、そういえば家に来てからずっとパウエルは王族の話や噂に興味も持っていた、その場合リネットさんのことは知っているのかと。謎が謎と疑問を生み、黙っているだけじゃ纏まらないほど溢れてこぼれる。


ぎぎぎ、と前のめりに迫り過ぎてパウエルと鼻が頬にくっつきそうなほど近づける。必死に首を引っ込め背中を反らし避けるパウエルだが、もうこれは逃げられないと一人目をぎゅっと絞った。

観念した様子のパウエルに、フィリップもごくりと喉を鳴らしてから問いを決める。同じ奴なんだな?と聞けば、こっくりと時間を掛けて一回頷かれた。

やっぱりか、やっぱりか。とそれだけで気が遠くなり床に転がり込みたくなったフィリップだが、まだもう一つ質問が残っている。

名前は、と。転がり込む前にもう一つ問えば、覚悟を決めたパウエルからとうとうその名が消え入りそうな声で絞り出された。




〝フィリップ〟と。




バッターーーーンッッ!!!

倒木でもあったんじゃないかと思うほど派手な音が直後に鳴った。あまりの衝撃音とそして自分の顔の横まで迫っていた存在が一気に引いて消えたことに、パウエルも真っ赤な顔ごと振り返る。

見れば、フィリップが額に手を当てたまま床へ仰向けに倒れ込んでいた。後頭部を強くぶつけたが今は痛みどころじゃない。パウエルが彼の名前を呼びかけるよりも、フィリップ本人が「マジかーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!」と街中に届くような声を上げる方が先だった。


マーーーーーーージーーーーーーーーーーかああああーーーーーーーーーーーーーーー!!!と、何度パウエルが呼びかけ直そうとしてもフィリップの大声に塗りつぶされる。

フィリップもフィリップで、ステイルじゃなくてそっちかーーーーーーーーと叫びたいが、うっかり勢いのまま口が滑るのが怖くて「うわ」しか話せない。

フィリップ?!耳いてぇから!うるせぇ!また近所に怒られる!と何度言っても塗りつぶされる為、最終的にパウエルは両手で物理的にフィリップの口を塞いだ。それでもモゴモゴと薄く変わらないフィリップの発声が漏れ聞こえるが、今度は「だから言いたくなかったんだよ!!」というパウエルの声の方が上回った。


「俺だって今も信じられねぇよ!!!!!あの時の恩人がフィリップで!!しかもその後俺を見つけてくれたのもフィリップで!!!けどどっちも俺にとって大事で恩人で今じゃ両方友達なのも一緒なんだぞ!!ジャンヌ達にも頼んであいつが俺の恩人ってことも黙っててもらって!!」

言いながら熱が上がってとうとう茹蛸のように真っ赤になった。

いつか言わなきゃ言わなきゃとは思っていたが、心の準備の時間も短かった所為で大人げなく恥ずかしさも隠せず声を荒げてしまう。本当はもっといつか、静かな時に、落ち着いてゆっくり「実はさ」と打ち明けたかった。


恥ずかしさを隠そうとするように、思いつくまま本音がフィリップ相手に口から零れ出た。親友の口を塞ぐ両手に力が籠り、自分でも訳も分からず羞恥と混乱で涙目になる。

「アムレットには言うなよ!!?」と、こんなに恥ずかしい想いをするならアムレットには秘密にしようと改めて決める。まさか自分の兄に付いてきた理由が恩人と同じ名前だったからなんて言えるわけがない。

良いな⁈おい!!と何度も怒鳴るが、口を塞がれたフィリップはまた喉が張り上がったままだった。うわーーーーーと言いながら、頭では明滅する思考で別のことを考える。


パウエルがどうやら恩人の正体を知らなかったことは安心したような残念なような気持ちになったが、今はそれよりもステイルだ。

何故ステイルがパウエルを助けたのかは知らない。だが、よりにもよって自分の名前を使ったのかと思えばまた思考を放棄したくなった。これをパウエルの勘違い通り偶然といっていいのか、本当に奇跡的な偶然といっていいのかフィリップにも結論は付かない。


だが、どうしてかステイルは自分の名前を使った。

まさかステイルが自分に何かしらの濡れ衣を着せようとしたとは思わない。しかし、絶対にその偽名は自分の名前だということは間違いない確信だ。

当時、どうしてパウエルが湖の前にいたのかも、何故自分が名乗ったらすんなり付いてきてくれたのかも、寝かしつける時に何度も自分の名前を繰り返したのかも、そして何故リネットを見て泣いたのかも懐いたのかも全部の点と点が一本線に繋がった。

明日からステイルの従者としての日常が始まるが、二人きりになった時にいつかこのことは言及したい。可愛い妹の憧れに留まらず、可愛い弟のような親友の恩人にもなっていた旧友に。

なにやってんだあいつ‼︎と叫びたいと思うと同時に、頭のどこか冷静なほんの一か所は。




─ 本当に、覚えてた。




『あくまで旧友としての頼みだ』

自分のことを。

そんなことを思っては、叫んで紛わさないと今度は泣きそうになった。てっきり、アムレットに再会したのをきっかけに思い出してくれたと思っていた自分のことを、本当にステイルは四年も前にも忘れないでいてくれたのだと今知った。


友達だと、思っていた。その相手が自分が思っていた以上に一方的ではなく、本当に自分のことを忘れない程度には友達だと思ってくれていたらしい事実にフィリップはその後も五分以上叫び続けた。


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